魔王のルール
「……ありゃまぁ」
と思わず呟く僕チン。
バーニャと言う村に辿り着いたのだが、そこは案の定、凄惨な光景が広がっていた。
斥候からある程度の話は聞いていたが、うぅ~ん……これは酷いね。
惨殺された村人達が、そのまま串刺しになって大地に立てられているよ。
まるで焼き鳥パーティーみたいだ。
「随分と手の込んだ真似をするのぅ……時間も掛っただろうに」
チラリと後ろを見やると、カーチャ嬢は真っ白な能面のような顔をしていた。
髭の戦士長もカタカタと震えているし、お供の兄ちゃんの一人は気絶しており、もう一人は嘔吐の真っ最中だ。
他の兵士達も微動だにせず固まっている。
そう言えば、戦場に出た経験が無いと言う話だったな。
やれやれだねぇ。
「しかしまぁ……見せしめにしても、ちと酷いですな。本物の魔王軍だってこんな事はしないぞ。面倒だし」
「ブラド公爵みたいやな」
と黒兵衛。
「ブラド公爵?あ~……確かドラキュラとか言ったか?人間界で言う所の吸血鬼の元祖みたいなヤツ」
「せや」
「ふ~ん……本物の吸血族だって、こんな酷い真似はしないですぞ。ってか、血を見て卒倒する奴もいるしね」
「ま、人間世界のファンタジィな化け物は過分に宗教の影響を受けてるさかいな。そもそもが想像やし」
「しっかし、家まで燃やされてるし……食料とか残ってるかな?」
俺はタコ助の腹を軽く押し、半ば廃墟と化した村の中へと歩を進める。
そこでようやく我に返ったのか、ロードタニヤの兵達が慌しく動き始めた。
涙を堪えているのか、真っ赤な目をながら串刺しにされた村人達を大地に下ろしている。
「うんうん、ちゃんと火葬しないとね。アンデッドになるかも知れないし、疫病が発生する危険もあるからね」
「化けて出る可能性もあるで?」
「はっはっは……この世界にそんなモノは存在しない。お化けなんて嘘さ」
「分からんでぇ」
「止めろ。夜トイレに行けなくなるじゃないか」
そんな事を話しながら、道形に村の中を進んで行く。
彼方此方に点在する質素な建築物は、その殆どが破壊されたり燃やされたりしていた。
炭化した死体もそのまま無造作に道端に転がっている。
ふむ……
生き残りは……あ、予想通り、少しだがいるな。
数は……今のところ十人ちょいか。
兵達に介抱されてるよ。
子供に大人に年寄りにと……年齢的に偏りはあまりないけど、二十代の働き盛りが少ないな。
それに男が多い。
……
ふん、若い女は慰み者にした後に殺したってか。
「やれやれ、国軍が聞いて呆れるな。野盗と変わらんではないか」
俺は小さく鼻を鳴らし、タコ助から降りて辺りを暫し散策。
そして燃やされていない家屋の中へと入り、食料的な物が残ってないか探す。
「ん~……ちょっとはあるけど、少ないな。元から貧乏な村なのかな?」
「ってか、火事場泥棒やんけ。あんまエエ事やないで」
「残していても腐るだけじゃんか。っと、小麦の袋を発見。どうしようか……ほうとう鍋でも作るか?もしくはスイトン」
「……自分、ホンマに異世界出身か?」
「酒井さんに色々と料理を教わってるんだよぅ。おっと、ジャガイモ的なモノも発見したぞ」
しかし、やはりだが量は少ない。
百人規模の兵を食わすには不充分すぎる。
その辺に関して、何かカーチャ嬢に考えがあるのだろうか。
「ん~……他には無いな。んじゃ、次の家を探してみよう」
俺は黒兵衛を肩に乗せ、手に入れた食材を抱えながら家から出る。
見ると兵達が、生き残った者達を荷馬車に乗せていた。
あのままノイエルの街まで送って保護しようと言うことか。
「ま、ここは廃村確定だしねぇ」
そんな事を呟きながら、次の家へと入る。
「……おやおや」
中は酷い有様だ。
物凄い荒されているし、死体がそのまま転がっている。
母子だろうか、女性と子供の無残な死体がそこにはあった。
「……餓鬼が三人か」
二人の子供はそのまま斬られて絶命している。
残りの一人は幼子で、母親が最後まで守ろうとしたのか、子供を抱き抱えて丸くなった姿勢のまま背中から数本の槍に突き刺されて死んでいた。
