勇者バーサス勇者(全てアドリブで)
な、何でこんな事に……
オーティスは混乱したまま、剣を振るう。
敵は魔王の軍ではない。
帝国の兵だ。
水上都市クレアル・ミシュハルから帝国領へと入ったオーティス達は、そのまま街道を南下し、現皇帝ハルベルト二世の叔父に当たるポートリンゲン公爵の領内にある寂れた山道を進んでいた。
本来は主要街道を通れば帝都オスト・サンベールへは三日もあれば着くのだが、ディクリスの話だと街道の彼方此方に臨時の検問所などが設けられており、かなりの混み具合だと言う話だ。
何でも帝国の北東部に位置する東方三王国が一つ、ダーヤ・ウシャラクが国境に軍を集結させており、緊張が高まっているとの事だ。
『そんな状況で勇者が来たとなれば、まぁ……色々とややこやしい話に巻き込まれ可能性が高いでしょうね』
と言うディクリスの言を受け、かなりの遠回りではあるが、こうして人目を避けるように往来の少ない道を進んでいるのだ。
そして公爵領の中程まで進んだ所で、いきなり襲われたのだ。
な、何がどうなって……
帝国兵に襲われるワケが全く分からない。
自分の身を明かしても、奴等は問答無用で襲ってくる。
一体何が目的なのか。
「く…」
オーティスは向かって来る帝国兵を切り伏せる。
しかしその刃は鈍い。
敵が魔王軍やモンスターなら話は別だが、同じ人間が相手だと無意識の内に躊躇してしまう。
それはシルクやクバルトも同じであった。
その動きにいつものキレが無い。
そしてマーヤも。
彼女はただ、向かって来る帝国兵を近付けさせない様に防御魔法を張っているだけだ。
何故か攻撃魔法を使おうとはしない。
華麗に立ち回っているのはディクリスとリッテンのみと言う状況だ。
か、数が多い……
帝国兵はおよそ三百から四百ぐらいだろうか。
かなりの兵数だ。
気が付くとオーティス達は既に囲まれている。
ど、どうするオーティス?
ワケが分からないが、ともかくマーヤ様達だけでも逃がさないと……
その時、一部の兵達が捕獲用の大きな投擲網を持っている事に気が付いた。
その視線の先にはマーヤ達。
「ッ!?」
奴等の狙いは神の御使いか!!?
マーヤ達が捕らえられたら、それで終わりだ。
人質にでもされたら、オーティスはもう抵抗出来ない。
「くそッ!!」
オーティスは眼前の敵を剣で薙ぎ倒し、攻撃魔法を放ちつつ、マーヤの元へと駆ける。
シルクとクバルトも同じく。
だが、やはり敵の数が多い。
このままでは……
その時、網を手にした兵の一人が、いきなりもんどり打って倒れた。
見ると側頭部に深々と矢が突き刺さっている。
更に近くに居た兵が何処よりか飛来した矢によって次々と倒されて行く。
な、何が……
オーティスは矢の飛んで来る方向に振り返る。
そこに居たのは三人の男女。
その内の二人はオーティスが良く知っている人物だ。
「リ、リーネア……それにヤマダ」
かつての仲間達。
だが、それは彼の知っている両人とは些か違って見えた。
醸し出す雰囲気もそうだが、特に装備が全然に違う。
防具も立派だし、手にしている武器は強力な力を秘めていると一目で分かる程の魔法武器だ。
もしかしたら、有りえない事だが自分の手にしている勇者の剣グラリオルスより上のなのかも知れない。
そして彼等の中央にいるのは、見た事のない男だった。
白金で出来た煌びやかで荘厳なる造りの鎧に白銀のマント。
言葉に言い表せない威圧感を放っているが、それと同時に聖なる力の波動も感じる。
ただ、何故か鼻から上を覆う半仮面を装着しているので素顔は分からない。
肌の張り具合からしてかなり若いように見えるが、大人の雰囲気を感じさせる。
その謎の男は剣を振りつつ、強力な魔法を放ち、瞬く間に帝国の兵を蹴散らして行く。
圧倒的な力の差だ。
蹂躙と言っても過言ではなく、帝国兵は百以上の屍を残し、半ば半狂乱で遁走して行った。
な、何者だろうか。
助けてくれたのだから、敵ではないと思うんだけど……
その男がゆっくりと、これまた強力な力を秘めているであろう剣を鞘に収めつつ、戸惑うオーティスに近付く。
いや、自分ではない。
謎の男はチラリとオーティスを一瞥しただけでその前を通り過ぎ、セリザーワの元へと行くと軽く頭を下げ、
「初めまして。貴方がセリザーワ殿ですね」
「ふむ……そうだが」
微かに口角を吊り上げ、どこか笑みを浮かべるセリザーワ。
謎の男も目元に微笑を湛えている。
「申し遅れました。私、真なる勇者スティングと言います」
「ほぅ…」
真なる……勇者?
