ヘッドオーバーヒールズ
成人しても身長が130センチにも満たない小柄なオセホビット族のシルクは、少し薄暗い森の中をやや早足で進んでいた。
前を歩くは神の御使いセリザーワと、自らを真なる勇者と名乗ったスティングと言う謎の若い男。
二人は黙々と歩いている。
この男は一体何者なんだ?
本当に分からないことばかりだ。
帝国兵に襲われた事もそうだが、いきなり現れたこの男は勇者の力を持っていた。
それもオーティスを遥かに凌駕するほどの。
そしてリーネアとヤマダが、何でここにいるんだ?
シルクは隣を歩く、かつての仲間達を見上げる。
二人と会うのは半年振り……いや、もっとだ。
分かれた時から見た目は変わっていないが、雰囲気が全然に違う。
どこがどう違うのかは説明できないが……
と、シルクの視線に気付いたのか、リーネアが僅かに首を傾げ、
「どうしたのシルク?」
そう声を掛けてきた。
「あ、いや……」
シルクは頭を掻いた。
正直、リーネアとは少し喋り辛い。
何しろ知らなかったとは言え、彼の兄を殺してしまったのだから。
もちろん、シルクが直接やったワケではない。
致命傷を与えたのはオーティスだ。
それでもシルク自身、その戦闘には加わっていた事は確かだ。
普段は饒舌で気さくなシルクの、どこか余所余所しい態度で察したのか、エルフの弓士は微苦笑を浮かべ、
「あの事なら気にしてないわよ。戦いってそう言うものだし」
「け、けどさ、やっぱその……」
「大丈夫よ。ちゃんと今は元気だし」
「そ、そうだったね。魔王シングが蘇らせたとか聞いたけど……でもそれって本当なのかい?復活魔法って、神官や勇者しか使えないんじゃなかったっけ」
「普通はね。ま、シン殿は色々と規格外だから……」
リーネアがそう言って、少しだけ疲れたような吐息を漏らした。
シン殿って……
魔王シングのこと?
な、なんか……妙に親しげだなぁ……
「それにしてもさ、リーネアもヤマダも……何か少し雰囲気が変わったね」
「そう?」
リーネアはヤマダと視線を交わす。
「まぁ……そうかもね。色々とあったし……私もヤマダも経験を積んだって事よ。少し特殊なダンジョンにも潜ったしね」
「へぇ……あ、もしかしてその防具や武器とか、そのダンジョンで手に入れたのかい?何か凄そうな装備だけど」
「えぇ、そうよ。古代の魔王ベルセバンのダンジョンでね」
「魔王ベルセバン?それって、あの伝説の魔王の事かい?勇者リートニアの物語に出てくる。あれって本当の話だったんだ。オイラはてっきり創作かと思っていたよ」
「ふふ、そうね。リートニアの物語は色々とバリエーションが多いから。でも実在の人物よ。リートニアも魔王ベルセバンもね。それに縁のあるダンジョンに潜ったのよ。私とヤマダ……それに魔王エリウとシン殿の四人でね。あ、酒井殿や黒兵衛殿もいたわね」
「へぇ……って、え?えぇッ!?ちょいと待ってよ。魔王と一緒にダンジョンへ潜ったのかい?」
シルクは顔に対して些か大きな目を瞬かせる。
勇者の仲間が魔王と供にダンジョン探索って……
どう言う話の流れでそんな事になると言うんだ?
