気紛れ気分で王都陥落
僕の名前はマーコフ。
正確にはマーコフ・ヴォルセイ・リストバーン。
名前からして分かるように、貴族だ。
歴史あるリストバーン子爵家の者だ。
とは言え、三男坊だが。
悲しい事だが、貴族と言えど三男になると殆ど価値は無い。
長男は跡取りだし、次男は何か変事が起きた場合の備えとして必要だが、三男は……
言い方は悪いが、家にとっては厄介者のような扱いだ。
もちろん、それは家の格によって違うがね。
伯爵家より上、いわゆる諸侯と呼ばれる門地のある貴族の家では、三男坊と言えど利用価値はある。
他の家と姻戚関係を結ぶのに役立つからね。
しかしそれはほんの一握り。
子爵や男爵家、それも有力な外戚を持たない独立した小貴族にとっての冷や飯食いの末子と言うのは、早く家から出て行って欲しい存在なのだ。
とは言え、平民とは違い食べるに困ると言う事は無いが。
貴族家の末子の殆どは、大貴族家に仕える執事やメイドとなる者が多い。
執事やメイドと言うと、平民の職業と思いがちだがそれは全然違う。
貴族家の末子と言えど、平民とは違いきちんとした教育も受けたし礼法も学んでいるから、メイドや執事には最適な存在なのだ。
貴族の風習や習慣にも精通しているからね。
後は学者になる者や魔法使い等、専門的な職業に就く者も多い。
長男や次男とは違い、貴族的な教育を受けるより自分の好きな事を学ぶ時間の方が多いからだ。
そして最後に、僕のように王宮務めの近衛兵士になる者もまた多い。
一般兵とは違い、王宮務めの近衛兵には確かな身元保障がいるし、それなりに品格も必要なのだ。
「しかし、どう言う事だろうね」
僕は隣にいる同僚のアッカムに囁く。
ボーラル準男爵家の次男で、軽口を叩くのが好きな陽気な男だ。
「さぁね。言われた通りやるだけさ」
アッカムは軽く肩を竦めながら言うと、更に声を落とし、
「宮廷内闘争ってヤツじゃね?俺ら名ばかり貴族は知らなくても良い事さ。知ってもロクな事にはならないからね」
「……そうだね」
僕も声を落とし相槌を打つ。
今現在、僕らは他の仲間と供に、謁見の間へと通じる大きな扉の前で息を潜めて待機している。
そして何かしらの合図があり次第、中へと雪崩れ込み、ロードタニヤ辺境伯令嬢を拘束すると言うのが今回の任務だ。
ロードタニヤ辺境伯といえば、僕のような末端の貴族ではなく国内屈指の大貴族だ。
歴代の国王達も礼を失さぬように接してきたと聞いた事がある。
それが何故……
しかも命令は、反抗すれば殺して構わないという非情なものだった。
腰に下げた剣も、いつでも抜剣出来る様に止め具を外してある。
辺境伯殿と王子の間に、何かあったのかな……
色々と気になる事は多いが、考えるのは止めておこう。
僕は一衛兵として、与えられた任務をこなすのみだ。
それにアッカムの言う通り、僕ら末端の貴族が首を突っ込めば、ロクな結果にはならないだろうし。
けどなぁ……やっぱり気になるよ。
どうもここ最近の王都は不穏な空気が漂っている。
魔王軍が間近に迫っていると言うのもあるが、それ以外に重臣の方々が非常にピリピリとしているのだ。
数日前に王都に駐在の二個騎士団が何処かへ出立したかと思えば、今日は朝も早くから近隣の街の領民が王都にやって来て何やら意味不明な事を口走っていると言う話だ。
その所為か分からないが、王都の門は全て閉じられたらしい。
衛士として常に王城内で生活しており、殆ど街には出ないので良く分からないが、色々と混乱が広がっているらしい。
「ところでさ、アッカム」
そう同僚に声を掛けると同時に、扉の向こうから『陛下!!』と言う叫び声が響いてきた。
前々から思っていたが、どうして『陛下』なのか……
王子だから敬称は普通なら『殿下』の筈なのに。
そんな事をボンヤリ考えている間に、隊長が扉を開けて中へと突っ込んだ。
僕もアーカムも良く分からないまま、後ろから押される形で謁見の間に雪崩れ込む。
……え?あ、あれ?
