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ザ・デストラップ


 朝食の後、黒兵衛をお供に広大な摩耶さんの家のお庭を散歩中の僕チン。

「ってか、普通の日ってヒマだよねぇ」

摩耶さんと酒井さんが学校に行っている間、実にまぁ……やる事が無い。

まさに無職ニートと言うか自宅警備員と言うか単なるヒモと言うか……

「何かこう、俺にも出来る事があれば良いんじゃがなぁ」


「あ?別にエエやんけ。のんびりゴロゴロしとっても」


「実にまぁ、猫らしい意見ですな」


「ヒマなら何ぞゲームでもしとったらエエやんか。何や、この間までネトゲとかに嵌っていたやないけ」


「……煽られた上にPKされまくって心が折れた。もうネトゲはやらん」


「あ~……せやったら、身体を動かしたりはどうだ?トレーニングでもするか?」


「俺がそんなストイックな性格に見えるか?」


「芹沢のおっちゃんの所へ遊びに行ったらどないや?」


「博士の所へ入り浸ってると、酒井さんが嫌そうな顔をするんだよぅ。ってか、博士は今海外へ出張中だ」


「……やっぱゴロゴロしとるしかないなぁ」


「青春の一ページがまた無駄になるわい」

そんな他愛の無い事を黒兵衛と話しながらブラブラと歩いていると、

「お?」

草むらにいきなり坊主が倒れていた。

確か……円順とか言った、摩耶さんの所で世話になっている密教系なんちゃらの坊主だ。

それが結構ズタボロ&血塗れの状態で倒れている。

何とも傍迷惑な……


「ふむ…」

取り敢えず俺は近付き、屈み込むや、

パシーーーン!!