「ま、驚くのは無理ないわ。私だって最初は戸惑ったし」
リーネアは困惑するシルクに少し困った顔で応え、ヤマダに視線を送った。
寡黙な剣士はその顔に珍しく微笑みを湛え、
「ま、成り行きと言うヤツだシルク。だが結果として全てが良かった。うん、非常に良い経験だった」
そう言って、自分の腰に下げている剣の柄を叩いた。
「よ、良く分かんないんだけど……けど魔王と一緒だったって事は、かなり難しいダンジョンって事?」
「ふむ……確かに難しかった。構造自体は単純だが、出て来るモンスターはどれも強敵揃いだ。それにまだまだ謎も残っているみたいだしな」
「へぇ……で、そこで凄いアイテムを手に入れたった事か。ならオーティスも挑めば……」
「それは無理だ」
ヤマダはキッパリと断言した。
リーネアも幾度と頷く。
「え?無理って…」
「オーティスでは攻略できない」
「そんなに難しいのかい?」
「難しいと言うより、敵が恐ろしく強い。しかも殆どが初見のモンスターだ」
ヤマダは僅かに下唇を突き出し唸った。
シルクの知る限り、勇者を除けばヤマダは人間種の中で最強の者だ。
こと剣技に関してはオーティスを遥かに凌ぐ。
その最強の剣士であるヤマダが強いと唸るモンスター……一体どれ程の強さと言うのだろうか。
「某もリーネアも、グロウティスやオーティスと供に様々な冒険をして来たが……あれほどのモンスターと戦ったのは初めてだ」
「そうね。古代種の生き残りって話だし」
とリーネア。
「正直、シン殿が居なければ全滅していたわ」
「全滅って……魔王エリウもかい?」
「そうね。まぁ、エリウ殿もまだまだ未熟だから」
「未熟?」
あの魔王が?
シルクの脳裏に、禍々しい大鎧を着込んでいる魔王の姿が過ぎる。
一年以上前、オーティス達と供に戦ったが、魔王エリウは正直強かった。
フルメンバーで、しかも不意を突いたと言うのに、此方はかなり押されていた。
もしあの時、魔王シングが現れて戦いが中断していなかったら……全滅とは行かないまでも、一時撤退は有り得たかもしれない。
その魔王すら攻略が難しいダンジョンなんて……確かに、オーティスでは無理かも知れない。
「そう言えばさ、ヤマダは魔王エリウに剣を教えているとか聞いたけど……それって本当なのかい?」
「ん?ふむ……ま、偶にな」
お、おいおい……
魔王に剣術を教えるって……それって人間種に対しての背信行為じゃないか。
ましてやヤマダは勇者の仲間だったのに……
シルクは心の中で思いっ切り呆れた声を上げる。
そしてそれはそのまま面にも現れた。
「ち、ちょっとヤマダ……」
ヤマダはそんなシルクの非難めいた眼差しを受け、軽く肩を竦めると、
「シン殿だってオーティスを鍛えているぞ」
「……え?」
オーティスを鍛えてる?
魔王シングが?
いつ?
何処で?
「とは言え、オーティスは悉く期待を裏切ってはいるがな」
「裏切っている?」
「結果を出せていないって事だ。先程の戦闘も……何故に最初から本気を出さないのか」
「だ、だって相手は帝国兵だよ?人間だよ?」
シルク自身、確かに今の戦いでは躊躇してしまった。
敵だと認識はしていたが、無意識の内に攻撃の手が止まったりもした。
「だから何だ?」
ヤマダが真剣な顔で困惑するシルクを見つめる。
その瞳には微かだが殺気すら混じっていた。
「シルク。お前は他言無用と言う約束で付いて来たのだ。これから何を見聞きしても、決して他人に喋ってはならぬぞ。特にオーティスには」
リーネアも小さく頷く。
「貴方の為だけじゃなく、オーティスの為にもね」
「わ、分かってるよぅ。オイラこれでも口は硬い方なんだぜ。けど、オーティスの為って……」
ヤマダやリーネアが何を言っているのかサッパリ分からない。
もちろん、約束した以上、口外はしないつもりだが……
「色々とね、あるのよ。シン殿の手は想像以上に長いのよ」
「益々分からないよ」
シルクは少し乱暴に自分の頭を掻いた。
分からないことばかりで、頭が混乱し捲くりだ。
「そもそもさ、魔王シングってどんなヤツなのさ?オイラは一度戦っただけだし……すぐに殺されちゃったけど」
「シン殿?そうねぇ……気の良い男よ。陽気で気さくで、そして優しいわね」
「や、優しい?魔王だよ?」
「魔王って雰囲気はあまりしないわね。ま、演技している時は別だけど」
「オイラは殺されたのに?クバルトも、それにギルメスやフィリーナだって……」
「最初に仕掛けたのは私達だったじゃない。あの場で全員殺されていても文句は言えないわ。むしろ見逃してくれた事に感謝しないと」
リーネアがそう言うと、ヤマダが続けるように、
「……そうだな。シン殿はリーネアの言う通り気の良い男だが、敵には一切容赦しないからな」
「で、でもさ、色々と酷い事をしているじゃんか。この戦争だって、アイツが引き起こしたんだぜ」
「確かにそうだが……それはあくまでも、某達の目から見た場合だ」
「どう言う意味だい?」
「己の立ち位置によって、物事の見方は変わると言う事だ」
ヤマダはそう言って、前を歩くセリザーワとスティングに目を細める。
「常にオーティスの傍にいるお前には分からんかも知れんが、少し離れて物事を俯瞰的に見れば、自ずと理解できるぞ。と、そろそろかな」
そろそろ?
