勇者、南へ
夜の街を一台の馬車が疾走する。
そしてその周りを護衛するかのように三頭の馬も併走する。
馬に乗っているのはオーティスにディクリス。そしてシルク。
馬車にはリッテンにクバルト、そしてセリザーワ達が乗っている。
村から付いてきたマーヤ親衛隊の少年どもは、皇城にそのまま置いてきた。
これからの旅には確実に足手まといになるからだ。
でも、どうしてこんな事に……
馬を駆りながらオーティスは思う。
事態が性急に進み過ぎ、思考が追いつかない。
いきなりシルクとセリザーワが部屋に飛び込んで来たかと思うと、そのまま帝都を脱出しようと……既に馬車等はディクリス達が用意していると……
サッパリわけが分からない。
確かに、帝都で足止めを喰らっていた。
旅を続けなければならないのに、マーヤ達とも離され、皇城にて軟禁のような生活を強いられていた。
シルクやディクリスが言うには、皇帝は神の御使い様達を政治的に利用しようとしているとか……
あのハルベルト二世がそんな事をするとは思えない。
それに、仮にそうだとしても、止むを得ない事情があるに違いない。
何しろ皇帝自身、半年以上もの間意識不明だったのだ。
国内が乱れているのは確かだ。
現にオーティスも、新魔王派の貴族に襲われたのだから。
だからオーティスとしては出来るだけ穏便に、皇帝ハルベルト二世を説得してから旅立とうと思っていたのだが……
既に事は起こってしまった。
いきなりの急展開だ。
自分の知らない所でディクリスとシルクがセリザーワ達を確保し、そこからはもう流れのまま。
城から逃げ出す為に警備の者達と戦闘をする羽目になってしまい、負傷者も多数出してしまった。
これでもう、帝国に立ち寄る事は今後出来ないだろう。
「シルク!!」
オーティスは手綱を操り、シルクのすぐ横に馬を寄せる。
「一体どうなっているんだ?説明してくれよ」
「説明も何も、さっき言っただろ?もう帝国にはいられないって事さ」
「だ、だから何で……」
「オーティスさん」
と、ディクリスも馬を寄せて来た。
そして真剣な顔で、
「帝国が魔王軍と交渉しているって話を聞きましたか?」
「は、はぁ?魔王軍と交渉?」
「やはり知らないですか。もしかしたら陛下がオーティスさんだけには話をしているかもと思っていたのですが……やはり逃げ出して正解でした」
「ど、どう言う意味ですかディクリスさん?」
「簡潔に言いますと、帝国は秘密裏に魔王軍と手を結ぼうとしていたと言うことですよ。しかも私の掴んだ情報では、魔王軍は和平の条件にマーヤ様の身柄引渡しを求めてきたと……」
「マーヤ様のッ!?」
「えぇ、そう言うことですよオーティスさん。あのまま王都にいれば、どうなっていた事か……」
「でで、でも……あの聡明な陛下が、そのような愚かな真似をするとは思えませんが……」
「……そうですね。一応は拒否したと言う話でした。ただ、ならばその事を何故オーティスさんに黙っていたのでしょうか。それにどうして、未だ帝都から出る事を許可しないのか……魔王軍がマーヤ様の身柄を求めてきたら、先ずは逃がすのが普通じゃないですか?魔王軍には、御使い様の居場所は知らないと言えば良いだけですし」
「……」
ディクリスの言うことはもっともだ。
勇者である自分に、どうしてそんな重要な事を黙っているのか……
「分かりますかオーティスさん?帝国も皇帝も、神の御使い様達を利用したいのですよ。交渉を有利に進める為に、あの方達を手元に置いておきたいのです。それに、そもそも勇者を足止めしている状況と言うのは、魔王軍に加担していると言っても過言ではありません。もしかしたら秘密交渉で、勇者の動きを邪魔しろとか言われたのかも知れませんね」
「……くそ」
自分は馬鹿だ。
確かに、怪しいとは思っていた。
だけどまさか裏でそのような事まで企んでいたとは。
「ともかく、急いで帝国から出ましょう。今ならまだ、関所にも連絡は入ってないと思います」
「ですがディクリスさん、後ろから追っ手が……」
自分達だけなら簡単に逃げ出せる事が出来るだろうが、馬車を引いているとなるとやはり速度は落ちる。
このままでは何れ追い付かれるのは時間の問題だ。
そうなった場合は……兎にも角にもマーヤ様達だけは逃がさないと。
だがディクリスは笑いながら、
「そっちは大丈夫です。手を打ってありますよ」
そう言ってチラリと背後の馬車を見やる。
「とある方が私達の帝国からの脱出をサポートしてくれると言うことで……今頃、追っ手の連中はその方に阻まれているでしょう」
「そうなのですか。ですが、そのとある方とは……大丈夫ですか?」
帝国軍と事を構えれば、下手をすれば国家反逆罪に問われる可能性もある。
「はは、大丈夫ですよ。さ、もう少し速度を速めましょう」
★
「へ、陛下」
「どうした?」
騎乗のハルベルト二世の前に、暗褐色の鎧を着けた戦士が跪く。
既に日付が変わる時刻ではあるが、帝都には急遽戒厳令が敷かれ、通りを歩く人々の姿は全く無い。
「は、それが……」
「早く言え」
「は。オーティス殿を追っていた皇城第四警備隊、及び帝都駐留第三騎士団が……か、壊滅しました」
「壊滅?」
ハルベルト二世の眉間に深く皺が刻みこまれた。
供の近衛騎士達の中からも微かにざわめきが起こる。
「ふ、負傷者多数。死者は殆ど出ていませんが……オーティス殿の追跡は不可能であります」
「オーティスがやったのか……」
警備隊と駐留騎士団を併せて、およそ200名近い筈だ。
本隊が到着するまでの時間稼ぎぐらいは出来るだろうと思っていたが……
いや、だからこその勇者か。
「い、いえ、違います」
「違う?」
ハルベルト二世が首を傾げる。
それはオーティス達以外に、第三者がいると言うことか?
