第一回・乙女会議
「と言うわけで、皆さんのお知恵をお借りしたいのです」
小鳥が囀る長閑な森の中にあるテラスにて、まるでピクニックでも愉しむかのように大地に広げられたシートの上に座る女性六人。
その中の一人である親衛隊のティラがいきなりそう切り出し、集まった面々を見つめる。
全員、酒井魅沙希にリーネア、同じく親衛隊のペセルに突撃部隊のティムクルス、そして参謀部付きとなっているロードタニヤ辺境伯令嬢のカーチャは困惑顔だ。
「何が、と言うわけでなのよ……」
小さなカップを手に持った魔人形の魅沙希が、呆れた声を上げる。
「女性だけでお茶会をしようって誘われたのは良いけど、一体どーゆー事?何が始まるのよ?」
と、ティラの親友であるペセルを見つめた。
ふんわりとした髪が特徴的なハーフエルフも少し困った顔で、
「さぁ?私もお茶会としか聞いてなくて……ティラちゃん、知恵を借りたいってどういう事?」
「エリウ様のためです」
ティラは鼻息も荒くそう言った。
魅沙希はその小さな首を傾げ、
「エリウ?エリウがどうかしたの?」
「エリウ様が不憫で不憫で……この間も、カーチャさんがシング様と遠乗りに出掛けるのを見て非常に羨ましそうな顔をしていましたし、つい先日もリーネアさんと酒井様と一緒に御飯を食べたり和気藹々と……ペセルさんもこっそりシング様と会ったりしていますし……エリウ様、ちょっぴり除け者状態です。シング様ともっともっと仲良くなりたいのです」
「……つまり、エリウはシングと親密な関係になりたいと?その為に何か考えて欲しいと?」
「そうです」
「アンタも困った事を言い出すわねぇ」
魅沙希はこれ見よがしな溜息を吐いた。
他の面々もどこか呆れたような苦笑を溢したりしている。
「それで、この面子なの?」
「はい。皆さんお美しく聡明で魅力的な女性ですし、男なんかチョロく落とせるのではないかと思いまして」
「思いっきり人選ミスよ。未通女臭がプンプンするわ」
魅沙希がそう言うと、隣に座るリーネアも微かに眉を顰めながら
「異性の気を引く事なんて、今まで一度もした事がないわ」
そんな事を言いながら紅茶の入ったカップを傾ける。
「そうなのですか?リーネア殿は最年長ですし、男性経験も豊富だとばかり思っていましたが……」
「そ、そんなわけないでしょ?殆どは冒険か自分を鍛えていただけよ」
「ずっと異性と冒険をしていたのにですか?」
「そうよ」
リーネアは頭にヤマダやギルメス、オーティスの顔を思い浮かべ、小さく首を横に振った。
どれも恋愛云々の対象外だ。
「……あ、だったらティムクルスさんは?部下は殆どが男ですし、どのように手懐けたので?」
「あのなぁ…」
と、片目の戦士であるダークエルフが思いっきり呆れた声を上げた。
そして筋骨隆々な自分の二の腕を見せ、
「この私が、男を惑わすような手練手管を持っていると思うか?」
「え?ですが……シング様、時々熱い眼差しでティムクルスさんを見つめていますし、てっきりシング様を虜にするようなアピールをなさったものだとばかり……」
「わ、私は何もしてないぞ?」
ティムクルスは首を大きく横に振った。
その仕草に魅沙希は笑みを浮かべ、新たなお茶をカップに注ぎながら、
「シングはティムクルスの筋肉に少し興味があるのよ。如何にも戦士って体つきだし……そう言うのに少し憧れがあるんじゃない」
「ならエリウ様も鍛えれば、シング様に興味を持たれるかも……」
「そんなわけ無いでしょ」
「ん~……そうですか。カーチャさんはどうですか?」
「……は?私?」
この中で唯一の人間であるカーチャは、少し素っ頓狂な声を上げた。
正直、恋愛とかそういったモノには疎いと自分でも思っている。