シルクがヤマダの視線を追うと、森が少し開けた。
乱雑に生えた木々や獣道が無くなり、草地が広がっている。
そこに三頭の獣が居た。
二頭はユニコーン種の近縁種だろうか、頭から三本の短い角が生えている馬だ。
そしてもう一頭は、凶悪な魔獣と知られている八本足のデザトガウルだ。
しかもかなり大きな個体である。
鞍も付いているし荷物も……アレに乗って来たのかな?
シルクがそんな事を考えていると、オーティスよりも勇者然としたスティングが、
「この辺で良いか」
と呟き、白銀のマントを翻すと、
「取り敢えず、火を起こしてお茶でも入れましょう。少し小腹も減ったし」
どこか陽気な声で言った。
セリザーワは笑みを湛え、
「ふふ、それは良いが……いつまでその仮面を付けているのかね、シング君」
シング……君?
「はは、そうですね博士」
スティングは笑いながら、顔を覆っている半仮面を外した。
下から出てきたのは、特に傷跡などがある訳ではない普通の顔だ。
いや、普通……ではない。
若く整った端正な顔立ちをしているし、一度見たら忘れられないような、そんな不思議な魅力を放っていた。
「あ…あ……」
シルクは口を開け、呆けた顔で仮面を外した男をマジマジと見つめる。
う、嘘だろ。
だって……アイツは魔王じゃないか。
見間違いじゃないよ。
セリザーワ様もシングって呼んでるし……
え?ど、どう言う事?
「いやぁ~……本当に久し振りだねぇ」
セリザーワとシングが互いに両の手を広げ、嬉しそうに抱擁して背中を叩きあう。
「ですね。しょっちゅう通信はしているんですが……直に会うと少し照れくさいですよ」
魔王シングは笑顔で応えた。
「はは、しかしシング君……少し背が伸びたかね?」
「まだ成長期ですからね。博士も……」
シングの視線が、少し広くなったセリザーワのおでこ周辺をさ迷う。
「まぁ、気苦労が多くてね。……分かるだろ?」
「お察しします」
シングは苦笑を溢しながら頷いた。
そして振り返ると、
「あぁ、改めて紹介しますよ博士。此方がヤマダの旦那にリーネアの姐さんです」
「やぁ、色々とシング君や酒井女史から話は聞いてるよ」
セリザーワは満面の笑みを浮かべた。
シルクの憶えている限り、これほど愉しげなセリザーワを見るのは初めてだ。
「オーティス君の仲間だったと言う事だが、いやはや……良い選択をしたね。正直、アレに付き合っていては成長しないからねぇ」
「セ、セリザーワ様!!」
シルクは思わず叫んでいた。
「ど、どう言う事だよ……セリザーワ様は魔王シングの仲間なのかよ!!」
「ん?ん~……仲間と言うか、パーティーだな。私とシング君。酒井女史にマーヤ。そしてラピスに黒兵衛。メンバー六人のパーティーだ」
「な゛ッ……セ、セリザーワ様が魔王の……」
「彼は勇者でもあるのだよ、シルク君。先程の力、君も見ただろ?」
「……」
確かに、あれは紛れも無く勇者の力だ。
聖なる精霊の力だ。
「人間種と言う視点から見れば確かにシング君は恐るべき魔王かも知れないが、他の種族から見れば彼こそ自分達を救ってくれる真なる勇者だ。分かるかい?魔王と勇者は表裏一体。同じ者だ。見る角度で呼び方が違うだけに過ぎない。そもそもこの世に絶対的悪などは存在しない。……いや、もしかして存在はするかも……ふむ」
セリザーワはそう言って、何やら独り考え込み始めた。
が、シルクとしてはそれどころではない。
魔王シングを倒せる神の御使いが、その魔王と仲間だったなんて……
しかもセリザーワだけではなく、マーヤも。
シルクは思わず駆け出そうとした。
一刻も早く、この事をオーティスに知らせないと……
