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ネズミイルカの唄


 魔王軍駐屯地である旧マゴスより東へ馬クンで約二時間の所にあるノイエルと言う中規模の街に、俺は黒兵衛をお供にやって来ていた。

ま、特に意味は無い。

気分転換アンド兼敵情視察……ま、ただの散歩と言った所だ。

この辺りはダーヤ・タウル王国の直轄領ではなく、何とか辺境伯とやらが治める地域だそうだ。

詳しくは知らん。


「しかしまぁ……ん~……ちと予想外ですな」

郊外にある森でタコ助から降り、ブラブラと徒歩でやって来たのだが……街はかなり賑わっていた。

いや、一応の報告は受け取っていたが、正直ここまでとは……


街は活気に満ち溢れている。

直ぐ傍に魔王軍が駐留しているにも関わらずだ。

通常なら、住民の殆どは逃げ出している筈なのに、さに非ず。

普通に生活している。

更に評議国から逃げ込んできた難民の類もそこそこ多いし、傭兵だろうか、はたまた名を上げようとしている遊歴の騎士だろうか、武装した集団もチラホラと見受けられる。

しかしその割には、特に防衛の為に何かしていると言う様子は全く見受けられない。

土塁や石塁、馬防柵などの類も設置しておらず、街には普通に入る事が出来た。


「危機管理が欠如しているのか?はたまた恐怖心が無いとか?……何か薬物でもキメているのかな?」


「分からん」

肩に乗っている黒兵衛が耳元で囁いた。

「せやけど、領主に人気があるって言うのは、分かったな」


「その通りだ」

この状況下でさして混乱も起きず、また逃げ出す住民がいないと言う事は、それだけここの領主が信頼されていると言う証だ。

それに街を注意深く見れば、人間のみならず数多の種族が共存している上、特に差別なども見受けられない。

「中々の傑物って事か。うぅ~む……出来れば傘下に加えたいな。たたでさえ人材不足なんだし」


「せやな。けど、難しいとちゃうんか?」


「いや、そうでも無いと思うぞ。辺境伯と言う称号は独立性の高い称号だ。大抵の場合は旧王族とかさ、元々その地を治めていた国が降伏したり従属したり……要は普通の貴族とは違い、国王も無碍には出来ないちょっぴり腫れ物扱いなヤツに与えられる称号だ。この辺りの歴史に詳しくはないけど、元は別の王国でもあったんじゃないかな」


「だからいつでもダーヤ・タウルから独立できると言う事かいな」


「今でも半分独立している様なモンだと思うぞ。辺境領と言うのは言わば王国内独立国だ」

俺は懐からこの辺りの地図を取り出し、視線を落とす。

相変わらず、距離感が全く掴めないイラスト的な地図だ。

「ん~……この街から更に東へ馬クンで半日ぐらい……かな?そこにレダルパって言うちょっと大きな都市があるな。辺境伯の領主館があるみたいだ。そこへ行って色々と話を聞いてみたいが……」