「カーチャさんもいつも男を侍らせているではないですか」
「は、侍らすって……」
カーチャは心外なと言う顔をし、少し唇を尖らせた。
「セレヴァとロセフは私付きの護衛騎士で、そして幼友達です。それ以上でも以下でもありません」
両者とも弟のような存在であり、プライベートでは単なる遊び友達だ。
「そうなのですか?あの者達の熱視線からして、かなり親密な関係だとばかり思っていたのですが……」
ティラは腕を組み、う~んと唸った。
「本当に何も無いので?」
「無いです。と言うか、今までそんな事を言われたことは一度もありませんし、そもそもそんな目であの二人を見たことはありませんよ」
「それはそれで少しあの者達が不憫のような気もしますが……困りました。ペセルさん、何か良い考えはありますか?」
話を振られたペセルは、焼き菓子を摘みながらノンビリとした口調で答える。
「シング様とエリウ様の仲を発展させれば良いのでしょ?なら手っ取り早く、既成事実を作ってしまえば良いんじゃないかしら」
「既成事実?」
「そうよ。例えばシング様のベッドに裸で潜り込んでしまうとか」
「そ、そんなこと……エリウ様にさせることは出来ません!!」
さすがにそれは攻め過ぎだ。
破廉恥すぎる。
「そう?そのぐらい積極的にならないと……シング様はちょっと朴念仁ですからね」
「で、ですけど……やはりエリウ様には少し難しいと……照れ屋ですし」
「なら試しにティラちゃんがやってみれば?」
「私がッ!?……い、良いんですか?」
「いや、良いんですかって……」
「あ、でも……エリウ様より先はダメです。怒られます」
「あ、えと……うん、そうね」
ペセルが困った顔で同僚の顔を見つめた。
「二人とも何言ってんのよ」
と呆れた声で魅沙希。
そしてティラとペセルを見つめながら、
「そんなの駄目、と言うか無駄よ。あの馬鹿にそんなことやってみなさい。間違いなく叫び声を上げながら逃げ出すわ」
その光景が目に浮かぶようだ。
「いや、酒井様……シング様が逃げ出すなんて事は……」
「逃げるわよ。そこがヘタレの所以ね」
それは断言を持って言える。
「ですが酒井様、シング様とて健康な男性ですよ?裸の女性を目の前にして、何もせずに逃げ出すなんて事は……もしかしてシング様は異性に関してはストイックとか?」
「ヘタレを善意で解釈するとそう言うのね」
痘痕も笑窪とはまさにこの事だ。
「それとも、まさか女性嫌いとか……」
「別に嫌いじゃないわよ。皆とも普通に接しているでしょ?」
「そう……ですね。普通です」
「あのヘタレは女性恐怖症と言うか、単にチキンなだけ。あと、妙な性癖を拗らせているしね」
魅沙希はそう言って皆を見渡し、
「そもそもさっきも言ったけど、人選ミスよ。こう言う事は、人生の先輩である既婚者の方に聞かないと」
とは言ったものの、あのヘタレは結構特殊だから、あまり参考にはならないと思うが。
「あ、実は配食担当のビヨルンおばさんに聞いてみたんです。どうやって今の旦那様を捉まえたんですかって」
「あら、そうなの?それで?」
「餌付けしたと仰っていました」
「……なるほど。格言通りの事をしたわけね」
魅沙希は小さくウンウンと頷いた。
リーネアが首を傾げながら尋ねる。
「酒井殿。格言通りと言うと?」
「胃袋を掴めって事よ。男は単純な生き物なの。美味しい手料理を振舞ってあげたら、それだけで虜よ」
「あ、だったらエリウ様も……」
「はい、却下」
魅沙希は一瞬で切り捨てた。
「え?え?」
「エリウは料理なんて作った事が無いでしょ?」
「ないです」
「ならお勧めはしないわ」
