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ザ・デストラップ2うぃる


歴史的にも有名であり、参拝客で賑わうとある寺院の奥の更に奥。

一般僧侶の立ち入りが規制されている特別な区画に、調伏十三流の総本部はあった。

薬師如来坐像を正面に置いた薄暗い本堂に、五人の僧侶が集まり小難しい顔で議論を交わしている。

中でも僧正位を持つ慈海は、一際難しい顔で低く唸っていた。

そしてその慈海の正面に座る、メガネを掛けている痩身の男は、神経質そうに眉間に皺を寄せ、

「それで慈海殿。円順以外の者達は?」

「……喜連川殿からの連絡じゃと、行方不明と言う話じゃ、円聡殿」

「つまり……最早生きてはおらぬと?」

「円順ですら、あの様じゃ。恐らくはな」

そう言って慈海は大きく溜息を吐くと、その脇に座っている小太りの僧侶が、

「それで、敵はやはりかの者と……」

「円順の具合からして、先ず間違いなかろう」

「むぅ……」

「ま、起きてしまった事は仕方が無いとして……慈海殿。これから如何なさるつもりか?」

「連絡を貰った時点で、烏枢沙摩明王隊と大威徳明王隊を派遣しておる」

「ほほぅ……また明王隊ですか」

そう少し甲高い声を上げたのは、他の4人の僧侶とは違い、僧衣ではなく小奇麗なスーツに身を包んだ短髪の男であった。

微かに吊り上った唇の端が、どこか全てを小馬鹿にしているような印象を与えている。


「確かに、あれらは実戦部隊としては優秀ですが……どうも柔軟性に欠ける。それに法術の方も些か……ここは一つ、八部衆を動かしてはどうですか?」

「浄徳殿、それは拙かろう。八部を動かせば高野の連中に感付かれるわ」

「はは……今時、台密とか東密とか……そう言う時代じゃないと思うのですがねぇ。それより慈海殿、例の書は円順に渡してあると聞きましたが、何故です?かの者は必ずあれを狙って来ると思うのですが……」

「確かにの。しかし、あれはかの者を封じるのに必要じゃ」

「それはまぁ……そうですがねぇ。ですが少し危険じゃないですか?もしあれが奪われでもしたら……」

「その心配は無用じゃ」

と、微かに頤を上げながら慈海は言った。

「実は、あの書その物が罠なのじゃ。何しろ強力な封を施してある故な。しかもその封をしたのは醒海様じゃ。あの書を手に入れようとする不埒な輩は、決して逃れられぬ結界に囚われるわ」

