午後の紅茶・無糖
帝國の様々な商店が立ち並ぶ大きな通り。
その通りに面したちょい洒落たカフェのような場所で、俺は優雅に茶などを愉しんでいた。
独りではない。
と言っても、相手は黒兵衛ではない。
綺麗な装飾の施された木彫りの丸テーブルを挟み、対面には二人の女性が座っている。
一人は黄金の長い髪を持つ少女。
そしてもう一人は、やや緑掛ったふんわりとしたカール髪の少女。
名前はエディアとシルル。
そう、金髪の娘は先程戦った戦士ちゃんで、もう一人はなんと図書館で出会った女の子だ。
実は試合後、女戦士ことエディアちゃんがやって来て、教えを請いたいとか何とか言って来たのだが、さすがにそれはちょっとねぇ……何しろ僕ちゃん魔王だし。
人類種の敵ですよ、一応は。
それで何かと理由を付けて断っていたのが、そこに現れたのが図書館で出会ったシルルちゃんだ。
彼女はエディアちゃんと同郷の魔法使いで、二人で修行の為に旅をしているとか何とか……
何たる偶然。
いや、これは面白い。
そこで立ち話も何だし、近くの店で軽くお茶でも飲まないかと言う話の流れになり、今こうしているのだ。
ちなみに剣術大会は当然ながら僕チンが優勝しました。
変なメダルと小遣い程度の賞金も貰いました。
後でカーチャ嬢達と一緒に御飯でも食べようかな。
「しかし、何で二人して修行の旅に?こんな御時世だから強くなりたいってのは、分かると言えば分かるんだけどさぁ……見たところ、君達は二人はそこそこ裕福な家庭に生まれてるんじゃないの?立ち振る舞いで分かるよ。教養も有りそうだし……そんな君達が、何で危険な旅なんかを?」
それが分からん。
冒険者に憧れている金持ち娘の道楽、では決してない。
結構ガチに修行しているのが良く分かる。
シルルちゃんの方も中々で、かなりの魔力を感知している。
俺がそう尋ねると、エディアちゃんは真剣な面持ちで
「とある人を探しているのです」
戦っている時とは打って変って丁寧な物言いでそう言うと、隣に座っているシルルちゃんが、何故か頬を染めながらチラチラと俺を上目で見つめつつ、
「そ、その……オーティス様です」
「ふはッ!?」
その言葉に思わず噎せてしまう。
「オーティス……様?え?もしかして……勇者の事?」
「そそ、そうです。勇者オーティス様です」
シルルちゃんはそう言って俯く。
エディアちゃんは横で大きく頷いていた。
「あ、あぁ……そうなの。オーティス様ねぇ……でも、なんちゅうか……アイツの事はオーティスって呼び捨てで良いと思うぞ。もしくはボンクラ」
「ボ、ボンクラ?」
エディアちゃんは瞬きを繰り返した。
「そうだぞ。何しろ勇者と言っても自称みたいなもんだしな」
俺はそう言って、独り笑いながら甘いお茶の入ったカップを傾けた。
「けど、オーティスを探してどうするんだ?」
「え?それは……出来れば仲間に入れてくれればと……」
「ふはッ!?」
俺はまた噎せてしまった。
鼻からお茶が少し逆流して、ちょいと痛い。
ツーンとする。
「仲間って……パーティに加わりたいってこと?」
「そ、そうですが」
「はぁ……そうなんだ。それで強くなる為に修行の旅をしていると……そう言うこと?」
二人はゆっくりと、そして力強く頷いた。
ふふ……なるほどねぇ。
俺は心の中で笑う。
そう言う繋がりがあったのか。
道理で直感アビリティが反応した筈だ。
実に面白い。
俺は彼女達を前に、軽く頷きながら考える。
思うに、この二人は……俺達がこの世界に来なかった場合の世界線、即ち本来あるべきこの世界に於いて、あのオーティスのパーティーメンバーに加わる存在ではないのだろうか。
リーネアにヤマダは、前勇者のメンバーだ。
オーティスにはオーティス用のメンバーが用意されていてもおかしくはないだろう。
あの死んだ、と言うかオーティスが早まって殺してしまったケモ耳娘が治癒士。
でかい大男がタンク役の護衛騎士。
そしてシルクが盗賊。
で、このエディアちゃんがサポート担当の戦士で、シルルちゃんが魔法使いと……なるほど、理想的なパーティー構成だ。
ふむ……この先、どうなるかな。
魔王である筈の俺が、オーティスより先に勇者パーティー候補の二人と縁を結んだのだ。
色々と面白い展開になるかもしれない。
「で、オーティスの仲間になってどうするんだい?魔王エリウに挑むのかい?」
そう尋ねると、エディアちゃんは真剣な面持ちで、
「はい。それと真なる魔王と名乗っているシングと言う者も倒します」
「ふはッ!?ま、魔王シングに?」
またまた噎せてしまった。
いやはや……僕ちゃんも標的ですか。
参ったね、どうも。
「そ、そっかぁ……いやぁ~……それはなんちゅうか、自殺行為じゃね?」
ってか、あのボンクラでは絶対に俺には勝てないぞ。
慢心ではない。
それが現実だ。
ぶっちゃけ、熟睡状態でも勝てる自信はある。
俺はゆっくりと腕を組み、目の前に座る二人を見つめた。
そして溜息にも似た息を吐きながら、
「ちょいと現実的な話をすれば……オーティスでは魔王に勝てない。絶対にだ。しかもシングは当然として、エリウにもだ」
そう言った。
エディアちゃんは小難しい顔で
「そ、そうでしょうか?確かに、先代様の跡を継いでまだ修行中だと聞いた事がありましたが……」
「シ、シンノスケ様は……そ、その……話し振りからして、オーティス様とお知り合いなんですか?」
「……まぁな。と言うかシルルちゃん、様なんて付けないでよ……照れちゃうじゃんか。俺の事は気さくにシンノスケって呼び捨てで良いよ。もしくはシン公でもオッケーだ」
「そそそ、そんな……呼び捨てだなんて……」
シルルちゃんは何故か顔を真っ赤にして俯いてしまった。
照れ屋さんなのかな?
