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発動、電気羊作戦


 リーネアは集めて来た木の枝を折り、目の前の小さな焚き火にくべた。

この辺りは寒く乾燥しているので、点き易いし良く燃える。

洞窟へと目をやるが、あれから特に何の変化も無い。

とは言っても時間的にまだ三十分も経っていないが。


「でも、何でシン殿はいきなり勇者について調べようと思ったのかしら」

リーネアが何気にそう呟くと、パチパチと音を立てて燃える焚き火を無言で見つめていたヤマダが顔を上げ、

「先のデュラハンに遭い、過去の勇者について色々と聞いたからじゃないか」

そう答えた。

と、火の近くで毛繕いをしていた黒兵衛が眠そうな表情のまま口を開く。

「ま、単なる思い付きや。あんま深い意味はあらへんで?ウチの魔王は好奇心の塊みたいな男やからな。そもそも、いきなりやないで?前々から勇者の存在について、ちょっと懐疑的な所があったんや。それを確かめたいんやな」


「懐疑的なところ?」


「せや」

黒兵衛が大きく背を伸ばす。

その辺の仕草はまんま猫だ。

「最初に会うた時からな、ちょいと気になってたんや。勇者ってモンに。ワテ等がこの世界に来た時、丁度リーネアの姉ちゃん達がエリウの姉ちゃんと戦っている時でな。暫くそれを眺めてたんやで」


「あら、そうだったの」

リーネアの脳裏にエリウと戦った時の様子が描かれるが、あまり鮮明ではない。

まだ高が一年ほど前なのだが、シングの登場が強烈だった所為か、エリウとの戦闘の記憶は色褪せてしまっている。


「で、あのボンクラ勇者の戦い振りを見て……ちょっとアレかな、と思うたんや。ウチの魔王なんか最初、劇とか芝居の練習かと思うて、他に人が居らんか探したぐらいや」


「一応、本気で戦っていたんだけど……」

リーネアは少し唇を尖らした。

ヤマダも眉間に皺を寄せ、

「シン殿から見れば、さぞ不甲斐ない戦いをしていると思っただろうな」


「まぁ……そりゃな。それで、あの未熟な兄ちゃんに疑問を持ったワケなんやが……」


「確かにオーティスはまだまだ未熟だけど……今は違うの?」


「せや。調べて行く内にな、どうもあの兄ちゃんだけやなく、勇者の存在そのものが怪しゅうなって来てな。なぁ、ヤマダのオッチャンにリーネアの姉ちゃん。ぶっちゃけた話、あのボンクラ勇者の親父はどないやったんや?」


「グロウティスのこと?」


「せや。強い、っちゅうのは分かっとる。せやけどそれは、あのボンクラよりもって事やろ?正直な話、『勇者』として見た場合はどーなんや?これぞ勇者って言えるぐらい強かったんか?」


「それは…」

とリーネアは口を噤んだ。

実際の所、どうだったのだろう?

確かに、グロウティスは強かった。

剣も魔法も巧みに扱えた。

けど……

勇者、即ち人類種最強の者、と言われると……少し判断が難しい。

チラリと横目でヤマダを見ると、彼は目を瞑り、僅かに眉間に皺を寄せていた。


「あぁ、言わんでもエエ。その顔で何とのぅ分かったわ」

黒兵衛は笑うと、自分の前足を舐め始めた。

「強い事は強いけど、伝説に謳われるような勇者の強さは感じなかったって事やろ?まぁ、そうやろうな」


「けど黒兵衛殿。物語はくまでも物語じゃない?過分に脚色されている部分もあるわよ」

実際、誇張の類も多いと思う。

人類種は何処まで行っても人類種だ。

その強さには限度があるだろう。

「グロウティスは強かったわ。勇者として申し分ないわよ」


「せやな。けど、魔王と対一で勝てる強さではなかったやろ?」


「それは……そうだけど」

その通りだ。

グロウティスは確かに強かったが、それでも魔王と一対一では絶対に勝てない。

だから私達がいた。

しかし伝説に残っている勇者……例えばハーフエルフの勇者であるリートニアは、一人で冒険していたと書物で読んだ記憶がある。

他の伝説的勇者も然り。

逆に仲間についての話は聞いた憶えが無い。


「その程度って事やな。ま、その辺の事もあって、ウチのヘタレ魔王が勇者と言う存在について疑問を……と、そのヘタレが戻って来たわい」

黒兵衛が△耳をピクピク動かしながら洞窟に視線を動かした。

リーネアもヤダマもそれに続く。


「うぃ、ただいまぁ~と」

シングはふらりと戻って来た。

まるでちょっと散歩に出掛け、そのまま帰って来たような気軽さでだ。

怪我もしてなければ疲れた顔もしていない。

ましてや服すら乱れていない。


本当に精霊の試練をクリアーしたの?