もちろん、その槍の穂先は母親を貫通し幼子まで届いている。
肩に乗っている黒兵衛が、
「糞が…」
と牙を剥き出しに唸っていた。
「これも戦の一つだ。ま、戦じゃなくて一方的な虐殺なんだけど。ナンマンダブ、ナンマンダブと……さて、何か食料が残ってないかなぁ」
「……可哀相やな」
「ふにゃ?そりゃまぁ……何の変哲もない日常がいきなりジェノサイドの時を迎えたんだし……何が起きたか、分からなかっただろうな」
「や、ちゃうで。王国の領民がや」
「ん?」
黒兵衛は『ヘッヘッへ』と少し鼻に掛ったような笑い声を上げると、俺の頬を前足で叩きながら、
「自分、極端な男やからな。基本、優しい男やけど、冷酷な時はとことん冷酷になるさかいなぁ」
「何を仰る黒兵衛さん。俺は常に心優しきナイスガイですぞ」
「へ……ここから先、王都に至る途中にある村や街に住む連中は災難やな。いきなり終末の時やで」
「……おっと、豆的な物が入っている袋を発見したぞ。ふふ……どうやって調理してやろうかのぅ」
★
カーチャ嬢は、頭は良いが基本的には内政専門な文官的な人だった。
糧食はと尋ねたら、何それ?みたいな顔をしていたので、実にヤレヤレだ。
まぁ、彼女にしてみれば初陣のようなものだし、その辺の事は髭の戦士長がちゃんと教えてやらんと……
とは言え、あの混乱から慌しく出立したのだ。
色々と失念していても仕方なかろう。
……
ってか、付いてきた兵の殆どは、訓練はバッチリだが実戦は初めてと言うヤツばかりなのには驚いた。
ま、その辺は王国の一地方領の兵士なので仕方がないか。
聞けば先の魔王の襲来以来、国家規模の戦争は起きていないと言う話だしね。
「まぁ……そもそもが荷物持ちで頼んだ連中だし、どうでも良いけどねぇ」
そんな事を呟きながら、廃墟と化した村から集めた食材で作った謎の料理を平らげる。
適当に作った割には中々に美味い。
ここだけの話、摩耶さんの手料理より断然に美味い。
ま、あれは料理ではないと思うが。
ふと顔を上げると、村の広場では遺体が集められ、夜の帳を焦がす勢いで盛大に火葬されていた。
この村に何人住んでいたのかは知らないけど、遺体の数はかなり多い。
魔王軍に扮した王国軍も、さぞ大変だったろうに。
「さて…」
地べたに座り込んでいる俺は、元は村長宅であったであろう巨大な瓦礫の山から見つけた近隣の地図に目を落す。
「ここから少し進むと、スワイザー……って読むのか?その男爵領か。街道に沿って幾つか村と街があって……更にその先は王国直轄領と。砦が一つと大きな街があって、んで王都に至ると……なるほど」
「このまま道に沿って進めばエエんやな」
胡坐を掻いている俺の股座に座り込んでいる黒兵衛が、自分の肉球を舐めながら言った。
「そーゆーこった。基本的に一本道だ」
「で、そのスワ何とかって言う男爵は、どないヤツや?カーチャの姉ちゃんに何か聞いたか?」
「ふにゃ?聞いてないし、何も聞く必要はないぞ?」
俺はそう言って黒兵衛のゴツゴツとした頭を撫でる。
「その男爵がどう言う奴であれ、王国軍を通したんだ。それだけで罪だ。何しろ街道の先はカーチャ嬢の領土に通じているんだしな。少し考えれば、何が起きるかは想像が付くだろうに」
「王国軍に逆らえなかったとちゃうんか?」
「かもな。でもそれなら、密かにカーチャ嬢に知らせるぐらいは出来た筈だろ?男爵はそれもしなかった。つまりは……ま、そーゆーこった」
「あ~……単に姉ちゃんが社交界で嫌われてるだけかも」
「嫌われていると言うより、腫れ物扱いだな。根っからの王国貴族とは成り立ちが違うし」
俺は地図を折り畳み、懐に入れる。
と、その件のお嬢様がお供の若い兄ちゃん二人を連れて近付いて来た。
そして俺の前で片膝を付き頭を垂れると、
「魔王殿。少しお話があるのですが……宜しいでしょうか」
僅かに緊張気味の声で話し掛けてきた。
話?なんでしょうかねぇ?
俺は小さく頷き、声色を変えながら、
「ふむ……何かな辺境伯代行殿?」
「は、ここより先の道についてですが……」
「ん?街道を進めば王都に辿り着く筈だが?」
もしかして近道でもあるのかな?