「醒海様が……ですか。なるほど」

「さよう。何人たりとも……例え如何に強力な妖の類であれ、あの封を破る事は絶対に不可能じゃ」

「まぁ……確かに。ただ、喜連川氏の許には、かの酒井魅沙希が居ると聞きましたが……あの大妖ならば、何かしら事を起こすのではないかと、小生はそれを危惧しますね」

「この件に首を突っ込んで来ると?……それこそ好都合じゃ」

慈海は破顔した。

「かの者共々あの性悪人形を封じれば、我等としては万々歳じゃ。そうは思わぬかね?」

「過分に個人的感情が混ざっている気もしますが……喜連川の家を敵に回すと、色々と困ると思うのですがねぇ。その、何と言いますか……物理的にね」

「それでも、取引材料にはなろう?御堂も古くなってきたし、そろそろ改築する頃合ではないかね?」

「……少しばかり、都合が良い様な気がしますがねぇ」

浄徳はそう言うと、軽く溜息を吐き、居並ぶ僧侶達を見渡しながら、

「小生としては、最悪の事態……かの者があの書を奪い取った、と仮定した場合の対策を練った方が良いと思いますよ」



思った以上に、様々なトラップが存在した。

ブリザードが吹き荒れる罠や毒霧が噴出すると言うオーソドックスな物から、槍が突き出たり矢が飛んで来たりと言う物理的な罠。

更には何かしらの呪いが発動する罠等、実にバラエティ豊かだ。

そしてそれ等を、スキルと巧みな反射神経と幸運で何とか潜り抜け……潜り抜け潜り抜け、肉体以上に精神的疲労が溜まって来た所で、それまでとは異なる形状をした扉を発見。

扉、ではなくジャパニーズスライドドア……要は襖だ。


「やっとこさ正解か?」

俺の肩に乗っている黒兵衛が疲れた声で言った。

俺様が庇っているとは言え、ある程度はトラップのダメージを受けている使い魔は、かなり疲労困憊と言った具合だ。

尻尾の方なんか炎で焦げて毛が無くなっていたりもするし、既にヒゲも片側半分が消失している。


「ゴールだと良いけど……俺様ちゃんの勘だと、この辺でボス戦が始まるんじゃね?」


「こんだけ長く歩いて来てか?どんなクソゲーやねん。せめてセーブポイントは欲しいでぇ」


「死にゲーと言う奴かも知れんな。マゾゲーマーには堪らん仕様じゃのぅ」

言いながら俺は襖に指を掛けた。

そして肩に乗っている黒兵衛と視線を交わし、軽く頷くと同時に一気に開け放つ。


「……あら?遅かったのね?」


「ぎゃふん」

一気に脱力し、膝から崩れ落ちた。

その何だかやたら古めかしい感じの部屋の中には、酒井さんがいたのだ。

小汚い卓袱台の上に、ちんまりと正座しながら呑気に御茶を飲んでいる。

「……ある意味ラスボスだ」


「あ?何か言ったシング?」


「なんでもないでごわす」

俺はゆっくりと立ち上がり、室内を彼方此方と見渡しながら、

「酒井さん、もしかしてずっとここに?」


「そうよ」

魔人形は湯飲みに御茶を注ぎながら答えた。

「ここで待っていれば、追っ付け誰か来ると思っていたんだけど……随分と遅かったじゃないの」


「そ、そうっスか?そんなに長時間だったかなぁ?トラップの連続で、時間の感覚がおかしいのかな?」


「トラップの連続と言っても、少しでしょ?」


「え?少し?」

俺は卓袱台の前に座り、黒兵衛を膝の上に置きながら酒井さんの淹れてくれた御茶を一啜り。

あぁ……何だかホッとする。

「美味いお茶だなぁ……って、そうじゃなくて、別に少しでは……酒井さんも一応、罠には引っ掛かったんですよね?」


「ちょっとだけね。私は三つぐらいの罠でここへ辿り着いたわよ」


「……」

お茶が鼻から逆流しそうになった。

「三つって……黒兵衛、俺達はどのぐらいの罠を潜り抜けてきた?」


「二百と十六や」


「だそうです」


「……何してんのよ」

酒井さんは眉を顰め、残念そうな顔で俺を見やる。


「や、そうは言っても……」


「適当に扉を開けて行っても、そんなには引っ掛からないわよ」


「そ、そうかなぁ。って、そもそもここは何です?随分と古めかしいと言うかオンボロな部屋ですけど……」


「休息所」


「休息所?」


「……を模した魂を挫かせる部屋ね」


「どう言う意味で?」


「この昭和初期の古民家のような部屋は、それ自体がノスタルジックな気分になるし、それに生活に必要な物は色々と揃っているわ。続きの間には囲炉裏まであるんですもの。食料もあるし、煮炊きも出来る。正直、ここで普通に暮らす事だって出来るわ」


「へぇ……」

でもゲーム機とかテレビが無いじゃん。

僕ちゃん、とてもじゃないが暮らせないよ。


「で、そんな安全な部屋から一つ扉を開ければ再び無数のトラップ地帯。もちろん、この部屋に戻って来れる保証はないし……中々に、ここから出るのは厳しいでしょうね。特にここに来るまで散々な目に遭って来た者達にはね」


「……なるほど」

俺はともかく、罠でガチで死に掛けた輩としては、なまじこの部屋が快適な分、ここから次の部屋に進む勇気は出難いでしょうなぁ……

「んで、一体全体、ここはどこで?」


「結界の中よ」

酒井さんはそう言って、もう一度お茶を啜ると、どこか感心したように、

「あのクソ坊主の部屋に侵入すると同時に発動したみたいだけど……これは中々に凝った結界よ。幾つもの術法を綺麗に組み併せて作っているわ。これを創った術士……天才と言うか変態的結界マニアね」


「ほへぇ……それで、どうやって脱出するんですか?」


「そうねぇ……ま、私では無理ね」


「ありゃま」

俺は膝の上に乗っている黒兵衛と顔を見合わせた。


「ただ、こう言う時の為に摩耶がいるのよ」


「摩耶さんですか?」


「そうよ。わざわざ別行動しているのはこう言う時の為よ。あの子はちょっと抜けている所も多いけど、その実力は魔女の中でもかなりの物よ。潜在能力は私以上かも」


「ほぅ…」


「この手の結界や封印系の術は、一度引っ掛かると抜け出すのは至難の業だけど、外側からならまだ楽に解呪する事が出来るわ。牢屋と同じよ。中に入ったら開ける事は出来ないけど、部屋の外からなら何とかなるでしょ?」


