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雨の振る前に


 「……あ~……行っちゃった」

魔王城を出立するリッカ達を見送り、俺はしょんぼりと肩を落とした。

リッカにはベルセバンのダンジョンで手に入れた最高級の装備を用意した。

俺の愛用のショートソードである芹沢二式・瑠璃洸剣も渡してあるし、更には夜なべして作った特別なスクロール等も持たせてある。

装備だけに限れば、おそらくは世界最高峰だ。

肩に乗っている酒井さんが俺の耳朶を引っ張り、

「派手な装いねぇ。それにタコ助まで貸して……背中に日本一の幟を付けたらまるで桃太郎よ」

そう言って苦笑を溢す。

「けど、あまり強い武具を持たすのは感心しないわ。技量が伴わないと武器に振り回されちゃうわよ」


「そう言う酒井さんだって、色々と符札を渡してたじゃないですか。しかも普段使わないような特殊な札まで」


「……管狐から、ちょっと良くない報告があったのよねぇ。だから急遽作ったのよ」


「ふへ?そうなんですか?……あれ?僕チンには連絡がないんですが……昨日はお酒を呑んでないですよ?」

ってか、暫く禁酒の罰となったのだ。


「通信用の札が無くなったのよ」

と眉を顰める酒井さん。


「ありゃまぁ……そうなんで?予備を含めてそこそこの数を渡してある筈ですが……」


「ダンジョン内の戦闘中に、殆どの荷物を失ったって話よ」


お、おいおい……

荷物を失った?

それほど慌てて逃げ出したってか?

「一体、何があったので?」


「詳細はちょっと……分からないわ。管狐の報告はあくまでも客観的なものだから。ただ、何かしらのモンスターと戦闘中に、勇者が張り切り過ぎて大規模な崩落が起きたみたい」


「崩落ねぇ……ま、有りがちな事故ですね」

初心者がダンジョンでやらかす三大失敗原因の一つだ。

どうせあの馬鹿勇者の事だ、狭い洞窟内で大きな魔法とか爆発系の魔法でも使ったのかな?

ちなみに後二つは、空間識失調による迷子とストレスから来る下痢だ。

「けど、博士や摩耶さんは?崩落と言っても、二人なら何とかリカバー出来るでしょうに」


「それがどうも……違う事に気を取られていたみたいなのよ」

酒井さんが大きな溜息を吐き、手慰みなのか俺の頬をムニュムニュと抓んだ。


「違う事?」


「何かね、微弱ながら霊気を感じた取ったって話よ。管狐も一応は霊感を持っているからね」


「……マジで?霊気って、人間界特有の……お化けチックなオーラの事ですよね?この世界には存在しない筈の」


「そうよ。それで瞬間的な対応が遅れたみたい。それにその時の崩落のパニックで、何か言語翻訳系のアイテムを喪失したって話よ」


「翻訳系アイテム……あ~……それは前に博士から聞きました。特殊魔法陣のスクロールを作ったって。いつも胸から下げてるそうです。人間界の頃に理論体系は出来上がっていたけど成功はしなかたって……でもこの世界だと上手く作動したって喜んでましたよ。魔力濃度の差ですかねぇ」


