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デゼニーランド


 「ふぃぃぃ……良い天気ですねぇ」

澄み渡る青い空を見上げ、少しヒンヤリとした乾いた空気を胸一杯に吸い込む僕チン。

「いやいや、ピクニックには最高の陽気ですな」


「呑気なこと言ってるんじゃないわよ」

摩耶さんの肩に乗っている酒井さんが、何故か顰めっ面で俺を睨む。

「今回はちょっと気合を入れておかないと、大変な目に遭うわよ」


「うぃ、了解っす」


本日は車で数時間の場所に来ていた。

ぶっちゃけ、山だ。

緑成す木々ばかりの超大自然な山だ。

酒井さんの説明によると、この先にある廃墟で、何やら不可解な怪異が起こっているらしいとの事だ。

具体的に言うと、失踪事件が相次いでいるらしい。

この廃墟の噂を聞き、撮影に訪れた廃墟マニア系の動画主などが、何れも行方知らずになってしまうのだ。

しかもその場で行方不明ではなく、動画をUPして数日の内に忽然と姿を消してしまうそうだ。

それが噂を呼び、オカルト系動画主なども撮影に来て、そしてまた行方不明。

そうなると、また噂が噂を呼び、新たな動画主が来ては行方不明と、何だか悪循環を繰り返しているらしい。

更にはこの件を取り上げた地方のTV局のスタッフも、既に何人か失踪中とか何とか……

あまつさえ、動画を撮影せずに、ただ興味がてらに観に来たお調子者の連中も行方不明になっているとの話だ。

ちなみに件の動画を幾つか観たが、どれもクソつまんなかった。


「ってか、何で危険なのにやって来るのか……つくづく、人間と言う種族は分からんですなぁ」

俺は山道を歩きながら、呟くように言った。


「前にも言ったでしょ、シング」

と酒井さん。

「ああ言う輩は、怪異とかを本気で信じてないからよ」


「あぁ、そう言えばそうでしたね。信じてないから、危険を危険と認識出来ないと。好奇心は猫を殺すと言いますが……」


「おい。猫はそこまで馬鹿やないで」

いつもの定位置である俺の肩に乗っている黒兵衛が、俺の頬を前足で突っ突く。

「人間より猫様の方が慎重や。危険な場所にわざわざ近付いたりはせーへんで」


「そうかなぁ?猫って予想外に無謀な行動を取ることがあるけど……ま、良いや。で、酒井さん。結局、何がどうなっているので?話を聞くと結構な数の行方不明者が出ているようですし……警察とかは?」


「一応は動いているみたいだけどねぇ……行方不明とか失踪者なんて年に何万といるし、事件性がないと本気で動かないわ。ま、動かれても困るけどね」


「ふむ……しかし本当に何かオカルト的な要素があるので?実際、単なる失踪事件ってとかは……」


「数が多すぎるわ。それに件の動画をわざわざUPしてから行方不明になるなんて、偶然じゃ考えられないでしょ?」


「……なるほど。ってか、摩耶さん大丈夫ですか?」

酒井さんを肩に置いているお馴染みの魔女衣装の摩耶さんは、既に息も絶え絶えな状態だった。

髑髏の付いた杖を支えに、「ふぇぇぇ」と情けない声を上げている。

急な斜面でもなければまだそんなに歩いていないのに……


「基礎体力が無さ過ぎよ」

酒井さんが渋面をつくる。

「魔法方面の勉強より、摩耶は先ず身体を鍛えないと。明日から毎朝、走り込みをするわよ」

そう言うと、摩耶さんは「えぇぇぇ」と超ガッカリな顔をした。

「もちろん、シングも一緒よ」


「うぇぇぇ」

俺もガッカリな声を上げてしまった。

や、別に走ったりするのはそれほど苦ではないんだが……深夜アニメの影響で、朝早くは少し辛いッス。


「ほら、頑張りなさい摩耶。もうすぐよ。着いたら少し休憩しましょう。そろそろお昼だしね」


「しかし酒井さんや……」


「何よシング」


「いや、この事件のつまらん動画とか観ていて思ったんですけど、何でこんな山奥に廃墟が?巨大な宿泊施設に、確か遊園地とか言いましたか、豪華な遊戯施設までありましたけど……誰か来るんですか?」


