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閑話休題・マゴス駐屯地にて


 僕の名はマーコフ・ヴォルセイ・リストバーン。

リストバーン子爵家の三男でダーヤ・タウル王国近衛兵だ。

いや、元近衛兵かな。

何しろ勤め先の王城が街ごと無くなってしまったからね。


現在、王都が在った場所は荒涼とした大地が広がっているだけ……いや、良く見ると塔の先端が微かに地面から飛び出している。

そう、城は街ごと地中深くに埋まってしまっているのだ。

あの光景を見たら、もう笑うしかない。

魔王に対する敵意など、根元からポッキリと折れてしまう。

あの方に歯向かうなど、大空に浮かぶ雲に剣を持って切り掛かろうと挑むようなものだ。


あの日、魔王シング……いや、シング様が玉座に現れた時点で、国の運命は決まっていたと今では思う。

後で同僚から聞いた話だが、シング様は王子を引き摺り、街の真ん中で磔にしたらしい。

そして魔法で、今までの悪事を大声で語らせたそうだ。

それも何事かと集まって来た民衆の前でだ。


いや、しかしまさか大貴族はおろか王弟君までも密かに粛清していたなんて……

国王陛下に至っては、数年間も魔法で眠らせ軟禁しているらしい。

道理で、今まで一度もお目に掛った事が無い筈だ。


魔王シング様はそんな王子の告白を聞き、どこか呆れ顔で苦笑していたと言う話だ。

そりゃそうだろう……

王に、そして国に対し忠誠を誓っていた僕でさえ、ただ乾いた笑いを溢すしかなかったのだから。


ちなみに僕は今、魔王軍庶務隊に所属している。

あれから……そう、王城の財宝室から金銀などを運び出すのを手伝わされた僕達近衛隊は、そのままそれを魔王軍駐屯地まで搬送した。

その後で殺されるとばかり思っていた。

だってあの光景……王都がそこに住む何十万の領民もろとも地中深く埋没して行くのを見れば、誰だって次は自分達の番だと思う筈だ。

けど、逃げ出そうとは思わなかった。

逃げ出せばもっと酷い殺され方をすると思ったし、何より余りに凄惨な出来事を目の当たりにしたせいか、少しばかり脳の感覚が鈍って……そう、まるで夢でも見ているようで、現実とは思えなかったのだ。

実際、逃げ出した者は独りもいなかったしね。

だがシング様は、僕達に何もしなかった。

それどころか、ここマゴス駐屯地まで運んだ後で、手間賃と称してかなりの額の金まで渡してくれた。

労働に対する対価だと言っていたが……どう言う意味だろうか?


そしてシング様は戸惑っている僕達に向かってこう言った。

「聞けば近衛隊は、貴族の子弟で構成されてると言う話だったな。ふむ……ならばお前達は一旦故郷に戻り、領主を説得しろ。魔王軍の傘下に加わるようにな。あぁ、けど特に無理な説得はしないで良いぞ?その辺の判断は領主に任せれば良い」

そう言って僕達を送り出したのだ。


圧倒的なその力で侵略すれば早いのに……

と思ったりもしたが、そこにはきっと何か僕の思い付かない様な深遠なる思惑があるのだろう。

でも、僕としては有り難い。

元々父や兄達とは少々折り合いが悪く、出来も悪かった事から半ば家から追い出されるような形で近衛隊に入隊させられた僕だが、故郷は故郷だ。

愚かな王子のとばっちりを喰らった王都のように、生まれ育った街が領民もろとも地上から消されてしまうのはさすがに忍びない。

けど、故郷に戻った僕を待っていたのは、現実を理解しない者達からの嘲笑と侮蔑であった。

魔王の手先にでもなったのかと面と向かって罵倒されたりもした。

リストバーン家の面汚しとまで言われもした。

その時点で僕は説得を諦めた。

もうどうにでもなれだ。

元々相続からは程遠い三男坊だし、家名を守る責任や義務感はさほど無い。

そしてそのまま、僕は魔王軍の駐屯地にまで戻って来た。

……

どうしてだろうか?