え?
勇者?
オーティスは目を見開き、シルクとクバルト、そしてリーネアからヤマダへと視線をさ迷わす。
一体この男は、何を言っているのだろうか。
勇者は一時代に一人しか選ばれない。
それが常識であり世の理の筈だ。
この時代、即ち魔王エリウの時代の勇者は、自分だ。
魔王エリウに対抗する為に、精霊から選ばれたのはこのオーティスだ。
こ、こいつ……まさか勇者の名を騙っているのか?
オーティスの胸がカッと熱くなる。
シルクもクバルトも同じ気持ちなのか、眉間に皺を寄せて憮然とした顔をしていた。
だが、リーネアとヤマダは違った。
オーティスの父の時代からの仲間であった筈なのに、リーネアは困ったような呆れたような複雑な表情をしているし、普段は全く表情を変えない筈のヤマダさえ、微かに肩を震わせ苦笑を浮かべている。
いや、そもそも何故、この二人はあの男と供に行動しているのだ?
その男はセリザーワに向かって言葉を続ける。
「是非とも私と供に来て、魔王を倒す為に力をお借し願いたい」
「ちょ…」
「ちょっと待った」
大きな声を上げたのはシルクだ。
小柄なオセホビット族の彼は怒りを顕に顔に出しながら、
「あんた、スティングとか言ったな。何で勇者を騙るんだ?勇者はオーティスだろ」
その男はゆっくりと振り返るとシルクを見下ろし、
「勇者…か。ならば一つ尋ねるが、勇者の定義とは?何を以って勇者と呼ばれる?」
「な、何って……精霊の力を得た者さ。それで魔王を倒す事が出来るんだ」
その通りだ。
オーティスは大きく頷く。
四大精霊から聖なる力を授かり、それを以って邪悪なる魔王を討ち滅ぼす事が出来るのだ。
「ふ……そうだな。だがそれは勇者を名乗る為の最低条件だ。勇者とは、魔王を倒す力を得て、初めて勇者と呼ばれる。はっきり言おう。そこにいるオーティスは勇者ではない。何故なら彼では魔王を倒せないからだ」
「な゛…」
「なにぃぃぃッ!!」
オーティスは吼えた。
怒りが全身を駆け巡る。
「ぼ、僕が勇者ではないだとッ!!」
「そうだ」
スティングと名乗る男は静かな声で答えた。
そしてどこか冷たい眼差しで、
「魔王シングは当然として、お前では魔王エリウにすら勝てない。ふ……それどころか、私の仲間であるリーネアやヤマダにも勝てないだろう。それがお前の実力だ」
「ふざけるなッ!!」
「ふざけてなんかいない。真実を語っているだけだ。それとも……まだ何か真なる力を秘めているとでも言うのか?」
「こ、これが勇者の力だ!!」
オーティスは吼えながら自分の右手を左胸に添える。
心臓の鼓動と供に、体内に宿した精霊の聖なる力が迸った。
全身に光のオーラを纏うオーティスを見て、「ほほぅ」と声を上げたのはセリザーワだった。
彼は目を細め、オーティスを見つめながら熱心にボロボロとなった手帳に何やら書き込んでいる。
「なるほど。これが勇者の力か。ふむ……実に興味深いねぇ」
だがスティングは僅かに口角を上げると、
「……興醒めだな。この程度の力で勇者を名乗り、世界を救うつもりだったとはな」
「な…なんだと」
「ふ…」
スティングはオーティスと同じように、その右手を自分の胸に添える。
刹那、辺りは聖なる光の奔流に飲み込まれた。
空に巨大な勇者の紋章が現れ、そこから溢れ出る光がスティングに降り注いでいる。