つまり、勇者を手引きした者が……
「誰だ?……どこぞの貴族が手を貸したのか?」
「そ、それが……ヤマダ殿とリーネア殿です。それと、勇者を名乗るスティングと言う者が突如現れ……」
「なに?あの二人が……それにスティングだと?」
先代勇者からの仲間であるヤマダとリーネアがオーティスの元を離れたと言う話は聞いた。
そして自らを真なる勇者と称するスティングとやらの仲間になった事も。
だが、それ以上は知らない。
スティングについて情報部員達に探らせてはいるが、驚くほど情報は少ない。
ただ、かなり強く、精霊の力を授かっているとの報告もあった。
中には、実はオーティスが偽の勇者で、スティングなる者が本物の勇者であると言う話もあったぐらいだ。
ハルベルト二世はチラリと背後に目をやる。
そこには精霊教会の司祭達が揃っていた。
代表である聖女ティトターニもいる。
そして全員が渋い顔をしていた。
ふふ……それはそうだろうな。
帝国精霊教会はオーティスに宿る精霊の力を認め、勇者として認定した。
しかし、まさか彼以外に精霊の力を宿りし者が現れるとは……まさに前代未聞だ。
教会内部でも、スティングなる者についての情報が錯綜し、混乱しているとの報告があった。
ふん、先代勇者が死んでオーティスが現れるまで、教会では色々とゴタゴタがあったと聞いたな。
あの頃は帝国復興で忙しくて殆ど気にも留めなかったが……
もしかして、何か裏があるのか?
そう言えば……オーティスを最初に連れて来たのは死んだギルメス老だったな。
あの老魔術師、教会にかなり顔が利くと言う話だったが……
「分かった。それで奴等は何処に?」
「南隊商道へと抜ける街道です」
となると、オーティス達は今頃はクレモント通り辺りか……
そこから国境を目指すルートだな。
帝国南部は未開拓地ばかりだが、オーティスは何処を目指しているのだ?
「良し、急ぐぞ。先ずはそのスティングとやらに会って話ぐらいは聞かないとな」
★
彼方此方から呻き声が響く。
目の前には甲冑姿のままの兵達が倒れ、地を這いずる芋虫の如く街道を埋め尽くしていた。
その殆どは怪我を負っているだけで命に別状はない。
主に手や足などを狙って戦闘継続能力を奪っているだけだ。
やはり勇者たる者、無闇に人の命を奪ってはいけないからね。
……
ま、時と場合によるけど。
「さて、オーティス達は無事に逃げる事が出来たかな」
俺は剣を鞘に収めながらチラリと後ろを振り返る。
リーネア姐さんが手にした矢を矢筒に仕舞いながら、
「そうね。今頃は隊商道を南へと向かってる筈だし、関所の警備兵ぐらいは突破できるしょう」
そう言って少し難しい顔をする。
「ただ、途中で何が起きるか分からないし……大丈夫かしら」
……確かにな。
帝国内に混乱を起こす予定で、貴族達の間に様々な工作をしていた。
だが、皇帝が摩耶さんを気に入りオーティス達を足止めにしてしまうと言う想定外の事態が起こった為に、途中で工作を中断したのだが……それがどう言う結果をもたらすか、正直分からん。
実際、魔王軍の歓心を買う為に摩耶さん達を捕縛しようと暴走した貴族もいたぐらいだ。
オーティスを亡き者にしようと企む貴族が出て来てもおかしくはないだろう。
「……ま、あれでも一応は勇者だし、何が起きてもある程度は対処出来るだろう。ディクリス達も付いているしな。緊急事態が起きれば連絡が入るだろうし……って言うか、そのぐらいはオーティス自身で処理してもらわんとね。それも試練の一つだ。此処いらで一皮剥けて精神的に成長してもらわないとこの先困るぞ」
「でも今回の件で少しは学んだじゃない?国を運営するには奇麗事だけじゃすまないって事を。オーティスは真っ直ぐな性格だから……それは悪い事じゃないけど、あまり素直過ぎると誰かに利用されたりするわ」
「……だと良いが」
現に今も、素直にディクリス達の言う事を聞いて行動しているしな。
多少は自分で考えろよ……
俺や博士の考えた計画を無視して、突拍子もない行動を起こして欲しいよ。
その方が面白いし。
「ところでシン殿……いや、スティング殿」
ヤマダの旦那が剣に付いた血糊を拭いながら、蠢く帝国兵達に目を細める。
「これからどうするのだ?そろそろ戻るか?」
「そうだなぁ……もう少しだけ時間を稼ぐか。ぼちぼち後続部隊が来る頃だと思うし……ただ、もし皇帝が直接出てきた場合は、色々と話をする必要があるかもな。今後オーティスの邪魔をするなと釘を刺しておきたいし」
「拒否したらどうするのだ?」
「はは……その時は悪いけど、また眠ってもらうとするか」