ディスパッチ
リッカをダンジョンに送る?
「い、いやいやいや……何をいきなり言い出すんで?リッカはまだ子供ですよ?確かに戦闘力はあります。強いです。下手すりゃあのボンクラ勇者より強いかもしれません。が、通常戦闘とダンジョン探索は全くの別物ですよ?」
例えて言うなら、長距離などのトップランナーが初めて本格登山に挑むようなものだ。
いくら体力に自信があろうが、秘境探検に必要なのは先ずは知識と経験だ。
もちろん、他にもスキルや魔法の構成、そしてある程度の才能も必要だが……
「アンタもあのぐらいの歳にはダンジョンへ潜った経験があるじゃないの。そう言ってたでしょ?」
頭の上の酒井さんがそう言って、俺の肩へと降りて来た。
「いや、確かにそうですが……僕チンだって別に好きでダンジョンへ潜ったワケでは……」
俺はチラリとリッカに視線を走らす。
俺様の可愛い妹は、使った武具の手入れを丁寧に行っていた。
この辺は酒井さんの指導の賜物だ。
ちなみに死んだチンピラどもの遺体は、近衛隊員達が片付けている。
後で魔獣の餌にしよう。
「ってか、そもそも何で急にそんな話を?」
「あの勇者のダンジョン探索が失敗したからよ。助っ人が欲しいって要請があったの」
「はへ?失敗?初耳ですよ?何で僕チンに連絡が……」
「アンタは泥酔してたじゃない。だから私に直接連絡が入ったのよ」
酒井さんはそう言って、俺の頬をムニュッと摘んだ。
「ディクリスからね、一撤撤退するので誰かを派遣して欲しいって」
「……どういう事?撤退って……え?何で?」
サッパリ分からん。
そもそも既に攻略済みのダンジョンの筈ではなかったか?
聖剣がどうのこうの言ってたし。
まさか想定外の事態が起きたのか?
物凄い強敵が現れたとか、はたまた何かしらの現象でダンジョン構造が変わってしまったとか……
「さぁ?」
酒井さんが肩を竦めた。
「現場が混乱しているみたいで、説明も少し要領を得なかったし……ま、失敗の原因は何となく分かるけどね」
「僕チンには分からんで御座る」
攻略済みのダンジョンからの撤退で考えられるのは、急な腹痛と足の捻挫ぐらいだ。
酒井さんは腕を組み、指を一本立てると、
「先ず第一にリーダの不在ね」
「ふへ?リーダーは一応、あの熱血系馬鹿勇者では?」
「名目上はね。パーティーにはディクリスやリッテンと言った年上も多いし、何より芹沢もいるのよ。色々と気兼ねしちゃうじゃない。若いオーティスでは仕切るのは難しいでしょう。それにそもそも、あの勇者って自分で行動を決めた事があるのかしら?」
「あ~…」
そう言えば、無かったな。
全ての冒険において、行動計画は第三者が作ってきた。
聞けばダンジョン探索なんかも、リーネアやヤマダの旦那が仕切っていたと言う話だ。
現に今の冒険も、道筋は俺が作ったし。
「元々、リーダーには向いてないのかもね」
酒井さんは小さく鼻を鳴らした。
「……むぅ」
まぁ、元は田舎育ちのガキだしなぁ……
勇者とは言え、カリスマ性も少ないし……戦闘能力はあるけど仕切りとかは苦手かも。
「それに、ダンジョン探索未経験者が多いのも失敗の原因でしょうね。後は体力的な問題かしら」
「体力?」
「そうよ。元々摩耶や芹沢は長期間の冒険には向いてないのよ。二人ともインドアな方だしね」
「あ~そうですね。博士は研究所にいる方が多いですし、摩耶さんは歩いてるだけで疲れちゃうし……」
それでしょっちゅう、酒井さんに基礎体力を付けなさいって怒られていたしな。
まぁ、筋肉モリモリな魔法使いってのはいないと思うけどね。
それでも探索行に付いて行くだけの最低限の体力は無いと……
「しかし、メンバーにはリッテンやディクリス、それにシルクもいるじゃないですか。冒険慣れもしているでしょうし、既知のダンジョンでしょ?何が起きて失敗したんだか……」
