リッカは気紛れ
「と言うわけでリッカよ。今日は実戦訓練だ」
城の中庭にて、俺は妹分……と言うか限りなく妹に近い……いや、妹であるリッカに、ニッコリ笑顔でそう話し掛けた。
ホビストエルフと言うこの世界でも珍しい種族であるリッカは、可愛らしい大きな目を瞬かせ、小首を傾げながら俺の後ろで直立不動の姿勢を取っている輩を見やる。
盛り場から精神支配魔法で連れて来た連中を含め、その場にいる全員が超困惑顔だ。
彼女の少し伸びた髪の上に覆い被さるように乗っている酒井さんが、
「どういう事?それにあの連中はなに?物凄く頭が悪そう感じがするんだけど……」
「ご明察の通り、頭も悪けりゃ品も無い、街のチンピラです」
俺はチラリと背後を見やり、小さく鼻を鳴らした。
「なに、ぶち殺すのは簡単なんですが……ここは一つ、リッカの戦闘訓練の相手になってもらおうと思いましてね。廃物利用ってヤツです」
気持ち的には子供に狩りの練習をさせる為に生餌を持って来た肉食獣のお母さんってな感じだ。
「なるほどねぇ」
酒井さんがウンウンと頷いた。
そして目を細め、
「けど、リッカの相手ならもう少し強い方が良いんじゃない?」
「確かに。けど相手は五匹です。複数同時相手ですから、レベル的にはこれぐらいでも良いのかなと」
俺はそう言って、笑顔でリッカの肩を軽く叩き、
「そう言うわけで、頑張れリッカ。これは実戦だ。ま、お前の実力なら余裕だと思うが、それでも相手は複数だし、何より縛りを設ける。使う武器はショートソードと短弓で、矢は三本だけだ。あ、もちろん魔法は使って良いぞ。それで奴等をブチ殺せ」
「え、でもでもシングお兄ちゃん……」
チラチラと俺の背後にいる馬鹿どもを見やり、リッカは何か言いたそうだ。
彼女にしてみれば、いきなり初対面の輩を殺せと言われて戸惑っているのだろう。
ってか、リッカだけじゃなく誰でもそうだと思うが。
「なに、心配はいらん。コイツ等は処分予定の屑だ。何しろ街で暴れて俺様ちゃんに叩きのめされた癖に、それを根に持って復讐まで企んでいた輩だからな。街の治安を守る為にも始末するに限る。見せしめも兼ねてな」
「……シングお兄ちゃんを襲ったの?」
「そうだ」
と頷くと、スッとリッカの目が据わり、
「じゃあ仕方ないね」
どこか平坦な口調で言った。
その瞳からは光が消え失せ、ゴミを見るような冷たい眼差し連中に向けている。
「ま、自業自得よね。喧嘩を売った相手が悪かったわ」
そう言って酒井さんが、俺の頭へと飛び乗って来た。
そして耳元で呟く。
「リッカは心に大きな闇を抱えているけど、それをちゃんと制御しているわ。温室育ちの摩耶とは大違いよ。魔女の資質に恵まれているわ。稀代の大魔女になれるかも」
「俺的には普通の女の子に育って欲しかったんですけどねぇ……あ、もちろん嫁には出しませんが」
「何を言ってんのよアンタ?本当にシスコンの気があるんじゃないの?」
「はっはっは……何を仰る酒井さん。僕チンは至ってノーマルですぞ」
「アンタの何処がノーマルなのよ。重度の二次コンを拗らせているのに」
「はっはっは」
ま、何を言われようが嫁には出しませんけど。
「とは言え、この世界じゃ普通の女の子の幸せとか……そんな温い事は言ってられませんからねぇ。最低限、自分の身を守る術は教えないと」
「守るどころか能力的にはエリウに匹敵するわよ。何しろ私やアンタが色々とレクチャーしているわけだし」
「弓はリーネア、剣はヤマダの旦那が教えていますしね。物覚えも早いし、何より種族的にも優れていますからねぇ」
リッカの種族であるホビストエルフと言う種は、かなり稀少な種族で、名前は知っているが見た者は殆どいないと言う、何だかUMAに近いような存在だ。
もしかしたら彼女がこの世界で最後の一人なのかも知れない。
小柄な体躯ゆえか、身体能力的には純系エルフに劣るが、素早さと魔法に対しての適正値が非常に高い。
ある意味、その辺はエリウちゃんに似ている。
ふふ、クラス的には魔法能力に長けたレンジャーって所かな。
物凄くレアな構成だ。
リッカの将来が実に楽しみですぞ。
「さてと。おい…」
俺は傍に控えていた近衛を呼ぶ。