「なるほど」


「だから今はこうしてノンビリと、摩耶がこの結界を解除するまで待ってるのよ」

酒井さんはそう言ってニッコリ微笑む。

と、いきなり部屋の襖が開き、

「さ、酒井さん。それにシングさんも」

魔女姿の摩耶さん登場。

酒井さんは笑顔のまま固まっていた。


「え?あ、あれ?酒井さん、どうかしましたか?」

「……アンタ、何してんのよ。何でここに来るのよ」

「え?え?」

「はぁぁぁ~」

と、酒井さんはこれ見よがしな溜息を吐き、どこか疲れた声で、

「シング。あんた、何とか出来ない?」


「ん?ん~……そうですねぇ」

俺様ちゃん、暫し思案。


先程の酒井さんの例え通り、ここは牢屋の中だ。

だから当然、こちら側から鍵を開けて外へ出る事は出来ない。

そもそも鍵穴すら無いのだから。

ならばどうする?

答えは簡単、牢屋ごと吹き飛ばせば良いのだ。

俺なら多分……出来る。

問題は、どれだけ魔力を消費するかだ。

この人界では、予想以上に魔力の消費が激しい。

理由はまだ分からないが、程度の低い魔法でも、かなりの魔力を失ってしまう。

ここでもし、想定以上に魔力を使い、魔力欠乏症の状態に陥ったら……今季の新作アニメを見逃してしまうではないか。

それに途中掛けのゲームもまだあるし……かと言って、ここから脱出できなければ永久に出来ない。

「ん~……ギリギリまで絞れば行けるかな?」


「ん?どう言う意味なのシング?」


「や、魔力の調整をね」

俺は膝上の黒兵衛を脇に退かせながら立ち上がると、軽く首を回し、

「んじゃ、酒井さん達はちょっと下がってて下さい」


「で、何するのよ?」


「この結界ごと、ぶち壊します」


「そんな事が出来るの?」


「……多分」

俺はフッと鋭く息を吐き出し、精神集中。

被害が大きくならないように、この結界とやらの空間の一部だけを切り裂く感じで……

魔力を抑え、最低限の発動値まで下げて……って、結構加減が難しいな。

力籠めるってのは楽だけど、力を抑えるってのはこれがまた中々に……

っと、良し、こんなもんかな。


「んじゃ、行きますよぅ」

ゆっくりと腕を上げ、

「ディメルシュナイデン!!(次元切断)」

それを思いっ切り振り下ろした。

刹那、二メートルほど先の何も無い空間に、一筋の線が刻み込まれた。

例えるなら、長い髪の毛が一本、空中で静止しているような光景だ。

やがてその筋から徐々に光が漏れ始めると同時に、そこにある空間そのものが皹割れて行くかのように黒い線が彼方此方に伸び始め、次の瞬間、弾け飛んだ。

眩い閃光が俺達を包み込み、次に目を開けるとそこは、乱雑に物が置かれた小汚い部屋だった。


「お、おおぅ……成功だ」

息を吐くと同時に、軽い立ち眩みを覚え、膝が揺れる。


「だ、大丈夫ですかシングさん」

後ろから摩耶さんが支えてくれた。


「な、何とか」

やっぱ予想以上に魔力を消費するなぁ。

力を制御しても、勝手に魔力が零れると言うか……

ま、そうなるだろうと思って身構えていたからまだ平気だけどね。


「どうやら、円順の部屋に戻って来たようね」

酒井さんはそう言って、摩耶さんの肩から俺の肩に飛び移り、

「でかしたわ、シング」

良い子良い子と頭を撫でてくれた。

……

人形の手なので、撫でると言うより硬い物でグリグリされている感じなのが何ともションボリなのだが……


「ふにゃ?酒井さん、机の上に何かこれ見よがしに置いてありますけど……」


「……なるほど」

酒井さんは窓際の小机の上に降りるや、それを手に取った。

「これに術が掛けてあったのね」


「ほほぅ……」

酒井さんが手にしていたのは、古くて小汚い感じの小冊子のようでった。

なんちゅうか、数ヶ月野晒しにされた週刊誌のような趣がある。

柿色の表紙も罅割れているし、中もかなりボロボロのようだ。

「何ですか、それ?」


「さぁ?凄く古い書物みたい。私も専門外だから良く分からないけど……数百年から千年近く前の物かも。ま、国宝級よねぇ」

「何が書いてあるのですか、酒井さん?」

摩耶さんが覗き込む。

俺も見てみるが……何じゃこりゃ?