リーネアは軽い驚きと供に、まじまじとシングを見つめた。

特に変わった所は見当たらない。

確かにシングなら余裕だとは思っていたが、それにしても早過ぎる。

勇者の試練は、文字通りの勇者……人類系種族最強にして魔王を倒せる者と言う称号を得る為の試験だ。

如何に異界の魔王とは言っても、そう容易くこなせるものだろうか。


でも、シン殿は色々と規格外だし……


シングはそのまま焚き火に近付き、ゆっくりと腰を下ろした。

そして開口一番、

「ちょっとお腹が減ったわい」

いつもの軽い口調だ。


「シン殿……」

リーネアは呆れ顔で、目の前に座る魔王を見つめる。


「いやはや、色々と分かった。まぁ、本当に……真実は小説より奇なり、とか言ったかな?」

シングはクスクスと笑う。

その彼の膝に、黒兵衛がゆっくりと乗りながら、

「で、精霊の試練っちゅうのはどやった?」


「んぁ?ワンパンで終わったわい」

シングはそう言って、自分の持ち物袋の中を漁りながら、携帯食料を取り出した。

乾燥した肉の薄切りだ。

そしてそれを齧りながら、

「パンチ一発、それで終了」


「そうなんか?えらいアッサリやな」


シングは「まぁね」と軽く肩を竦め、

「あの程度の試練なら、ウチの近衛隊や親衛隊の連中でも勇者になれるかも知れん」

そう言った。

「もちろん、リーネアとヤマダの旦那も余裕で勇者だ」


リーネアは困惑の表情を浮かべた。

ヤマダも難しい顔で、

「勇者とは……その程度の存在と?」


その通りだ。

リーネアは心の中で頷く。

自分やヤマダは強いとは思うが、人類系種族最強と呼ばれるには程遠い筈だ。

だがシングは腕を組み、少しだけ顔を上げて虚空を見つめると、

「ん~……昔はもっと違ったと思う」


「昔?」


「取り敢えず、先ずは見てくれ」

シングは干し肉を口に加えたまま立ち上がると、おもむろに左拳を胸元へと伸ばした。

そして「ん…」と少しだけ気合を入れる。

刹那、シングの拳に閃光と供に光り輝く精霊の印が現れた。

水の紋章だ。

更に右拳にも火の紋章が眩い光と供に現れ、続いて腹部と頭部に地の紋章と風の紋章が現れる。

そしてシングが右拳を空に向かって突き上げると、光り輝く紋章はそれぞれ球体となって空へと昇って行き、そこで合わさり、そして弾けるや空に巨大な紋章が描かれた。

四大精霊の印が合わさった、勇者の紋章だ。

それが遥か上空で光り輝き、そこから溢れる光がシングに降り注いでいる。


「……」

リーネアは息を飲み、それを見上げていた。

ヤマダや黒兵衛も同じく。


違う……オーティスとは全然違う……いや、グロウティスとも全く違うわ。

それは圧倒的な、聖なる力の奔流だ。

勇者とは、精霊が遣わした人類種の希望とも謂われるが、まさしく今のシングの姿がそれだ。

具現化した正義の戦士だ。

だが当の本人は魔王であり、尚且つ、

「ケレン味があり過ぎる演出だよねぇ」

そう言って苦笑を溢していた。

そして指をパチンと鳴らすと、フッと空に描かれた紋章が消えた。

シングは頭を掻き、

「まぁ、派手なだけで、そんな大した事は無い。勇者の力と言っても、俺からすればちょっぴりステータスが上昇したのと、あとは復活系魔法がスムーズに行えるように……なったのかな?と言う程度だ。まぁ、多少なりともパワーアップしたから、良しと言えば良しなんだがね」