「この屑連中に武具を用意しろ。通常装備で良い。皮鎧と……そうだな、武器は全員バラバラが良いな」
★
さて、どう出るかねぇ……
一般兵士用の武具を装備した五匹の輩は、未だ戸惑った顔をしていた。
左から太い触手のような髪をした魔族に蝙蝠のような顔をした獣系魔族。
そして青い肌をしているエルフ系統の野郎に鬼人系種族。
最後に額に大きな瘤がある種族……おそらく退化した三つ目鬼系の種族か何かだろう。
俺の正体を知り、お許し下さいとか何とか泣き喚いていたが、もちろん許さん。
と言うか、相手の素性を知って態度を改めるとは余計に許せん。
「ふむ……準備は良いか、リッカ?」
腰にショートソードを下げ、短弓を手にしたリッカはコクンと頷いた。
緊張している様子は無い。
実に落ち着いている。
対して馬鹿どもは……まだ何かギャーギャー喚いていたが、屈強な近衛隊員どもに睨まれ、絶望と言うか悲壮な顔をしていた。
俺は小さく鼻を鳴らし、
「ルールを説明する。と言っても簡単だ。殺すか殺されるか逃げるか……ま、好きなようにすれば良い」
そう言って笑う。
「さて、ではそろそろ始めるぞ。出来ればリッカを追い詰めるぐらいは奮戦して欲しいが……あぁ、もし万が一勝つ事が出来れば、何か褒美でも取らせよう。それに軍に採用してやる。いきなり部隊長クラスだ。猛者は一匹でも欲しいからな」
まぁ、それは無理だと思うけどね。
俺は涼やかな笑みを溢しながらリッカから距離を取り、そして片手を挙げる。
「では……始め!!」
言うや、五匹のチンピラどもは一目散に逃げ出した。
それも全員がバラバラの方向に。
ほぅ……先ずは正解だな。
俺でも同じシチュエーションに置かれたら、先ずは逃げ出す。
ただし、奴等のように怖くて逃げ出すわけではない。
相手の戦力が未知だから、様子を覗う為に一旦逃げるのだ。
さてと、リッカはどうするかな?
同じ方角へ逃げたのなら対処は容易いが、蜘蛛の子を散らすように逃げたとなると、全員を仕留めるのはかなり難しいが……
だがリッカは、わたわたするかと思ったがククッと微かに首を傾げると、至極冷静に
「霧の五次元」
片手を水平に振り、結界魔法を展開。
濃い霧のような物がリング状に辺りを囲み、逃げ道を塞いだ。
逃げ出した者達はその場で右往左往だ。
「冷静に対処したわね。上出来よ」
と肩に乗っている酒井さん。
「あれが摩耶だったら、オロオロしただけかも」
「……確かに」
そしてリッカは短弓を構えると、
「やッ」
と可愛い掛け声と供に矢を射出。
リッカより放たれた矢は逃げる鬼人系種族の背後に迫るや、フッと掻き消えたかと思うと、いきなり頭の側面を貫いた。
真横からこめかみ辺りに突き刺さっている。
即死攻撃だ。
ほほぅ……瞬間移動する奇襲矢か。
魔力を感じなかったけど、リッカのスキルかな?
それともあの短弓の持つ特殊能力かも。
ま、詳しくは知らんが先ずは一匹か。
一撃で仕留めたし、上出来だ。
さて、残る4匹はどう出るか……
結界で行き場を失い、更に仲間の一人があっさり矢で射抜かれ絶命したのを見たチンピラどもは、覚悟を決めたのか足を止め、手にした武器を握り締めながらリッカに向かって反転特攻してきた。
先頭を走るは蝙蝠顔の獣系魔族。
意味不明な甲高い叫び声を上げながら、ロングソードを振り回して突っ込んで来る。
ふむ……素人剣法だが、あの剣をあの速さで操るか。
膂力は高そうだな。
当たればリッカの体躯なら一撃死も有り得るが……
リッカは慌てず、矢を射った。
しかしその矢は敵ではなく、地面に突き刺さる。
刹那、獣系魔族の動きが止まった。
硬直系の魔法だろうか。
酒井さんが小さな手を叩きながら
「影縫いね。私が教えた術よ」
「ほほぅ……影縫いとな」
確かに、リッカの放った矢は敵の足元の影に刺さっている。
と、リッカは片手を振り、眼前で大きな逆二等辺三角形を作る。
「燦洸擲」
微かに放電する逆三角の光環が、素早く地を滑りながら動きを封じられた野郎へと突き進み、そして爆発。
四肢が分断され、臓物と供に血飛沫が舞う。
雷撃系爆発魔法か……
これも酒井さんが教えたのかな?
