チュートリアル攻城戦
「ん~……こいつは参ったねぇ。ちと計算違いだ」
俺は目の前の砦を見つめ、そう独りごちた。
今回の出兵は侵攻に非ず、戦闘経験の薄い者や全く無い者に経験を積ませる為の出兵……ま、戦闘訓練の延長のようなものだ。
だから特に脅威ではない、小領主の治める地にある小さな砦を攻略対象にと選んだワケなんだが……
想定以上に難しい予感がする。
砦は確かに小さく、廃墟まであと少しと言った具合にボロいが、その立地が中々に険所だ。
街道沿いの山の斜面を削って建てられた石造りの砦だが、う~む……攻めるルートが中々に見つからない。
正面は切り立った岩の斜面。
かなりの急勾配で、駆け上がるのは非常に困難だ。
砦への出入り口に通じる道もあるが、そこは馬車一台が通れるか通れないかの細い山道。
しかも当然ながら障害物や柵等が無数に設置してある。
突破するのは非常に困難だ。
ならば大きく回り込んで山の頂上から砦に攻め降りると言う手もあるが、迂回路そのものが砦からの射程範囲内だ。
無理に通ればかなりの被害が出るだろう。
「さて、どうするのかな」
俺は少し小高い岩の上から、新米兵士どもの様子を見つめながら呟いた。
ちなみに俺は現在、不可視知効果の札を貼り、完全なる透明化状態で部隊を見守っている。
さすがに一局地戦に大将が直々に出て行くワケにも行かないからね。
「ふむ…」
今回派遣した部隊は総勢2千名。
その内の半数以上は戦闘経験の無いピカピカの新兵だ。
そして砦に篭る敵兵は、参謀部の試算に依るとおよそ二百から三百と言う話だ。
ま、俺もそれぐらいだろうと思っている。
地方の下級貴族領主だ……領民まで総動員しても高が知れているし、それにそれら全てを前線の小さな砦に集結させる事は出来ない。
新米ばかりだけど兵数は此方が圧倒的に有利……
帷幄の連中がどう判断するかは知らんが、ここは強攻策の一手だろう。
そんな事を考えながら、戦闘準備を整える部隊を見つめる。
隊長クラスはさすがに新兵には任せられないので、それぞれ近衛隊や本隊直属部隊から選抜したベテランばかりを揃えた。
今、俺の直ぐ目の前にいる一個小隊を率いるのは、半獣系魔族の戦士だ。
一見するとただの毛深いオッサンにも見えるが、本部戦隊の百人長も勤める歴戦の兵である。
うぅ~む……しかし大丈夫かいな。
初陣ばかりの小隊の面々から発せられる緊張感が、此方にまで伝わってくる。
その中でも一際背の小さい男……いや、少年を俺は見つめていた。
かつて俺様の懐を狙ったガキンチョだ。
名前はルーシャンだったかな。
大人に混じり、少しサイズの合っていない粗末な防具を身に付けている。
本来なら、あの年齢なら他の子供達と同じように駐屯地で色々と雑用させるなり、各地の孤児院へ送っている筈なのだが、あの餓鬼は、早く魔王軍の兵士になりたいと……面倒を見ている者からそう報告があったので、特別に初陣を許可したのだ。
……何となく、分かるな。
俺もあのぐらいの歳の頃には、早く一人前になりたかった。
常に俺を見下している城の連中を見返してやりたかったのだ。
ちなみにリッカも参加したいとか言ってきたが、もちろん却下だ。
そんな事は兄(自称)として許可は出来ん。
だが駄々をこねたので、一応は本隊に同行させている。
前線には出せんが、戦場の空気を吸うぐらいは良いだろう……いや、それも本当はさせたくないが。
リッカは、実は物凄く優秀だ。
エルフ系種族なので弓の扱いは上手いし、何より魔法の適正がある。
驚くべき事に、酒井さんから陰陽術まで教わっている。
中々の逸材だ……さすが俺の妹である。
酒井さん曰く、潜在能力は摩耶以上かもと言う話だ。
「さて、そろそろ動くかな」
俺が呟くと同時に、重鎧を着た兵や防御力に長けた巨漢の兵達が、砦へと通じる細道目指して二列縦隊で進軍を開始。
それと同時に軽鎧を身に付けた新兵供に、歴戦の部隊長が何やら檄を飛ばす。
ほ……バフか?