「そない簡単には会えんやろ。それに今からやと一泊は確定や。また酒井の姉ちゃんに怒られるで」


「だよね。んじゃ、取り敢えずこの街で色々と聞いてみるか。小腹も減ったし」

と言うわけで、黒兵衛と供に街をブラブラと散策しつつ、武器屋や道具屋で情報収集した後、場末の定食屋のような店で小休止。

人間世界だと基本的に動物は料理屋には入れないが、この世界では特に何も言われない。

ま、動物みたいな種族も多いからね。


俺は黒パンのサンドウィッチを齧り、ミルク的な飲料の入った皿をベロベロ舐めている黒兵衛を見つめながら言う。

「しかし何だ……カーチャ嬢だったか?今ここに来ている領主代行のお嬢様。名前からして肝っ玉カーチャンみたいな女の子なのかなぁ」


「何を言うとんのやお前は?」

黒兵衛は皿から顔を上げ、呆れた目で俺を見た。

「話を聞くと、若く才気溢れるお姫様って話やないか。そもそもカーチャって、どこかロシア的な気品ある名前やぞ」


「ロシア的と言われても、異世界の魔王である僕チンには分からないで御座るよニンニン」


「異世界の魔王がカーチャンって言う方がおかしいで。ホンマにこのボケは……」


「わははは」

俺は笑いながら芥子の効いたサンドウィッチをもう一齧りしつ、頭の中で集めた情報を整理する。


先ずこの辺りは、ロードタニヤ辺境伯領と言う事だ。

俺の予想した通り、昔は小さいながらも独立した国であった。

現在の東方三王国が誕生する過程の戦乱の中で、このダーヤ・タウルに併合されたらしい。

現領主は……名前はちと忘れた。

元々病弱で、二年ほど前から床に伏せっていると言う話だ。

そしてそんな病人領主の代わりに領地を治めているのが、一人娘のカーチャだ。

黒兵衛も言ったが、才気溢れる活発な女性と言うことだ。

ぶっちゃけ、僕チンの苦手なタイプの女である。

才能が有るのは良い。

ただ活発と言うと、やはり勝気とか男勝りな性格をイメージして……どうにも、故郷の四大国のアマゾネスどもを思い出してしまうのだ。

ま、それはともかく、そのお嬢さんは今、この街に滞在している。

何でも定期的に領内の街や村を巡回しており、ここへは二日前に到着したそうだ。

この街にある下屋敷にて、街の代表者等から話を聞いたりしているらしい。

なるほど。

その辺の屋敷で畏まっているだけの貴族の御令嬢とは、出来がかなり違う。


「あのお喋り好きな道具屋の親父の話だと、防衛策を取らないのは魔王軍を刺激しない為って事だったよな。そもそもこの地方に魔王軍が攻めて来ることは無いって判断したとか……」


「攻めて来たらレダルパへ逃げ込めとも言うてたな」


「……中々の戦略眼だ」

素直に感心だ。

確かにカーチャ嬢の推測通り、魔王軍はここには来ない。

侵攻ルートからも外れているし、そもそも辺境地を攻めるメリットが無い。

むしろ兵を割く分、デメリットの方が大きい。

ただ、下手に軍備を整えていたりしたら、後顧の憂いを無くすと言う意味でも一軍を派遣したかも知れないが……ふむ、それを見越して、敢えて街を無防備状態にしているのかな?

それに、領民に余計な緊張感を持たせないと言う意味もあるのかも。

「ん~……会ってみたいなぁ」


「アポも取らずにいきなり会えるわけないやろ。領主の娘やで?その辺の町内会長のおっちゃんに会いに行くのとはワケが違うで」


「……ま、そりゃそうか。しかし魔王軍に対して特に敵意は無さそうだし……ここは使者でも送って反応を見るか」


「せやな。上手く行けば友好国になるかも知れへんしな」


「そこまでは期待しないよ。辺境領とは言え、一応はダーヤ・タウルと言う国家に属しているワケだしな。ただ領主として中立を守ってくれるなら、それで良しだ」

俺は残りのサンドウィッチを頬張り、それをミルクティー的な飲料で流し込んだ。

「ふぃぃ……腹も膨れたし、ボチボチ帰るとしますか」


「せやな。帰りが遅うなると、また酒井の姉ちゃんに怒られるさかいな」


「ん~……何かお土産でも買ってった方が良いかなぁ」

そんな事を呟きながらテーブルの上にコインを置き、俺達は店を出る。

そして帰ろうと足を街の外へ向けた瞬間、

「ん…」

脳内に小さな警告音が鳴った。


「なんや?どないしたん?」

肩に乗っている黒兵衛が、不思議そうな顔で俺の横顔を見つめる。


ふむ……

「ん~……やっぱカーチャ嬢を一目だけでも見ようか」


「は?どないしたんや急に?腹でも痛くなったんか?」


「や、俺の直感アビリティが、帰る前に一目だけでも見ておいた方が良いんじゃね、と囁いてな。ま、それほど強い警告じゃないから、どっちでも良いとは思うんだが……黒兵衛はどう思う?」