だが、彼の行く手を阻んだのは燃えるような赤い刀身を持つ一振りの剣だった。
「どこへ行く気だ、シルク?」
ヤマダの静かな声。
その目がシルクを射抜くように細まる。
「ど、どこって……」
「他言無用と誓った筈だが?」
「そ、それは……」
チラリと、まるで助けを求めるようにリーネアに視線を向けると、エルフの弓士はどこか悲しい顔をしながらも、その手に弓を構えていた。
一歩でも動けば即座に矢は放たれるであろう。
いや、それよりも速く、ヤマダの一閃でシルクの首は胴から離れる事は間違いない。
シルクは大きく唾を飲み込んだ。
その時、
「ははは」
シングの笑い声が辺りに響いた。
「ヤマダの旦那もリーネアもそれぐらいで……行きたいのなら行かせてやれば良いですよ」
「良いのか、シン殿?」
「計画を修正するだけです。勇者パーティーは全滅し、代わりに勇者スティングが堂々と表へ出ます。ま、流れとしては……そうですね、ファイパネラとウィルカルマースの軍団を壊滅させた後にエリウちゃんと和睦……で、この戦乱は終結と。そんな所ですかねぇ」
シングは笑いながら言うが、その瞳は冷たく、視線は鋭くシルクを貫いている。
「オ、オイラを殺すってか」
「もちろん。お前だけではなくあのボンクラ勇者もな」
「オ、オーティスはそんな簡単には殺られはしないぞ」
「いや、簡単だぞ?」
魔王シングはクスクスと笑った。
「今のオーティスなら……そうだな、八割ぐらい本気で睨み付ければ、それで心臓停止って所かな」
「は、はぁ?睨みつけるって……」
と言った瞬間、シングの姿が目の前から消えたと思うや、いきなり背後から肩に手を置かれた。
「試してみるか?」
「……」
置かれた手から伝わる殺意の波動に、シルクの膝は大きく震え出す。
圧倒的な力の差を感じる。
そして全身を凍て付かせる様な恐怖も。
シルクは声を出す事も出来ない。
それどころか息をするのも苦しい。
その時だった。
不意に大きな溜息が聞こえたかと思うと、
「シン殿…」
リーネアの声だ。
「怖がらせるのはそれぐらいにしたら?」
「だーはっはっは♪」
打って変わって陽気なシングの笑い声が響いた。
シルクの肩が少し強めに叩かれる。
「冗談だ、冗談。そんなにビビるな」
「じ、冗談って……」
「なに、あの勇者を始末するのならとっくにやってるし、そもそも聞かれてマズイ話なら、最初から同行を許可してねぇーよ」
「……でも、オイラ色々と喋るかも知れないぜ。嘘だって吐くかも」
「そン時はそン時だ。ま、セリザーワが何とかフォローするだろう。ね、博士?」
「ふふ、真実を知った時のオーティス君か。それもまた、少し見てみたいねぇ」
セリザーワはそう言って朗らかな笑みを溢したのだった。
★
火を起こし、それを囲みながら午後のお茶を愉しむ僕ちゃん一行。
リーネアとヤマダは、シルクと言う小さな男と何やら話し込んでいる。
「しかしシング君。今回は中々に手の込んだ計画だったねぇ。まさか帝国兵を直接動かすとは、少し驚いたよ」
博士が両の手で挟むように持ったカップにフーフーと息を吹き掛けながら言った。
「正直、少し想定外の所もありましたけどね。最初はポートリンゲンの城に招き入れてから、と言う計画だと聞いていたんですが、まさかいきなり野戦を仕掛けて来るとは。しかしあの馬鹿勇者はまたもや……ねぇ」
奇襲攻撃でもあったし、色々と戸惑うのは分かる。
が、明確に敵と分かった時点でも本気を出さずに攻撃を躊躇うとは……
しかも『俺は勇者だ。敵ではない。落ち着け』とか悠長に声を掛けてるし。
頭のネジが緩んでいるのか?