細い線がウネウネしているだけじゃん。

とても文字には見えんぞ。


「……行書とか草書とも違うみたい。見た感じは似ているけど……初めて見る書体だわ」


「へぇ……どれ、ちょいと俺も拝見」

酒井さんからそれを受け取り、慎重にページを捲る。

「ふむ……ふむふむ、なるほど。サッパリ分からんですな!!黒兵衛、分かるか?」


「分かるか。酒井の姉ちゃんの言う通り、草書とか行書の類とも違うみたいやな。ただ、少しだけ陰陽文字に近いみたいやけど……」

「そうねぇ……ちょっとだけ似てるわ」

再び俺の肩に飛び乗った酒井さんがそう言って目を細めていると、いきなり部屋の扉が開いた。

慌てて振り返ると、そこには円順坊主と同じような黒色の装束を身に纏った、やや細身の坊主が立っていた。

結構若そうだ。

ただ、人間ではないのが一目で分かった。

何故なら全身の至る所から普通に炎が噴出しているからだ。


ほへぇ……炎系の精霊族みたいだなぁ……

そんな事をボンヤリと思っていると、酒井さんが懐から術札を取り出し、

「か、火前坊ね!!」

いきなり臨戦態勢を取った。

相変わらず、この魔人形は血の気が多い。

……

血があるのかどうか知らんけど。


「火前坊……そう言う妖怪で呼ばれているか……まぁ良い。その書を渡せ」

謎の火達磨坊主の炎が少し強くなった。

「主等には感謝している。その書に掛けられた封を解いてくれたからな。だからその書さえ渡してくれれば何もしない」


「お生憎ね。この私が妖怪と取引すると思うの」

等と、自分が妖怪的なのに面白い事を言う酒井さんは置いておくとして、俺は軽く肩を竦めながら、

「はい」

あっさり素直に手渡した。


「ちょ……な、何してんのよシング!?」


「ふぇ?や、だってこれが欲しいって……」

ちなみに、いきなり手渡された火前坊とやらも、少し戸惑った顔をしていた。


「あ、あのねぇ……」


「良いじゃん別に。どうもさ、この火の点いた坊さんは、あの円順達の組織と敵対している感じじゃん。僕チン、散々な目に遭って来た訳だし……あの坊主達が困るなら、それはそれで良いかなと。そもそもそれ、俺のモンじゃねぇーしな。カッコ笑い」


「ま、全くこの男は……ま、少しは言いたい事も分かるけど……」


「良いじゃん良いじゃん。それにさ、なんちゅうか……このファイヤー僧侶は、それほど悪い感じがしないっちゅうかさぁ……」

何しろ俺の敵性スキルや危機察知スキルに反応しなかったしね。


「か、感謝する、異国の人よ」

その件の坊主は、深々と頭を下げて礼を述べた。

体中から噴出していた炎も収まり、その顔は実に穏やかだ。

「この書さえあれば、我が悲願が叶う。誠に感謝する」


「よせやい。お礼とか言われるのに慣れてないから、照れちゃうじゃんかよぅ」


「この馬鹿は……それより、その書は何なのよ?見た所、記憶に無い文字が書いてあったけど……」

「……狐文字だ、人形の妖よ」

「狐文字?」

「そうだ。妖の妖による封印の書だ」

謎の坊主はそう言うと、もう一度俺に頭を下げ、

「この恩は忘れぬぞ、異国の人よ」

そう言い残し、そのまま回れ右をして走り去って行った。


「うぅ~ん……何だったんだろうねぇ」


「シング。どうなっても知らないわよ」

酒井さんが俺の耳朶を引っ張りながら言った。


「そうですか?あの雰囲気からして、一般の人には迷惑掛けないと思うんじゃが……酒井さんもそう感じたから、特に何もしなかったんでしょ?」


「……まぁね。でも気になるわねぇ。思った以上に温厚そうな妖怪だったけど、何で調伏十三流の連中はあれを永きに渡って封印していたのかしら?それにあの書物も……謎が多過ぎて、どこか釈然としないわ」


「その内、何か分かるんじゃないっスか?どうせあの坊主達が何かアクションを起こすでしょうに」


「……そうね。取り敢えず今回の件について、色々と情報を流してみるわ。他の組織も動くかも知れないし」


「そう言うことでごわす。さて、そろそろ帰りましょうか。日も暮れてきたし、お腹も減って来たで御座るよぅ」











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