「しかしシンノスケ殿」
エディアちゃんが少し身を乗り出す。
「魔王に絶対に勝てないと言うのは言い過ぎでは?今はまだ差が開いていると思いますが、修行によってその差を埋める事は出来る筈です」
ゲームの世界ならな。
と言う言葉を俺は飲み込む。
人間と言う種は弱い。
特に数多の種族が跋扈するこの世界ではそれは顕著だ。
人間の総合身体能力値が百ならば、エリウちゃんは千だ。
その差を埋める為に、精霊の力を宿したり様々なアイテムを装備したり仲間を集めたりとする。
歴代の勇者はそうして魔王を倒して来たのだろう。
だがオーティスは……そもそもの能力値が低過ぎる。
精霊の力も僅かしか貰っていない。
アイテムも親父の遺した中古品ばかり。
あまつさえ仲間もヘッポコだ。
……
うむ、ダメだこりゃ。
「……オーティスは弱い。まだまだ未熟、経験不足だ。エディアちゃんの言う通り、修行中ではあるのだが……それ以上にな、実は才能が無い。こう言っては少しアレだが、所詮は親父が勇者だったと言うだけの田舎育ちの餓鬼だ」
ってか、その親父も本当に自分だけの力で勇者になったのかどうか……甚だ疑問だがな。
「才能が無い……ですがオーティス様も精霊の力を授かって……」
「精霊の加護か。それならば真なる勇者であるスティングも持っているぞ。しかもオーティスより遥かに強力な力を精霊から得ている」
「真なる勇者スティング?」
おや?
「……そうか。真なる勇者スティングの事は知らないのか」
うぅ~ん、そこそこ名は知れ渡っていると思ったが……そう言えば帝國方面ではあまり活動してなかったな。
「かの者こそ、精霊が認めた本物の勇者だ。ま、オーティスは精霊の失敗作だな」
「……」
「ふふ……百聞は一見にしかず、百見は一触にしかずと言う言葉ある。どうだ?先ずは一度オーティスに会ってみるか?」
取り敢えずあのボンクラに会わせ、ガッカリさせるのも面白いだろう。
「ご、ご存知なのですか?オーティス様が何処におられるのか……」
「もちろんだ」
俺が頷くと、エディアちゃんとシルルちゃんは互いに視線を交わし、そして大きく頷いた。
「ま、一度会って自分の目でオーティスを見極めれば良い。ただ……期待はしないほうが良いぞ。ところで……先程、魔王エリウだけでなく、真なる魔王シングも倒すとか言ってたけど……何でだい?ちょっとばかり無茶が過ぎると思うんだが……」
「……父の仇です」
エディアちゃんは真剣な眼差しでそう言うと、キュッと口を真一文字に結んだ。
シルルちゃんもコクコクと頷いている。
「……ほぅ」
父の仇?
はて……全く記憶に無いぞよ。
「ふむ、肉親の仇と言うのなら、シングに挑むには充分な理由だな。で、どこで父上殿は?」
「バイネル火山群の惨劇で……私の父は大将軍バンブルヤーズ様の許で軍団を指揮していました。シルルの父は参謀の一人として帷幄におりました。最初は自然災害だと言う話でしたが……」
「……なるほどね」
俺は軽く手を振り、そして自分の顎を擦る。
最初の戦いか……ふふ、懐かしいな。
ってか、懐かしく思うほど既にこの世界にいる訳なんだが……
「しかし……なんだ。こんな言い方はちょっと気を悪くすると思うんだが……あの戦いは、先に仕掛けたのは帝國だった筈だ。で、魔王シングの返り討ちに遭った。果たしてそれを仇といって言いものかどうか……」
僕ちゃんにしてみれば、理不尽なイチャモンを付けられているようなモノですぞ。
「で、ですがヤツは魔王です。我々人間の敵です」
「ま、一部の人間からすればな」
「それは……どのような意味で?」
「人間にも色々いるって話だよ。あ、それはそうと、君達は修行の旅に出ているとは言え、帝國の人間だろ?だったらもし仮に、旅先で魔王軍などに遭遇しても、今は戦ってはダメだぞ?現在は休戦中だからな。一部帝国領内には、魔王軍の駐屯地が造られたりしているからね。そこに迷い込んで魔王軍兵を見つけても、戦闘は厳禁だ」
「その話はギルドでも聞きました。ですがもし向こうから仕掛けてきたら……」
「その時は良いさ。もっとも、その心配は無いと思うがね」