新兵の顔付きが変わり、腕を振り上げ雄叫びを上げた。
ふむ……効果は恐怖の抑制と身体能力の向上と言った所か。
魔力は感知しなかったから、おそらくは種族固有のスキルだろう。
ルーシャン少年も剣を振り上げ気合を入れている。
ふむ……作戦としては、重戦士が砦の出入り口から殺到しつつ、一般兵が丘を駆け上がり砦に喰らい付くと言うニ方面同時侵攻作戦。
で、後方支援として弓隊と魔法部隊が援護射撃……
やはり数を頼んでの強攻策か。
ま、そうだろうな。
俺でもその策を選択する。
敵からすれば、遠距離攻撃を躱しつつ出入り口を防御しながら尚且つ正面から突っ込んでくる敵兵に応戦しなければならない。
そんなマルチな事は出来ん。
そもそも兵の数が少な過ぎる。
「さて、お手並み拝見といきますか」
と、本隊から銅鑼の音が鳴り響いた。
それと同時に矢と魔法が砦目掛けて降り注ぎ、それに呼応するように各隊が進軍を開始する。
敵も同時に応戦を開始した。
砦の上から牽制の矢を放ち、魔法も撃って来る。
が、やはりその数は少ない。
このまま一気呵成に攻めれば……三時間もあれば落せるかな?
そんな事を思いながら、俺は少し離れた場所に移動して戦闘を見守る。
気合の入った雄叫びに魔法の爆発音が鳴り響き、それが山々に木霊する。
重歩兵が木戸を破壊し、出入り口に殺到。
軽歩兵が三隊に別れ、それぞれ急な斜面を駆け上がって行く。
……む?
敵の反撃が増した。
魔王軍に降り注ぐ矢や魔法の数が先程より多い。
ま、当然と言えば当然だが、予想していたよりも激しい。
ふむ……誘われたかな?
けどまぁ、この程度なら何とかなるか。
と、最初はそう思っていたのだが、どうにも旗色が悪い。
敵の抵抗は一段と激しさを増し、新兵どもは砦に取り付く事が出来ないでいる。
小隊長が
「進め!!進んで斬る!!ただそれだけの簡単な事だッ!!」
等と声を枯らして叫んでいるが、敵の反撃は凄まじい。
魔法や矢以外にも、石礫による攻撃もあるし、何より糞尿混じりの水を頭上から大量に流してきた。
これはキツイ。
精神的ダメージもさる事ながら、足元がぬかるみ、斜面を駆け上がる足が鈍る。
ん~……ちとマズイな。
さて、どう対処するか……
「ひ、引けーーーッ!!」
歴戦の部隊指揮官が新兵に向かって剣を振る。
「一旦引いて第二陣と交代!!」
おおぅ、ナイスタイミング……良い判断だ。
先鋒部隊が斜面を滑り落ちるようにして後退すると同時に、控えていた別の小隊が突撃を開始。
波状攻撃だ。
敵も反撃してくるが、それにもめげずに斜面を駆け上がって行く。
時間は掛るが、何度か繰り返せばいつかは砦に取り付く事が出来るだろう。
矢や魔法だって無尽蔵ってワケではないし、疲労だって蓄積する。
こう言う戦いでは、やはり物量の差は大きい。
しかし……少し妙だな。
俺は目を細め砦を見つめた。
砦に篭る敵兵は最大でも三百と見積もっていたが、それにしては反撃が激しい。
重歩兵部隊も未だ入り口付近から先へ進めないでいるし……これは少し計算を誤ったかな?