ツルピカ頭に気合の張り手を一発噛ましてやった。


「うぉい!?自分、何してんねん」


「いや、何かちょっと……ってか、生きてるか坊主?」

言いながらもう一度ツルツル頭をスパンキング。


「う…うぅ……」


「あ、生きてる」


「殆ど虫の息やないけ。何があったんや?」


「知らん」

俺は更にもう一発噛ましてやった。

裸電球のような頭に俺の手形がくっきりと残っている。

うむ、余は満足だ。

「おい、起きろ。傷は浅いぞ……知らんけど。ってか、こんな所で倒れるなよぅ……人様の家の庭だぞよ」


「う…ぐ……お、お前は……この前の……異人……」

円順坊主は息も絶え絶えだ。


「うぅ~む……黒兵衛、どうしようか?俺の見た所、このままこの坊主を放置すると、大体30分ぐらいで死んじゃうと予想できるんだが……」


「や、この状況でどうしよう?って聞いてくるお前が怖いわ」

黒兵衛はそう言って、辺りを警戒するように目を細めながら、

「取り敢えず、誰か呼んでこいや」


「え?大丈夫か?坊主を助けたって酒井さんが聞いたら、怒りやしないか?僕、シバかれたりしないか?」


「……多分、大丈夫や。ほら、早く行けや……コイツ、ホンマに死んでまうで」



と言うわけで、学校から帰ってきた摩耶さんと酒井さんに事情を説明し、そのまま酒井さんに一発殴られた僕チンは、何だかとっても理不尽で御座る。


「で?あの糞坊主の様子はどうなのよ」

と、俺の肩に乗っている酒井さん。

坊主達が宿舎に使っていると言う建物へ向かって歩きながら、俺はチラリと足元の黒兵衛を見やり、

「重症とか言ってましたよ。しかも死ぬ半歩手前ぐらいって。ドクターが言うには……なんだたっけ?」


「あ?骨折及び内臓の損傷とか言うてたな。しかも不思議とな、内臓が火傷の様な状態やねん。皮膚より内側が焼けとるとか、そないなこと医者のおっちゃんは言うてたで」


「明らかに火前坊の仕業ね。それで他の坊主はどうしてるの?生きてるの?」


「え?知らないですし、他にも坊主がいたんですか?」


「当たり前でしょ?確かあの円順が隊長を務める軍茶利明王隊は、二十六部衆とか聞いた覚えが……ま、少なくとも二十人以上の坊主が常駐していた筈よ」


「でも見掛けた事はないですが……」


「普段は探索とかに出ているんじゃない。でも、あのクソ円順があのザマでしょ?正直、他の連中は生きてるかどうか……ねぇ」


「……なるほど」

ま、ぶっちゃけ、死んじゃってると俺も思うが……それにしても火前坊か。

嫌だなぁ……妖怪ってのが、俺的にはまだイマイチ分からん存在だし……正直、怖いよ。

「と、そう言えば摩耶さんは?」


「調伏十三流の方へ連絡を入れてる所よ。一応は報告ぐらいしておかないとね。後から来るように言ってあるから……それよりも着いたわよ」


「ふにゃ?」

庭の雑木林と言うかやたら広い自然林を抜けた所に、少し大きな和風建築物が忽然と建っていた。

この世界の文化には、一部(主にアニメとか漫画)を除いてそれほど詳しくは無い僕チンであるからにして、この建物が何を目的に建てられた物かは、当然ながらさっぱり分からない。

「酒井さん、ここは……」


「古い修練場よ。中は武道場になってて、ここを拠点に喜連川警備隊が森林での戦闘訓練を行ったりとかしてたの。今は新しい施設が出来てそっちの方を使ってるから、ここは空いてるのよ」


「へぇ…」


「さ、中へ入るわよ」


「や、そもそも俺達がここへ来た目的ってのは……何です?」


「家宅捜索よ」

酒井さんはそう言って俺のプリティなほっぺを摘んだ。

「応援の連中とかが来る前に、円順達が使っていたここを調べるわ。火前坊について何か手掛かりがあるかも知れないし、調伏十三流の機密資料でもあれば万々歳よ」


「なるほど。何かこう、ミステリーアドベンチャーゲームって感じですな。オラ、ちょっとワクワクして来たぞ」



建物の中へ入ると、なんちゅうか、こう……凄く残念な匂いがした。

脂ぎった男の汗臭い体臭と言うか、酸っぱい様な腐ってるような……一言で言えば、非常に饐えた匂いだ。

酒井さんは顔を顰め、黒兵衛も残念そうな顔で、

「洗ってない枕カバーの匂いがするでぇ」

と呟いていた。

ま、俺的には特にそれほど……

家畜小屋とかの匂いの方が強烈だったしね。


「しっかしまぁ……散らかってますな」

ざっと幾つかの部屋を軽く見て回ったが、実に汚い。

如何にも男だけの部屋って感じだ。

綺麗なのは板張りの武道場だけ……や、こっちも少し汚いし。


「男やもめって嫌よねぇ」

酒井さんは眉間に皺を寄せながらそう言うと、俺の肩から飛び降り、

「それじゃ、各自探索を開始してね。何か資料的なものがあったら、全て持ち帰るのよ」


「了解で御座る」


「嫌やなぁ……ゴミ箱からティッシュが溢れてるやないけ」

黒兵衛はブツブツと溢し、廊下を進んで行く。

酒井さんも部屋の中に入り、いきなり机の引き出しとかを開け始めた。

かなり手馴れている感じだ。


「んじゃ、俺もと……」

隣の部屋へと入り、部屋の中の箪笥や鞄などの私物を漁り始める。

「ってか、早速にエロティカルな本が出て来たよ。坊主って聖職者じゃなかったっけ?」


取り敢えず、けしからんのでこれは没収しておくとして……特にこれと言った物は無い。

何か書いてある紙もたくさんあるけど、そもそも何が書いてあるのか良く分からんし。

本部からの指令書かな?

