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タイムスリップして思春期の頃の自分に会ったら取り敢えずグーで殴るよね


 オストハム・グネ・バイザール帝国の首都であるオスト・サンベール。

その皇城は今、歓喜の声に包まれていた。

皇帝が永き昏睡状態から目覚めたのだ。

もちろん対外的には極秘事項なので、国を挙げて盛大に祝うと言う事は出来ないが、それでも側近の者達の喜びは一入だ。

オーティスも目に涙を浮かべて喜んでいる。

ただ、皇帝を治療したマーヤだけは複雑な表情を浮かべ、自分の手にした杖を見つめていた。

その杖はいつもの『ダンシングしゃれこうべMKⅡ』ではない。

セリザーワから、これを使いなさい、と言って手渡された短杖ワンドだ。

そしてその杖には、見慣れた陰陽文字が刻まれていたのだ。



……全部が魔王シングのお膳立てって言うのに……傍から見ると凄く滑稽だよ。

ふと、シルクは心の中でそう思った。

が、直ぐに愕然とし、フルフルと頭を振る。

まさかオーティスを見てそんな事を思うなんて……以前では考えられない事だ。

だが心の片隅に、オ-ティスを憐れむ気持ちと嘲笑する気持ちが生まれてしまった事実は隠せない。

シルクはゴリゴリと乱暴に頭を掻く。

オーティス……まるで道化師だよ。


リーネアとヤマダの話から、シルクはこれまでの経緯を知る事が出来た。

そう……オーティスは今まで、何一つ自分の意思で事を成し遂げて来なかったのだ。

勇者になれたのも、そして魔王エリウとの直接対決も、全ては死んだギルメスのお膳立てだ。

そしてその後……神の御使いを探す旅から今日に至るまで、これまた全て魔王シングの計画通りなのだ。

全ての旅程、そしてそこで起こる魔王軍との戦闘等、全てが魔王シングの指示だと聞いた時は、思わず意識が飛びそうになった。

しかも旅の道中、道案内や様々な情報を提供してくれていたリッテンやディクリスもシングの配下だったとは。

更に旅の資金までもが魔王の懐から出ていたなんて……

オーティスは魔王シングの笛に合わせて踊っているだけの愚者だったのだ。


もちろんシルクとしては、この事をオーティスに話すべきだと思った。

例えこの身がどうなろうともだ。

だが、言えない。

魔王シングと会った後、オーティスが根掘り葉掘り尋ねてきたが、シルクは言葉を濁した。

そう……フィリーナの死の真相を知った今となっては、もうオーティスに真実を告げる事は出来ない。

それにあの魔王シングだ。

リーネアやヤマダが言った通り、魔王シングは気さくで陽気な男だった。

魔王と呼ばれるが、邪悪さは全く感じなかった。

直接話してみて、それが良く分かった。

確かに彼は人類種の国家に対し酷い事ばかりしているが……中には、それなら仕方ないか、と思う事もあった。

何より自分に敵意を向けない者には寛大だし、弱者にはとても優しい。


オーティスとは……格が違うな。

話せば話すほどそう思った。

ヤマダやリーネアが、シングと行動を供にしているのが今では良く分かる。


それに魔王シングは気前も良い。

シルクは自分の腰に下げた短剣の柄を軽く叩く。

これはシングから贈られた強力な力を秘めた魔法の短剣だ。

例のダンジョン探索で見つけた物らしい。

魔王シングは、

「後でオーティスやあの大男にも何かアイテムを贈ろう。少しは冒険の役立つしな」

と笑いながら言った。

そじて後日、本当に贈られて来た。

ディクリスを通じて魔法の武具を貰ったオーティスは、恐縮しながらも無邪気に大喜びであった。

その光景を見てシルクの心中は複雑な思いだ。

贈り主が魔王だと知ったら、オーティスはどう思うだろうなぁ……

等とちょっぴり嗜虐的な事も考えてしまう。


これから何が起きるんだろう……

シルクはにこやかな笑顔で佇んでいるセリザーワに視線を走らす。

魔王シングはオーティスに様々な試練を与えて鍛えている。

だが、何が起こるかは分からない。

セリザーワも詳しい所までは知らないと言う話だ。

彼は笑いながら、

「シルク君。これは私とシング君のゲームのようなものだよ。相手のアクションに対して、リアクションで返すと言うね。ま、アドリブの掛け合いだ。ふふ、次はどんなイベントを起こしてくるのか……愉しみだねぇ」

そんな事を語ってくれた。


シルクは皇帝の全快を無邪気に喜ぶオーティスを見て思う。

魔王シングは、オーティスは勇者の名を捨て故郷に戻って平穏に暮らせば良いと言った。

それも有りかと。


「オイラは……何でオーティスと一緒にいるんだろう」

口の中でそう独りごちる。

魔王シングと別れた道すがら、上機嫌なセリザーワが尋ねてきた。

何でシルク君はオーティス君の仲間になったのかね、と。


何でだろう……

出会いは偶然だった。

そして誘われるまま、パーティーの一員になった。

勇者に憧れたからか?