何か考え込むように眉間に皺を寄せていたヤマダが、重々しい口調でシングに尋ねる。

「それが本来の、勇者の力と言うのか?」


「多分ね。ただ、本当の勇者はこれよりも更に強い力を得ていたんじゃないかな?俺の予想だと、今の力で本物の6~7割程度って所だね。ちなみに、あのボンクラ勇者……いや、その前もそのまた前も、本来の勇者の3割ほどしか力を得てないだろうね」

シングはまた笑いながら、再び焚き火の前に座る。

リーネアは更に困惑していた。

何を言ってるのか、正直サッパリだ。


「ち、ちょっと待ってシン殿。言ってる意味が良く分からないわ。本当の勇者とか……もしかしてオーティスは偽物の勇者って事?それにグロウティスも……」


「ん~……偽者ではない、かな?一応は精霊印の勇者様だ。ただ、なんちゅうか……グレードダウン商品と言うかエコノミークラスと言うか……模造品や海賊商品じゃないけど、出来の悪い商品だ。通常なら工場出荷段階で弾かれるレベルのね」


「……もっと分からないわ」

リーネアは素直に戸惑いをかんばせに浮かべる。


「うははは」

シングはもう一度高らかに笑うと、不意に表情を改めた。

そして焚き火越しに座るリーネアとヤマダを見つめ、滔々と語り出す。

「本当の……物語に出てくるような、それこそチートクラスの力を持つ圧倒的な勇者と言うのは、疾うの昔に絶滅していたのさ」


「絶滅?」


「そ。最後の勇者は、皆さんご存知のリートニアだ」

シングは皮袋に入った水を含み、大きく息を吐いた。

「約千五百年前、世界を大いなる災厄が襲った。ま、伝承や物語にある通りだな。この間のダンジョン探検でもその辺は分かったし。で、その災厄とやらで、実は精霊達も死滅しちゃったらしい」


「せ、精霊が?もしかして、四大精霊?」


「そう言うこと。精霊が死んだ以上、勇者は現れんわな」

シングは「ははは」と乾いた笑いを溢した。


「じゃあ……あの洞窟にいるのは?」


「精霊の残照。もしくは力の欠片。要は死んだ精霊達の魂の残りだ。それに擬似人格的なモノが宿っていてな。まぁ、色々と語ってくれたよ。お喋りと言うか会話に飢えていたみたいだったな。もっとも、千五百年前に何があったのかは、結構曖昧だったけどね」


「……あ、つまりリートニア以降の勇者は、その精霊の名残的な者達が生み出した……ってこと?」


「そう言うこと」

シングは大きく頷いた。

「勇者を生み出す筈の精霊そのものが、言い方悪いけど残りカスみたいになってるんだもん。そりゃ新しく生まれる勇者も、本物に比べたらそりゃもう……残念過ぎる出来映えの勇者になってしまうわな」


「……そうだったの」


「んで、こっからちょっと面白いんだが……精霊の欠片とかあの試練の洞窟とか……今の勇者誕生システムを作ったのは、あの伝説の魔王ベルセバンなんだよ、これが」


「え…」

リーネアは思わず絶句する。

ヤマダも大きく目を見開き、シングを見つめていた。


「いやはや、ビックリだねぇ。勇者リートニアとの間に何か約束でも合ったのか、はたまた勇者の存在しない世界に色々と思う所があったのか、その辺は分からん。が、魔王ベルセバンは死んでしまった精霊の欠片を集め、それに力を与えた後にあのダンジョンを造ったらしい。いやはや、男気溢れる魔王じゃないか。考えてみれば、勇者がいなければ世界なんかあっと言う間に征服出来たのにね。だが魔王ベルセバンは、それをしなかった。ホント、中々の魔王だねぇ」


「それって……本当の話?」

魔王を倒す事が出来る勇者を、魔王自らが生み出すようにしていたって……そんな事があるの?


「本当だ。精霊がそう語っていた。本来なら消え行く所を、魔王ベルセバンに力を与えられたって。……俺が思うに、その所為で魔王も弱体化したんじゃないかな。だってさ、リートニアは以降はヘナチョコ勇者しか誕生しないわけじゃん。魔王なら余裕で倒せる筈だろ?それがベルセバン以降の魔王も、勇者とどっこいな弱っちい存在になっちゃったワケで……いや、もしかして魔王ベルセバンはそこまで考えていたのかも。弱い勇者が生まれるのなら、魔王も弱くなってしかるべしと」