だったら楽だけど……あ、でも食料的な問題があるしな。
やはりこのまま道形に進んで、途中の村や街で食料を補給した方が良いと思うんだが……
ま、補給じゃなくて略奪になっちゃうけど。
「確かにその通りですが、ここから少し進むとスワイザー男爵の領地となります。男爵はタウル王家とも縁が深く、もし仮に魔王殿の存在が明るみに出ますと、些か不味い展開になると思われます」
拙い展開?
何がだ?
「で、どうせよと?」
「は。王都を目指すと言うのであれば、少々遠回りになりますが、街道を外れて男爵領を迂回した方が結果的には早く着く事が出来るかと……」
迂回?
何言ってんだ、このお嬢ちゃんは?
俺は眉を寄せながら、股座で丸くなっている黒兵衛と顔を見合わせる。
我が相棒の馬鹿猫は大欠伸を溢し、目を細めて
「あぁ゛?なに迂遠なことを言うとんのや。寝惚けとんのか?」
ちょっぴりドスの効いた声でそう言った。
相変わらずヤクザな猫である。
「ッ!?」
カーチャ嬢は目を大きく見開き、僅かに口を開けながら俺の股座にいる黒兵衛を凝視している。
……
いや、股間周辺を真剣に見つめられても困るんじゃが……恥ずかしいと同時に、なにかこう妙な性癖が芽生えちゃうじゃないか。
ちなみにお供の若い兄ちゃん達は、何故かカタカタと震えていた。
ん?んん?何をそんなに驚いて……あぁ、そうか。
と、心の中で手を打つ僕チン。
黒兵衛が面と向かって喋ってるのを見るのは初めてか。
そりゃ驚くわな。
何しろ見た目はまんま猫だし。
その黒兵衛は尻尾を左右に揺らし、
「何で魔王がコソコソ隠れなきゃならんのや?そもそも拙い展開ってなんや?軍隊が出てくるってか?言うとくけどな、コイツが本気出したらこの大陸の半分は瞬時に吹き飛ぶんやで。王国がナンボのモンか知らんけど、コイツに勝てるわけないやろうが」
まぁ…な。
ただ、やり過ぎると酒井さんからお説教喰らうからなぁ……
「ふ、そう言うことだ、辺境伯代行殿。我はこのまま街道を進む。我の正体が明らかになろうが、そんな事は知らん」
むしろ恐怖でパニックになった方が面白いじゃんか。
「か、畏まりました」
「あぁ……それとだが、目に付く村や街は全て消し飛ばすからな。もちろん、食料を確保してからだが」
「ッ!?そ、それは……どのような意味でしょうか?」
「ん?そのままだが?街道沿いにある都市は全て消滅させる。我の敵だからな」
「さ…ささ、さすがにそれはやり過ぎではないでしょうか?タウル王家に非があるのは確かですが、領民達には何の罪も……」
「その台詞、生き残ったこの村の連中の前で言えるか?」
「ッ!?」
「辺境伯代行殿は、頭の回転は早いが……些か経験不足だな。領主としての自覚が足らん。そもそも封建領主にとって他国の領民の事など二の次三の次の事だ。征服目的で侵攻するのならともかくだが、それでもある程度は見せしめの為の虐殺を行う事はある。そもそも自国の領民が虐殺されて、報復措置を取らない領主と言うのは些かどうかと思うぞ」
「で、ですが……報復は報復を生み、その恨みはやがて自分達の子孫にも返って……」
「だから恨みを残さぬように、徹底的にやる。……皆殺しだ。全員死ねば、恨みも残るまい」
「……」
カーチャ嬢は声も無し。
顔面蒼白状態だ。
「ふ……それに勘違いするなよ、辺境伯代行殿。我は慈悲深き君主ではない。魔王だ」
そう言って俺は、話は終わりだと言わんばかりに手を振った。
カーチャ嬢は項垂れるように一礼し、そのまま無言で去って行く。
その足取りは重く、フラフラとして覚束無い。
ふむ……ちょっと刺激が強過ぎたかな?
「なんや、優し過ぎるっちゅうか、随分と甘い姉ちゃんやな」
黒兵衛が溜息混じりに呟いた。
「だから王国に付け込まれたのかも。ま、単純に慣れてないんだろ……こう言う事に。平和な時代ならさぞ立派な領主になったと思うが……」
「歴史的に名君や英雄と呼ばれる連中は、その陰で少なからず虐殺行為を行ってるモンなんやけどな」
「優しいだけの領主では国は守れんと言うことだ。特に戦乱の最中ではな」
「その戦乱を引き起こしてるのは自分やけどな」