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脇役勇者


 暁の洞窟へと向かう道中、オーティスは困惑していた。

一体、彼女は何者なんだろう……と。

視線の先には、リッカと言う名の小柄なエルフの少女。

彼女は憎き怨敵である魔王シングのことを『お兄ちゃん』と呼んだ。

だがどう見ても、血縁である筈がない。

何しろ種族が違うのだから。

良く分からないが、あの男と深い縁で結ばれているのは確かである。

だがしかし、その事がオーティスを更に困惑させていた。

リッカはオーティスの元仲間であるヤマダとリーネアのことを『先生』と呼んでいるのだ。

益々ワケが分からない。

魔王シングと繋がりのある者が、どうして勇者の仲間であった者達と親しい関係にあるのだろうか。

ヤマダ達はシングの元に暫く居たと聞いていたし、その時に知り合ったのだろうか?

それに彼女は、何故か神の御使いやディクリ達とも早々に打ち解けている。

特にセリザーワとは親しく、まるで前々からの知己のような親しさだ。

それに『心の師匠』とか言う謎の言葉も聞いた。

一体、どう言う意味だろう。

そもそも、応援を頼んだと言って、やって来たのが彼女であった。

と言うことは、やはり昔からの知り合いなのだろうか?

神の御使いとあの少女は何か繋がりがあるのか?

オーティスの困惑は、底なし沼のように益々深くなって行くのであった。



「どうしたんだい、オーティス?」

声がした方に視線を向けると、そこにはシルク。

小柄なオセホビット族の彼はオーティスを見上げながら、微かに眉間に皺を寄せると、

「リッカがどうかしたのかい?」

小さな声で問い掛けてきた。


「ん…いや……」

オーティスは言葉を濁した。

この心のモヤモヤを何と言って良いのか分からない。

シルクはそんなオーティスの様子を見て、

「まぁ……あのはあまりさ、勇者って言う存在を……その、良く思っていないからね」

オーティスの考えていた事とは少し違う事を言った。


「そ、そうなのかな」

オーティスは少し口篭る。

なるほど、言われてみれば確かに……好かれてはいないと言うのは、何となくだが感じていた。

嫌悪されてるって程ではないが……しかしその理由が分からない。

何しろ初対面だ。


オーティスは渋面を作り、微かに唸った。

その様子を見てシルクは乱暴に頭を掻き、そして辺りを憚るように、少しだけ声を潜めるようにして言った。

「あの子はさぁ、魔王軍に……いや、魔王シングに助けられたって話なんだよ」


「あの男に?」


「何でも、住んでた村が襲われたんだって。しかもあの子を除いて村人は全員殺されてたって話で……だからさ、あの子にしてみれば、魔王シングこそが自分を助けてくれた勇者ってことで……」