お金も多少あるし、このまま何処か遠くへ逃げ出しても良かったのだが……

その辺は良く分からない。

ただ、僕と同じように戻って来た連中は多く居た。

親友のアッカムもそうだ。

彼は顔面を腫らし、

「父上に殴られたよ」

そう言って疲れた笑みを溢していた。

「王国貴族の誇りがどうとか言っちゃってさ。そんなに死にたいのかな」


「ウチも似たようなもんさ。殴られはしなかったけど」


「そっか。……戻って来なかったのは十人位かな」


「逃げたのかな?」


「……さぁね。逃げたのか、それとも監禁でもされてるか……はたまた殺されたか」

アッカムはそう言って肩を竦めた。

ただ、領主を伴って戻って来た者も何人かはいた。

とは言ってもほんの少数だが……それでも賢いなぁと思う。


シング様は忠誠を誓う貴族に対し、当面はそのまま領地を治めるように言った。

兵や糧食の無償提供等は不要。

徴発もせず、ちゃんとした商取引をするとも約束した。

それに万が一、敵対する勢力から侵攻を受けた場合は、魔王軍が即座に対応するから報告するようにとも言った。


はぁ、なるほど……

シング様は敵対者には容赦ないが、降伏した者には寛大だと誰かが言っていたけど、確かにその通りだ。

ウチの家も素直に魔王軍に降伏すれば、今まで通りだったのに……


ま、そんな紆余曲折を経て、僕等は魔王軍庶務部隊に配属されている。

主な仕事は……ま、雑用係だ。

色々と多岐に渡る。

僕の主な仕事は、備品管理と魔王軍混成旅団の新人への戦闘技術指導だ。

元々それなりに剣の腕は立つ方だからね。

魔王軍混成旅団と言うのは、各地で降伏した者や保護した者達からなる部隊だ。

だから数多くの種族がいるし、中には同じ人間もいた。

ただ、その殆どはあまり見たことも無い亜人系の少数種族だ。


僕の国は殆どが人類種だったので、亜人系統の種族には馴染みが無いと言うかあまり良くは知らなかったのだが、北方の評議国辺りでは少数種族はかなりの迫害を受けていたらしい。

同じ国に住んでいるのに何でそんな事が起こるのかは理解できないけど……ともかく、そんな者達を魔王軍は保護したりして軍に組み入れていると言う話だ。

保護された彼等からすれば、魔王軍、いや魔王は救世主のような存在だ。

だからか、その訓練にはかなり熱が入っている。

誰もが少しでも魔王軍の役に立ちたいと思っているのだ。

中でもルーシャンと言う12歳ぐらいの少年は、いつも熱心に剣を振っている。

指が痙攣し、剣から手が離せなくなるまで振っていた事もあった。

ある時、僕はルーシャンに尋ねた。

どうしてそれほど頑張っているのか、と。

すると少年は少しはにかみながら、早く一人前になりたいから、と答えた。

何でも彼は、家族ごとシング様に助けられたらしい。

家族と言っても血の繋がりは無い、皆が孤児だと言う話だが。


正直、その話を聞いた時……少しばかり考えさせられた。

自分は近衛兵だったが、国や王に対し、そこまでの忠誠心を持って日々研鑽していただろうか。

答えは否だ。

王城に務めるエリート兵としての誇りはあった。

それなりに忠誠心も持っていた。

だが、彼等の魔王に対する忠誠心とは比べ物にならない。

……

ま、あの王子が相手では、忠誠心を持つこと自体が難しいと思うけど……

やはり上に立つ者、特に王とか呼ばれる方達には、人を惹き付けるつける何かしらの特殊なカリスマが必要なのだろう。

その点、シング様のカリスマ性は飛び抜けている、と言うか常識を超えていると思う。

最初に会った時は恐怖で足が竦んでしまったが、どうやらあれはそう言った演技をしていたらしい。

駐屯地へ戻ったシング様は、実に気さくなのだ。

だからか、シング様の行く所には常に人が集まって来る。

その辺をフラフラと歩いているだけで何時の間にか行列が出来ていると言う事もあったし、時には野生動物すらシング様の周りに集まって来る。


本当に不思議な魅力だ……

ま、かく言う僕も、こうして今では普通に魔王軍に所属しているのだが、何より驚いたのは勇者の仲間であったヤマダさんやリーネアさんがこの駐屯地でシング様と行動を供にしていると言う事だ。

二人の名前は当然ながら知っていた。

先代の勇者であるグロウティスと供に、魔王アルガスを討伐した人類国家における英雄中の英雄だ。

その二人が何故、魔王軍に?