そんな事を考えていると、第二陣が後退し、入れ替わるようにして第三陣が突撃を開始していた。
死者はそれほど出ていないが、負傷者はかなり多い。
ん~……こりゃもう少し掛りそうだなぁ……
戦場近くの巨石の上に腰掛け、ボンヤリとそんな事を考えていると、微かに馬蹄の音が響いて来たかと思うや、いきなり悲鳴と怒号が沸き起こった。
ふにゃ?何事?
と顔を上げると、山頂へと続く道から敵の騎馬隊が乱入。
横槍を突かれた形になった前線部隊は大きく崩れ出した。
ほほぅ、上手いねぇ……タイミングばっちりではないか。
思わずポンと大きく手を打つ。
もちろん不可視知状態なので誰にも聞こえはしないが。
伏兵を用意していたとは……はは、やるねぇ。
数は多くないが、その効果は抜群だ。
完全に虚を突かれた形になった。
突如現れた敵部隊に、此方は半ばパニックだ。
特に前線から下がり、疲れた身体を休めている先鋒部隊は最早壊乱状態。
これが経験を積んだ部隊なら即座に立て直すだろうが、此方は殆どが新兵だ。
一度恐慌状態に陥ったら、広範囲魔法でも使わない限り鎮めるのはほぼ不可能である。
経験の差を突かれた形になったな。
さて、非常にマズイ状態だが、司令官はどう対処するか……
今回の作戦総指揮は、本隊直属のドートンハルだ。
冷静沈着な狼系獣魔族、いわゆる人狼種の者で、隻眼の筋肉美女エルフであるティムクルスの部隊の副長を務めている。
どちらかと言うと猪突猛進な所のある彼女を常に支えている参謀系の副長と言う話だが……
と、本隊から銅鑼の音が鳴り響いてきた。
撤退の合図だ。
うむ、戦術的には正しい。
ここは一旦引いて態勢を立て直すのが最適解だ。
が、これはかなり難しいぞ。
新兵どもは右往左往の潰走状態だ。
方々に逃げ出すものもいれば、中には敢えて敵に立ち向かう者いる。
これを纏めて撤退させるのは至難の業だろう。
下手すれば敵の追撃を受け、更なる被害が出る恐れもある。
ま、その辺はお手並み拝見といきますかぁ……状況によっては助けるけど。
しかし、敵の兵数が予想より多かったな。
それに守将が優秀だ。
かなりの策士だな。
守り一辺倒だと思いきや、密かに反撃部隊を用意しているとは……中々どうして、大したもんだ。
地方領の小さな砦だと侮っていたのも確かだが、まさか魔王軍が一時撤退まで追い込まれるとはねぇ……野戦なら何とかなっただろうけど、さすがに新兵に攻城戦は厳しかったか。
いや、しかしこれはこれで良い経験にもなっただろうし、実に面白いものを見せてもらったわい。
★
砦のある山からその麓まで一旦退いた魔王軍特別編成部隊は、そこで陣地を築き防御態勢。
負傷者の手当てなどで現場はかなりの混乱状態だ。
死者は少ないけど、負傷者は……部隊の半数以上か。
大惨敗って奴だな。
ま、追撃が無かったのと、ドートンハルの指揮が巧みだったのが幸いしたな。
しかし良くあの状態を収拾して撤退させたわい。
逆に追撃してくれた方が、反撃のチャンスがあったのだが……敵はそれを恐れて、敢えて深入りしなかったのかな?
だとしたら、やはり敵の守将は優秀だ。
出来れば手駒に加えたいなぁ……
そんな事を考えながらブラブラと本陣へ向かう。
もちろんまだ不可視知状態のままだ。
お?リッカが負傷者の手当てに奮闘しているな?