「で、一時撤退って話よ。何しろ他の皆と言葉が通じなくなったんですからね。今は近くにある集落にいるそうよ」


「なるほど。しかし霊気とは……それこそ酒井さんが行くべきでは?リッカが危険じゃないですかぁ。今から止める方が良いかと思いますが……ってか、呼び戻します」

既に走り出しているしな。

ちなみに俺は、リッカを連れ戻したら一緒に留守番しているぞ。

だって怖いし。


「待ちなさい」

酒井さんが馬の手綱を引くように、力いっぱい俺の耳を引っ張る。

「私もそう思ったけど、これも修行よ」


「い、いやいやいや……」


「それに私が行ったら、色々と拙いじゃないの」


「……まぁ……それは確かに」

今、摩耶さん達と酒井さんが出会ったら、全ての計画は御破算だ。

下手すりゃあの馬鹿勇者の精神が崩壊するかもしれん。

……

【ドッキリ】って書いてある看板を用意した方が良いかも。


「一応、芹沢と摩耶はオカルトに関してはエキスパートよ。それにリッカには対悪霊用の特別な符も持たせてあるし。まさかこの世界で作るとは思わなかったけどね」


「むぅ…」


「問題は、霊気の正体よねぇ」

酒井さんは顎に指掛け小さく唸った。

「アンタの言っていた精霊教会の聖女とやらの件もあるし、この世界にはまだ私達の知らない大きな謎が隠されているのかもね。魔王のダンジョンでも微かに霊気を感じたし……少しロンベルトに話を聞いた方が良いかも」


「あのデュラ公にですか?アイツ、直ぐ話をはぐらかすんですよねぇ」


「何か隠しているのよ。けど、無理に聞き出すことはしない方が良いわ。必要になれば自分から語るでしょうから」


「ふむ…」


「取り敢えず、ロンベルトのいるダンジョンへ行きましょう」


「そうですね。ってか城に来れば良いのにねぇ」

部屋を用意するぞと言ったのだが、固辞したので、今もロンベルトはあのダンジョンの中に引き篭もっている。

一応、突貫工事でダンジョン内に部屋を作ってやったのだが……一体何が面白いのやら。


「ふふ、住み慣れた場所ってのがあるのよ。雪隠虫も所贔屓って昔から言うしね」


「ふ~ん、そう言うもんですかねぇ」

ってか、古代の魔王の側近も酒井さんからすれば虫扱いとは……何かちょっぴり可哀相だよね。



「……おや?これは異世界の魔王殿に人間界の術士殿」

暖炉のある大きな部屋で、ロッキングチェアに腰掛けながら何か本を読んでいたデュラハンのロンベルトは、入って来た俺達に小首を傾げながら傍らに本を置き、

「これはまた久し振りですな」

そう言ってゆっくりと椅子から立ち上がった。

この部屋はかつてロンベルトがいたホールの奥にあった宝物庫を改修して作った居住空間だ。

書斎に寝室などもあり、中々に豪奢な造りになっている。


「相変わらず、こんな辛気臭い場所で独りで……何が愉しいのやら」

俺は辺りを見渡し、軽く肩を竦めた。

やはりアンデッドなので、趣味嗜好が少し違うのかな。


「賑やかなのは……どうも。昔から独りが好きでしてね」

ロンベルトは軽く肩を竦めると、いそいそとお茶の支度を始めた。

「それで、今日は一体……」


「大昔に何があったのか、そしてこのダンジョンに何が隠されているのか話してくれ」

俺は単調直入に切り出す。

と、ロンベルトはその貴族的な端正な顔を微かに歪め、

「……申し訳ない。以前にも言いましたが、その秘密を話すことは出来ません。この世界を危険に晒すわけには行きませんので」


「だろうね」

まぁ、分かるよ。

かつてこの世界を滅ぼしかけたって話だしね。

秘密を隠すのなら一切の情報を渡さずに徹底的にってか。

ま、道理だな。

「ただ、少し気になる事があってと言うか起きててなぁ……なぁロンベルト、精霊教会と言う胡散臭い連中を知ってるか?」


「精霊教会?」

ロンベルトは首を捻りながらカップに珈琲的な香りのするお茶を注ぐ。

俺の肩に乗っている酒井さんが小さなテーブルの上に飛び降り、

「知らないみたいね。確か成立は800年ぐらい前って話だったかしら」


「私は目覚めるまでこのダンジョンで眠りについていましたので……しかし精霊教会とは一体?」


俺はゆっくりと椅子に腰掛け、テーブルの上に置いてあった焼き菓子に手を伸ばす。

「表向きは勇者のサポートをする組織だが、実態は人間種の勇者を誕生させるのを目的としている謎の集団だ。実際、教会成立以降は人間種からしか勇者は誕生していないからな。恐らくだが……優秀な他種族の勇者候補を秘密裏に殺したりもしてたんじゃないかな」