「で、でも、頑張れば……それにシング様は優しいお方ですし……例え失敗しても食べてくれると……」
「一度シングに、エリウが手料理を作るから食べて下さい、って言ってみなさい。間違いなく、物凄い勢いで逃げるわ」
その光景が簡単に目に浮かぶ。
「え…」
ティラは瞬きを繰り返した。
リーネアも小さく笑いながら、
「シン殿、逃げてばかり……」
「だからヘタレなのよ。ま、それはそれで仕方ないけどね。何しろ手料理で散々な目に遭った過去があるわけだし」
「そうなのですか?」
「そうなのよ。ちょっと昔に似たような事があってね。ま、確かにシングは優しいけどねぇ……それでも限度があるの」
「困りました……」
「回りくどい事せず、正面から堂々と告白したら?」
「……エリウ様には無理です」
「ま、そうよね。それが出来たらティラが気を揉んで私達に相談なんかしないでしょうにね」
魅沙希はそう言って、手慣れた手付きで茶器を取り出すと、新たにお茶を淹れ始めた。
それと同時に、弛緩した雰囲気が場に漂う。
森の中は涼やかで実に爽やかだ。
「でも、こう言う事は周りがとやかく言うことじゃないわ。下手に世話を焼くと失敗する事も多いしね。そう言えば、そのエリウは今日はどうしてるの?」
「シング様と一緒に戦闘訓練です」
「あら?ちゃんとやってるじゃない」
「ですがヤマダ殿も一緒ですし、カーチャさんの所の若い騎士も……あ、ティムクルスさんの所の兵も一緒です」
「……普通の合同訓練ね」
魅沙希は笑いながら、隣に座るリーネアのカップにお茶を注いだ。
★
「うむ、森の中は涼しくて気持ち良いな」
俺はいつもの演技調の声で呟きつつ、偉そうに胸を張リ捲くりながら歩く。
何故なら隣にエリウちゃんがいるからだ。
それにカーチャ嬢の所の若い兄ちゃん達も。
だからいつものように、気を抜いて猫背気味には歩けないのだ。
ちょっぴり肩が凝ってしまう。
って言うか、黒兵衛が肩の上に乗って呑気に寝ていやがるし。
ちなみにリッカもいるが、彼女は俺の服の裾を掴み、小さく鼻歌を口ずさみながら後を付いてくる。
うんうん、長閑ですねぇ……
本日は合同訓練があった。
ここにいるエリウにリッカ、そしてカーチャ嬢の所の兄ちゃんに、元ダーヤ・タウル王国近衛隊の面々。
それに魔王軍本隊の突撃部隊の連中にヤマダの旦那を交えての戦闘訓練だ。
ま、ぶっちゃけ、俺バーサス全員と言う戦いだったのだが……さすがに少し疲れた。
で、夕飯までのんびりゴロ寝でもしようかと思っていたところ、カーチャ嬢の御付の兄ちゃんが、
「カーチャ様は何でもティラ様に招かれてお茶会に…」とか何とか言っていたので、ならば散歩がてらに行ってみようかと……ついでにオヤツでも御相伴に預かろうかと思い、この森へとやって来たのだ。
「しかしカーチャ嬢にティラにペセル。それにリーネアにティムクルスとは、中々に珍しい取り合わせだな」
俺が何気に呟くと、隣を歩くエリウちゃんもコクンと頷き、
「親衛隊の面々で集まるのならともかく、酒井様まで参加していると聞きましたが……」
「……どんな女子会だよ」
そこはかとなく嫌な予感がしますぞ。
そもそも酒井さんは、女子会と言うより墓場で運動会の方なんだが……
「女子会?」
「ま、女の子だけで集まってお喋りやお茶を愉しむ催し……なのかな?」
「はぁ…」
エリウちゃんは良く分からないと言う顔をした。
うむ、俺も良く分からん。
男だし。
「しかしエリウもかなり強くなったな。いや、魔王だし、元から強いのは分かっていたが、突発的事象にも冷静に対処出来たではないか」
俺がそう褒めると、エリウちゃんは微かに頬を赤らめ、
「あ、有難う御座います」
嬉しそうに言った。
と、リッカが俺の服の裾をクイクイッと引っ張った。