「好きにしたらエエがな。せやけど、猫的に言わせて貰えば、直感は信じた方がエエで。それにここまで来て手ぶらで帰るのはチトなぁ……」


「そうだな。怒られた時の言い訳にもなるし、そのカーチャ嬢を見るだけ見てみますか」


「で、どないするんや?街を訪れただけの一般人に会ってくれるとは思わへんで」


「ん~……支配系魔法を使って強引にアポを取ると言う方法もあるけど……ここは不可視知魔法で透明になって、それとなく観察してみようか?その方が素の状態を見る事が出来るからな」


「忍び込んで覗き見するんやな」


「犯罪的に言うな」



酒井さん謹製の符に俺様が効果を足したコラボ術札を使い、俺と黒兵衛は完全不可視知状態で、この街の領主の下屋敷へと来ていた。

下屋敷とは言え、そこはそれ、領主館と言うぐらいだから他の建築物と比べてもワンランク上の豪華さがある。


「ふむ……石壁にちょっと大きな門。護衛の騎士連中の溜まり場もあるし、小さいながらも堀もあると。緊急時には取り敢えずだけど時間稼ぎの防衛は出来るって所か」

俺は浮遊魔法で宙に浮かびながら、屋敷全体を鳥瞰していた。

「先ずは中庭に降りてみるか」


「せやな」

と肩に乗っている黒兵衛。

不可視知の効果で本来なら互いに姿を見えなければ声も認識できない筈だが、密着している状態なのでその辺は問題ない。

「丁度、その嬢ちゃんがおるで。何してんのやろ?」


「剣の練習か?」

庭に降り立ち、そのままブラブラと近付く。

カーチャ嬢と見られる女性が、皮の胸当てを装着しながら剣を振り回していた。

短い栗色の髪に、少年を思わせるような童顔。

才気溢れる姫様、と道具屋の親父が言っていたので、もっとこう知的な大人の女性をイメージしていたのだが、全然に違った。

歳の頃は、二十歳を少し超えた所だろうか……

予想通り、苦手なタイプだ。

雰囲気が俺のトラウマの要因となった暴れん坊姫様どもに似ている。


黒兵衛も少し呆けた様な声で、

「イメージとちゃうな。才気溢れるって言うより、腕白って言った所やで」


「そうだな。ふむ……知的でクール、って言う感じはしないな。でも、やっぱ頭はそれなりに良いみたいだぞ。目の輝きで大体分かる。ただ……いざと言う時は、感情で動く傾向が強いかもね」


「せやな。少し体育会系の匂いがするしな」


「……益々苦手なタイプだ」

俺は頭を掻きながら視線を動かし、剣を振っているカーチャ嬢の近くに侍っている連中を見やる。

白髪の枯れた爺さんに、髭を生やした厳つい顔の戦士。

それと少し離れて若い騎士見習いと言った所の男が二人と、メイドらしき姉ちゃんが数人、立っていた。


黒兵衛が髭を動かしながら目を細め、

「あの爺さんは、執事やな。カーチャ嬢を孫のように可愛がっている爺さんや。で、あの髭のおっちゃんは、おそらく護衛隊長やな。顔は怖いけど、目は優しい感じや。忠誠心もかなりあるで。若いのは見習い戦士か騎士やな。あの嬢ちゃん対し、忠誠心と同じぐらいの恋心抱いているで。メイドの姉ちゃん達も、嬢ちゃんに対してかなり忠誠心が高い感じやな。ウチの親衛隊みたいや」


「少し見ただけで、そこまで分かるのか?」


「ワテは猫やし、観察力は高いんや。余程の演技で自分を偽ってるんならともかく、素の状態やと初見で大体の為人ひととなりは分かるで。初めて会った猫に妙に懐かれる人間もおれば、いきなり威嚇される人間もおるやろ?あれはそーゆーこっちゃ」