「な、なんですかそれは?」

ロンベルトの顔に困惑の色が広がった。

「人間からとは……何故に?正直、人間と言う種族は弱いですぞ。数は多いですが……能力的に勇者になれる者は殆どいないと思いますが……私の知る限り、人間の勇者は一人しか知りませぬぞ」


「何で人間の勇者しか誕生させなかったのかは分からん。何か思惑があるのかも知れんが、今の所は不明だ。最初は人間と言う種の持つ傲慢さから、勇者と言うブランドを独り占めしたかったからと思ったんだが……」


「違っていたと?」


「実はな、その精霊教会の代表みたいな女が、アンデッドだったんだなぁ」


「アンデッド…」

ロンベルが眉根を寄せた。


「それも普通のアンデッドじゃねぇ。なんちゅうか……アンデッドではあるが、その反応が極端に薄いんだ。実体はあったが存在感を殆ど感じなかったと言うか……奴が本性を表すまで、俺のスキルにも反応しなかった。正直、俺の知っているアンデッドとは色々と違う摩訶不思議な存在だったわけよ」


「……」


「何か心当たりはあるか?」


俺がそう尋ねると、暫しの沈黙の後、ロンベルトは重々しく口を開いた。

「ヨオウシュメイ……と言うのをご存知か?」


「は?ヨオイシュメイ?」


「いや、ヨモイシュメイだったか……すまぬ。何しろ遥か昔に聞いた言葉で……何でも死者の国に住む女戦士だと聞いた憶えが……」


死者の国?

なにソレ?

冥界の事かにゃ?


と、酒井さんが腕を組み、

「……もしかして、黄泉醜女よもつしこめのこと?」


「む、さよう。どうも異世界の言葉は覚えにくくて……サカイ殿はご存知なのか?」


「黄泉の国の大神……伊邪那美イザナミに仕える女官の事よ。私の世界の神話に出てくるわ」

酒井さんはそう言って、小さく唸った。

そしてロンベルトに目を細めると

「なるほどね。朧気だけど、アンタが隠している事が少しは分かったわ。ふふ……」


俺もだ。

異世界の者が絶対に知らない筈の陰陽師って言葉も知っていたしな。

それに黄泉醜女か……

この世界と俺の魂の故郷である日本とは、何か因果関係があるのかもな。

……

少しおっかねぇよ。


「む…」


「しかし、まさかこの世界で黄泉醜女の名前を聞くなんてねぇ」


「ふむ……酒井さん」

俺は菓子を頬張り、

「仮にあの聖女とやらがその黄泉何とかって言う存在だった場合、もしかしてこのロンベルトや古代の魔王が取り逃したって可能性は……」


「そ、そんな事は無い」

とロンベルト。

険しい顔をしながら、

「奴等は全員、封印している筈だ」


お、おいおい、封印とか……自分から色々とバラしているぞ。

思わず苦笑だ。

ま、そんな事だろうとは予想していたけどさぁ。


「そうねぇ……時間が少しずれてるわ」

酒井さんはそう言って、固まっているロンベルトに手を振りお茶を催促した。

そして俺を見つめると、

「魔王ベルゼバンがこのダンジョンを造ったのが約1500年前。精霊教会の成立は約800年前よ」


「……ふむ」

確かにな。

仮にその黄泉醜女が何か企んでいたとしたら、もっと早くから行動を起こしている筈だ。

となると、800年前に何か起きたのかな?

何かしらの要因で一時的に封印とやらの力が弱まったとか……

一度、その封印を直に診せてもらった方が良いかも知れんが、まぁ拒否されるよなぁ……

それに下手に弄くると危険かも知れんし。

黄泉の国とか何か怖いしね。

「取り敢えず、色々と過去の文献でも調べてみますか。800年前に何があったとか」


「エリウの所に資料とかあるかしら?」


「無ければ帝国へでも行きましょうか。過去の出来事を記しておくのは人間種の方が得意ですし」


「そうね。私も少し気になる事があるから色々と調べたいわ」


「気になる事?」


「そうよ。例えば今まで精霊教会によって誕生した勇者のその後とかね」










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