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リッカ南へ


 帝国領南方であるサンクメール地方。

帝国の領土と言っても人の手は殆ど入っておらず、山と森が支配する未開の地である。

また人間と言う種族もあまり住んでいなく、多くは南部諸国連合から流れて来た獣系種や亜人種達だ。

とは言ってもその数はやはり少ない。

せいぜい百人足らずの小さな集落が点在しているだけの地方である。


オーティス達一行は今、暁の洞窟から少し離れた地にあるサイルと言う小さな集落に滞在していた。

以前に暁の洞窟を攻略した時も滞在した事のある、何の変哲も無い辺境の素朴な集落だ。

住んでいるのは人狼系種族とも呼ばれる獣人達だ。

何でも数百年前ぐらい前は近くに大きな街があり、勇者ティーンバムがそこで生まれ育ち、魔王討伐の為に旅立ったとか……

オーティスもティーンバムの名は知っていたが、少し眉唾な話だなと思った。

何故ならこの地方には人間がいないのだ。

ティーンバムがこの辺りで誕生する事はない。

何故なら勇者は人間にしか付けない職業クラスなのだから。

ただ、暁のダンジョンと言うティーンバム縁のダンジョンが近くに存在すると言う事から、ティーンバムがかつてこの地を訪れた事に間違いはない。

それが何時しか、ティーンバムはこの地で誕生したと言う話に変わって行ったのだろう。


まぁ、他の種族が勇者に憧れる気持ちは分かるけどな。

そんな事を思いながら長閑な集落を歩きつつ、オーティスは数かに眉を顰め晴れ渡った空を見上げる。

暁のダンジョンの探索は、不本意な結果に終わってしまった。

正直、色々と運が悪かったと思う。

まさかモンスターとの戦闘中にダンジョンの天井が崩落するなんて……

以前、潜った時はそんな事は一度も無かった筈なのに。

おそらく、あれから何かしらの自然的要因で地盤などが緩んでいたのだろう。

しかもその崩落の影響で、大半の荷物を失ってしまった。

更に神の御使い様達と言葉が通じなくなってしまった。

後から聞いた話だが、何でも神の御使い様達は、言語を自動で翻訳する魔法のスクロールを常備していたとの事だった。

それが崩落の時のパニックで失われたのだ。

幸い、数日を経ずして再び言葉は通じるようになったが……


「助っ人を呼んだって……どう言う意味なんだ」

オーティスは独りごち、不満そうに唇を突き出し唸る。


セリザーワ様とディクリスが言うには、物資の補給を兼ねて知己の者に応援を頼んだと言う話だ。

物資の件は分かる。

けど、応援とはどう言う事なんだ?

まるで僕じゃダンジョン攻略は不可能だと言っているようなモノじゃないか。

そりゃ確かに、経験豊富なギルメスやヤマダ、リーネアはいないけど……僕だって何度もダンジョンへは潜っているのに……

そんな愚痴をシルクに溢したら、彼は乱暴に頭を掻きながら、少し複雑そうな顔で

「オーティスの気持ちも分かるけどさぁ……メンバーが増えるのは良い事だよ。探索も楽になるしさ」


「そうだけど……そもそも知己って誰だ?」

それがサッパリ分からない。

セリザーワ様に資金などを提供してくれているパトロンの方だろうか。

物資と一緒に腕の立つ傭兵でも送ってくれると言うのか?


「セリザーワ様やディクリスさん達は、色々と……そう、色々と顔が広いからね」

どこか奥歯に物が挟まったかのような物言いで、シルクは苦笑を溢した。

「ともかく、物資が届くまで暫くはこの村で休んでいようよ。どのみち、今の装備じゃダンジョンへは潜れないからさ。食料もないし」


そんな訳で数日、オーティスはこの何も無い辺境の集落で無聊をかこっていた。

やる事と言えば、散歩かクバルト相手に戦闘練習をしているぐらいだ。

セリザーワとマーヤはスクロールなどを作っている。

ラピスはその手伝い。

ディクリスにリッテンは、シルクと供に何やら情報を集めるとか言って良く出掛けたりもしているが、何処で何をしているのかは分からない。


そう言えば……

ふとオーティスは足を止め、もう一度空を見上げ眩しい陽光に目を細めた。

ここ最近、と言うかちょっと前ぐらいから、何かシルクに態度が余所余所しいような……そんな気がする。

何がどうとか……上手くは言えないが、自分とシルクの間に見えない壁が出来たような感じがするのだ。

もちろん、気のせいと言ってしまえばそれまでなのだが……

ただ時折シルクの自分を見る目が、悲しいような、それでいてどこか嘲笑っているかのような……


何か言い出せない事でもあるのかな?