それとも工場出荷段階から脳に致命的なバグでもあるとか。
「マーヤもな」
博士は大きな溜息を吐き、手にしたカップに口を付ける。
「あのボンクラ勇者、意気込みだけは立派なんですがねぇ……ありゃホンマにダメだ。全然、進歩がない。……あれが限界かなぁ」
俺も大きな溜息を吐いた。
と、傍にいたシルクと言う名のホビット族が、
「オ、オーティスだって頑張ってるんだよ。何事にも真面目だし真剣だし……そりゃ空回りする事も多いけどさ」
それは分かる。
決して奴は怠け者ではない。
立派な勇者になろうと言う熱意も感じる。
だから殺さずに見守っているのだが、ただなぁ……
「シルク君」
カップを傾けつつ、博士が静かに声を掛けた。
「兵士は4種類のパターンに分けられると言うのを知っているかね?即ち、やる気の有る無し、そして才能の有る無しで分類される。例えばやる気も才能も無い奴。そう言う者は前線送りだ。そこで囮になるなり楯になるなりで死ねば宜しい。さて……そのパターンの中で、一番優秀なのはどの組み合わせだと思う?」
「え?それは……やる気も才能も有る奴じゃ……」
「違うな。そう言う奴は前線指揮官向きだ。そこで一心不乱に頑張れば宜しい。一番優秀なのは、やる気が無くても才能がある者だ。将軍や参謀に向いている。と言うのも、やる気が無いと言うのは、言い換えれば手の抜き所を知っていると言うことだ。仕事の出来る者ほど、休むべきタイミングを弁えている。そして一番使えないのは……やる気は有るが才能の無い奴だ。こう言った輩は即座に処分するに限る。何しろ馬鹿真面目に間違った事を延々と繰り返すからな。害しかもたらさない。さて……オーティス君はどれに当て嵌まると思う?」
「そ、それは……」
シルクは口篭りながら、俯いてしまった。
「真面目で熱心……と言うのは非常に大切な事だが、それでもある程度の才能が無いと周りに迷惑を掛けるだけの存在になってしまう。何も出来ないくせに出来ると思い込んで騒いでいる只のウザイ奴だ。特に勇者なんて言う人類種を代表する職業なら尚更、才能は必要だ」
まぁ……博士の言うことは最もだわな。
「いやいや博士、あのボンクラは確かにアレですけど、それでも多少の才能はあると思いますよ。精霊のお情けとは言え、一応は勇者の力を貰ったワケですからね。博士もそう思って、もう少し見守ろうと言ったんでしょ?」
「ふふ、それはどうだろうね。ただ、精神面が鍛えられれば今より少しはマシになるかな」
「それが一番難しいと思うんですがね。戦闘技術や魔法は、鍛えれば何とかなりますが……持って生まれた性格ってのは中々に……」
「で、あの忠告かい。相変わらずシング君は優しいねぇ」
博士は笑いながら、近くにあった木の棒を焚き火にくべた。
「それで、もしあの時オーティス君が故郷に帰ると言ったら……」
「ま、慰労金として食うに困らないだけの金を与え、それで終了にしますよ。で、シナリオ修正の為に勇者スティングを表舞台に出します。パーティーはリーネアとヤマダ……それにそこのシルクとあの巨人族の男を加え、新生勇者パーティーとして魔王軍と戦います。歴史に残る最強勇者爆誕ですよ」
「そりゃまた、とんだ茶番劇になるね」
「むしろ人間種の国家にとってはこっちの方が良いかも。ま、今回は博士の意見を聞いてもう少し様子を見ますが……残りのチャンスは少ないですよ?って言うか、実際どうするんで?」
「いや、先ずは予定通りに進めるよ。帝都であるオスト・サンベール……だったかな?そこへ向かい、皇帝の治療をしてから暁の洞窟を目指すと言う流れだね」
