不必要なモノ。例えば足の親指に少し生えている毛とか
……恐れるな……次元の媒介者……
理を外れた選ばれし者よ。
死より生まれし故に誰よりも死に恐怖するが、故にそなたは死を避ける術に長けている。
案ずるな……
己の望むままにその剣を振るえ。
何故ならそなたは我でもあるのだから……
「……ふにゃ?」
意識がゆっくりと、深遠の淵から浮かび上がるような感覚。
閉じた瞼が自然にゆっくりと開く。
ぼやけた景色が段々と鮮明になり……
「どこだ、此処?」
いきなり途方に暮れた。
何故なら目の前には鉄格子。
そして頬に当たるは冷たい石の床。
重たい身体を起こしながら辺りを見やると、狭い室内にはホブゴブリンと思われる若い男と、リザードマンにも似た爬虫類型魔族。
ヤマダの旦那も床に転がっていた。
しかも呑気に大鼾を掻いている。
うぉぅ……まだ少し酒臭いし、とても人類種最強の剣士には見えんわい。
旦那は元から酒に弱い……ってか、ダンジョン探索の時にも思ったけど、毒物に対する耐性値が低いのかもな。
「……むぅ」
取り敢えずワケが分からん。
何故に俺は牢屋に?
酔っていたので記憶が少し曖昧だ。
憶えているのは、馴染みの店の前で乱暴狼藉を働いていた獣魔族やタコみたいな顔をした輩を成敗してやった事ぐらいだ。
その後はプッツリと記憶が途絶えている。
うぅ~む……急に身体を動かしたから、一気に酔いが回ったのかな?
取り敢えずテレパス通信を作動させ、現状を確認する為に黒兵衛に連絡取ってみる。
『あ、なんや?起きたんか?』
脳内に響く馬鹿猫のダミ声。
起きた。ってか、此処は何処?俺の置かれた状況について説明をプリーズ。
『説明も何も……酔って大暴れした挙句に官憲に捕まってトラ箱へぶち込まれたんや』
あ、ありゃまぁ……
全然、憶えてないわい。
そんなに呑んだ記憶は……いや、結構早いペースで呑んだな。
しかし……そっかぁ、捕まったのか。
いやはや、人生初ですな!!牢屋に入るなんて。
これはこれで結構新鮮な体験だ。
ってか、何で誰も助けなかったんだよぅ。
少しばかり薄情ではないかい?
『ワテが止めたんや』
う、裏切ったな僕を!!
『何を言うとんのや?下手に止めて正体がバレたら拙いやろうが……自分、正体は秘密のままの方がエエやろ?そう言うてたし』
ま、そりゃそうだ。
俺は魔王ではなく、この街では遊び人のシンさんだからな。
ま、それはそうとして、迎えに来てくれよぅ……お腹も減ったし。
『それは出来ん相談やな』
本当に裏切ったッ!?
『アホか。放っておき、って酒井の姉ちゃんに言われとるんや」
ふにゃ?
『そこで暫く頭を冷やせって事や』
え~……折角のお休みなのにぃ……
牢屋の中って、ちょっとロンリーじゃね?
『こっちはこっちで、ちょっと今、手が放せんのや』
ん?何かあったのか?緊急事態か?
『うんにゃ、大したことやないで。ティラの姉ちゃんが二日酔いでゲェーゲェー吐いとるぐらいや。酒井の姉ちゃんがヤレヤレな顔で看病しとるで』
……何してんの、あの娘?
そう言えば、女の子だけで飲み会がどうとかペセルが言ってたけど……
大丈夫なのか?
『姉ちゃん真面目やからな。色々とストレスを溜め込んでいるのやろ』
そっかぁ……
そうだな、ティラは真面目過ぎるからな。
痛飲しちゃう時もあるだろう。
もっとこう、気楽に人生を愉しんだらエエのにね。
ただ、酒でストレス発散も悪くはないけど、やっぱ呑み過ぎはなぁ……
『どの口が言うとんのや?』
わははは♪
しかしティラも大変だな。
こういう時、傍に不満を聞いてくれるような男でもいればストレスも溜まらないのにね。
誰か気になる男とかはおらんのじゃろうか……
『……せやな。ただ、その事を姉ちゃんの前で言うたらアカンで』
ふにゃ?