それに何かゴチャゴチャ走り書きしてあるメモもあるけど……ま、全部袋に入れておこう。

「他に何か無いかなぁ……ゲームソフトとか。それか超レアなマジックアイテムでもあれば、僕チン嬉しいんだが……」


「どや、魔王?何かあったか?」

黒兵衛が顔を覗かせ、そのままヒョコヒョコと部屋に入って来る。


「分からん。何が重要な資料とか読んでも判断出来んし……取り敢えず、全て持ち帰って検討って所だ」


「せやな。ワテもそうや。ま、ここにいる坊主達は実戦部隊の連中や。指揮するよりされる側の奴等やからな。そない大した資料も無いやろう」


「だね。ところで酒井さんは?」

俺は黒兵衛を担ぎ上げながら、部屋を出る。


「向こうの奥の部屋や。途中で台所があって、そこの惨状を見てむっちゃキレとったでぇ」


「あ~……分かる。酒井さん、そう言うのはすぐ怒るし……俺もゲームソフトの箱とか放置してたら、怒られたもん」


「せやろ?ワテも昔、ネズミの形した遊び道具を置いといたら怒られたで。……自分で遊び道具を片付ける猫ってどないやねん」


「酒井さんって几帳面だよねぇ」


「の割には、戦闘は結構、行き当たりバッタリなんやけどな」

黒兵衛がそう言って、俺の頬を肉球で押しながら、

「あっちの部屋や。あの円順坊主が使ってる部屋やねん」


「何かあるとしたら、ここだな」

俺は部屋の扉に手を掛ける。

「ん?」


「なんや魔王?」


「ピリッとした。指先がピリッとしたよぅ」


「静電気か…」


「や、違うね」

俺はフンッと少しだけ気合を籠めて部屋の扉を開ける。


「な、なんや?」


目の前に広がるは、廊下だ。

俺達が通って来た廊下と同じ板張りの廊下が延々と先が見えないほど続いていた。


「ん~……」

後ろを振り返ると、そこもまた延々と続く廊下。

入って来た扉は消えている。

「ふむ……幻術の類かにゃ?や、少し違うなぁ……結界とか言う奴か?長い廊下に……あ、部屋も壁沿いに幾つかあるみたいだ。しかもなんちゅうか、普通に生活感が漂ってるよ。もしかして誰か住んでるんじゃね?」


「せやな。まるで迷い家みたいや」


「迷い家?何それ?」


「あ?遠野の方の伝承の一つや。山深い森の中にな、突然、その家は現れるねん。中は普通に人が暮らしてる感じやけど、誰も居らんねん。んでな、その家に迷い込んだモンは、その家の中の物を一つだけ持って帰ることが出来るねん。それが結構な不思議アイテムで……って話や。うろ覚えやけどな」