オーティスは深く眉を顰めた。

……まさか、パーティーを抜けたいとか……言い出さないよな。

もしシルクが抜けたら、おそらくクバルトも抜けるだろう。

そうなれば、オーティスはただ独りだ。

ソロ勇者だ。

いや、神の御使いもいるし、ディクリスやリッテンもいるけど、厳密に言えば彼等はオーティスのパーティーメンバーではない。

外部協力者だ。

もし仮に、オーティスが本当に独りになった時、彼等は……


「や……止めよう」

オーティスは苦笑いを溢しながら大きく首を横に振った。

どうもここ最近、独りになると悪い事ばかり考えるようになってしまった。

そう……

あの謎の男、真なる勇者と名乗った男が現れてから、オーティスは嫌な事ばかり考えてしまう。

あの男はリーネアとヤマダをメンバーに加えていた。

そして更にはセリザーワを勧誘しに来た。

皆、自分を置いてあの男の元へ行ってしまうのでは……

そして自分は独りになるのでは……

そんな漠然とした恐怖が、若いオーティスの心に影を落としていた。


「……ん?」

不意に、オーティスの耳に小さな音が聞こえた。

馬の嘶きのようだ。

微かではあるが蹄の音も聞こえる。

集落の中からではない。

と言うか、この集落に馬はいない。

いるのは僅かな数の食肉用家畜だけだ。

元々この集落に住んでいるのは山や森での狩猟を生業とする人狼系種族なので、馬などを用いなくても身体能力的にかなり速く走れたりするのだ。


行商人かな…?

オーティスは音が響いてくる方角を見つめる。

小さな畑の向こうにある森へと続く小道から音がしてくる。

一頭ではない。

蹄の音から察するに、おそらくは四頭。


野生の馬……?

いや、違うだろう。

もしかして帝国の巡回兵かも……

オーティスは辺りを見渡し、近くの木陰に身を隠した。

皆に知らせている時間は無い。

帝国兵に見つかったら、大規模な探索部隊が編成されるだろう。

そしてマーヤ様達は捕まり、僕はおそらく……


オーティスは目を凝らしつつ腰に下げた剣の柄に指を掛ける。

が、直ぐにそれを離した。

何故なら近づいて来る馬の背には、見知った者が乗っていたからだ。


「リーネアッ!?それにヤマダ!!」

オーティスは飛び出し、手を振る。

まさかこんな辺境でかつての戦友達に出会うとは……


が、不意にオーティスの動きが止まる。

な、何だあれは……

リーネアたちの直ぐ後ろに、巨大な黒馬が付いて来ていた。

いや、馬ではない。

八本足の魔獣だ。


ガウル種の新種か……?

一目で圧倒的な力を内包していると分かる魔獣だ。

オーティスは思わず唾を飲み込む。

自分でも……独りではおそらくは勝てないレベルのモンスターだ。

その凶悪な魔獣の背に、一人の女性が乗っていた。

いや、女性ではなく少女だ。

まだ幼さが残る、あどけない顔した少女だ。

耳の特徴からして、エルフ系だと分かる。

凶暴な魔獣に可憐な少女……そのアンバランスさが実に奇異である。

だがそれ以上に、その少女の身を包む装具の華麗さに、オーティスは別の意味で息を飲み込んだ。


な、何だあの装備は……

エルフの少女は白金で出来た糸で織られたような光り輝くドレス型の鎧を装備していた。

そして頭には同じく白く輝くハーフヘルム。

色鮮やかな羽飾りが八枚付いている。

そして背中には、黄金の短弓。

腰にはこれまた華麗な剣と……

見た目だけで言えば、自分よりも勇者然としている。


な、何者なんだ?

そんな困惑を隠そうともしないオーティスに一行はゆっくりと近付き、馬を止めると、

「久し振りね、オーティス」

そう言ってリーネアが馬を下りた。

ヤマダもそれに続くが、巨大な魔獣に乗った少女だけは降りずに、どこか観察者のような醒めた目でオーティスを見下ろしていた。


オーティスは微かにたじろぎながら、その少女から目を逸らすようにリーネアに向き直ると、

「ど、どうしたんだい?まさかこんな所で出会うなんて……」


「ディクリス氏に応援を頼んだでしょ?」

リーネアはそう言って、苦笑を溢した。

そして、『ふぅ】と小さく溜息を吐くと、

「暁の洞窟の探索、失敗したんですってね」


「し、失敗……じゃないよ」

オーティスはバツが悪そうに僅かに目を逸らす。

視線の先では、先の少女がヤマダの手助けを借りて巨大な魔獣から降りている所であった。

「で、でも……そっか。ディクリスさんやセリザーワ様が助っ人を頼んだって言ってたけど、リーネア達の事だったんだ」

オーティス的には、少しだけホッとした様な気持ちだ。

勇者たる自分が応援を頼むと言うのには、未だ忸怩たる気持ちはあるが、全く知らない者が派遣されるより、気心の知れたリーネア達なら何かと気安い。

けど、ディクリスさん達も人が悪いなぁ……

リーネアとヤマダを呼んだって言ってくれれば良いのに。


だが、そんなオーティスの気持ちを知ってか知らずか、リーネアは小さく首を横に振ると、

「別に、貴方の応援に来たわけじゃないわよ。私もヤマダもね」


「……え?えと……どう言う意味だい?」


「貴方の応援に来たのはリッカよ。私とヤマダはそのリッカのサポートってワケ」


「リッカ?」


「彼女よ」

リーネアの視線が、小さなエルフの少女に注がれた。

その視線を追いオーティスも彼女を見つめる。


こ、この小さな娘が……僕の応援に?え?え?