「来ないから廃墟になったのよ」


「……そりゃ確かに。しかしだったら何で造ったんです?この辺は電車も走ってないし、車の走る大きな道路もありませんぞ」


「そう言う時代があったのよ。造った後で考えよう、みたいなね」

酒井さんはそう言って、荒い息を吐いている摩耶さんのおでこに、何か術札を貼り付けた。

多分、疲労回復の札か何かだろう。


「と、そろそろ何か見えてきましたぞ」

木々の間から、何やら建築物らしき物がチラホラと見えてきた。

風に揺れる木々の音に混ざり、微かに人らしき声も幾つか聞こえてくる。


「先客がおるようやな」

黒兵衛が言うと、酒井さんも小さく鼻を鳴らしながら

「休日だもん。自称オカルトマニアの連中が来てるんじゃないかしら」


「……なるほど」

スキルの反応からして、10~20人ほど存在を確認できた。

幾つかの小グループのようだ。

「そう言えば、この道に入る前の道路に大きな車が停めてありましたけど……」


「テレビ局の車だったわね。大方、この辺りのテレビ局が、夕方のニュースの特集で何か流すんじゃないの?廃墟がどうとか不法投棄どうとか……そして全ては行政が悪いとか、そんな感じで」


「どこか棘のある言い方ですねぇ」


「そう?それよりシングならどうする?」


「は?何がでしょうか?」


「ここで実際に何か怪異が起きている。それは間違いないわ。しかも行方不明って……多分、死んでると思うけど……そんな危険な場所に、一般人やマスコミが行楽気分で来ている。シングならどう対処する?注意でもしておく?」


「え?何で?放って置けば良くないですか?あれこれ言ってウザがられるのも嫌ですし……それに何か起こるか現時点では分からないワケですから……ま、カナリア役には丁度良いかなと」

馬鹿相手に痛む良心は持ち合わせていないからね。


「……シングのそう言うドライな考え、私は好きよ。もちろん、私も同意見ね。馬鹿は死ななきゃ治らないし」


「や、僕チンの場合はドライな考えと言うか、単に面倒臭いと言うだけで……でも、摩耶さんは渋い顔してますよ?」


「摩耶はまだ子供なのよ」

そう言って酒井さんは、摩耶さんの頭をグリグリと撫でた。

「さ、それより少し道を外れて上の方へ上りましょう。このまま連中と出くわして絡まれるのも面倒だしね」


「了解っす」

と、僕チン。

摩耶さんは坂道を見上げ、更に渋い顔になっていた。



「いやぁ~ん、おにぎり美味ちぃ」

大きな握り飯をモリモリと喰ってる俺様魔王ちゃん。

涼やかな風に自然豊かな森の木々。

まさに行楽気分って感じだ。

「何かこのまま、昼寝して帰りたいですなぁ」


「なに呑気なこと言ってんのよ」

と、呆れた声を上げる酒井さんは、現在木の上だ。

芹沢博士謹製の超小型双眼鏡で、廃墟周辺を観察している。


「どうです、下々の様子は?」


「テレビ局のクルーの集団が1。ソロの動画撮影が2……複数の動画撮影も2に、単に遊びに来ただけの馬鹿集団が1……総勢で20人弱って所かしら。今の所、特に変わった動きは無いわ」


「そうですかぁ」


「ただ。ここからだと建物内部は分からないから、中に何人か入っているかもね。……シング、そろそろ準備して頂戴」


「うぃ、了解でち」

俺は水筒のお茶をグイッと飲み干し、運んで来た黒のアタッシュケースを開ける。

中には真っ赤に塗装された、特注のドローンが入っていた。

俺はそれを手早く組み立て、起動を確認。

うむ、バッテリーも充分だ。

「……ここからだと、電波的にギリギリの距離って所ですかねぇ」


「何で真っ赤なのよ。目立つじゃないの」


「情熱の色です。あと、バフが効いて速くなってます。……多分だけど」


「……あらそう。まぁ良いわ。それより早く飛ばしてよ」


「ま、待って下さいよ」

俺は手早くノートPCをセッティングし、アプリを立ち上げてドローンからの映像とリンクさせる。

ついこの間まで日常的に魔法が飛び交う世界に居たと言うのに、我ながら手馴れたもんだ。

……

毎日PCゲームとかしているせいかな?