リヒタール侯爵やヴィッター伯爵、ホーランド伯爵などの諸侯と呼ばれる貴族の重鎮に大臣や騎士団の団長などが、何故かオロオロと慌てふためいている。
冷静なのはロードタニヤ辺境伯とお付の者達だけだ。
ところで王子は……あ、居た。
床を転がりながら鼻血を出して喚いているよ。
階段を踏み外して落ちたのかな?
その玉座に視線を動かすと、そこには見知らぬ男が立っていた。
何故か肩に黒い猫を乗せている。
小汚い身なりをした若い男だが、言い知れぬ威厳を漂わせている。
と、大臣の一人が叫んだ。
「ろ、狼藉者だ!!ひ、引っ捕らえろ。いや、殺せ!!」
え?え?
辺境伯じゃなくて、あの男を……ってこと?
その男はゆっくりとした動きで、あろう事か玉座にそのまま腰掛けた。
そして優雅な動きで足を組むと、どこか小馬鹿にした笑みを浮かべ、階段下の者達を睥睨している。
隊長が「抜剣!!」と声を荒げた。
僕も腰から剣を引き抜く。
そして……動けなかった。
いきなり膝がガクガクと小刻みに震え、呼吸するのもままならない。
なな、なんだ?
何が……起きたんだ?
喉がひりつき、額には大量の脂っこい汗が浮かぶ。
それは僕だけじゃない。
その場にいる全員が、蒼褪めた顔で震えている。
大臣達もだ。
ガタガタと震え、一歩も動けないでいる。
中にはその場に蹲る者もいた。
平気な顔をしているのは、先程と同じくロードタニヤ辺境伯達のみ。
見ると不遜な態度で玉座に腰掛けている男の体からは、黒い靄の様な物が立ち昇っていた。
な、なんだこれ?
チラリと隣のアッカムに目をやると、彼も顔面蒼白で小刻みに震えていた。
ガチガチと歯の鳴る音まで聞こえてくる。
いい一体、何が……
足が勝手に震えて……え?これって恐怖を感じている?
そんな中、ロードタニヤ辺境伯令嬢は優雅な動きで片膝を地に付け、恭しく頭を垂れた。
最敬礼だ。
下級貴族ならともかく、大きな自分の領地を持つ諸侯、所謂、閣下と呼称される大貴族は滅多に使わない最上級の礼だ。
もちろん自国の王に対しても然り。
国家的式典以外では先ず使わない。
むしろ諸侯はされる側に回る事が多い。
にも関わらず、彼女は玉座に座る謎の若い男に対し、厳かな態度で礼を取っている。
ど、どう言うこと?
ワケが分からない。
その謎の男はどこか面白がるように辺境伯令嬢を見つめると、次にゆっくりと震えている重臣達を見渡し、そして最後に床の上で鼻を押さえている王太子殿下の上で視線を止めた。
冷たい眼差しだ。
まるで下水を流れる汚物を見るかの如くである。
「……ふん」
男は小さく鼻を鳴らした。
そして足を組み直すと頬杖を着き、
「随分と……舐めた真似をしてくれたな、馬鹿王子」
う、うわぁ……
こんな理解不能な状況だけど、思わず心の中で苦笑いを浮かべてしまった。
殿下は確かにバ……いやいや不敬に当たるから考えちゃいけない事だけどさぁ……
「な、何者だ貴様!!」
殿下が怒鳴る。
が、鼻を押さえているので『にゃに者だちさま』と聞こえてしまい、思わずボクは吹き出しそうになってしまった。
「ふ…」
男は鼻で笑うと、辺境伯令嬢に向かって軽く顎をしゃくってみせた。
彼女は更に頭を深く下げ、厳かな声で言う。
「真なる魔王シング様。ようこそお出で下さいました」
★
しかしまぁ……カーチャ嬢、ノリノリじゃないか。
心の中で笑いながら、俺は「フン」と小さく鼻を鳴らす。
ま、それだけ色々と鬱憤的なモノが溜まっているんだろうね。
玉座の下に居並ぶ、この国を牛耳っている豚どもは顔面蒼白で俺を見上げていた。
ま、カーチャ嬢達以外はスキルで恐怖効果を与えているだけなんだが……それにしてもこの程度でビビるとか、肝っ玉の小さな奴等だ。