それは圧倒的な力だった。
スティングの放つ精霊の力が巨大な篝火なら、オーティスのそれは小さな蝋燭程度だ。
「な…馬鹿……な」
オーティスは空を見上げ、呆気に取られていた。
いや、彼だけではない。
シルクもクバルトも、そしてリッテンやディクリス、マーヤにラピス、村から付いて来た自称親衛隊の餓鬼どもも口を開けて空を眺めている。
ただセリザーワは笑いながら
「ははは、凄いなこれは」
と、独りはしゃいでいた。
「これが真なる勇者の力だ」
スティングなる男はそう言うと、サッとマントを翻した。
それと同時に光は消え、辺りを静寂が包む。
スティングは静かにオーティスに語りかける。
「ふ、オーティスよ。これが現実だ」
「……げ、現実?」
「そうだ。お前は単に、ギルメスと言う老人の言われるがまま、精霊の力をほんの少しだけ貰っただけの田舎の餓鬼だ。勇者グロウティスの息子と言うだけで、分不相応な力を得たに過ぎん。いや、利用されたと言った方が良いのかな。ただ、勘違いはするなよ?別に私はお前を責めているワケではない。お前は何も悪くないし、力不足ながらも頑張った方だ。ただ、魔王を倒せない勇者に存在意義は無い。むしろ自分の命を縮めるだけだ。オーティス……君はこのまま生まれ故郷に戻り、そこで平穏に暮らすべきだ」
「……」
オーティスは混乱していた。
頭の中がグチャグチャになり、思考が纏まらない。
自分は……勇者ではない?
そんな馬鹿な!!
自分は紛れもなく勇者だ。
魔王エリウにだって挑んだ。
いや、あのシングさえ現れなければ倒せた筈!!
ならばこの男は?
あれは間違いなく、精霊の力だ。
それも自分のとは桁の違う……
「ち、違う」
「ん?」
「違う……僕は勇者だ!!」
確かに、自分はこの男より精霊の力が弱いかも知れない。
しかし精霊の力に変わりは無い。
自分は紛れも無く勇者なのだ。
「……誰しも現実は受け入れたくないものだが……やれやれ、仕方ないな」
スティングは小さく鼻で笑うとゆっくりと剣を抜き放ち、
「ならば少しだけ、その身に現実を思い知らせてやろう。熱意だけではどうにもならない、と言う辛い現実をな」
「く…」
オーティスも勇者の剣グラリオルスを引き抜く。
「ふ……掛って来い、オーティス。お前の持つ勇者の力を私にぶつけてみろ」
そう言ってスティングは片手で軽く剣を構えた。
いや、構えてすらいない。
単に剣を持っているだけだ。
そのあまりに無防備な姿を見て、更にオーティスの心が熱く燃える。
な、舐めやがって……
「うぉぉぉッ!!」
聖なる精霊の力を手にした剣に籠めつつ、オーティスはスティングに突っ込む。
そして大上段に構えた剣を振り下ろした。
渾身の一撃だ。
精霊の力により、あらゆる身体ステータスが向上した勇者に相応しき強烈な攻撃。
だがそれは、『キンッ!!』と言う短い金属音と供に、オーティスの熱き思いを容易く砕いた。
彼の一撃に対し、スティングは軽く剣を振り上げただけ。
しかも片手で。
それだけで、勇者の剣グラリオルスは簡単に主を裏切った。
スティングの一振りでオーティスの剣はその手を離れ宙を舞い、そして近くにあった大木に突き刺さった。
な゛…
手には微かな痺れ。
な、なんで…?