「ワケが分からないよシルク」

オーティスは吐き捨てるように言った。

そして唇を尖らせ、どこか険のある瞳で彼を見据えながら

「あの男が勇者?奴は僕達にとっての仇なんだよ。奴はギルメスと……そしてフィリーナを殺した」


「あ~……うん、そうだけどさぁ……それは僕達からの見方で、リッカからの見方は違うよ」

シルクはそう言って、軽く肩を竦めてみせた。


「……そうだね。けど、何で魔王に助けられたあの子とリーネア達が一緒なんだ?それにセリザーワ様は……まるで昔からあの子を知っているようじゃないか」


「初対面の筈だよ。最初に、どうも初めまして、って挨拶してたじゃないか」


確かに……シルクの言う通りだ。

リーネア達がリッカをマーヤ様達に引き合わせた時の様子は、決して演技ではなかった。

「そ、そうか。うん、そうだったね」


「それよりも、そろそろ暁の洞窟だよ。今度こそ失敗しないようにしなくちゃ」


「……あれは偶々、運が悪かったんだよ」

失敗と言う言葉に、オーティスは些か憮然とした表情でシルクから視線を外す。


あれは……そう、本当に運が悪かったんだ。

ダンジョン自体は古い物だし、天井が落ちたのは脆くなっていたからだ。

そりゃ少しばかり油断はしていたけど……

今度は大丈夫だ。

「それより、他の皆は大丈夫かな。マーヤ様は少し疲れたような顔をしているけど……」


「リーネア達がサポートしてくれるよ。経験豊富だからね」


「……僕だってそれなりに経験は積んでるよ」

オーティスは唇を尖らす。

そんな不機嫌な様子のオーティスを見て、シルクはそっと視線を外した。

そして

「あぁ……うん、そうだね。経験は……積んでるよね」

そう呟いたのだった。





 山の斜面にぽっかりと口を開けた洞窟を前に、銘々が探索の準備をしつつ、食事を摂っていた。

ダンジョンへ入る前に先ずは軽く腹ごしらえ。

基本中の基本である。

オーティスはシルクやクバルト供に座り、干し肉をパンで挟んだ軽食を口に運んでいる。

リッカは摩耶やラピスと供に、具の沢山入ったスープの様な物を作っていた。

一見するとピクニックにも見える長閑な風景である。

芹沢は穀物をベースにした簡易食料を口に運びながら、

「あの食材は廃棄だなぁ……やれやれ」

苦笑交じりに独りごちた。


この世界に来た当初は、本当に厳しかった。

しみじみと思うと同時に、トラウマも蘇る。

何しろ食事を摂る店もない上に、金も無い。

村の人々は良くしてくれたが、言葉が通じないので何か食べさせてと頼む事もできない。

摩耶お嬢様やラピスに悪気は無いのだろうが、村人が差し入れてくれた未知の食材を前に、料理を作りますと言った時は本気で泣いたぐらいだ。


その点、シング君は幸運と言うか……魔王としての『運』ステータスが関係しているのかな。


芹沢は小さな苦笑を溢し、メガネの奥の目を細める。

視線の先はヤマダだ。

「……どうかしたのかね、ヤマダ君?」

彼は訝しげな表情でラピスを見つめていた。

「もしかして……作っている料理が気になるのかい?私としてはお勧めは出来ないねぇ。食べてと言われても、理由をつけて断った方が良いよ。お腹の調子が悪いとか言ってね」


「いや、セリザーワ殿。そうではなくて……ラピス殿は食事を摂られていないようですが、良いのですか?」


ヤマダの言に、芹沢は軽く瞼を瞬かせた。

そして細い顎に手を這わせながら、

「ん?シ…彼から何も聞いてないのかい?」


「いえ、特には……」

「そう?」

と、横合いから口を開いたのはリーネアだ。

彼女は芹沢と同じような携行食を手にし、

「確か、戦闘力は無いけど……探索や冒険には最強かも知れないって言ってたわよ」


「ふむ……なるほど。確かに彼の言う通り、特殊技能スキルやステータスだけ見れば、ラピスは最強かも知れないねぇ」


「ほぅ……そうなので」


「何しろラピスは睡眠も食事も必要ない上に、恐怖心や生理的嫌悪も感じない。未知の場所を探検するにはもってこいの資質だろうね」


「なんと…」

「セリザーワ殿。彼女は一体……」


「ん?ふむ……」

芹沢は素早く辺りを見渡し、声を抑えながら語る。

「ここだけの話だが、あのは人間ではない。いや、人間どころか普通の生物ではない。実を言うと、あれは私が造った人造生命体だ」


「……」

「……」

ヤマダとリーネアが目を大きく見開き、無言で芹沢を見つめていた。


「ふふ、もちろん彼にも協力してもらったがね」

芹沢はそう言うと、小さく溜息を吐いた。

そして薄くなってきた自分の髪を撫で付けるように頭を軽く掻き、

「ただ、残念な事にねぇ……知性的にちょっとね。何しろ生まれてから、人間齢で言えばまだ3歳ぐらいだ。経験が圧倒的に少ないのだよ。……ま、それ意外にもあるがね」


「そ、そうなのですか」

「人造生命体と言うのが良く分からないのですが……アンデッドではないのですよね?」


「もちろん。アンデッドではないよ」

と、芹沢の視線がラピスから洞窟の入り口へと動く。


ふむ……濃いな。

前に来た時より、瘴気が強いねぇ……

摩耶お嬢様も警戒を強めているようだし……いや、これは実に面白い。

今まで感じなかった異様な『気』が、ここへ来て発現か。


芹沢はシングや酒井から聞いた話を纏め推測する。

千五百年前の歴史の大断絶。

ダンジョンの守手から出た陰陽師と言う言葉。

人間からしか誕生しなくなった勇者と、精霊教会……謎のアンデッド。


そう言えば、このダンジョンは八百年前の勇者、人狼であるテーィンバムに縁があると村で聞いたが……ふふ、かつてこの地で何があったのかねぇ。


「……」

「どうしたのヤマダ?」

芹沢に釣られるようにして急に黙り込んだまま洞窟を見つめるヤマダに、リーネアが柳眉を顰める。

ヤマダは微かに眉間を皺を寄せ、

「いや、以前訪れた時に比べ……何か雰囲気が……妙な違和感を感じないか、リーネア?」


「……言われてみれば……少し寒気がするわね」


「オーティス達は何も感じてないようだが……」

とその時、リッカが芹沢達の下へとやって来た。

手には謎のスープらしき物が入った木の椀。

芹沢が慌てて何も見なかったかのように顔を背ける。


「……リッカ」

ヤマダは静かに声を掛けた。


「?」


「お前は何か感じるか?」

言って洞窟の入り口を指差した。


「……」(コクン)


