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その深き根


 「陛下…」


「……あれか」

累々と街道に横たわる負傷者の先に、三人の人影を認めたハルベルト二世はそのまま臆することなく馬を進める。


リーネアにヤマダか……

しかし随分と見ない内に、何か雰囲気が変わったな。

身に着けている武具もかなりの逸品だ。

そう言ったアイテムに詳しく無いハルベルト二世でも一目で判る。


そして……真ん中にいる男がスティングとやらか。

報告にもあったが、何故に仮面を付けているのか……顔に大きな傷でもあるのか?

それとも、見られてはマズイとか。


「負傷者の手当てを急がせろ」

ハルベルト二世は供の護衛騎士にそう命令すると、わざと相好を崩し、まるで懐かしき友に偶然出会ったかのような気安い口調で、

「やぁリーネア殿にヤマダ殿。随分と久し振りではないか」

馬上からそう声を掛けた。


「お久し振りです、陛下」

リーネアが微笑む。

ヤマダも軽く会釈を返した。


ハルベルト二世は鷹揚に頷き、視線をスティングへと向けた。

ふむ……かなり若いな。

それに……なんだ?この威圧感は……


謎の男は腕を組み、不遜な態度で騎乗の皇帝を見上げていた。

その口元には笑みが漂っている。

そして不意に、皇帝の背中に悪寒が走った。


け、気圧されてる?

この私が、こんな得体の知れない若造の雰囲気に飲まれているだと……


ハルベルト二世はゆっくりと馬から下りると、内心に生じた恐怖感を隠すように轟然と胸を張り、

「お初にお目に掛る。帝国皇帝、グレアム・バーツネス・ハルベルト二世・ドウィ・オストへイムである」


「……どーも。ご丁寧な挨拶痛み入ります。真なる勇者、スティングと言います」

仮面を付けた謎の男はゆっくりと、慇懃に頭を下げた。


「ほぅ、真なる勇者殿と……」


「そうです。と言うか、既に噂ぐらいは御存知でしょうに」

スティングはそう言って皇帝を見つめる。

それは暗に、自分の情報を集めている事ぐらいはお見通しだよ、と言ってるも同じであった。

その場で不敬を咎められてもおかしくない程の驕慢な態度だ。


「はは…」

ハルベルト二世は笑みを溢す。

が、内心では大きく舌打ちだ。


このスティングなる男……かなり出来るな。

本当に勇者かどうかはまだ判らぬが、あの田舎育ちで世間知らずなオーティスとは全てに於いて違う。

この態度だって、敢えてそう振舞う事で私の出方を覗っているのだろう。

さて、どうするハルベルト……先ずは友好的に出てみるか?


「しかし、真なる勇者殿と申されたが……」

皇帝の視線が、路に横たわる負傷兵の上を滑る。

「この状況は一体どう言う事かな?説明を願えるかね?」


「どう言う事……とは?」

スティングは大きく首を捻った。


「我が国の兵士達のこの惨状だ。とても勇者を名乗る者の仕業とは思えないが……」

とハルベルト二世がそこまで言い掛けた時、不意に横合いから

「陛下!!この者は勇者ではありませぬぞ!!」

話を遮るような怒号。

精霊教会の狂信者どもだ。


チッ…

ハルベルト二世はまたもや心の中で大きく舌打ちした。

皇帝の話に割り込むなど、無礼にも程がある。

その非を咎め、この場で首を刎ねてやりたいと言う衝動に駆られるが……

いや、待てよ?

此処は一先ず、教会の者どもに話をさせてみるのも面白いかも。

スティングとやらがどう言う態度に出るのか見てみるのも一興だ。


ハルベルト二世は小さく鼻を鳴らし、軽く首を振る。

精霊教会の司祭どもは唇を尖らせ、一歩前へと出た。



何じゃい、いきなり……

皇帝との話の最中にいきなり割って入って来たのは、爺ィと若造と聖女とかヌカしている若い姉ちゃんの集団。

神官が着るような長衣を着ている。

何処か見覚えがあるような衣装だが……

あ、確か北部の精霊の郷とか言う村の住人が着ていたモノに近いよ。


「なんだ、お前達は?」

俺が訝しげに尋ねると、頭頂方面が砂漠化した爺ィが乱抗歯を剥き出しに、

「はッ、我等を知らぬとは……やはり勇者の名を騙る愚か者よ。我等は精霊教会の者だ。そしてここにおわすは聖女ティトターニ様だ」

そう吼えた。


「精霊教会?」

俺はチラリと背後のリーネア姐さんに視線を走らす。

エルフの弓士は目を細め、小声で

「精霊の力を授かったかどうか見極めて勇者として認定する組織よ。もちろん、国家的組織じゃないわ。単に自分達で勝手に言ってるだけ。けど、影響力はかなりあるわ」


「へぇ…」

民間信仰みたいなモンかな?