人伝に聞いたところ、何でも現勇者であるオーティスの出来の悪さに辟易し、パーティーを抜けて旅をしている途中でシング様と出会い、そのまま今に至るらしい。

ま、本当か嘘かは知らないけど、そのような話が出回っている。


しかし、さすが勇者の仲間だなぁ……

ヤマダさんとリーネアさんの戦闘訓練を見た事があるのだが、何と言うか……二人とも本当に人間種なのか?と疑いたくなるような強さだった。

特にヤマダさんは僕と同じ人間なのに、何と言うか種を超えた強さを持っていた。

自分もそれなりに腕に自信はある方だが、太刀筋すら見えないとは……さすがは世界最高峰の勇者の仲間だった人だ。

人間でも、極めるとあそこまでの速度を出せるものなのか。

とは言え、ヤマダさんに言わせるとまだまだ未熟と言う話だ。

聞けば未だシング様に掠りもしないとか……

まぁ、あの方は色々と規格外と言うか僕らの常識から外れた場所にいる人だからね。


しかし、みんな気合が入ってるなぁ……

新兵の訓練風景を眺めながら、僕は少し眉を曇らす。

何でも戦闘経験が無い者達の為に、初陣として近々反魔王派のタウル貴族の領土に攻め込むと言う話だ。

もちろん大々的な侵攻ではなく、あくまでも新兵の為の実戦と言う事で、砦の幾つかを攻めるらしい。

あのルーシャン少年や、ここ最近友人となったロードタニヤ伯爵令嬢付きの騎士であるセレヴァとロセフも参加すると聞いた。

もちろん、僕も後方監督部隊として参加するのだが、ただ……侵攻目標がボーラル準男爵領……そう、親友のアッカムの父が治める領地なのだ。


アッカム自身はいつものように飄々と

「ま、仕方ないんじゃね」

と言ってはいるが、心中は穏やかでは無い筈だ。

それに相手は殆どが人間だ。

同種族との戦いは、正直少し躊躇するものがある。

しかも相手は同じダーヤ・タウルの国民なのだ。

ま、彼等からすれば僕は既に国家の裏切り者だろうけどね。

けど、シング様や魔王軍の強さは伝わっている筈なのに、それでもまだ戦おうと言うのはちょっとなぁ……領主的にはどうかと思う。

領民や兵達のことを考えれば、感情よりも理性を優先させるべきじゃないだろうか。


「……まぁ、名誉の為にって考えも少しは分かるけどね」

僕はそう呟き、訓練用の木刀を強く握り締めた。




「……ふぅ」

ロードタニヤ伯爵令嬢付き護衛騎士のセレヴァはベンチに腰掛け、訓練で火照った身体を鎮める様に大きく一息。

そして木のカップに入った冷たい水に口を付ける。


「お疲れ」


「ん…」

顔を上げると、幼馴染であり、親友でもあり、またライバルでもあるロセフが傍に立っていた。

そして襤褸切れのようなタオルで顔を拭いながら、セレヴァの横に腰を下ろしてきた。


「もうすぐ初陣だな。緊張するぜ」

ロセフが言うとセレヴァは無言で頷いた。


二人とも、初めての本格的軍事行動に参加する。

もちろん、両人とも戦闘経験はそれなりにある。

モンスター討伐や山賊退治などだ。

だが、軍の兵として出撃するのは今回が初めてだ。

しかも魔王軍の旗を掲げ、同じ人間の領地へ侵攻するのだ。

正直、複雑な気持ちではある。

だが幼馴染であり、敬愛すべき主人であり、そして密かに想う人が魔王軍に所属している以上、何も文句は無い。

彼女が行けと命じれば、何処へでも行く。

例えそれが地獄でもだ。


「ところでロセフ。今日はカーチャ様は?」


「参謀本部」

ロセフは腰に下げた皮の水筒を口に付けながら答えた。


「また今日も…」


「忙しいらしいぜ。ロードタニヤの独立の件もあるしな」


「そっかぁ」

セレヴァは小さく頷く。


魔王シングの命により、ロードタニヤ辺境領は周辺のタウル領を与えられ、正式に王国としてダーヤ・タウルから独立する。

いや、独立と言うよりは復興だ。

元々ロードタニヤはタウル北部にあった歴史ある国だ。

