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フラグを立ててみよう


 鼻腔を擽る紙とインクの匂い。

そして少し黴と埃の混じった香りも。


どの世界も、図書館の匂いってのは変わらないなぁ……


そんなノスタルジックな気分に包まれつつ、静まり返った帝國の図書館内を歩く。

人はそれなりに居るが、本を捲る音とペンを走らせる音以外は殆どしない。

今ここで奇声の一つでも発したら、さぞ爽快な事だろう。

そんなアホな事を考えながらブラブラと棚に整然と並んだ本の背表紙を眺めながら歩いていると、書棚に向かって必死になって手を伸ばしている小柄な少女を発見した。

ふんわりとした長い髪をした人間種の女の子だ。

やたら髪の毛の量が多いように見えるが……何かしらの別種族の血も混じっているのだろうか。


ってか……人間界で嗜んだ美少女系ゲームと同じシチュエーションではないか。

本に手が届かない→代わりに取ってやる→出会い、そして好感度アップ。

ベ、ベタ過ぎる……とプレイしている時は思ったが、よもや現実で起ころうとは。

ちとビックリだ。


しかしまぁ、必死ですなぁ……

爪先を目一杯に立ててるよ。

体中がプルプルと震えているし。

その内、脹脛とか攣るんじゃないか?

うぅ~ん……踏み台を探すか司書さんとかに頼めば良いのにねぇ。


と言うわけで、僕ちゃんはゆっくりと歩きながら見知らぬ女の子の後ろを通り抜ける。

華麗なるスルーだ。

紳士な魔王である俺様ではあるが、さすがに……いきなり本を取って上げるとか……は、恥ずかし過ぎる。

赤面ものだ。

いや、見知った女の子なら話は別だけど、さすがに異国の地で初対面の女の子には……俺にはハードルが高過ぎる。


すまねぇ、見知らぬ少女よ。

君がゲームに出てくる二次元の女子だったら、俺は『助ける』コマンドを間違いなく選択していただろう。

ちょっぴりシャイな魔王を許してくれよ。


「――ッ!?」

って、なにぃぃぃッ!!

思わず足が止まる。

ちょ、直感アビリティが反応しただと?

彼女を助けろと?

縁を結べと?

いやいやいや……え?マジでか?


俺はゆっくりと振り返る。

俺の持つ直感アビリティはレア能力ではあるし、何より今まで間違った選択を推奨した事は無い。

時には敢えて選択をスルーした事はあったが、後から考えればアビリティの言う通り行動していればと良かったと思う事が多々あった。


うぅ~む……

反応の強さからして、特に無視しても構わんと思うけど……何かサブイベントでも起きるのかな?


取り敢えず俺は『やれやれ』と口の中で呟きつつ、件の少女へ背後からそっと近付くと、おもむろに手を伸ばし、彼女の指の遠い先にあった本を軽やかに書棚から引き抜いた。

不意に背後から伸びた腕に驚いたのか、少女は飛び跳ねるようにして振り向く。

大きく目を見開き、俺を見上げている。


うむ、恥ずかしい……やはり超恥ずかしいぞ。


俺はニッコリ笑顔を溢し、無言で少女に本を手渡した。

かなり戸惑っているようだが……あ、もしかして本を間違えた?

「そ、それで合ってる?」

ちょいとドキドキしながらそう尋ねると、少女は一度ビクッと肩を震わせ、そして手元の本を眺めながらコクコクと無言で頷いた。

うむ、良かった。

もし違っていたら、間違いなく俺は逃げ出していたからね。


「そ、そっか……うん」

俺は軽く頷き、そのまま回れ右してその場から足早に立ち去る。

背後から、彼女が何度も頭を下げているような……そんな気配を感じた。


いやはや、本当にまぁ……額に汗まで浮かんじまったよ。

慣れない事はするもんじゃないね。



と言うわけで、図書館の敷地内にある公園のような場所で惰眠を貪っていた黒兵衛と合流した俺は、そのままブラブラと近場を散策。

文字が分からんのに図書館にいても仕方が無いからね。

退屈だし。


「カーチャ嬢達には面倒を掛けるが……ま、頑張ってもらうしかないねぇ」

爽やかな陽光に目を細めながら、俺は何気に呟く。

肩に乗っている黒兵衛が大きな欠伸を溢しながら、

「過去の勇者のリストアップやったな」

そう言って、ゴロゴロと喉を鳴らした。


「そう。時代と名前とその後どうなったかを調べてもらっている。後は出生地とかもな」


「生まれ故郷か」


「時間があればその辺も訪れてみようかなと。そこに住んでる連中から、何か昔話とか聞けるかも知れんし」


「せやなぁ。何ぞ記念館でも建っているかも知れへんしな」


「そうだな。勇者縁のアイテムとか展示してあるかも知れん。……盗んでやろうかのぅ」


「またお前は……そう言えば、さっき慌てて図書館から出てきたみたいやけど、何ぞしたんやないやろな?エロい姉ちゃんのイラストが気に入ってページを破ってきたとか」


「す、するか。俺はそこまで破天荒じゃねぇーよ。ただ……ちょっとな」


「ちょっと?」


俺はゴリゴリと少し乱暴に頭を掻きながら答える。

「まぁ……なんだ、本が取れない女の子がいたからさぁ……代わりに取って上げたっちゅうか、紳士的な行動を取ったは良いけど、何か恥ずかしくなっちゃってさぁ」


「なんやそら?ベタな展開やなぁ……パンを咥えた少女とぶつかるのと同じぐらいベタ過ぎる展開やで」


「だよねぇ」

そもそもそう言うシチュエーションって、誰が最初に考えたんだ?

……

シェークスピアかな?