「そう……だったの。だったら今のこの世界の在り様は、全て魔王ベルセバンが創り出したとも言えるわね」


「そうだな。魔王と勇者の力が拮抗している世界。これがベルセバンの望んだ世界だったのかも知れん。そうじゃなきゃ、この世界は千年以上前から魔王が支配している世界だ。人間種なんてとっくに絶滅しているかもな」


「……あ、だったら人間の勇者しか誕生しないってのは……」


「それがまた、ちょっとアレな話でな」

シングは腕を組み、大きく唸るように鼻から息を吐き出した。

眉間には山脈のように幾重にも皺が寄っている。

かなり難しい顔だ。

「精霊達に聞いた所、人間種だけとか言う妙な縛りは無いそうだ。どんな種族でも、試練をクリアー出来れば力を与えていたらしい。更に一時代に一人と言う制限も無いらしい。実際、同時代に何人もの勇者を誕生させた事があったと言っていた。精霊達曰く、弱い勇者しか誕生させられないのなら、数を増やそうとの事だ。量産型勇者だな。ま、数はそのまま力だし、有りと言えば有りなんだけど、それを勇者と言って良いものかと言う疑問は残るがね。それにだ、例の迷いの森や洞窟入り口の強力な封印なんかも、そんな仕掛けは作った憶えが無いと、そう言う話だ」


「じゃあやっぱり、シン殿が予測した通り人間が……と言うこと?」


「だな。精霊達も、八百年ぐらい前から急に人間しか来なくなったので不思議に思っていたらしい。しかも何十年かに一人だけだ。まぁ、当時の人間……の一部権力者の連中が、おそらくそう仕組んだのだろうな。これからの勇者は人間種のみにしようって。愚かな事だ。弱体化している勇者の数を更に減らすなんて……自分で自分の首を絞める事だとは気付かんのかねぇ。まぁ……それでも辛うじて平和を保てたのは、予想以上に魔王の力が弱くなっていたって事かな。後はパーティーの存在もあるかも」


「パーティーの存在?」


「昔の勇者ってのは、殆どが一人で魔王に挑んだそうだ。稀に仲間を伴う勇者もいたけど、それでも多くて三人までって話だ。ま、勇者に魔法使いに神官って感じの構成だろうな。それが人間のみが勇者になってからは、パーティーの頭数を多く揃える傾向が強くなったみたいだ。ま、弱い分、仲間も多くしようって事だね」


「……なるほどね。確かに昔の勇者の物語には仲間に関しての話は殆ど出て来ないわ。勇者リートニアの話にも、確か従者が一人いたって話ぐらいだったし」


「弱くなった魔王相手でも、昔と違って一対一では勇者は絶対に勝てんって事の証明だな。あのオーティスなんか、今のエリウちゃんと互角に戦うには、凄腕のパーティーメンバーが最低十人は必要だぞ」


「まぁ……エリウ殿はかなり強くなったしね。でも、オーティスも一応は試練を突破した訳だし、才能は有ると思うわ。だからもう少し鍛えれば……」


「……その事についても、精霊達に聞いてきた。いや、これが中々に……一番新しい勇者だから、良く憶えていたみたいだ。元々話し好きな精霊でな、勝手に色々と話してくれたよ」

シングは『ふふふ』と少し鼻に掛ったような笑い声を溢すと、

「そもそも勇者の試練ってのは、パーティーメンバーに助けられるのも有りなんだって」


「そ、そうなの?」

それは初耳だ。


「うん。試練に関して、特に明確なルールは無いみたいだ。まぁ、その辺は不文律として、一応は勇者がメインで挑み、メンバーの助けも最低限でって話だけど……分かるだろ?あのオーティスは、ギルメスって爺ィにかなり助けられたみたいなんだよ。精霊達も、どっちが勇者か分からんかったとか言ってたしな。下手すりゃ六対四ぐらいであの爺ィが戦っていたのかも。精霊も救援必須勇者だと言って笑っていたぞ」


「……あぁ」

話を聞くだけで、その時の戦闘光景が目に浮かぶわ。


「それにオーティスは、最年少勇者賞と最弱勇者賞もゲットしたみたいだぞ。すげぇ、三冠王だ。まぁ、最初からおかしいと思ってたんだよ。いくら勇者の息子とは言え、田舎で過ごしていた餓鬼がそう簡単に勇者と言う人類種最強の称号を得られる訳がないってな。あと、精霊達もかなりを手を抜いてたみたいだし」


「て、手を抜く?」

それって、本当に試練と言えるのかしら?