それとも、魔王を倒すべき何か特別な想いがあったからか?

はたまた地位や名誉を欲したからか?

……

どれとも違う。

そう……オイラはただ、少しでも世の中を良くしようと思ったんだ。


シルクは目を閉じ、記憶の片隅にへと仕舞い込んだ自分の過去を掘り起こす。

飢えと寒さで何度も死に掛けた幼少期。

生きる為に悪事にも手を染めた少年期。

この世界を変えようと志し、そして現実を思い知って挫折した青年期……

そしてオーティスと出会った。

勇者なら世の中を変えてくれると信じた。

けど、魔王を倒しても何も変わらないんじゃないか……そんな思いが心の奥底でいつも渦巻いていた。

そんな時、魔王シングが現れたのだ。


「……オーティスは勇者として何がしたいのかな」

ポツリと呟く。

と、笑いながらも何処か醒めた目で室内の喧騒を見つめていたセリザーワと目が合った。

彼はゆっくりとシルクに近付くと、

「無邪気なものだねぇ」

小声でそう言った。

「全てはシング君の計画したイベントなんだが……はは」


「でもセリザーワ様。マーヤ様だけは少し不思議そうな顔してるけど……」


「そりゃそうだよ」

言ってセリザーワが腰を屈め、シルクの耳元に顔を寄せると、

「マーヤに渡した回復の短杖だが、あれを造ったのは実は酒井女史だ」


「酒井女史?」

魔王シングと話をしている時も、度々出てきた名前だ。


「シング君と供に行動している最強の術士だ。この世界では大魔王と呼ばれている。そしてマーヤの師匠でもある」


「マーヤ様の…」


「しかし参ったな。少しばかりシナリオの修正が必要かも知れん」


修正?

シルクが訝しげな顔でセリザーワを見上げる。

初老に差し掛かりつつある錬金術師はメガネの奥の目を細め、ベッドの上に半身を起こした皇帝を凝視していた。

半年以上、昏睡状態であった皇帝は、困惑の表情を浮かべつつ側近から様々な報告を受けていた。

手足は痩せ細り、普通なら身体を動かす事もままならぬほど衰弱している筈だが、そこは治癒魔法の効果で体力的には問題が無いようだ。


「気付かないかねシルク君?」


「え?気付くって……普通に混乱しているように見えるんだけど……」

それは仕方が無いことだろう。

何しろ眠っている間に、世界の状況は目まぐるしく変わったのだ。

しかも人類種の国家からすれば悪い方向へと。


「確かに混乱はしているが……ふふ、けど部下からの報告に難しい顔をしながらも、視線はチラチラとマーヤを追っているよ。いや、これは参ったねぇ。皇帝は確か独身だと言う話だが……少しばかり想定外の展開だ」


「……」

セリザーワの言う通り、皇帝ハルベルト二世を観察してみると、側近やオーティスから色々と話を聞いているように見えるが、確かに時折その視線をマーヤに向けていたりする。

しかもその時の皇帝は唇を微かに開き、どこか呆けたような顔になるのだ。

「マーヤ様は……魅力的な女性だからね。見惚れてもしょうがないよ」


「カリスマは持って生まれたステータスだ。ふふ、母親譲りかな」

セリザーワは呟き、苦笑を浮かべる。

「しかしこれは……少しマズイかも知れないねぇ」


「そうなのかい?」


「この手の感情は簡単に人を狂わす。ましてや相手は皇帝と言う最高権力者だ。いや、本当に参った。状況がどう転ぶのか分からん。が、ある意味面白くもあるがね」



「……と言う話なのよ」

駐屯地の一角。

自然林の開けた場所に設けられたテーブルの上にちょこんと正座している酒井さんが、午後のお茶を飲みながら溜息混じりに芹沢博士からの報告事項を語る。

同席しているのは俺に黒兵衛、そしてリーネアとヤマダだ。


「参ったわね。まさか皇帝がマーヤに惹かれるなんて……思いもしなかった展開よ」

手にしたカップを置き、小さな腕を組んで『う~ん』と唸る。

と、彼女の対面に座っているヤマダも腕を組み、

「いや、酒井殿。それも仕方なかろうかと某は思いますぞ。先達てシン殿と供に帝国へ赴いた折、某も初めてマーヤ殿をお見掛けしましたが、柔らかく包み込むような不思議なオーラを放つ女性でありました。しかも美しく高貴なる気品も漂わせ……そのような女神の如き女性が、永き眠りから覚めた時に目の前に居れば、誰でも魅了されるでしょう。それが自分を治療してくれたとなれば尚更の事で」