「へぇ……じゃあ俺も何か持って帰ろうかなぁ。出来れば、どんな機種のソフトでも動く万能ゲーム機とか欲しいにゃあ」


「や、それは普通にあるで。中国製やけど」


「そうなのかぁ……って、それはさて置き、どうしたモンかねぇ」

前も後ろも真っ直ぐ続く板張りの廊下。

左右の壁には等間隔に並ぶ部屋の扉。

どちらかと言うと悪い夢のような光景だ。


「結界の一種やと思うんやが……魔王、何とか出来へんか?」


「ふにゃ?ん~……引っ掛かる前ならともかく、掛かった後だと、ちと厳しいなぁ」


「そうなんか」


「……まぁね」

や、本当は脱出できる方法は幾つかあるんじゃが……

ぶっちゃけ、魔力を使うのが怖いので、ここは少し様子見だ。

と言うのも、何度かこの人間世界で魔法を試みたが……結論を言えば、異常なのだ。

異常に魔力を消費してしまうのだ。

一番低レベルの魔法でも、通常の3~4倍は魔力を消費してしまう。

もちろん、それに比例して、その魔法の威力も何倍かになる。

効果範囲や持続時間なども含めてだ。


その辺の理論と言うか法則的な事がもうちょっと解明されないと、正直怖くて使えないんだよねぇ……

「ま、その内に脱出できるんじゃね?それに酒井さんも居る事だし……」


「姉ちゃんも今頃は迷子中やないか?罠に飛び込むの好きやし」


なるほど。有り得るね。

罠が一つって事は無いだろうしな。

「ま、ドラゴンの卵はドラゴンの巣穴って奴だ。この世界で言うと……虎穴に何とかだったか?」


「つまりビンゴって事やな。こない結界的な罠を仕掛けるって事は、何か隠してる証拠やで」


「どうしよう?万が一、隠している物が超コアなエロ本とかだったら……」


「……酒井の姉ちゃん、ガチであの坊主を殺ってまうかもな」


「ん~……やりかねんね」

俺は笑いながら、取り敢えず一番身近の部屋の扉を開けてみた。

その先は……また廊下だ。

同じ造りの廊下が延々と延びている。

「う~わ~……クソゲーにありがちな超手抜きなダンジョンって感じだよ」


「これは間違いなく、迷うな」


「だよなぁ……マッピングも出来ないよ」

俺はそう呟き、また別の部屋の扉を開ける。

その瞬間、今度はいきなり火が噴き出した。

部屋の中から轟音と共にバーナーのような炎が俺を包み、そして部屋の扉は勢い良く音を立てて閉じてしまった。

「ふむ……」


「お、おい魔王……大丈夫か?」

反射的に俺の肩から飛び退った黒兵衛が、心配気に見上げてきた。


「ん?大丈夫だぞ。この程度の炎なら、普通に身体能力アビリティで無効化できる」


「そうなんか……そら良かった」


「しっかし、これは少し梃子摺りそうじゃのぅ」

俺は口をへの字に、黒兵衛を持ち上げ再び肩に置く。

「どうやら、この廊下はループ的なモンだな。となると、色々と部屋の扉を開けて行くしかないけど、その中にはトラップ的な扉もあると。ん~……どうすっかなぁ」


「トラップを解除しつつ、扉を開けて進んで行くしかないとちゃうか?」


「だな。ただ、トラップそのモノは外れって感じと、俺は思うぞ」


「どう言う意味や?」


「多分だけど、正解の扉を連続で当てて行かないとダメなんじゃないかな?トラップの扉を開けた時点でリセットだ。……正解の扉だけを幾つか開けて脱出するタイプの迷宮とみたね」


「せやったら、メモを取りながら総当りで探すしかないんか……」


「いや、それも無理っぽい。見ろよ……この両の壁沿いに延々と続く扉を。全て同じだぜ?色もデザインも何もかも。部屋に番号で振ってあれば分かり易いけど、何も無いんだぜ?どの扉を基点にして良いのか分からん。ってかな、ぶっちゃけ……今、炎が出た扉はどれだ?それすらもう分からんぞ」


「あ~…」


「途方に暮れるとは、まさにこの事だよなぁ……さて、本当にどうすっかな」

俺は軽く頭を掻きながら、目を細めて廊下の端を見つめる。

先が見えない。

どこまでも続いているように見える廊下だ。

「取り敢えずは検証してみるか。黒兵衛、全力で真っ直ぐ走ってくれ」


「了解や」

言って使い魔の黒猫は俺の肩から飛び降り、尻尾を立てながら真っ直ぐに駆けて行く。

そしてその後ろ姿が見えなくなるほど小さくなると同時に、

「着いたで」

背後から声が響いてきた。


「やっぱループか」

俺は振り向き、黒兵衛に向かって軽く肩を竦めてみせた。


「せやな。走ってたら、お前の背中が見えて来たしな」


「ふむ……じゃ、次の検証はと」

俺は一番身近にある、自分から見て右の扉を開けてみる。

「……」

また炎が吹き出た。

もちろん、ノーダメージだ。

何かしらのデバフや特殊効果が付与されているのならともかく、普通の炎なら大抵は無効化できる。


「ならお次は……」

今度は反対側。

今開けた扉の対面にある扉を開けてみる。

「……ふむ」

また火が出た。


「対になってる扉は罠とかも同じって事かいな」


「対と言うより、これもある種のループじゃないかな?本来は片側の壁にしか扉はないと思うな」


「ははぁ……この廊下の縦半分でループしてるって事かいな。なるほどなぁ……」


「いや、それとはちょっと違うかも知れん。完全にループしているのなら、扉の開閉も連動する筈だし……正直、その辺の法則はまだ良く分からんな」


「で、どないするや、魔王?」


「……どうしようねぇ?」

俺は困った顔で黒兵衛を抱き抱え、その頭を撫でた。

「取り敢えず、片っ端から扉を開けて酒井さんを探そうか?」


「せやな。姉ちゃんも迷ってると思うし……きっと一人でブチ切れとるで」


「……だよね。容易に想像が付くよ」

しかもタイミングが悪いと、僕ちゃん八つ当たりの対象になるのだ。

実にしょんぼりだ。

「さて、行きますか」

俺は扉のノブに指を掛ける。

はてさて、何が待ち受けているかねぇ……







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