俺の妹分であるホビストエルフのリッカが、救急箱を片手に必死になって走り回っている。
うむ、感心感心と……
今度、治癒系統の魔法でもレクチャーしてやるかな。
「さて…」
本陣大本営としている巨大テントの中へ入ると同時に俺は不可視知を解除した。
傍にいた者達がギョッとした顔を向けるや、即座に膝を着く。
司令官のドートンハルも驚いた顔で
「こ、これはシング様」
慌てて駆け寄ってくる。
「あぁ、礼など不要。そのまま仕事を続けろ」
「は。し、しかし……いつごろ此方へ御出でに……」
「ん?最初から見てたぞ?こっそり隠れて前線視察だ」
「さ…さようでしたか。それは……誠に不甲斐なき戦いをお見せして……この度の戦、全ての責任は私にあります。部下達には何卒、寛大なご処置を……」
「何を言っている?」
俺は笑いながら、非常に恐縮して縮こまっているドートンハルの肩を叩いた。
「お前は良くやったぞ。そもそも今回の戦は負けるべくして負けた戦だ。地の利も無ければ新兵ばかりで人の利も無く、あまつさえ敵兵は予想より多くてそれを指揮する敵将は優秀と……むしろ被害を最小限に抑えて撤退させたのは見事だ。並の将なら壊滅していたかも知れん」
ぶっちゃけ俺が指揮していたら全滅だ。
「お、恐れ入ります」
「ふふ、新兵どもにも良い経験になっただろう。魔王軍だからとて負ける時は負ける。むしろ負け戦から何かを学んで欲しいものだ」
俺も昔は良く失敗したからねぇ……
ダンジョン探索で半泣きしながら撤退した事もあったし。
ま、今でもしょっちゅう酒井さんに怒られては殴られているんだけど。
「しかし、敵の守将は中々の者だな。何か情報は入っているのか?」
「確か、準男爵家に仕えている警備隊の副長が急遽派遣されたと……それ以外は特に何も。無名の者で御座います」
「ふむ……たかだか末端貴族の一警備兵にしては出来るな。指揮も巧みだ。……殺すには少し惜しいな。良し、使者を送って勧誘を仕掛けてみるか」
「は。では直ちに準備を」
「いや、それには及ばん」
「……は?と言いますと……」
「我が使者として出向こう。直接、会ってみたいしな」
★
この世界で軍使を示す赤白青の三色三角旗を木の棒に括りつけ、ブラブラと砦に向かって近付く僕チン。
一応は正式な使者なので、軍装を解き見栄えの良い小奇麗な長衣を着用している。
さてさて、敵将はどんなヤツでしょうかねぇ。
ってか、面会してくれるかな?
魔王軍と交渉はしないとかだったら、面倒だからその場で砦ごと吹き飛ばしてやるとするか。
そんな少し物騒な事を考えながら軽く旗を振っていると、砦へと通じる山道の破壊された木戸から武装した兵が数名出て来て、即座に俺を取り囲んだ。
短槍を突き付け、厳つい顔で俺を睨みつけている。
とは言え、その瞳には微かに怯えの色があった。
ふむ……歴戦の兵士、には見えんな。
まぁ、カーチャ嬢の所の兵士も、キャリアはあっても実戦経験は乏しいって奴等ばかりだからな。
俺は敵意の無いニッコリスマイルで
「軍使としてやってきた。そちらの指揮官と面談したいのだが、取次ぎを願えるかな?」
気さくに声を掛ける。
兵士達は僅かに戸惑い顔で視線を交わした。
まさか魔王軍から使者が来るとは全く想定していなかったみたいだ。
まぁ、当然と言えば当然だが……
「わ、分かった。暫時、お待ちくだされ」
そう言って、兵の一人が戻って行く。
俺は鼻歌を混じりに手にした旗を揺らしながら待っていると、先程の兵が小走りに戻って来た。
そして微かに息を切らし、
「守備隊長が会談に応じるとの事です。どうぞ中へ」
「そりゃありがたい」
俺は持っていた旗を地面に突き立てると、兵達に囲まれたまま壊れた木戸を潜り、そのまま細い山道へ。
道には柵や逆茂木、更には土壁が幾つも互い違いに配置されている。