「さぁ?摩耶がパニックを起こしたか、芹沢が駄々を捏ねたか……後は単に道に迷ったとかじゃないの」
「で、此方に救援を求めてきたと。それでリッカをですか?うぅ~ん……正直、本格的な冒険にはまだ早いような気が……」
何しろリッカはまだ幼い。
エルフ年齢だとまだ子供だ。
人間界で言うなら小学校高学年ぐらいである。
……
もっとも、実年齢は俺より遥かに高いのだけどね。
「可愛い子には旅をさせろと昔から言うわ。修行には打ってつけよ」
「……まさか独りでは行かせないですよね?」
もしそうなら、俺の心の国会は満場一致で反対決議を出しますぞ。
「当たり前でしょ?さすがに無理よ」
「あ、それだったら僕チンが変装して……」
遊び人のシンさんから謎の冒険家カワグーチ・ヒロシングにジョブチェンジしますぞ。
「却下よ。シングはエリウの傍にいて色々と仕事をしなさい。変事が起こったら対処しないと……一応は戦争中なのよ。何が起きるか分からないでしょ。それにアンタが変装しようが、近くに居ればいつか摩耶が気付くわよ。そうなったら色々と拙いわ」
「むぅ……だったら近衛隊や親衛隊から腕利きを選抜して……そうだな、一個中隊も集めれば良いかな」
「良いかな、じゃないわよ」
酒井さんが大仰に溜息を吐きながら、馬鹿を見る目で俺を見やる。
「魔王軍から軍を派遣してどうするのよ。さすがにあの勇者も怪しいって気付くわよ」
「ですよねぇ。となると……」
「ヤマダにリーネアを付けるわ。二人とも経験豊富だしね」
「ふむ……確かに、あの二人なら戦力的にも経験的にも申し分ないです。けどねぇ……やっぱ人数的にもう少し居た方が……せめて後5人ぐらいはメンバーに加えた方が良いかも」
「意外に過保護ね、アンタは」
酒井さんはそう呆れた声で言うと、
「リッカ。こっちへいらっしゃい」
「ん…」
武具の手入れをが終わった俺の妹は、トテトテと小走りに駆け寄ってきた。
「なぁに、師匠」
「リッカ。貴方へ試練を授けるわ」
「試練?」
リッカは可愛らしく首を傾げた。
「そうよ。暁のダンジョンと言う名の洞窟を制覇しなさい。御供にはリーネアとヤマダを付けるわ」
「リーネア先生とヤマダ先生を?」
「だ、大丈夫か?」
と、リッカを見つめながら俺。
「怖かったら拒否しても良いんだぞ?酒井さんは俺が説得するから……」
だがリッカはフルフルと首を横に振ると、
「大丈夫」
と自信有り気に頷いた。
「そ、そうか?」
「リッカは偉いわねぇ。シングとは大違いよ」
酒井さんは小さく笑い、
「向こうには勇者パーティーがいるわ。それと合流しなさい。詳しい事は後で話すわ」
「……勇者?」
リッカの眉が微かに曇る。
彼女は俺やエリウちゃんの傍にいる所為か、はたまた魔王軍に所属している為か、勇者と言う存在について些か懐疑的だ。
俺はウンウンと頷きながら言う。
「そうだ。馬鹿で独りじゃ何も出来ないボンクラ勇者だ。そいつをお前が助けるんだ。あぁ……でもムカついたら殺しても構わん」
「良いの?」
「俺が許す」
そう言ったら酒井さんが俺の頬をぺチンと叩いた。
「殺しちゃ駄目よ。せいぜい半殺しにしてあげなさい」
「むぅ……あ、それと向こうには神の御使いと呼ばれるマーヤと言う女性がいる。彼女も酒井さんの弟子だ。芸人システムで言えばリッカの姉さんに当たる」
「お姉ちゃん?」
「そうだ。これまた少々出来が宜しくないので……時々駄目出してやると良いぞ。少しぐらいなら罵倒も許す」
「うん、分かった」
リッカは小さく頷き、そして微笑んだ。
あぁ……心配だ。
でも、確かに酒井さんの言う通り、リッカを鍛える為には最善だが……
それでも心配だ。
どうしよう?
こうなったら禁断のアビリティ【分裂】を使うか?
……
いや、さすがにリスクが高過ぎるか。
うぅ~ん……
とにかく、先ずは装備だな。
取り敢えずあのベルセバンのダンジョンから持って来たアイテムの中から、最高級の物を用意しよう。