★
と言うわけで、官憲に厳しく注意された後、俺は牢屋から出された。
ま、ただの酔っ払いだし、他に迷惑を掛けた訳でもないので、特にお咎めは無しだ。
飲み屋の大将の口添えもあったしね。
ちなみにヤマダの旦那は、まだ少し酔っているので、今しばらく牢屋の中で安静だ。
後で城から誰かを迎えに来させよう。
「ふにゃふにゃ…」
ボリボリと頭を掻き、重たい瞼を瞬かせつつ辺りを見渡す。
昨夜の喧騒とは打って変って昼の街は意外に静かである。
と言うのも、魔王領最大都市と言っても現在は戦争中で、若い者の多くは軍に臨時に徴用されているからだ。
街に残っているのは年寄りか子供、それか徴兵免除された家名を継ぐ総領や生活用品を作る為の職人達ぐらいだ。
次男や三男などは殆どが軍に参加している。
昨夜は魔王軍本隊が戻って来ているので、それで偶々賑やかだったに過ぎないのだ。
うむ、本日も平和ですな。
蒼穹の空を見上げ、独り頷く僕チン。
陽は中天に差し掛かろうとしていた。
「さぁ~て、もうすぐ昼ですかぁ……どうしようかな」
このまま城に戻るのは何となく勿体無い。
ぶらぶらとそぞろ歩きしながら、何処か隠れた名店でも見つけようかな。
そもそも空腹だし。
と、そのまま表通りから裏道へと入り、美味い飯屋はないかと散策していると、
「ふにゃ?」
いきなり目の前に数人の男達が現れた。
数は……ひのふの……五人だ。
魔族種や獣族、エルフ系統の輩もいる。
どいつも目付きが悪く、如何にもはみ出し者的な雰囲気を漂わせていた。
一言で言えば、街の厄介者と言った所だろうか。
なんじゃ?
え?もしかして僕チン、絡まれてる?
この街の治安はそれほど悪くは無い筈なんじゃが……
等と思っていると、その内の一人、と言うか一匹の獣魔族が藪睨みな視線を投げ付け、
「おぅ、兄ちゃん。昨日は世話になったなぁ」
少しばかり調子こいた口調。
知能の低さが如実に現れている。
「はにゃ?」
昨日?
ん~……
「あ、もしかして……飲み屋の前で暴れてた馬鹿か?」
「ンだとぅ!!」
「で?何か用か?」
俺は小首を傾げ、馬鹿とその仲間達をボンヤリと見つめる。
「もしかしてもしかすると……復讐?わざわざ俺が出て来るのを待ってたの?……良いなぁヒマで。ってか、お前ら仕事は?やる事が無いんなら、軍に参加すれば良いのに」
そんな事を言ってる間に、俺の周りをゴロツキ集団が取り囲んだ。
やる気満々だ。
や、やれやれだねぇ……
酔った勢いで暴れたってだけなら、『悪い酒だなぁ』と苦笑一つで許してやるのだが、報復措置を取ろうとするとは……もはや生かしておく価値すら見出せん。
さて、どうしようか?
このままブチ殺すのは簡単だが、それでは人的資源の浪費だ。
どうせ処分するのなら、何か少しでも役に立ってもらわないと。
ん~……過酷な最前線にでも送ろうか?
はたまた愚連隊に所属させて、勇者スティングの勇名を高める獲物とするか?
うぅ~む……
俺は顎に手を当て、周りを囲む馬鹿どもを値踏みする。
ふむ、強くはなさそうだし……うむ、そうだ。こいつ等は教材になってもらおう。
俺はニッコリ笑顔で指をパチンと鳴らし、スキルと魔法を展開。
「口を開く事を禁ず。勝手に動く事も」
野郎どもはその場で固まった。
蒼褪めた顔で、目だけをギョロギョロと動かしている。
「ふん、精神耐性も低いか。やれやれ、本当に……ま、良いや。そのまま俺の後に付いて来い」
言って俺は、城へ向かって歩き出したのだった。
……
ってか、飯食うのを忘れてたよ……城で何か食べるかねぇ。