だな。

ヤマダの旦那の言う事は最もだ。

美人の看護士に惚れちゃう入院患者と同じだよねぇ……

美少女系ゲーム……もしくはエロゲーにありがちな展開だよ。

皇帝と言えど、その辺はやっぱ男だよね。

「ま、良いんじゃないッスか」

俺はテーブルの上で香箱座りで転寝をしている黒兵衛の眉間辺りを指先で撫でながら

「保険的な意味も兼ねて、皇帝を掌の上で転がしてりゃ良いんですよ。思わせぶりな態度を取ったりとかして……恋の駆け引きって奴ですね」


「あのねぇ、摩…マーヤにそんな大人の女のような真似が出来ると思うの?」


「出来ませんね」

俺はニカッと笑いながら即答だ。

もうなんちゅか、皇帝に迫られてワタワタしている摩耶さんの姿が容易に思い浮かぶよ。


「そもそもシング、保険ってなによ?」


「え?いやぁ~……万が一、マーヤさんやセリザーワ博士がこの世界に残りたい、骨を埋める覚悟だとか言い出した時には、色々と都合が良いかなと。皇帝の后にでもなれば一生安泰ですよ」


「……マーヤは初心な分、一途なの。相手が皇帝だろうと眼中に無しよ。言ってる意味、分かる?」


「ん?ん~……あ、もしかしてマーヤさんは、誰か他に好きな人でも?」


「そう言うこと」


「へぇ~、そいつは知らんかったなぁ」


「……アンタって本当に面白い男ね」

酒井さんは何故か大仰に肩を落とすと、疲れた笑みをリーネアに向けた。


ふむ、どう言う意味だ?

しかしそうかぁ……摩耶さんには心に決めた人がいるのか。

あ、だったら元の世界へ戻りたいって言うかな?

それはそれで非常にリスキーなんだが……

ともかく、現状は少々想定外の方へと動いている。

博士やディクリスからの報告だと、皇帝は精力的に動いているそうだ。

ま、問題は山積みだしな。

ただ、それに伴い、勇者一行は足止めを喰らっているとの事だ。

何でも国内の安定の為に勇者と言うブランドが必要らしい。

それに実際に勇者一行が襲われたりもしたと言う事例もあるので、その安全の為にとか何とか……

確かにそう言う一面もあるかも知れないが、摩耶さんを手元に置いておきたいとの思惑も少々透けて見えるとか、そんな話をしていた。

ディクリス曰く、博士は呑気にしているが、オーティスは色々とヤキモキしているそうだ。


「人間観察の得意なディクリスやリッテンの話だと、勇者と皇帝の間に何やらギクシャクとした空気が漂っているって話ですよ」


「あら、そうなの?」


「いや、それがどうもねぇ……表向きは、オーティスは旅を続けたいけど皇帝が引き止めている。それでその関係に微妙な変化が……って事になってますけど、実の所、マーヤさんを巡ってまぁ色々と……そんな話なんですよ」


「なるほどね。ま、あの勇者も若いからね」

酒井さんはコクコクと頷きお茶を啜ると、リーネアも同意するように頷き、

「オーティスも年頃ですもの。同じような歳の女性が身近にいれば、段々と惹かれるのは自然の摂理よ。けど、私としてはそれで良いのかもって思うわ。いつまでもフィリーナの事を引き摺っているよりは遥かにね」


「ふ~ん……そう言うもんか」


「いや、シン殿。人それぞれですぞ」

とヤマダの旦那。

「特に男は……中には生涯、自分の想い人を心の宮殿に住まわせておる者もいますぞ」

そうどこか遠い目をしながら言った。

酒井さんも

「そうねぇ……分かるわ。セリザーワもそうだし。女性に比べて男性の方がその辺はウェットなのよねぇ……未練たらしいとも言えるけど」


「へぇ…」


「シングはそう言う経験とかないの?って言うか、そもそもアンタ、初恋とかは?」


「ふへ?僕チンですか?もちろん初恋の経験ぐらいありますよ。ま、紙に描いてあるんですが……あ、一応アニメにもなってます。ただ声優が少し合わなくて……」


「お黙り。本当に……とことん残念ね、アンタは」









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