今はその準備段階として、様々な調整を行っている最中なのだ。

王都もろとも直系王族が滅んだとは言え、ダーヤ・タウル王国内には幾つかの諸侯が反魔王の旗を掲げ、連合を形成してると言う話だ。

とは言え、魔王軍からすれば脅威には成りえない微々たる物だが。


セレヴァは空になったカップの底を見つめながら呟く。

「王国か…」


「王国だな」

ロセフが水筒の水をセレヴァのカップに注いだ。

二人とも、少しだけ顔色が冴えない。


ロードタニヤが王国として興れば、カーチャは辺境伯令嬢から継承権第一位の王女殿下だ。

身分とか種族とか、そういった物に拘りが無い自由な家風のロードタニヤ家も、王家ともなれば色々と変わるだろう。

二人ともカーチャ付きの護衛騎士とは言え、これからはあまり気安く接する事は出来なくなるかも知れない。

それに、互いの胸に秘めた想いも……

貴族の御令嬢と御付の騎士。

夢物語ではあるが、まだ可能性はある。

だが、王家の姫君ともなれば……身分違いも甚だしい。

しかも王位を継ぐ身となれば尚更にだ。


「ま、独立と言ってまだ先の話さ」

ロセフはまるで自分に言い聞かせるようにそう独りごちると、辺りを見渡し、声を潜めながら

「それよりも俺は、シング様の事が気になってさ」


「シング様?」

セレヴァが眉を顰め、ロセフに習うように声を落す。

「何が気になるんだ?」


「いや……最近、カーチャ様はシング様と良く一緒にいるなぁ……と思ってよ」


「一緒?参謀会議で顔を合わせるのは当然だし、見回りとか偶に同伴はしているけど、その時は僕達も一緒じゃないか」


「いや、そうだけどさぁ……分かるだろ?」


「何が?」


「だって……シング様って、何かその……女性に人気があるじゃないか」


「……あぁ」

セレヴァは苦笑を溢した。

ロセフが何を言いたいか、朧気ながら分かる。

「確かに。周りに綺麗な女性が集まるよね」


「だからさ、カーチャ様も心惹かれやしないかと……」


「シング様にはエリウ様がいらっしゃるだろ?」


「魔王を名乗る方が一人の女性に縛られると思うか?」


確かに、とセレヴァは頷くが、

「でもさ、シング様は……その、何と言うか……あまり女性に興味が無いような気がするなぁ。淡白って言うか、むしろ逃げているような素振りすら時々見せるよ」


「そうか?」


「それよりもロセフ。今心配するのはカーチャ様の事じゃないだろ」


「ん?なんだ?戦争の事か?」


「そうだよ。侵攻作戦だよ。しかも相手はダーヤ・タウルの貴族。僕達も名目上はダーヤ・タウル貴族なワケだしさぁ……なんかこう、少し抵抗があるじゃないか」


「そう言えば、相手はボーラル準男爵だったな」


「うん、アッカムさんの家だよ」


「でも、仕方ないじゃないか」

ロセフはそう言って、小さく鼻で笑った。

「アッカムさんも必死に説得したんだろ?それで殴られて帰って来たと聞いたぞ」


「うん。僕も聞いた」


「だったらしょうがないな。話を聞かない相手が悪い。シング様がわざわざ降伏すれば許してやるって言ってるのに、それを蹴ったんだぜ。なら勝手に滅べば良いじゃないか」


「でもさ、相手はその……同じ人間だしさぁ」


「セレヴァ……お前は昔から気が弱いって言うか、少し優し過ぎるだろ。相手はタウルの貴族だぜ?そりゃ中にはリストバーンさんとか良い人もいるけど……そもそも連中はカーチャ様の命まで狙ったんだ。俺は許せねぇよ。それにこれから独立ともなれば、敵対行動を取ってくるタウルの連中も絶対に出て来ると思うしな。その時に備えての訓練だと思えば、今回の出陣は絶好の機会だと俺は思うぜ」


「そ、そっか。そう言う考えもあるか」


「そーゆーこと。ま、領民の村を焼けとか言われたらさすがに躊躇うけど……今回は幾つかの前哨砦を攻めるって話だろ?なら楽だよ。いや、別に楽じゃねぇーけど……気分的にはな」