いや、王子だけは別だった。
鼻血を流しながらも『貴様が魔王か!!おのれぇぇぇ!!』的な事を金切り声で喚いている。
場の雰囲気はぶち壊しだ。
しかしまぁ、その胆の大きさは、さすがは王族と言った所か。
……
単に馬鹿過ぎて恐怖を感じてないだけかも知れんが。
「ふ…」
小馬鹿にしたような、いや、思いっきり馬鹿にした笑みを浮かべ、俺は王子を見下ろす。
その瞬間、微かに魔力反応を感知するや、いきなり横合いから顔面目掛けて魔法攻撃が炸裂。
単純な魔力弾だ。
もちろん、反射防御魔法を事前に掛けてあるので、俺に向かって放たれた魔法はそのまま術者に跳ね返る。
「うぉう!?」
素っ頓狂な声を上げ、老齢のおそらく宮廷魔術師であろう男が素早く飛び退った。
と同時に、破壊音と供に跳ね返された魔法で床の一部に少し大きな穴が穿たれる。
へぇ……硬そうな床なのに、穴が開くか。
そこそこ威力が高いみたいだな。
少しは名の知れた魔法使いなのかも。
とは言え、防御魔法が無くてもアビリティだけで簡単に無効化出来そうなレベルだけどね。
「……何のつもりだ、爺ィ?」
俺は頬杖を付いたまま、気だるそうな目で枯れ枝のような爺さんを見やる。
「ぐ…ワシの魔法を跳ね返すとは……やりおる」
いやいやいや、ワシの魔法って……そんな御大層な代物だったか?
「ふ、面白い爺様だ」
言って指をパチンと鳴らすや、
「ヒギャァァァッ!?」
爺ィ魔法使いはいきなり叫んだ。
「め、目が…ワシの目が見えん!?くく暗い……真っ暗で何も見えん!!」
「五月蠅い」
顔に近付いた蠅を追い払うかのように軽く手を振ると、その爺ィはいきなり床に伏せの姿勢。
背中に重石を乗せられたかのように手足を震わせ、必死になって何かに耐えている。
「あ…がが……な、なんじゃ……これは」
「ゆっくり潰れろ」
俺は興味を失った瞳で爺ィを一瞥し、馬鹿王子へと視線をスライドさせる。
ようやくに鼻血が止まった見た目だけはハンサムな王子は、俺の重力系魔法でゆっくりと床に押し潰されて行く爺ィ魔法使いを恐怖で濁った瞳で見つめ、そしてそのまま臣下の礼を取っているカーチャ嬢に顔を向けると、
「やや、やはり……やはり裏で魔王と繋がっていたのか!!」
少し裏返った怒声を放つ。
それに対してカーチャ嬢は、
「……はぁぁぁ?」
思いっ切り馬鹿にしたような返答だ。
くく…
俺は肩に乗せてる黒兵衛を腿の上に降ろし、その背中を撫でながら、
「それは違うな、馬鹿王子。最初に辺境伯殿を裏切ったのは、お前達の方ではないか。違うか?」
「な、なにを……」
「全て王国騎士団のアキレム……何とか言う男が白状したぞ」
言って俺は乾いた笑いを溢す。
そして目を細め、
「元々、我とロードタニヤ辺境伯との間には何も無かった。……偶々だ。魔王軍駐屯地より一番近い所にある大きな街が辺境伯殿の街でな。偶々、我が気晴らしに独り散歩を愉しんでいたら、魔王軍の名を騙る騎士団と遭遇したわけだ。ははは……偶然とは言え、実に面白かったぞ。魔王軍がいつ本格的な侵攻を開始してもおかしくないと言う状況下で、よもや内輪揉めの真っ最中とはな」
「なな、なんの事だ……」
「今更惚けるな」
俺はこれ見よがしに大きく鼻を鳴らした。
「辺境伯殿とて、現場にいた我に助けを求めるのは不本意であっただろう。が、あの状況では仕方あるまい。ふふふ……お前達が無い知恵絞って考えた謀略が、結果として我と辺境伯殿を結び付ける事になるとはな」
「……」
馬鹿王子は顔面蒼白で、ガタガタと震えながら重臣達をチラチラと見たりしている。