「うぃ、準備出来まちた」

俺は黒兵衛を肩の上に乗せ、コントローラの電源を入れる。


「じゃあ早速にお願い」


と言うわけで、ドローンを操作し、空中から廃墟群へと接近。

摩耶さん達はノートPCに映し出される映像を見つめている。

「ん~……思ったよりも広いですねぇ……遊園地でしたっけ?何やら奇抜な遊具が放置されて、ちょいと気味が悪いで御座る」


「撤去するにもお金が掛かるし、こんな山奥なら尚更だわ。ホント、何で造ったのかしら」


「ふ~ん……しかし遊園地かぁ」

当然、僕チンは行った事はない。

ただ漫画やアニメからの知識はあるわけで……

「中々に面白そうですな。黒兵衛、行った事はあるか?」


「や、ワテは猫やで?普通は出入り禁止や」


「そっか。ふむ……お化け屋敷ってのは論外だけど、コースターとか超気になるし……摩耶さん、今度連れて行って下さいよぅ」


「え?え?わわ、私とですか?」


「そうですよ?」


「え、えと……それってデート……」


「はい?」

ゴニョゴニョと小声で何を言ってるんだ?

と訝しんでいると、酒井さんがこれ見よがしに大きな溜息を吐きながら何故か摩耶さんの頭上にチョップ。

そして俺に向き直り、

「シング。そろそろ目的の廃ホテルよ。侵入の準備は出来てる?」


「ちょいと待って下せぇ」

俺は端末を操作し、事前に入手しておいた廃ホテルの見取り図を表示させる。


件のホテルは4階建ての和モダンな建築物だ。

ホテルと言うより高級温泉旅館と言った趣だ。

……この辺りでは温泉は出ないと言う話だが。

「うぅ~ん……」

コントロール端末に付いている小型液晶画面を見つめながら、高度をやや下げて建物周りを旋回。

「窓とかは全て板で打ち付けてありますねぇ。入る場所が見つからないでごわす」


「上からは無理のようね。じゃあ下の方へ降りて……投稿動画だと、玄関付近から中へ入っていたわよ」


「高度が低いと操作が……ま、取り敢えず消音モードで気付かれないようにゆっくり降りて……と」

慎重にコントローラを操作しつつ、一階部分を探索。

正面玄関は塞がっているので、そのままスルーして進んで行くと、横手にある非常口の一部が僅かに開いていた。

人為的に破壊した形跡が見られる。

「どうやらここに来る連中は、ここから中へ入ってるようですねぇ」


「どう?入れる?」


「幅的に……ギリギリかと」

人間一人が辛うじて通れるぐらいしか開いていない。

このまま進んでも、先ず引っ掛かってしまうだろう。


「斜めにすれば入るじゃないの」


「また物凄く難しい事を……」

俺は困った顔で黒兵衛と顔を見合す。

ドローンってのは構造的、また力学的に見ても、出来るだけ水平に飛ばなければならないってのは分かりそうなもんなんだが……


「速度を上げて突っ込むしかないやろな」

と黒兵衛。


「急カーブして侵入かって事か?少しでも触れたらそこで終わりだな」

俺は下唇を突き出しながらコントローラを操作し、入り口から距離を取る。

「やってみますけど、成功率はかなり低いですよ」


「失敗したらお仕置きだからね」


「何故にプレッシャーを掛けるんだか……」

取り敢えず、出力を最大にしつつ、タイミングを見計らう。

「行きますよぅ」

斜め方向から隙間に向かって進み、そして指先に細心の注意を払いつつ力を加減する。

芹沢博士お手製のこのドローンは、市販されている通常のドローンよりも運動性能がかなり向上していると言う話だが、その分、操作は中々にシビアな所があるのだ。

「……ここです!!」

コントローラーのスティックを左に倒し、そのまま急速反転。

微かに外部集音機からガンとぶつかる音が聞こえたが、ドローンはそのまま内部へと無事に侵入することが出来た。

これも普段からFPS系のゲームを嗜んでいたお陰だろう。


「良し。んじゃ、このまま天井まで上昇して……」

コントローラーに添え付けてある小型モニターに目を凝らしつつ、慎重に操作。