「リッカ。彼が勇者オーティスよ」


リッカと呼ばれた少女はゆっくりと近付きながらオーティスを見つめ、

「……勇者?」

ククッと可愛らしく小首を傾げた。

その瞳に何ら感情の色は見えない。


人類系種族最強にして希望でもある勇者を初めて見る時、人は様々な感情を宿す。

或る者は憧憬の眼差しを向け、また或る者は微かに怯えの色を浮かべたりもする。

だが目の前の少女からは何も覗えない。

殆ど無反応だ。

まるで道端に転がる小石を見るような目であり、オーティスの困惑度合いは更に上がった。


な、なんだろう?

あまり好意的には見えないけど……初対面だよね?


リッカはそんなオーティスに僅かに目を細める。

そして、

「とてもそんな風には見えない」

静かな声でそう言い放った。


「……」

リッカの淡々とした言葉にオーティスは鼻白む。

だが、次に少女の放った言葉に心臓が大きく跳ね上がった。

「勇者なら、シングお兄ちゃんの方が勇者っぽい」


……シング……お兄ちゃん?

え?シングって……

ま、まさか……あの男のことかッ!?


思わず反射的に、オーティスの手が腰に下げた剣に伸びる。

が、それよりも早くリッカの手が動いた。


「――ッ!?」

オーティスの体が硬直する。

何故か手も足も動かせない。


な、なんだ?

何が起きて……ま、魔法か?


「殺すよ?」

背後から響く少女の淡々とした静かな声。

そしてオーティスの首筋に当てられる冷たい刃の感触。


「……」

オーティスは無言で唾を飲み込んだ。

背中に冷たい汗が大量に浮かぶ。

何をされたのか、全く分からない。

ただ勇者である自分が、年下の華奢な少女に弄ばれているのは分かる。


「あ、でも殺しちゃ駄目って師匠が言ってた。……半殺しなら良いとも言ってたけど」

リッカは小さく鼻を鳴らすと、ゆっくりとオーティスから離れた。

そして前に回ると、額に汗を浮かばせた勇者を見上げ、

「……弱過ぎ」

辛辣な一言。

「隙も多いし……ねぇリーネア先生。本当にこれ、勇者なの?」


リーネアは軽く溜息を吐くと

「そうよ」

そう言ってオーティスの前にしゃがみ込むと、何をどうしたのかいきなりオーティスは動けるようになった。

彼女の手には少し太い釘のような物が握られている。


「オーティス……不覚よ」

とリーネアが言うと、ヤマダも僅かに顔を顰めながら言葉を紡ぐ。

「気を抜き過ぎだ。と言うか、相手の姿形に惑わされ過ぎだ。前にも言った事があるだろ?いざと言う時に常に備えよと」


「わ、分かってはいるけど……」

オーティスは短剣を当てられた首筋を撫でながら、リッカを見つめた。

少女は既にオーティスの事なんか忘れているかのように、興味深気に辺りの景色を眺めている。


「言っておくが、彼女はシンど…魔王の妹ではないぞ」


「……そうだね」

少し見れば容易に気付く事だ。

見た目も全然に違うし、そもそも種族が違う。


「ま、ワケあって……某やリーネアが預かって修行させたりしているのだ。今回ここへ来たのも、その修行の一環だ」


「そ、そうなんだ」


「とは言え、気を抜くなよオーティス。彼女は勇者に対してあまり良い印象は持っていない。それこそ、本当に半殺しにされるぞ?」


「ぼ、僕は勇者だよ?」

確かに不意打ちを喰らってしまったけど、本気で挑めば……


「言っておくが、リッカは強いぞ」

ヤマダの目が細まる。

そして苦笑を溢しながら、

「何しろ師匠が凄いからな」


「え?師匠って、ヤマダとリーネアの事じゃ……」


「某は剣を教えているだけだ。リーネアは弓担当だ」


「……」

じゃあ師匠って……一体誰だ?

まさか……あの男のことか?


オーティスの視線がリッカの姿を追う。

と、彼女は弓を構え、オーティスを狙っていた。

咄嗟にオーティスは腰を落とし、抜刀の態勢を取るが……


「鈍過ぎ」

リッカはそう言って、弓を降ろした。

そして興味が無さそうな顔で矢を仕舞いながら、

「既に三度殺してた」


「……え?」


「お兄ちゃんが助けろって言った意味が分かる。ねぇリーネアお姉ちゃん。勇者って弱くても勇者って名乗れるの?」

話を振られたリーネアは少し困った顔でチラリとオーティスを一瞥すると、

「彼もまだまだ修行中なのよ。エリウ殿だって魔王だけど、いつも訓練とかしてるでしょ?」


「あ、そっかぁ」


「そう言うことよ」

リーネアはそう言って軽くリッカの頭を撫でると、

「さ、行くわよオーティス。皆の所に案内して頂戴」


「あ、あぁ…」

オーティスは頷き、もう一度困惑した顔でリッカを見つめたのだった。






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