精霊達はそんな事、一言も言ってなかったよなぁ……

実にまぁ、怪しさマウンテンな組織ではないか。

「ふ……つまり、諸悪の権化の一つって事か」

俺は呟くと小さく鼻を鳴らし、

「精霊の力を授かりし者を勇者と言うが……お前等のような胡散臭い連中がどうやってそれを確かめる?そもそもお前達が勝手に言ってるだけだろ?精霊達に委託されたワケでもあるまいし」


「な、なんじゃと!!この痴れ者が!!」


う、うぉう……これだから年寄りは。

気が短くてしょーがねぇーよ。


「……黙れ爺ィ」

俺は冷たい目でせせら笑う。

「私……いや、俺は他人の褌で飯を食ってる輩は信用しねぇーんだよ」

酒井さんもそう言ってたしな。

褌ってのは何か知らんけど。

「ふん、そんなに精霊の力が見たけりゃみせてやるよ。……冥土の土産にな」

胸に手を当て意識を内面に集中。

魂内に取り込んだた四大精霊を呼び覚まし、その力を解放する。

それは圧倒的な聖なる光の奔流であった。

身体から発せられる光が天に昇り、大空を包む漆黒の闇が取り除かれる。

そして辺リ一面をまるで真昼のように燦然と照らした。

「これが俺の精霊の力だ」


爺ィどもは口をポカーンと開け、

「こ、これは……なんと……まさしく精霊の力……そして勇者の印も……ば、馬鹿な」

何やらそんな事を呟いていた。


「一つ、言っておく。今までの勇者は精霊から力をほんの少し分け与えられた存在だが、俺は違う。俺は精霊の命そのものを与えられた。ふふ、分かるか?既にこの世に精霊は存在しない。何故なら俺が精霊そのものだからだ。そして更に言えば……今後二度と、お前等の思い通りになる勇者は誕生しないと言うことだ」


「な、何を言っている…?」


「ふん、勇者は一時代に一人、そして人間種からのみ誕生する。……ふん、面白い冗談だな。一体、どこの誰が決めた?」


「それが古来よりの定め。幼子でも知って……」


「は、はーはっはっ……精霊はそんなこと、一言も言っていないぞ?そもそもかつては勇者が複数存在した時代もあれば、勇者不在の時代もあった。それに人間種以外の勇者も存在した。いや、人間種の勇者は稀有な存在だった。能力的に弱過ぎるからな。それがここ七、八百年頃前からは人間種の勇者しか誕生していない。ふふ、何故だろうな?そう言えば、お前等精霊教会とやらの成立は何時頃だ?同じぐらいの時期ではないのか?」


「……」

爺ィ神官は金魚のように口をパクパクとさせていた。


「つまりは、そう言うことだ」

言って俺は指をパチンと鳴らす。

刹那、爺ィ神官が火達磨になった。

足元から吹き出た炎の柱に、声を上げる暇も無くのた打ち回り、やがてそのまま地面に崩れ落ちる。

「ふん、精霊の名を騙り、自分達に都合の良い勇者を作り上げて来た愚か者どもめ……精霊の力で死ね」

更に軽く手を振り、風の精霊の力で他の神官を切り刻む。

が、聖女と言っていた薄い青毛の姉ちゃんは、澄ました顔で軽く腕を伸ばし、俺の攻撃を塞いだ。


「ほぅ…」


「私に魔法は通じません。何故なら私は精霊様の加護を授かっているからです」


「ふ~ん……精霊の加護ねぇ」

ってか、単に属性魔法に対する抵抗があるだけじゃんか。

生まれ付きか、それとも何かアイテムでも持っているのかな?


俺は笑いながら今度は軽く腕を振り下ろす。

刹那、聖女とやらはいきなりその場に突っ伏した。

四つん這いの姿勢で身体をガクガクと震わせている。


「はは……精霊の加護とやらはどうした、姉ちゃん?」

俺は上空から掛る重力に押し潰されそうになっている聖女とやらにゆっくりと近付く。

ふん、なるほど……

元素系統の魔法に耐性はあるけど、時間や重力系統の魔法に耐性は無いって事か。


彼女は顔を強張らせ、脂汗を流しながら俺を睨み付ける。

「か、仮にも勇者を名乗る者が……こ、このような蛮行を……」


「あ?何言ってんだお前?」

俺は小さく鼻を鳴らしながら、聖女とやらの頭を踏み付ける。

面倒だから、このまま潰してやろう。


「あ…ぐ…」


「……ん?」

なんだ?

『星幽界の福音』に感有りだと?