「うむ、リッカも見事だったぞ」
そう言って頭を撫でてやる。
今日は戦闘訓練中に、予告無しに重力魔法を戦闘フィールド全体に展開してやったのだ。
突然、身体の動きが鈍くなったので、粗方の兵達は右往左往していたが、エリウにリッカ、そしてヤマダの旦那だけは即座に対応する事が出来た。
動きを封じるだけの威力を抑えた魔法とは言え、咄嗟に判断するのは難しいだろうと思ったのだが……エリウちゃんはステータスアップ系のバフを使って重力魔法の効果を跳ね除け、リッカは酒井さんより学んだ陰陽術を使い魔法を相殺、そしてヤマダの旦那は何かのスキル……もしくは気合と根性で俺の魔法から逃れた。
いやはや、実に見事だ。
大したもんである。
俺はチラリと、後ろを歩くカーチャ嬢付きの兄ちゃん達を見やる。
両名とも、身体の彼方此方に痣がたくさん出来ていた。
うむ、こっちはまだまだ修行が足らんね。
「ところでシング様」
「ん?なんだエリウ?」
「帝国への侵攻についてですが……」
「あぁ、その事か」
俺は笑いながら軽く空を見上げ、
「今は様子見だ。暫くしたら、また帝国から使者が来ると思うしな」
「相手に時間を稼がせてしまいますが……宜しいのですか?」
「構わんよ。その間に我が軍は占領地域の支配深度を高める。それにまだダーヤ・タウルの残党も残っているし、ダーヤ・ネバルは健在だしな。後は、ある程度時間を与えないと馬鹿勇者を鍛える事ができないからな」
「オーティスですか。あの男を強くする事に意味があるのでしょうか……」
「あるのだ。と言うか、エリウがかなり強くなったからな。弱い者を苛めても面白くないだろ?」
「え、えと、それは……」
「わははは……ま、アイツにはまだまだ利用価値があるからな。ある程度は強くなってもらわないと……と、居たぞ」
視線の先に女性達の集団を発見。
木陰にシートを広げ、お茶やらお菓子やらを囲んで和気藹々と会話が弾んでいる。
何だかピクニックのようで超愉しそうだ。
これは是非とも混ぜてもらわないとな。
「良し、リッカよ……行って来い」
俺の可愛い妹分であるリッカが、「わーい♪」と嬉しそうに駆けて行く。
そしてその後をカーチャ嬢の所の御付の騎士達が付いて行く。
そんな俺達に気付いたのか、その場にいたティラが素っ頓狂な声を上げ、いきなりこっちへ向かってダッシュで駆け寄って来るやおもむろに片膝を着き、
「こ、これはシング様にエリウ様……」
お、おいおい……
相変わらずこの娘は堅物と言うか生真面目と言うか……
「はは、休暇を愉しんでいるんだろ?ならば硬い挨拶は不要だ。と言うか、我も混ぜてくれ。お茶菓子も食べたいし」
仲間外れはロンリーな気持ちになるからね。
……
って言うか、何か妙な目で皆がこっちを見ているぞ?
「は。では此方へ」
いや、だから硬いって……
俺は苦笑を溢しながら、ティラを先頭にエリウちゃんと供に集まっている面々の許へと歩いて行く。
「あらシング。訓練は終わったの?」
と、酒井さん。
俺は彼女の横に腰を下ろしながら、
「終わりましたよ。いや、中々に有意義な訓練でしたね」
「それは良かったわね。ところでヤマダは?」
「居残り訓練中です。逃げ遅れた若い兵達を捕まえて、まだ何かやっているみたいですよ」
俺がそう言うと、リーネアが声を殺した笑みを溢していた。
うんうん、本当にヤマダの旦那は戦闘狂と言うか練習の鬼と言うか……
ま、アレの誘いから逃げるのも訓練の内だね。
「しかし、今日はまた面白い取り合わせで……」
俺は集まっている面子を見渡す。
「一体、何の集まりで?」
「女性だけの特別な話があるのよ」
「ん?女性だけの話?」
なんだ?