「しかし自分、アレやな。女嫌いとか言うてる割には、妙な所で行動力があるんやな。わざわざ本を取って上げるって……電車で席を譲るより敷居が高いでぇ」


「そう?って言うか、俺は女性嫌いではないぞ?ちょっぴり苦手なだけだい」


「ヘタレなだけや。そもそも自分、童貞やしな」


「純真なんだよ。聖人君子なんだよ、俺は」

お婿に行く時まで綺麗な身体でいたいのだ。


「人間界でこっそりエロゲーとかプレイしてたやないけ。芹沢のおっちゃんからエロ同人誌とかも貰っておったし……どこが聖人やねん」


「あれは紳士の嗜みだ」

俺はそう言って小さく鼻を鳴らし、肩に乗っている黒兵衛の頭をガシガシと撫でた。

と、

「ん?なんだ?」

気侭に大通りを歩いていると、どこからか喚声が響いて来た。

拍手も聞こえる。

「大道芸でもやってるのかにゃ?」

そう呟くと、黒兵衛が目を細め、

「剣のぶつかり合う音とか聞こえるで?」


ふむ、確かに。

剣戟にも似た音が聞こえるな。

「……武道大会かな?良く見ると街灯にいっぱい垂れ幕が下がってるけど……うむ、何が書いてあるか分からん」

仕方が無いので近くを歩いている人に、何が行われているのかと尋ねてみる。

「はぁ、なるほどねぇ……帝都にある冒険者ギルド主催の剣術大会と……ふ~ん」


「ま、そない大仰な大会やないみたいやな。そもそも公園でやっとるし……田舎の相撲大会みたいなノリやな。屋台も出とるし。何ぞ食ってくか?」


「飛び入りオッケーかにゃ?」


「……おいおい」

黒兵衛が呆れた声を上げる。


「や、分かってる。けどさぁ……俺の直感がまたもや反応してるんだよねぇ」

俺はそう言って、指先で自分の頭を叩いた。

先程と同じくそれほど強い反応ではないけど、参加したら面白い事になりそうだとアビリティが告げている。

それに、ぶっちゃけ暇だしね。


「そうなんか?」


「スルーしても構わんと思うけど……何か愉しそうじゃんかか。賞品が貰えるかも知れんし」


「変なフラグが立っても知らんで」


「帝國の騎士に推薦されるかも」

ま、その前に参加出来るかが問題なんだけどね。


俺はキョロキョロと辺りを見渡し、関係者らしい人に声を掛け、飛び入り参加が出来るか尋ねる。

返答はオッケーだ。

むしろ他地域からの参加者は大いに結構と言う事だ。

その時、会場から一際大きな喚声が上がった。

何事かと試合場を見ると、一人の女戦士の登場に沸き立っているようだ。

この世界特有の豪奢な鎧ではなく、実用重視な鈍鉄色のハーフプレートアーマーにハーフヘルム、そして鉄版を張り合わせただけの簡素なスモールシールドと言う出で立ちだ。

手にした剣は、女性の膂力では少々扱いが難しいであろう幅広のセミロングソード。

如何にも戦闘慣れしている歴戦の戦士と言う雰囲気を醸し出している。


ふむ……

先程の関係者に尋ねると、どうやら彼女もギルドに所属している戦士ではなく、飛び入り参加して来た遊歴中の戦士だと言う話だ。

諸国のギルド等を渡り歩いている冒険者らしい。

年の頃は、俺と同じぐらいか。

この群集の興奮具合からして、どうやらかなり強い戦士のようだ。

ま、それ以上に結構な美人さんだからと言うのもあるだろうが……やれやれ、現実リアルより二次元の方が良いのにね。


「しかし若いのに、世界中を旅して鍛えているのかぁ……うん、大したもんだ」

そう呟くと、

「せやな」

と辺りに聞こえないように小声で黒兵衛が応じる。

「ウチにいる人間の戦士達よりは……ま、強いかなって感じやな」


「だな。元王国近衛隊のマーコフ達よりも強いな。ロセフとセレヴァじゃ話にならんし」


「で、具体的にはどうや?パッと見の感想は?」


「レベル的には中程度って所かのぅ……ただ、動きは速いけど俊敏って程じゃないと思うぞ。かと言って体格からしてタンク役は難しそうだし……戦士と騎士の中間ぐらいかな。それに僅かだけど魔力を感じるぞ」


「魔法戦士か?」


「ん~……まだまだそんな大層なモンじゃないな。多分だけど、自分に低レベルのバフを掛けられる……って所かな」


「それはそれで凄いやないか」


「まぁな。剣と魔法を両立させるには、努力も必要だけどそれ以上に才能が必須だからな。大抵の場合はどちらかしか能力は持っていない。ヤマダの旦那のようにな」


「あの勇者はどないや?」


「ん~……あのボンクラの場合、後付の能力かもな。精霊の力を得たお陰ってヤツ。持って生まれた才能にしては魔法レベルが低過ぎるわい」

ちなみに剣のレベルもお粗末だ。

……

本当に勇者なのか?


「と、あの嬢ちゃんが勝ったで」


「え?もう終わったのか?」

話に夢中で殆ど見てなかったわい。

観客もめっちゃ騒いでいるし……うぅ~ん、少し残念。


「余裕の表情しとるでぇ」


「だろうな。ざっと辺りを見渡したが、あの戦士ちゃんに勝てそうな奴は見当たらなかったわい。やれやれ、帝國のギルドも高が知れているな」


「人間種が多い国やからやないか?」


「そうだな。元から人間は身体的能力値が低いし……ふむ、んじゃちょいと行って来る。あの女戦士ちゃんに少し経験を積ませてやろうか」






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