ロセフは笑いながら、セレヴァの肩をバンバンと音を立てるように少し強めに叩いた。

「ま、ともかく頑張ろうぜ。カーチャ様の為にも、ロードタニヤの騎士の強さを見せないとな」



昼食の後、肩に酒井さんを乗せた俺はリーネアとヤマダの旦那を誘って駐屯地から少し離れた森の中でお茶を飲みながら秘密の会議を行っていた。

ちなみに黒兵衛は、リッカに連れられ散歩中だ。


丸太の上に腰掛けた俺は、目の前の小さな焚き火に細い枝をくべながら口を開く。

「ここだけの話……まだ知ってるのは参謀部でも極一部だけどさ、実は水面下で帝国が交渉を持ち掛けてきてるんだよ」


「ほぅ……交渉か」

とヤマダの旦那。

「察するに、和睦の交渉と言った所かな、シン殿?」


「まぁね。ダーヤ・ウシャラクを通じて、魔王軍と話し合いの席を設けたいとか言ってきてるらしい」


「正式な使者を派遣して来るではなく、ウシャラクを通じてと言うことは……出来れば秘密裏にと言うことか」

ヤマダがそう言って腕を組んで唸ると、リーネアがその綺麗な柳眉を曇らせ、

「つまり、降伏の為の下交渉って事ね」


「ま、そう言うことだな。ある程度の段取りを付けてから一気に降伏ないし和睦を宣言……と言う流れだろうな。下手に交渉とかしていたら国内が混乱するしな」

俺は隣に座っている酒井さんを見つめた。

彼女は小さな陶器に入ったお茶に口を付け、

「さすがは優秀と呼ばれる皇帝ね。色々と行動が早いわ」


「ですねぇ。その辺は酒井さんも言った通り優秀です」

ジリ貧とは言え、帝国はまだ数十万の兵を抱えている。

更に領民も動員して徹底抗戦の構えを見せたら、現在の魔王軍でも厳しい戦いを強いられるだろう。

だが皇帝は、既に利無しと判断し、国力にまだ余裕がある内に和睦しようと……ふふ、やるねぇ。

見事な戦略眼だ。

「帝国内の貴族や皇族に調略を仕掛けていたんですが……どうやら見抜かれたか。今は素知らぬ振りをして、魔王軍と和睦が成った後に順次片付けるつもりかな」


「けどシン殿……」

リーネアの姐さんが、その細い顎に指を掛けながら更に眉を顰めた。

「仮に帝国が魔王軍と和睦をするとして……帝国に滞在しているオーティスはどうするのかしら?今はまだオーティス達を国内に引き止めているんでしょ?」


その通りだ。

魔王軍と交渉するにしても、勇者としてのオーティスはどちらかと言うと邪魔な存在になる。

かと言って、害する事は出来ない。

そんな事すれば一気に人類系国家全てが帝国の敵に回るだろう。

だから帝国としてはオーティスに国外に出てもらい、その後に魔王軍と交渉すると言うのがベターなワケなんだが……

「うん。その辺も少し気掛かりで……ディクリスやリッテンに調査を命じたんだけどさぁ……や、どうにもねぇ」


「何か分かったの?」

酒井さんが俺を見つめる。


「いやぁ~……まだ不確定な情報なんだけど、どうも帝国としてはさ、この際一気に全ての人類系国家が魔王軍と和平を結ぶようにと、密かに各国に対して動いているとかなんとか……中々に大胆で面白いんだけど、その理由がさぁ……なんちゅうか、魔王軍との戦争が無くなれば勇者や神の御使いの出番も無くなるわけで……」


「何それ?まさか……マーヤを手元に置いておきたいから魔王と和平を結ぶって事?」


「ん~……どうなんだろう?そこまで狂ってるってワケじゃないですけど、ほんの少しはそう言った感情も働いているのでは、ってリッテンが言ってましたね」


「時に恋は賢者の目も曇らすってことかしら。で、シング……どうするの?」


「や、どうしましょう?」

言って俺はリーネアとヤマダを見つめ、意見を求める。

が、二人とも首を捻り、難しい顔をしていた。

「ん~……酒井さん的にはどう対処したら良いと思います?」


「そうねぇ……平和協定を結びたいと言うのなら、それはそれでエリウの判断に任すけど……交渉の為に、帝国からの使者が来るって話だったわよね?」


「です。ウシャラクの外交団に混ざり近々訪れるでしょう。ま、最初の秘密交渉って話ですが……」


「ならその席で、和平の条件にマーヤを魔王軍に引き渡せとか言いなさい。それで相手の出方を窺うわ」


「なるほど」

さすが酒井さん、いい考えだ。

国の事を考え、素直に摩耶さんを引き渡せば、オーティス達は何らアクション起こすだろう。

逆に摩耶さんを渡さなければ、それはそれで魔王軍と戦うためにオーティス達の力が必要になって来るわけだし……

ま、どちらにしろ勇者一行もこれで色々と行動が出来るだろう。

「報告だと、ここ最近、皇帝と勇者の仲が微妙になって来ているって話でしたからね。ふふ……この先どうなるかなぁ。ま、いざとなれば再び勇者スティングが登場しますけどね」








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