サッパリ分からんが、少しばかり不健全な気がしますぞ。
「……あ、もしかして……」
「なによ」
「この中の誰かが妊娠したとか?」
「……本当にアンタはパープーね。みんなビックリした顔してるじゃないの。どーすんのよ、この空気」
「いや、そうは言ってもねぇ」
俺はポリポリと頭を掻きながら、目の前に置いてあった焼き菓子を一摘み。
うん、甘くて美味ちぃ。
「酒井さん、我にお茶を一杯……」
「はいはい」
と、酒井さんが茶器を取り出すが、不意にその手が止まると、
「エリウ。貴方がシングにお茶を淹れて上げなさい」
いきなりそんな事を言い出した。
「わ、私がですか?」
ティラからカップを受け取っていたエリウちゃんが、驚いた声を上げる。
「そうよ。貴方は魔王とは言え女の子なんですから、お茶ぐらい淹れる事が出来るでしょ?嗜みの一つよ」
「……やったこと、ないです」
エリウちゃんはしょんぼりと項垂れた。
と、お菓子を摘んでいたリッカも手を挙げ、
「リッカも出来ない」
「あらそうなの。そうねぇ……ペセル、淹れ方を教えてあげなさい。この中だと、貴方が一番上手だわ」
「畏まりました」
ペセルがふんわりとした髪を靡かせ、エリウちゃん達の傍へと移動する。
何故かにこやかに微笑んでいるぞ。
うぅ~む……
「いや、わざわざそんなぁ……何だったらお茶ぐらい自分で淹れますよ?得意だし」
何しろ酒井さんの熱血指導(ビンタ付き)で学んだのだ。
その辺の女子より自信がありますぞ。
「アンタは黙って座ってなさい」
酒井さんはピシャリと言う。
「さ、エリウにリッカ。ペセルにちゃんと教えてもらいなさい」
「は、はい」
「はーい」
大丈夫かいな……
この世界のお茶は、ちょっとだけ難しいと思うぞ。
味的には人間界で言う所の紅茶に近いが、淹れ方が少し違うのだ。
温度の加減もコツがいるし、葉のブレンドや使う量によってもガラリと味が変わったりする。
拘りが強い人はその日の気温にも注意するらしい。
……
博士が好きそうな感じだ。
しかし、またなんでエリウちゃんに……
酒井さんの女の子教育かな?
そう言えば摩耶さんにも色々と教えていたしなぁ……
その内、エリウちゃんに裁縫まで教えるかもしれん。
……
手縫いが出来る魔王って、どんな魔王だよ。
「あ、ところでシング様」
そう声を掛けて来たのは、筋肉系エルフのティムクルスだ。
「ん?どうした?」
「あ、いえ……ウチの部隊の者達はどうでしたか?」
「ふむ……さすがは魔王軍本隊の精鋭達だな。一時混乱もしたが、建て直しも早かった。連携も取れていたし、あれならその辺の国の軍など余裕で蹴散らす事が出来るだろう。普段の訓練の賜物だな」
「あ、有難う御座います」
「我が家のセレヴァとロセフはどうでした?」
とカーチャ嬢。
彼女は近くに座る見習い騎士達をチラリと見やる。
「む、この者達か……」
正直に言うと、まだまだ全然だ。
まぁ、基本的に戦闘ステータスが低い人間種であり、経験も少なく歳若いので仕方が無いが……
確かに、その辺の一般人よりは強いだろう。
が、それでも同時に相手出来るのはせいぜい五人ぐらいだ。
それ以上だと、一般人にも多分ボコられる。
とんだ護衛騎士だ。
とは言え……今この場で言うのは少々憚れる。
だって悲痛な顔とかしているしね。
「ふむ……まだまだ未熟な所は多いが、筋は良いぞ。努力の跡も見られる。後はどれだけ実戦経験を積むかだな。数回、戦場に出れば……立派な騎士になれるだろう」
多分だけど。
「そうですか」
カーチャ嬢はちょっと嬉しそうだ。
兄ちゃん達はホッとしたような顔をしている。
ま、ご主人様の前で駄目出しするのは、ちと可哀相だからねぇ……
さて、そろそろお茶が入ったかな?
俺はペセル達の方へと視線を向ける。
暫し目を離している間に、どうやら準備は整ったようだ。
甘く優しい香気がここまで漂ってくる。
「シ、シング様……どうぞ」
微かに震える手で茶器を差し出してくる可愛い魔王ちゃん。
たかがお茶で、そこまで緊張せんでもエエのにね。
「うむ、ありがとう」
では、ちょいと喉が渇いたので早速……
俺は受け取ったカップを、少しフーフーしながら先ずは一口。
―――ッ!?
頬が内側へ収縮し、思わず尻の穴を模したかのようなおちょぼ口。
しししし、渋いッ!!?
物凄く渋い!!
まるで毒草でも煎じたかのような強烈な渋みを感じる。
既に喉まで痛いし。
な、何をどうすれば、お茶の葉からこれだけの渋味が出せると言うのだ?