とその時、『ひぎゃっ』と車に轢かれた蛙のような声と供に、骨の砕ける鈍い音を立てながら爺ィ魔法使いが絶命した。
全身を強重力によって熨されたので、何だか全体に伸びている感じがする。
このまま天日で干せば、立派なスルメになるだろう。
「ふん、魔王軍侵攻の混乱に乗じ、辺境伯殿を亡き者にするか。……が、それは我には関係の無い事だ。人間同士の権力闘争に付き合う気は毛頭ない。しかし……我の名を騙るとなれば話は別だ。お前だってそうだろ?もしその辺の山賊の類がだ、王国騎士団やお前の名を僭称し街を襲ったりしたらどうする?お前はそいつ等を許すのか?」
「そ…それは……」
俺はゆっくりと顎を擦り、
「取り敢えず、先ずは賠償金だな。宝物庫などにある財を賠償金代わりに貰っておこう。辺境伯殿の領有する村や街にもかなりの被害が出たからな」
「か、金が目的か?」
「は?何を言っている?どうせ死ぬのだから、財など持っていても使い途があるまい。だから我が使ってやろうと言うのだ」
「し…死ぬ?」
「当たり前だ」
俺は至極当然とばかりに言う。
「まさか命だけは助かるとか思っていたのか?そこまで馬鹿ではないと思うが……あ、もちろんお前だけじゃないぞ?この王都に住む連中、全員だ。と言うか、この都市ごと消し去る」
「……」
馬鹿王子の顔が、コピー用紙のように真っ白になった。
もちろん、その場に雁首並べている重臣どもも同じだ。
と、謁見の間に押し入って来た近衛部隊の隊長らしき偉丈夫が剣の切っ先を俺に向け、
「そ、そんなことはさせんッ!!」
「ほぅ…」
効果を押さえているとは言え、俺様の恐怖スキルに抗うか。
近衛兵とは言え腐った奴等に仕えている連中だから、どうせ大した事はないと思っていたが、中には骨のあるヤツもいるんだな。
俺はニッコリとその衛兵隊長に微笑み、
「そんな事はさせないと言うのは、どう言う意味だ?ここにいる馬鹿王子とその側近を守るのか?はたまた、この都市をか?」
「両方だ!!」
「両方か。ふむ……つまりお前は、この都市に住まう者達の命を守ると……そう言うことか?」
「そ、そうだ!!」
俺が何を言っているのかいまいち理解出来ていないのか、近衛隊長は少しばかり訝しげな顔をする。
「ふむ、なるほど。ただ、何か勘違いしているようだが……元々お前達の命なぞ、何の価値も無いのだぞ?」
「……は?な、何を……」
「お前達やこの都市の住民……いや、そもそもこの世界の人間が生きてること自体が、我の慈悲なのだ」
俺は演技バリバリに高らかに笑う。
膝上の黒兵衛が『また始まったでぇ』みたいな顔をするが、面白いから良いじゃないか。
「慈悲…?」
「分からんか?我が少し本気を出せば、この世界に住む人間種如きほんの数ヶ月で根絶やしに出来る。今までそれをしなかったのは、何か利用価値があるのではないかと考えたからだ。だからわざわざ生かしておいてやったのだ。ま、後は単に面倒臭かったと言うのもあるがな」
「な゛…」
「ふ、我からすればお前達はゴミだ。しかし何かしら再利用が出来ると思い、慈悲を掛けてやっていたのだ。だが……有害な毒を撒き散らすゴミともなれば、処理しなければなるまい。そうであろ?」
「何を言ってる!!か、神にでもなったつもりか魔王!!」
「神?お前は神を信奉しているのか?」
ちなみに俺も熱心な信者だ。
信奉する神は漫画とアニメの神様。
ベレー帽を被っているのだ。
「くく……人間種と言うのは、実に面白いな。神が街を壊せばそれは天罰だと恐れ戦くが、魔王が街を壊せば恨みの篭った目で剣を向ける。一体何が違うと言うのか……我には分からぬな」
「く…」
衛兵隊長らしき男は俺を睨み付けたまま手にした剣を高々と振り上げ、