「ん~……なら一先ず、帝都での騒ぎは中止と言うことにしておきましょう。先の戦いを見ても、あの馬鹿勇者とマーヤじゃ、まだまだ同族相手の戦闘は厳しいと思いますし……とは言っても、既に色々と動き出してますから、今日みたいに想定外な事態が起きるかも知れませんけど」
「ま、その辺は流れで良いだろう。ところでシング君の方はどうだい?ダーヤ・タウルの王都を消し飛ばし、国中に混乱が広がっていると言う話を聞いたが……」
「一部を除き、今の所は放置状態って事で。混乱状態のまま暫くは様子見ですね」
「一部と言うと?」
「北部地方はロードタニヤ王国として独立させます。ウチの参謀部にいるカーチャ嬢の親父の病気を治してやりましたからね。ま、病気と言うか呪いでしたが。後、西部はダーヤ・ウシャラクに切り取り自由と言ってあります。そろそろ侵攻を始めるでしょう。その他の地域はまだ分かりませんね」
「なるほどね。となると、益々ダーヤ・ネバルへと難民が押し寄せるかも知れないねぇ」
「そのネバルも、少し動きが怪しいと諜報部から連絡がありましてね」
俺はそう言って、ヤマダとリーネアをチラリと見やる。
諜報部からの報告を基に、この二人にネバルの現状を見て来てもらったのだ。
「難民を保護する土地や資金が不足しているとか何とか……それで、どうも混乱中のタウルへの侵攻も考えているみたいなんですよ」
「火事場泥棒か。なるほどね」
「ま、元々東方三王国は、それぞれあまり仲が宜しくないって話ですからね」
「それで、魔王としてはこれから?」
「今の所は特に……偶に勇者スティングとして帝国方面へ顔を出しますが、それ以外は駐屯地にいます。遊んでばかりだと酒井さんに怒られますから」
「なるほど」
「あ、それと博士。前に通信でも話しましたが、これを…」
俺はベルトに付けたサイドバッグを弄り、一振りの短剣を取り出して手渡す。
「ふむ、どれどれ」
博士は俺が渡した剣を目を細め、繁々と観察。
「ほほぅ、これは中々に面白い。ゲーム的に言うと、骨の短剣と言うヤツかな。動物の骨を加工して作る武器と言うのは人間の世界にもあるね。原始の頃から現代まで……ま、今では民族的な工芸品だが。ふむ……特に装飾などは施されていないし、研磨も荒い……かなり昔の物だね。ただ、何かしらの力を秘めている感じがする。詳しく分析してみないと分からないが……そもそもこれは何の骨かな?」
「それで新しい武器は作れますか?」
「もちろん」
博士は大きく頷いた。
が、不意に眉を顰めると、
「だが、これは暫くこのままにして置いた方が良いだろう」
「ありゃ?そうなんで?」
「ダンジョンで発見したアイテムと言う話だろ?だとしたら、何かしらのキーアイテムの可能性もある。特殊な鍵なのかも知れない」
「あ、なるほど…」
言われてみれば確かに。
形状からして武器だと思い込んでいたが……さすが博士だね。
一瞬でそこまで考えるとは、やはり年季が違う。
「ま、考え過ぎかも知れないが、そのダンジョンはまだ完全には攻略していないんだろ?なら攻略完了まで、変に弄らない方が良いだろう」
「そうですね」
「しかし……そのダンジョン、気になるねぇ。この世に完全なる悪や正義は存在しないと言うのが私の持論なのだが、この世界には存在するのかも」
「あ、何かさっき考えていましたね」
「ふむ……世界を覆う大厄とか話で聞いたね。古代の勇者リートニアと魔王ベルセバンか……相反する両者が手を結び、何かしらの脅威に立ち向かった。それこそ相手は完全なる悪で……いや、面白い。これこそまさに王道ファンタジィだよ」
「何か、えらく興奮していますね。愉しそうで何よりです。ま、この冒険にケリが付いたら、ダンジョンへ行ってみましょう。僕ちゃん自身も、解明したい事とかありますからね」