何かが違う……が、何が違うのかサッパリ分からん。
「ぐ…」
叫びたい。
しかしそれは出来ない。
エリウちゃんは超真剣な眼差しで俺を見つめているし、酒井さん達は哀れんだ目を向けてるし、ペセルは……あ、スッゲェ申し訳なさそうな顔をしているよ。
って言うか、そもそも声帯が痙攣して声が出せないんだけどな。
「あ、あ…グ……ゴホン」
俺は喉のイガイガ感を取る様に軽く咳き込むと、ゆっくりと茶器を置き、
「う、うむ。中々に強烈……いや、個性のある味で美味しかったぞ、エリウ」
惨事、もとい賛辞を述べる。
うん、誰か後で俺を褒めてくれ。
「あ、有難う御座います」
エリウちゃんは照れ臭そうに身体を少しモジモジさせながら微笑んだ。
うんうん、良かった良かった……
俺も気力を振り絞った甲斐があると言うものだ。
但し、もう一杯飲んでと言われたら確実に泣くけどな。
「シングお兄ちゃん。リッカのも」
と、俺の可愛い妹分が、ズイッと茶器を差し出してきた。
「お、ありがとう」
それを受け取り、先ずは先程の事もあるので慎重に観察。
うむ、色はオッケー。
匂いも……おおぅ、ホッとするような香りだ。
これは期待できる。
「では、頂こうか……」
ズズッと小さな音を立て、カップを傾ける。
―――こ、これはっ!?
思わず更に大きくカップを傾けた。
す、凄い……
だって何も味がしないんだもん。
ただの白湯だよ。
これは一体……
もしかしてエリウちゃんのお茶で味蕾が破壊されたか?
いや、違う。
お茶菓子はちゃんと美味しいし。
何故か知らんけど、このお茶は本当に味がしないのだ。
色も香りもちゃんと付いているのにだ。
うむ、これなら何杯でも飲める。
ただ、何を飲んでいるか不安にはなるが。
「う、うむ。ご馳走様、リッカ」
俺は小さなハーフエルフの頭を撫でてやった。
さて……取り敢えず喉は潤った。
しかし、やはり普通のお茶が飲みたいぞよ。
「あ~……酒井さん、もう一杯……淹れてくれませんか?」
頑張ったご褒美にな。
「良いけど、そうねぇ……ならティラ、今度は貴方が入れてあげなさい」
「わ、私がですか?」
ティラが素っ頓狂な声を上げた。
ちなみに俺もだ。
この罰ゲーム的な催しは何時まで続くのだ?
「あら、良いじゃない。何も初めてじゃないでしょ?」
「そ、そうですけど……」
ティラはエリウちゃんと俺をチラチラと見つめ、
「分かりました」
コクンと頷き、緊張の面持ちでお茶を淹れ始める。
な、何だかなぁ……
ティラは元々が真面目なんだけど、何がどうしてそんなに強張った顔をしているんだ?
手元まで震えているし……
等と首を傾げて見ていると、いきなりそのティラの首がカクンと落ちた。
そしてそのまま微動だにしない。
「お、おい……どうした?」
思わず腕を伸ばし、彼女の身体を軽く揺する。
……
反応が無ぇ……
酒井さんやリーネア、エリウちゃんも目を丸くしているし。
一体、何が起きたんだ?
「あ~……大丈夫です、シング様」
そう言ってペセルが、そのまま突っ伏しそうなティラの身体を支えた。
「気絶しただけです」
「そ、そうか……って、気絶?」
お茶を淹れただけなのに?
「多分ですが……エリウ様より上手に淹れるのは少々憚られますし、かと言ってシング様に不味いお茶を出すのは以ての外ですし……その葛藤と緊張から気絶しちゃったのでしょう。ふふ、可愛いですね」
「か、可愛いと言うかおっかないんだが……そんな事が有り得るのか?」
もしかして何か心の病気でも患ってるんじゃないか?
「ティラちゃんは真面目なんです」
「そう言う問題では無いと思うんだが……」
僕ちゃん的には、一度カウンセラーに診せた方が良いと思いますぞ。
「ま、ティラちゃんは一先ず寝かしておいて、代わりに私がお茶を淹れましょう」
そう言ってペセルが、気絶したティラを脇に退けて、手早くお茶の支度を始める。
中々に手馴れた動きだ。
「それにしても、シング様も罪作りな殿方です」
「は、はい?」
いきなり何を言い出した?
って言うか、ティラといいペセルといい……親衛隊に所属する女の子達って、やっぱ少し変だよ。
辛い過去とかがトラウマになっているのかな?
良く分からんけど……
後で酒井さんに聞いてみるとするか。