そもそもが坂道であり、しかも道に大き目の岩を乱雑にばら撒いているから歩き難い事この上ない。
……なるほどね。
予想していたより遥かに防御態勢が整っている。
道理で重歩兵部隊が攻め倦む筈だ。
いやはや、用意周到だねぇ。
俺は感心しながら砦へと通じる道を進む。
砦その物は古く、造りも雑だ。
石壁の彼方此方が欠けたりしている。
それにサイズも小さい。
情報部の話だと、東方三王国建国時の騒乱の時に破却された城の一部を利用して造られた砦と言う話だ。
駐留している兵は……やはり多いな。
探知スキルの反応からして、およそ五百と言った所だ。
末端の貴族が動員出来る兵数ではない。
臨時徴用された領民兵か……いや、戦闘の巧みさから言って、近隣の諸侯から借りた兵、もしくは傭兵の類だろうな。
そんな事をボンヤリと考えつつ、小さな石門を潜って砦の敷地内へと入る。
山の斜面に沿って造られている砦は、外から見てもかなりボロかったが、近くで見ると余計だ。
壁すらも朽ちて至る所に補強の後が見受けられる。
立地が良いとは言え、こんなみすぼらしい砦でよく魔王軍の攻撃を防ぐ事が出来たものだ。
奇襲戦なら楽に落とせただろうけどねぇ……
ま、今回は事前に攻めるぞって情報を流していたワケだしな。
周りの兵からの敵意と興味の入り混じった視線を受けながら、塔の様な建物の一つに入る。
司令部に使っている場所だろうか。
幾つかのテーブルと乱雑に置かれている椅子があり、小汚い鎧を着込んだ者達が忙しく動き回っている。
俺を先導して来た兵の一人が少し大きな声で
「隊長。魔王軍からの使者をお連れしました」
と言った。
その声に、その場にいた者達が一斉に振り返る。
「あ、ご苦労」
口を開いたのは、どこか鎧姿が板についていない優男であった。
報告だと、警備隊の副長と言う話だが、歴戦の勇士にはとても見えない。
戦士と言うよりは賢者然としている。
前線指揮官と言うより、帷幄に篭り策練る参謀タイプの男だ。
ふ~ん……なるほど。
これがアニメやラノベだと、この辺で実は可愛い女の子が指揮を執っていた、みたいな流れなんだろうけど……やっぱ現実は違うわな。
ま、本当に女の子が出てきたら、それはそれで僕ちゃんは困ってしまうんだが……苦手だし。
砦の守備隊長を務めている男は、興味深気に俺を見つめている。
敵意はそれほど感じない。
ふ~ん……人間種だけど、耳の形状と瞳の色がほんの僅かだけど違うな。
亜人種の血が少し入っているのかな?
「どーも。魔王軍からの軍使、シンノスケと言います」
俺は殊更陽気な声で自己紹介。
敵将は小さく頷き
「ダンタネル砦、守備隊隊長のティザーです」
「ティザー殿ですね」
「それで軍使殿。如何様な用件で此方へ?」
守備隊長の声に、微かに戸惑いの色を感じる。
ま、普通軍使が派遣された場合、大抵は和睦か降伏勧告の使者だ。
だが先の戦は砦の守備部隊が勝っており、まさか負けた側から降伏しろとは迫って来ることはない。
しかも相手は人類種ではなく魔王の軍勢だ。
和睦とか和平とか言う言葉からは一番遠い存在だ。
だから使者の用向きが何なのかサッパリ見当が付かない……そんな所だろう。
「あ~……ま、余計な前置きは無しにして、単刀直入に言いますと……ティザー殿を勧誘しに来たんですよ。どうです?魔王軍へ入りませんか?」
「はぁ?私を魔王軍へと……これはまた随分と大胆な調略ですな」
ティザーは戸惑い顔で頭を掻いた。
周りに居た厳つい顔の兵達も眉間に皺を寄せ、首を捻っている。
「しかし、何故にいきなり?」
「なに、実は今回の戦、真なる魔王シング様が御覧になっていましてね。訓練とは言え、善戦した貴方を豪く賞賛しておりまして……出来れば配下に加えたいと。で、どうです?魔王軍に加わりませんか?三食昼寝付きで有給もありますし臨時手当も付きます。福利厚生も充実してますぞ」