リッカは表情一つ変えずに、その視線を残った三匹の輩へ向ける。
チンピラどもは意を決した……と言うか半ば自暴自棄になったのか、雄叫びを上げながらリッカ目掛けて殆ど同時に突っ込んで来た。
半ば狂乱状態だ。
「ディメルシュナイデン」
リッカが今度は水平に手を振ると、ハルバートを手に向かって来た瘤付き魔族の両の膝から鮮血が迸る。
むぅ……俺なら足ごと簡単に切断できるが、今のリッカの習熟度では軽く斬るのが精一杯か。
ま、それでも動きを止められたから良しだが……
膝を切られた魔族は「こ、このクソ餓鬼がぁぁぁッ!!」と口汚く吼えるや、手にしていたハルバートを投擲。
予想だにしない攻撃だったのか、リッカは僅かに動揺し、思わず手にした短弓で飛んで来るハルバートを払い除けるが、その所為で弓弦が切れてしまった。
その隙を突き、触手頭の魔族が槍を突き出してきた。
むほッ!?ま、拙いか!!
だがリッカは素早く懐から酒井さん謹製の符札を取り出し、
「反転門」
突き出した槍はリッカに深く突き刺さるかと思いきや、彼女の身体を擦り抜け、槍を繰り出した触手魔族の背中に突き刺さった。
おおぅ、スゲェ……部分的に空間を歪めたのか。
俺のリフレクシルトの発展型みたいな防御魔法だな。
更にリッカは腰から素早くショートソードを抜き放つと、
「フランベル」
剣が瞬時に炎を纏い、そのまま触手魔族を切り付けた。
そして今度は片手を挙げ、
「地獄八景、火焔剣」
リッカの背後に八本の炎の剣が現れるや、膝を切られて動けない瘤付き魔族に跳ねるような複雑な動きで襲い掛かる。
二匹のチンピラはまるで奇妙なダンスを披露するかのように燃え盛り、やがてその場に炭となって崩れた。
残るは一匹。
エルフ系統の輩だ。
そいつは既に戦意を消失したのか、その場に得物を放り捨て、いきなり土下座した。
そして洟と涙でグチャグチャになった顔を向けながら、必死になってまだ幼いリッカに『命だけは』とか懇願するが……リッカは無言で、残った魔族を冷たい眼差しでヒタと見据えていた。
そしてゆっくりと近付くと、そいつの額に手を伸ばし、
「ダメ」
と一言。
チンピラの顔が絶望色に染まる。
「黄泉送り、曼珠沙華」
刹那、エルフ系種族は『ガッ…』と短く意味不明の言葉を発した過と思うや、その場に前のめりに崩れる。
見ると動かなくなった輩の耳穴から緑色の細い茎がゆっくりと伸び……そして奇妙な形状の赤い花を咲かせた。
リッカはフゥと小さな溜息を吐くと、俺を見て嬉しそうにガッツポーズを作った。
……うむ、見事だ。
魔力レベルが低いので威力はまだまだだが、この程度のチンピラ風情が相手ならやはり余裕だ。
特に最後の輩に情けを掛けなかったのは大変宜しい。
あそこで躊躇するならまだまだである。
何しろ彼奴等は、俺にやられた腹いせに復讐を企むような輩だ。
暫くは良いだろうが、何ヶ月かしたら報復に出て来る可能性もある。
肩に乗っている酒井さんも
「冷酷なように見えるけど、状況からすれば正解よ」
と小さく手を叩いた。
「禍根は残さないようにしなくちゃ。……摩耶もこれぐらい冷静に物事を進める事が出来れば良いのにねぇ」
「あ~…」
そりゃ無理だ、と喉まで出掛ける。
摩耶さんは過分に甘い所も多いし、何より状況判断能力が少々乏しい。
その辺は育ちの良さが影響しているのか、はたまた過酷な状況に身を置いた経験が少ないのか……
こう言ってはなんだが、やはりリッカと比べると全然に駄目だ。
戦闘時と平時との間の精神の切り替えが出来ていない。
ま、精神修養は肉体の修練より難しいですからねぇ……
「ふふ、それにしてもリッカは凄いわ。才能もそうだけど、精神的にも強靭だわ。さすが私の弟子ね」
「僕チンの妹でごわす」
「もっとも、まだまだ未熟な所も多いけどね」
「まぁ、その辺は経験の少なさでしょう。やはりこう言った事は場数を踏まないと……」
「そうね。……だったらリッカを派遣しましょう」
「はへ?一体何の話で?」
「ふふ、リッカをダンジョンへ送るのよ。暁のダンジョンだったかしら?あの勇者が挑んでいるダンジョンへリッカを潜らせるのよ」
「……は?」