「…むぅ」


「ほほぅ、君達も感じるのかね」


「セリザーワ殿」


「これは所謂、霊気と言うモノだ。簡単に言ってしまえば、死んだ者が放つ波動と言った所かな。ただ、不思議とこの世界では発しない類の物である筈だが……それを感じ取るとはねぇ。ふふ、酒井女史の傍に居たからそっち方面の能力が目覚めたのかな。彼女自身が霊気の塊のような物だし……これは検証の余地があるね。しかし、この世界には存在しない筈の霊気が洞窟から……しかも……」


「しかも……何ですかセリザーワ殿?」


「……ラピス」

芹沢が鍋を掻き回している人造メイドロボを手招きする。


「あぅ。ちょっと待ってるでしゅ。今大盛りを…」


「いやいやいや、謎の料理は良いから……ちょっとこっちへ来なさい」


「あぅ?」

トテテテッと擬音が付きそうな感じで、ラピスが芹沢達の許へと駆けて来る。

そして可愛らしく小首を傾げ、

「何でしゅか博士?」


芹沢はラピスからヤマダ、リーネアへと視線を移し、

「ラピス。広範囲霊派観測を」


「分かったでしゅ」

ラピスは頷き、そっと瞼を閉じた。

彼女の短い薄紅色の髪が、微かに淡く光る。

「……あぅ?未確認霊気を幾つか感知したでしゅ。洞窟を基点に6時の方向……妙な波動でしゅ。幽霊とも違うでしゅよ」


「数は?」


「たくさんでしゅ」


「……もうちょっと正確的に」


「あ~う~……30ぐらいでしゅ」


「やはりか」

芹沢は小さく頷き、ラピスの頭を撫でた。

そしてメガネの奥の、いつもは温和なその瞳に鋭い眼光が宿る。

「いやはや……薄っすらとだが、後ろからも何か気配を感じると思っていたんだが……まさか尾けられていたとはねぇ。少々想定外だね、これは」


リーネアがゆっくりと、何気ない素振りで芹沢の近くに並んだ。

いつでも護衛できる位置だ。

ヤマダは目を細め、芹沢の視線を追う様に洞窟を背にする。


「……ふふ、ヤマダ君も気付いていたのではないかね?」


「気配が薄過ぎたので、この地方特有の小動物かと……尾行者ですか?」


「正面の洞窟からは謎の気配。そして同じく謎の波動を発する者達が後方に。さて、どうするか……このまま洞窟に入ってみるかな」


「誘うのですか?しかし洞窟内で襲われたら拙いのでは……」

「それよりも、本当に敵なのかしら?」


「ふむ……尾行者は間違いなく敵だと思うね。しかも数からして、ただ後を尾けてるんじゃない。殺る気だねぇ」


「何者でしょうかセリザーワ殿」


「今まで得た情報から推測するに、おそらくだが精霊教会に関わりがあるんじゃないかな」


「なんと…」


「特殊な霊波動か……ふふ、これは実に興味深い」

芹沢はほくそ笑み、摩耶に結界を張るように言おうとするが、それよりも早くリッカが腰に下げたポーチから符札を取り出していた。


おやおや、既に荷準備万端かね。

若いのに大したもんだ……シング君や酒井女史に可愛がられるワケだね。

それに引き換え……


芹沢の視線が、オーティスに向けられた。

彼の手には摩耶から手渡された謎スープの椀。

強張った顔で微かに震えている。


……何をしてるんだか。

芹沢は小さな溜息を吐く。

摩耶お嬢様の手料理を受け取る、その勇気は素晴らしいんだがねぇ……

「オーティス君。戦闘準備を」


「え?戦闘って……」

オーティスはキョトンとした、純真な瞳を向けて来た。


「……」

「オーティス」

と、ヤマダが少し呆れ返りながら言う。

「背後から何者かが迫って来ている。気付かなかったのか」


「え?」


「ともかく、戦闘準備だオーティス君。ただし全滅はさせないようにね。生きて捕らえたい。背後関係を聞き出したいからねぇ」











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