こりゃまた、妙なパッシブスキルが反応したぞ。


瞬間、女は俺の足を払い除け、大きく跳び退った。

そしてその場で事の成り行きを呆然とした顔で眺めていた皇帝の喉首をいきなり鷲掴み、

「ふふ、動くな」


「……ありゃま」

低レベルとは言え、俺の重力魔法に抵抗しましたか。

なるほどねぇ……

スキルの反応といい、そう言うことなのね。

うぅ~む、謎が益々深まるのぅ。


「動けば皇帝の首をへし折る」

聖女は先程までとは打って変わり、乱暴な言葉でそう言った。

皇帝は顔面蒼白でもがいているが、護衛の騎士達は剣を構えたまま微動だに出来ずにいる。


ほへぇ~……こりゃまた、面白い展開になったではないか。


「なんだ?人質のつもりか?」

俺は腰から剣を引き抜いた。

そしてゆっくりと歩きながら、

「ま、俺には関係ないね」


「き、貴様ぁ…」


「……縮地」

瞬間的に空間を移動し、間合いを詰めるや俺は皇帝の喉を掴む女の腕を切り落とした。

それと同時にリーネアの放った三本矢が、女の額、喉、胸を貫く。

「ふんッ!!」

更に切り上げるように胴斬りを一閃。

聖女は真っ二つになり、地面へと落ちた。


「シ…スティング殿」

リーネアとヤマダが駆け寄る。

俺は剣を鞘に収めながら、

「見てみろよ」

顎を振って女の死体を指す。

地面に転がる腕、そして胴から二つに分断された女の遺骸は、驚くほど出血が少なかった。

それどこかシュワシュワと煮立つような音を立て、ゆっくりとだが溶け始めている。


「な、なにこれ……」

リーネアが綺麗な眉を顰める。

ヤマダの旦那や皇帝とその傍にいる騎士達も顔を顰め、奇妙な変化を見せる聖女の骸を見下ろしていた。


「……アンデッドか、もしくはそれに類似した者だな」

人間ではないし、そもそも普通の種族ではない。

何かしらの特殊な術が掛けられているとか……

うむ、全く分からん。

酒井さんがこの場にいれば何か掴めたかも知れないが……

元から僕チン、闇・冥属性の生物や死霊術系統の魔法は、あんま詳しくないからね。

「しかし、まさか精霊教会の聖女と呼ばれる女の正体が人間じゃないとはねぇ……胡散臭い連中だとは思っていたが、想像以上に闇が深そうだな。そうは思わないかね、皇帝?」


「……」

ハルベルト二世は無言で俺を見つめ返してきた。


「ふふ、帝国皇帝の身に危害を加えたんだ。関係者を捕縛し、家捜しするには充分な罪だろう。何かしら陰謀の手掛かりが見つかるかもな」


「……そうだな」


「ふ……そう言えば、先程の問い掛けの続きだが……俺は勇者ではあるが、別に人間の味方ではないぞ?魔王を倒せる力を持っているだけだ。だから邪魔する者は相手が誰であろうと排除する。ここにいる帝国兵のようにな。更に言えば、俺の目的は……勇者誕生に関しての陰謀を解き明かす事だ。精霊との約束だしな」


「……」


「魔王退治はあのボンクラに任せろ」


「オーティスのことか」


「そうだ。だからオーティス達の後を追うのは止めろ。オーティスにはオーティスで成すべき事があるし、マーヤも然りだ。ま、男として彼女に心惹かれるのは分かるが、今は皇帝としての立場で行動しろ。もっとも、皇帝位を返上すると言うのなら話は別だがね」


「……なるほど。しかし……私に対して随分な物言いだな」


「ふん、俺に身分云々は関係ないからな。……ま、公の場ならそれなりに弁えるがね」

ティーピーオーが何たらかんたらと、酒井さんに怒られるし。


「……仮に、オーティスの追跡を続行すると答えたら君はどうするかね?」


「ん?仕方ない……もう一度、眠るか?今度は二度と起きれないかも知れんが」


「それは勘弁だ」

皇帝は苦笑を溢した。

そして薄い笑みを湛えると、

「良かろう。真なる勇者殿の意見を聞き入れ、オーティスは放置しておこう。それと、精霊教会の関係者も捕縛しておくとしよう」


「そりゃありがたい。あぁ、もう一つ言わせて貰えば、捕らえた教会関係者は魔王軍への交渉の手土産になると思うぞ」


「そうなのかね?」


「魔王シング……いや、大魔王酒井は、その手の事に興味があるようだからな」


「ほぅ……しかし、帝国が魔王軍と交渉しているのは極秘事項の筈だが……」


「魔王軍には知己が多くてね」


「なるほど。その口振りから察するに、勇者殿は魔王シングと面識があるようだな」


「あるさ。何しろリーネア姐さんとヤマダの旦那は、シングの元にいたんだしな」


「……ほぅ」


「ま、何はともあれ、魔王軍の侵攻が停まっているんだ。今の内に国内のゴタゴタを片付けて置いた方が良いと思うぞ」

俺はニッコリ笑顔でそう言うと、踵を返し、リーネアとヤマダを連れてその場を後にしたのだった。









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