「全員、突撃!!」
そう声を荒げるが、部下達は誰一人動こうとしない。
いや、恐怖効果で動けない。
「ふむ……お前の忠誠心は高く評価するぞ。そこで一つ尋ねるが、お前のその剣は忠誠の為の剣か?それとも正義の為の剣か?どちらだ?」
「な、何を…」
「ある程度、話は聞いていただろ?ここで震えている豚ども……お前の忠誠の対象は屑だ。お前の剣が忠誠の剣であるならば、我にそれを向けろ。が、その剣が正義の剣であるなら……その切っ先は、そこの豚どもへ向けるべきだ。さて……お前の剣はどちらの剣だ?」
「……」
隊長は暫し逡巡した後、その剣を俺に向けた。
「ほぅ……なるほど。正義よりも忠誠か」
俺はゆっくりと手を叩く。
「ま、ある意味においては正解だな。国家に仕える者はそうでなくては。特に軍務に携わる者ならばな。例え自分の行いが正義に反していようと、命令は命令だ。ふむ……宜しい。ならばお前は、苦痛無く優しく殺してやろう」
俺はニッコリと微笑みかける。
その瞬間、近衛隊の隊長は前のめりになって倒れた。
巨体を床に強かに打ちつけ、そのままピクリとも動かない。
「……ふ、忠誠心は高く買うが、その剣を捧げる対象を見誤ったな。愚かな男だ。さてと……ふむ、そこのお前達」
俺はいきなり死んだ隊長に恐れ戦いている近衛兵達に優しく声を掛ける。
「中庭に辺境伯殿の兵がいる筈だ。彼等を宝物庫まで案内し、財を運び出すのを手伝え。そしてそのまま街の外まで護衛しろ。あぁ……特別に、少しばかりなら懐に入れても構わん。駄賃だ」
俺がそう言うと、一人の兵がいきなり部屋から飛び出した。
それに続いて、全ての近衛兵達が我も我もと駆け出して行く。
「おっと、お前達はダメだぞ?」
俺は逃げ出そうとした重臣の一人を見つめる。
「そもそも何処に逃げると言うのだ?言っておくが、既にこの都市全体に我の特殊な結界を張ってある。許可無き者は一歩も街から外へ出ることは出来ないぞ?ははは……街の住民もろとも、ここで死ね」
言って黒兵衛を抱き抱えながら玉座から立ち上がるや、
「……ふん」
その玉座に軽く蹴りを一発。
黄金で飾り立てられた豪奢な玉座は、壁にぶち当たり粉微塵になって四散した。
「さてと……帰るか、辺境伯殿」
「は」
カーチャ嬢とその御供連中がゆっくりと立ち上がる。
その時だった。
件の馬鹿王子がおもむろに土下座すると、
「こここ降伏する!!」
いきなり叫んだ。
「我がダーヤ・タウル王国は魔王に……いや、魔王様に降伏しますです!!」
「……」
ス、スゲェな。
俺は胸元に抱えている黒兵衛と顔を見合わせ、思わず苦笑してしまった。
「はは……自分の命が大事か?だが、残念だな王子よ。お前にはお前にしか出来ない役割がある」
「や、役割?」
「そうだ。確かこの都市の中央に大きな噴水広場があった筈だ。来る途中で見かけた。そこでお前を磔にしてやろうと思ってな」
「磔…」
「ふ……街の住民も、理由も分からずにいきなり死ぬのでは些か哀れであろ?せめて、どうして自分達が死ぬ事になったのか、そのワケぐらいは知っておいた方が良いではないかと思ってな。ははは……さ、行くぞ」
そう言って俺は指をパチンと鳴らすと、馬鹿王子は「ひぅ」と声にならない声を上げながらギクシャクとぎこちない動きで歩き出す。
「あ、足が勝手に……とと、止めてくれ」
「ふん、とっとと歩け」
と尻に軽く蹴りを入れてやると、そのまま王子は音を立てて床に倒れてしまった。
再び顔面を強打し、またもや鼻血が溢れている。
「や、やれやれ……面倒臭ぇ男だ」
俺は苦笑混じりの溜息を溢し、襟首を掴んで引き起こしたのだった。