魔王軍は超優良ホワイト企業なのだ。
「……訓練、と仰いましたが……それはどう言う意味ですかな?」
ティザーは怪訝そうに目を細める。
「へ?そのまんですよ?今回ここを攻めた魔王軍は、その殆どが新兵です。しかも初陣の。お分かりか?魔王軍的には、実戦訓練の最終段階としてここを攻めただけです。そもそも戦略的に、こんな辺境の地を攻める理由は無いですし……仮に本気で魔王軍が攻めるとしたら、あっと言う間に陥落ですよ。それこそ魔王様なら三秒で砦ごと消し飛ばしますね」
「……つまり我々は、魔王軍の訓練目標にされただけと……」
「そうです。でも貴方方は頑張った。地の利があるとは言え大したもんです。だから魔王様はこのまま殺すには惜しいと考えられたのです。それで、どうです?魔王軍に加わりますか?あぁ、もちろん貴方だけじゃなく、希望があれば一般兵も引き取りますよ」
「……申し訳ないが、断らせていただく」
「ありゃま。ん~……一つお尋ねしますが、何故です?断る理由をお聞かせ願いたい」
「我々はボーラル家に仕える者だからです」
「ほ……これはまた少し予想外の答えですね。へぇ……魔王様より辺境の弱小貴族に仕える方が良いと?面白いですねぇ……ならばそのボーラル家が魔王様に仕えたとしたならば、貴方もそのまま仕えますか?」
「……」
ティザーは言葉につまり、口をへの字に曲げた。
「ちなみに言いますが、ボーラル家の三男だったかな?アッカムと言う者が魔王様に仕えてますよ。もし仮に、現在の当主を廃してアッカムをボーラル家の当主にしたならば……どうします?」
「国王陛下から任命されて無い者は正式な当主とは言えないと思いますが……」
「これはまたまた面白い事を。そもそも国王どころか王族が全て死んだと言うのに……と言うか、ダーヤ・タウルと言う国は既に滅亡しているも同然。現在、タウルの貴族を名乗っている者は全て貴族を自称している流浪の私兵集団です。野盗の類と同じですな」
「……少し言葉が過ぎませんかな、使者殿」
「こりゃ失礼。ですが事実でしょ?ま、何にせよ、こちらの差し出した手を握るのも振り払うのもそちらの自由ですが……ただ、己の矜持だけではなく、領民の事も考えてみられては如何かな?」
「先程、魔王軍は戦略的にこの地を攻める理由は無いと仰いましたが?」
「確かに。ですが魔王軍が攻めなくても、ダーヤ・ウシャラクの軍が乗り込んでくるでしょうね」
「ウシャラクが?」
「魔王軍はダーヤ・ウシャラクに対し、タウル西部地方の切り取り自由を与えてますからね。ちなみに北東部では、近々ロードタニヤ王国が建国されます。あと、魔王軍の傘下に入った貴族も順次国家として独立させる予定です。もちろんその土地は、魔王軍に敵対の意思を示している元タウル貴族から奪います」
「……簡単に言いますが、そのようにただ土地を奪っても国は創れないかと思いますぞ。領民の反感を買えば、何れその地で反乱が起きるでしょう」
「ははは……人間らしい考えです。確かに、いきなり土地を奪い、別の国として独立してもそこに元から住む領民にとっては面白くないでしょうし、中には前領主を慕う者も大勢いるでしょう。でもそれは人類種同士の戦争の話。魔王軍はそんな面倒な事はしません。ぶっちゃけ、そこに住む者達は皆殺しにします。あぁ、もちろん恭順の意を示せば別ですが」
「それは些か乱暴では」
「優勝劣敗は世の常、自然の摂理ですよ」
「……」
「取り敢えず、一日待ちましょう。魔王様は明日の昼にこの砦を破壊する予定です。幾ら訓練とは言え、負けたままってのは外聞が悪いですからね。個々の去就は自由です。魔王軍の傘下に加わるも良し、この砦から去るも良し。ただ、ここに篭って徹底抗戦と言うのはお勧めしませんがね。ま、ゆっくり考えて下さいな」
俺はそう言うと軽く頭を下げ、そのまま鼻歌交じりに砦を後にしたのだった。