「ほほぅ、そうなのか…」


「とは言え、あくまでも表面上のイメージからの推測やけどな。心の奥底は長く付き合わんと分からへん。実際、イメージとは真逆の人間もおるしな」


「ま、そりゃそうだ。ちなみに尋ねるが、俺と初めて会った時はどう思った?」


「超へタレやと思うたわ」


「なるほど。お前の観察力はあまり当てにならないですな」


「……むっちゃ精度は高いと思うんやけどな」

黒兵衛はそう言って鼻を鳴らすと、俺の頬をトントンと前足で叩いた。

「で、どうや?あの姫姉ちゃんとは友好関係が築けそうか?」


「それはまだ分からん」

俺は素直に答えた。

「今の所は魔王軍と事を構えるつもりはないようだが……それはあくまでも領民を守る為だろ?個人的には、魔王に対して何か恨みでも持っているのかも知れん」


「せやな。人類系種族と亜人種や魔族種は長いこと争っているみたいやしな」


「ただ、もし仮にそうだとしても、現状は私より公を優先させているって事だろ?ならある程度は話が出来るかな」

俺はそう言って、領主の娘を見つめた。

カーチャ嬢はブンブンと威勢良く剣を振り回してはいるが、レベル的にはちょっと……まぁ、嗜み程度だ。

剣の型も敵を倒したり誰かを守ったりと言う物ではなく、これは自衛の為の型だ。


ふむ……最低限、自分の身は自分で守れる程度には練習しよう……って所かな?

領主の娘とは言え、その辺の努力は怠らないと……いやはや、真面目な性格だねぇ。


ちなみに控えている執事の爺さんやメイドさん達は論外として、若い兄ちゃん達もあまり腕は宜しくない感じだ。

気配や立ち方で分かる。

それなりに強そうなのは、戦士長らしき髭のオッチャンだけだ。

それでも圧倒的な力は感じられない。

思うに、個人的武勇より兵を指揮する方面の能力が高いのだろう。

士気を鼓舞する系のスキルとかを持っているのかも知れん。


「……良し。観察も終わったし、ボチボチ帰るか黒兵衛?」


「それはエエけど……実際に見た感想はどないや?」


「苦手なタイプだ。真面目だし気は強そうで活発で頭まで良さげで……今まで見た人間の貴族の中では、一番まともだ」

俺は笑いながら黒兵衛の頭をゴシゴシと荒く撫でた。

が、当の黒猫は耳を伏せ、何やら難しい顔をしている。


「……どうした?」


「や、ちと遠いけど何や音が……」


「音?」

耳を澄ますが、特に何も聞こえない。

危険察知スキルにも反応は無し。

ただ、猫族ならではの耳の良さで、何かを探知したのかも。

「ふむ…」

暫くそのまま耳に意識を集中してみる。

と、風に乗り、微かに何か音が響いてきた。

カンカンカン……と小さな鐘の音だ。

方角からして……南か。

更にもう暫くすると、今度は悲鳴らしきモノも聞こえてきた。

今度は西の方角からだ。


「火事でも起きたかにゃ?」

カーチャ嬢も剣を振る腕を止め、手の甲で汗を拭いながら、音がする方向を注視している。

やがて、段々と音が大きくなって来た。

微かではあるが、悲鳴に混じり怒号や何か破壊する音も聞こえてくる。


戦士長のおっちゃんが、若い兄ちゃん達に何か指示を出していた。

様子を見て来いとでも言ったのか、兄ちゃん達が慌てて駆け出して行くが、それと入れ違いに、半鎧を着込んだ兵士が顔面蒼白で駆け寄って来た。

そして荒い息を吐きながらも、恭しく膝を着き頭を垂れるが、カーチャ嬢は凛とした声で、

「挨拶無用。要件だけを言え」


「は。そ、それが……ま、魔王軍の急襲です!!このノイエルに魔王軍が攻めて来ました!!」


俺は黒兵衛と顔を見合わせ、

「はへ?」

思わず素っ頓狂な声を上げたのだった。







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