建物内部は、埃が舞っていたりゴミが散乱していたり壁紙も剥がれていたりと、確かに汚くボロっちいが、廃墟と言う割には予想外に綺麗と言うか整然としていた。


「廃墟になってから30年近く経つのに、そんなに朽ちてないわねぇ」

摩耶さんの頭の上に被さる様にしてPCのモニターを見ている酒井さんが呟く。


「ですね。ちょいと掃除すれば、すぐにでも営業出来そうな感じですよ」

カメラを回転させ、周囲を観察しながら俺は言った。


「シング。正面に受付を捉えて」

モニターに映る映像と地図を見つめながら酒井さんが指示を出す。


「イエス・マム。え~と……ロビーの右手の方の……これかな?」


「そうね。じゃあそれを起点にして、そこから右に進んで……上に続く階段が見える?」


「暗視モードに切り替え。え~と……階段ですか?ん~……ダメですねぇ」

受付から右に曲がった廊下は、鉄扉で閉ざされていた。


「左の方も……無理ね。別ルートも閉ざされているみたい」


「となると、このまま上の階へ向かうのは無理みたいっすねぇ。他にルートは?」


「この見取り図からだと……扉を開けないと後はエレベータだけね。じゃあ次はそのままロビーを突っ切って、道形に進んで頂戴。静かにゆっくりね」


「うぃ、了解……と、ちょっと待って下せぇ。動体センサーに感ありでごわす」


「場所は?」


「え、えと……丁度、進行方向で……と、もう一つ感あり。今度は……今入って来た所ですね」


「新しい輩が来たのかしら?シング、見つからないように観察しなさい」


「ステルス機能があれば楽なんですがねぇ」

消音モードのまま天井ギリギリまで上昇し、そのままホバリングで待機。

摩耶さんの頭に載っている酒井さんはPCの画面を見つめ、見取り図上に表示される光点を指差しながら、

「これが人なの?」


「人と言うか、まぁ動いている物体ですね」


「ロビーから進んで角を曲がってだから……エレベータ前に4人ね。で、新たに入って来るのが5人と……」


「言ってる傍から入って来ましたよ」

俺はカメラをズームにしながら答えた。

「あ、テレビの撮影って奴ですね。カメラマンなる者を発見ですよ。いやはや、生まれて初めて生で見たなぁ」


「シングの世界って、ニュースとかはどうなのよ?テレビは当然無いでしょ。新聞とかなの?」


「新聞も無いですよ。基本的に、噂話と各種掲示板と情報屋ぐらいですね」


「そうなの?情報の精度に問題がありそうね」


「噂話はそうですけど、掲示板と情報屋からのニュースは信憑性が高いですよ。掲示板は国や各ギルドの管轄ですし、情報屋は生業ですからね。信用が第一です」


「公の報道機関とかは無いのよねぇ……何でなの?」


「さ、さぁ?考えた事はなかったですけど……多分、必要無いと言うか需要が無いからじゃないですか?思うにこの人間界と違って、僕チンの世界は多種多様な種族が住んでる訳で……それぞれ種族毎に欲しい情報がありますし、逆に他の種族の事は気にしないってのもあったりで……ニーズが複雑化しているんですよ。それに種族によってはテレパスなどの特殊な手段で情報を共有化していたりもしますしね。だからこの世界のように、画一化されたニュースの報道とかは必要が無いんですよ。……ま、僕チンの考えですけどね」


「なるほどね。確かに私も、地方のローカルニュースになんて興味はないし……種族が違えば、更にそうでしょうね」


「そう言うことです。ま、大きなニュース等は国の広報担当官が各町へ……と、テレビスタッフとやらが揃ったようですね」

カメラをズームしつつ、音声を拾う。

何やら撮影の段取りについて話をしているようだが……この廃墟についての事ばかりだ。

行方不明者についての話等はない。

「どうします酒井さん?」


「そうねぇ……丁度良いから、あの連中を観察対象にしましょう。録画しておいてね」


「了解ッス」








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