「うん。あまりにレベルが低いモンで、試練用のモンスターを弱くしたらしい。それに、今までで一番実力が無いのにやたら気合だけは入ってて、ちょっと怖くなったって。大笑いだな。それにぶっちゃけた話な、精霊達もどうでも良いやって感じだったみたいだ。何十年かに一人だけ訪れる勇者候補の人間の質も、ここ数百年はかなりレベル的に落ちて来ているって話でね。精霊達もかなりモチベーション的なモノが下がってて……もうぼちぼち店仕舞いかなって考えていたらしいぞ。実際、最後の挑戦者である俺に礼まで述べていたしね。真実を話してくれて有難うって」


「え?最後の挑戦者って……」


「分かるだろ?もうあのダンジョンに精霊はいない。入り口に強力な魔法が張ってあるだけの、中は空っぽの洞窟だ。勇者生産工場は千五百年の歴史に幕を下ろし、本日廃業しました」


「ち、ちょっと待って。じゃあ、さっきのシン殿の力は……」


「精霊達を吸収して得た力だ。本人達がそうしてくれって言ったもんでな。最後の最後に最強の勇者を誕生させられたって満足していたぞ。……僕チン、一応は魔王なんだけどね」


「つまりは……もうこの世界に勇者は現れないって事?」

リーネアはヤマダと顔を見合わせた。

もしそれが事実なら、人類種の世界には驚愕が走るだろう。

いや、驚愕どころでは無い。

絶望だ。

何しろ魔王は存在するのに、勇者は存在しない。

有史以来、初めての出来事だ。


だがシングは首を横に振り、

「うんにゃ、精霊印の勇者は現れないって事だ。次からは実力で勇者を名乗るんだな。ま、その辺は仕方あるまい。勇者誕生プロセスに妙な介入をした結果だ。人間達の自業自得だな」

そう言って「へっ」と鼻を鳴らし、洞窟を見つめた。

そんな彼の膝上に乗っている黒兵衛が、欠伸を溢しながら眠そうな目で尋ねる。

「で、どないするんや?本当の事をあのボンクラ勇者に教えたるんか?」


「おいおい、俺はそこまで鬼じゃねぇーぞ」

シングは困った顔で黒兵衛の頭を撫でた。

「あの熱血馬鹿が、多少なりとも何かを知っていて勇者になったのなら話は別だが、アイツは何も知らん。あのギルメスって爺ィに言われるがままに試練に挑戦し、そして勇者になったんだ。別にそれは悪い事じゃない」


「まぁ……せやな。ヘボ勇者やけど、勇者は勇者やし」


「ただ、試練は与える。精霊に成り代わり、あのボンクラには俺が試練を与えよう。先ずは手始めに……真なる勇者スティングとして、俺が表舞台に出る。ふふん、自分以外に、自分以上の勇者が現れた時、アイツはどう反応するか……勇者としてのアイデンティティを確立させる事が出来るかどうか、試してやる。ま、少々酷な言い方だが……アイツは爺ィの助けと精霊の情けで勇者と言う分不相応なクラスに就いたただの田舎の餓鬼だ。挫折して故郷に帰るのならそれもまた良し。ってか、その方が幸せかも知れん」


「……せやけど、どうやって自分、表に出るんや?どないして勇者だと世間に認知させるんや?まさかいきなり魔王軍の兵を殺すとか出来へんやろうが。エリウの姉ちゃんに怒られてまうで」


「大丈夫。その辺は考えてあるし、既に色々と手配済みだ。エリウちゃんの承諾も取ってあるし、酒井さんの許可も頂いた」


「なんや。元から考えてたんか」


「まぁな。……魔王軍と言えども、全員が俺やエリウちゃんに従順なワケじゃねぇ。粗暴で凶悪な輩も大勢いる。ま、どの世界でも数が多ければそう言うヤツは必ずいるし、そもそもそれが本来の魔王の兵なんじゃが……中には重犯罪者もいてな。営倉に閉じ込めたり既に死刑判決が出ている連中だ。そ言う輩を集めて部隊を作る」


「……なるほど。そう言う輩を使って何か悪さをさせるんやな?その時、自分が勇者として颯爽と……茶番劇やなぁ」


「ふん、どうせ死刑になる奴等だ。ならば有効に使ってやろうではないか」






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