僕の攻撃が……何でそんな簡単に弾かれて……
と、オーティスの首筋に冷たい物が触れた。
スティングの剣だ。
「……未熟」
冷ややかな声が耳に届く。
「強者を相手に何も考えずに突っ込んで来て、それでどうにかなるとでも思ったか?」
「……」
「ふ……私が魔王なら、その首は既に胴から離れているぞ」
スティングは小さく鼻で笑うと、その剣を鞘に収めた。
「熱意は買うが、それだけではな。精霊の力以前に、技量も足りなければ経験も浅い。今のお前では魔王エリウどころかその側近達にも勝てないだろう」
「く…」
「今の帝国兵との戦闘もそうだ。その勇者の力を纏えば、難無く処理出来たであろうに……同じ人間だから躊躇したのか?実に下らんな」
スティングは項垂れるオーティスを見つめ、そしてそのまま顔を上げてマーヤを一瞥すると、軽く肩を竦めた。
それはまるで、お前にも言ってるんだぞ、と言わんばかりであった。
「さて……セリザーワ殿」
「ん?何だね?」
「先程も言いましたが、是非とも私と供に来ていただきたい」
スティングの誘いに、セリザーワはメガネの奥の目を細めた。
そして薄い笑み溢すと、
「申し訳ないがスティング君。君に付いて行く事は出来ないねぇ」
そう言って小さく首を横に振る。
だがスティングは特に驚きもしなかった。
まるでそう答える事が分かっていたかのように口角を吊り上げ、
「ほぅ……つまりセリザーワ殿は、私ではなくそこの未熟なオーティスに付くと?」
「確かに、彼は未熟だ。が、未熟と言うのはまだまだ伸びる可能性を秘めているとも言える」
「……なるほど。しかし成長するまで魔王が待ってくれますかな?」
「それは分からん。ただ、魔王エリウとやらはともかく、魔王シングなら話せば分かると思うね。スティング君はどう思うかね?」
「……確かに。かの者には色々と思惑がありそうですし……」
「その口振りから察するに、君は魔王シングと面識がありそうだね」
セリザーワが自分の細い顎を撫でる。
スティングは頷いた。
「如何にも。現に我が仲間であるリーネアとヤマダは、魔王シングの傍にいましたので」
「ふふ、なるほど。色々と経緯がありそうだ。そこでどうだろうか……一度私を、魔王シングと会わせてはくれないかね?」
その言葉にオーティスはハッと顔を上げた。
魔王シングと……あの憎き男と会う?
む、無茶だ……
セリザーワ様、それは幾らなんでも……
スティングも虚を突かれたのか、僅かではあるが初めて動揺を顕にした。
「……そうきましたか」
「どうだね?橋渡し役を頼めるかね」
「ふ…ふふふ……いや、失礼。セリザーワ殿は中々に大胆だ。ふむ……良いでしょう」
「それは助かる」
セリザーワが笑った。
その時、
「わ、私も」
と声を上げたのはマーヤだった。
「私もシングさんに会いたいです」
だがスティングは小さく首を横に振った。
そしてどこか冷ややかな声で、
「申し訳ないが、会えるのはセリザーワ殿だけです」
「な、何故です?」
「何故って……えと……どうしようか……あ、それが大魔王の意思だからです」
「大魔王?」
「そうです。大魔王酒井の命令だと言う話です。マーヤ殿とラピス殿は、まだ魔王シングに会わせてはならぬと。魔王シングと言えど、大魔王酒井には逆らえないと言う話ですから」
「さ、酒井さんが……なんで……」
マーヤは呆然とした顔をしていた。
スティングはそんな彼女から、どこかバツが悪そうに視線を外すと、
「それで、どうしますセリザーワ殿?今から行きますか?それとも後から使いの者でも寄越しましょうか?」
「ふむ…」
セリザーワはチラリと後ろを振り返る。
「あぁ……彼等のことは心配はいらないでしょう。ここから少し南へ下れば戦死したバンブルヤーズ大将軍の領地。かの地は反魔王派の兵や住民が多いですからね。勇者一行が害される事は無いでしょう」
「なるほど。ならば……」
「オイラも付いて行くよ」
そう声を上げたのはシルクだった。
セリザーワが瞬きを繰り返し、小柄なシルクを見下ろす。
「だってセリザーワ様だけじゃ危険だよ。帰り道も含めてさ」
「む……そんな心配はいらないと思うが……ふむ……どうかねシ…いや、スティング君?」
「面白い展開だ。いや……失礼。ふむ……シルク、とか言ったな。他言無用を誓えるのなら付いて来ても良い。但し、命の保障はしない。魔王シングの機嫌を損ねれば、その場で殺される危険もあるぞ?」
「じ、上等だ」
「ふふ……本当に面白い。では、付いて来るが良い」