勇者への道
件の森の前で一旦馬から降り、徒歩で近付くボクちゃん一行。
うむ、確かに怪しい。
ってか不気味だ。
好き放題、無秩序に伸びた木の枝が日光を遮り、昼だと言うのに物凄く暗く陰鬱とした雰囲気が漂っている。
何か得体の知れない化け物が潜んでいそうな、そんな気さえしてくる。
勇者や精霊云々の事が無くても、普通に近付くのを躊躇うような森だ。
しかしながら、意図的にこうした森が造られた、と言う感じはしない。
あくまでも自然の産物だ。
長年、森などを探検して来た俺には何となくだが分かる。
偶々、自然の営みの中でこんな不気味な森が形成されただけのようだ。
ふむ…
もう少し近付くと、肩に乗っている黒兵衛が、
「おい魔王」
と声を掛けてきた。
「分かってる」
俺は黒兵衛の痩せた頭を撫でる。
相変わらずこの馬鹿猫は、感知能力だけは凄い。
「パッシブスキルに魔力を探知した。つまり、第三者の介入があるってことだ」
更に分析スキルも自動的に発動する。
「ふむ……森全体に掛けられているな。構成は地に風……闇に時が少しと。幻惑系の魔法だな。このまま森の中へ入ると間違いなく方向感覚を失うぞ」
俺は手を水平に振り、
「深遠看破」
掛けられた魔法はそのままだが、此方には害が及ばないように特殊な魔法を展開させた。
「ん、これでオッケーと」
直ぐ後ろを歩いていたリーネアが首を傾げ、
「どう言う事、シン殿?」
「何者かがこの森に魔法を掛けた。幻惑魔法だ。しかもかなり強力なヤツ。魔法耐性が余程高いか、防御魔法が無ければ突破出来んレベルだ。一般人なら確実に掛るな。ただ、脅威ではない。単純に道に迷う程度だ。ちなみに森は天然だ。偶々、不気味な感じに育っただけだな。……山間だし、気候とかが関係しているのかも」
「そうなの?じゃあ精霊の加護とか言う話は……」
「後付の話だな。この森に近付かない様に誰かが流布したか、はたまた危険だし気味が悪い森だから、何時の間にかそう言う話が出来上がったのか……どちらにしろ、精霊云々は全く関係が無い。あくまでも、何者かが魔法を掛けただけだ。……多分、人間の魔法使いだな」
「試練の洞窟へ行かせない様にする為ってこと?でも何で人間が……」
リーネアが眉間に皺を寄せながら、目の前の森を見つめる。
と、黒兵衛が欠伸を溢しながら、
「そらアレやないか?人間ってのは強欲やからな。勇者ってブランドを独り占めにしたかったんやないか?」
「俺もそう思う。現に人間の勇者しか誕生してないからな。前に気になって参謀達に昔の勇者についての資料を調べさせたんだが……八百年ほど前から勇者は人間種からしか誕生してない。それ以前は他の種族出身の勇者もいたそうだ。まぁ、資料が曖昧で詳しくは分からんかったけど……あのデュラハンの言ってた通り、勇者は特に人間だけって言う縛りは無かったみたいなんだよ。ふふ……人間種からしか誕生しない勇者と、あの村が出来た時期と……何故か符合するよね」
「じゃあやっぱり意図的に……」
リーネアが綺麗な指を顎に掛けながら小さく唸る。
ヤマダの旦那は腕を組み、
「一体、何者が……いや、それよりも、ギルメスはその事を知っていたのではないか?オーティスが試練の洞窟へ赴く時、某やリーネアは村に残っているようにと言ったのは彼だ」
「でも、ギルメスはグロウティスが勇者になる為の試練にも立ち会ったワケでしょ?それでこの森の事も知っていて、危険だから敢えて私達を置いていったとも考えられるわ」
「だったら尚更、某達を同行させたのでは?当時のオーティスはまだまだ未熟だったし、色々と危ない面もあったからな。だが、ギルメスは某達を同行させなかった。某はともかく、エルフであるリーネアには色々と知られたくない事があったのではないか?」
「……」
「ヤマダの旦那の言う通りだな。あの爺ィは何かを知っていたのか、はたまた途中で悟ったのか……ま、俺があっさりマイルドに殺しちゃったから真相は分からんけどな。……生きてりゃ魔法と物理で無理矢理に白状させたんだがねぇ。うぅ~ん、残念だ」
「シン殿…」
「ま、良いや。それよりも先に進もうぜ。取り敢えず俺達に魔法は通じないようにしたからね」
★
再び馬クンに跨り、森の中を進むボクちゃん達。
薄暗く、寒いし木々の揺れる音ぐらいしかしないし、中々に不気味で何だか物悲しい気分になる。
だが、それだけだ。
特に害は無いし、強力な敵性魔獣が潜んでいると言う事も無い。
子供用肝試しコースにはピッタリな森だ。
「ここを抜けると試練の洞窟って話だったな。そう言えばさぁ……あのボンクラ勇者は、その試練とやらを突破して勇者になったんだろ?具体的には何をしたんだ?何か聞いてるか?」
もしもパズルとかクイズだったら、ビックリするぞ。
しかもこの世界の常識を基にしたクイズだったら……『五代前の勇者の出身地は何処?』なんて言う問題を出された日には、間違いなくその試練は突破できん。
「確か……それぞれの精霊が用意したモンスターを倒して行くとか聞いたわ」
と馬上のリーネア。
ヤマダもそれに続き、
「そのモンスターを倒すと、それぞれの精霊が力を授けてくれるらしい。そしてその力を使ったりしながら次のモンスターをまた倒すと。どの精霊が用意したモンスターを先に倒して行くのか、その順番が大切だとかオーティスは言っていたな」
「ほへぇ……なるほど。地水火風、それぞれの精霊が用意したモンスターを一匹ずつ倒して、その基となる力を手に入れると。水の精霊のモンスターを倒して、水の力を手に入れたら次に火のモンスターに挑むとか……そんな感じか」
って、あれ?
何かそんなシステムのアクションゲームを、人間界でプレイした経験があるぞ?
倒したボスの力を手に入れて、次のステージへと進んで行くヤツ。
あれも順番が非常に重要だった記憶が……
「ふ~ん……面白いね。で、あのダメ勇者は攻略にどのくらいの時間が掛ったんだ?」
リーネアがヤマダと顔を見合わせ、
「一日だったと、記憶しているわ。次の日に村に戻って来たから」
「たかだが四匹のモンスターを倒すのに一日も掛ったのか?俺なら多分、三十分も掛らんぞ」
タイムアタックを目指すのなら、十五分でクリアー出来るかも。
初見だけど。
「しかし益々胡散臭くなってきたな。勇者は血統じゃない筈だろ?勇者の試練ってのは、田舎の餓鬼が挑んでもクリアー出来る程度のモンなのか?そりゃ確かに、あの馬鹿はそれなりに腕は立つかも知れんし、魔法もそこそこ使えるかも知れん。が、あくまでもそれは年齢の割にはだ。世界を見渡せば、もっと強い奴は大勢いる。現にヤマダの旦那の剣の技量は、あのボンクラ以上だ。それに種族を限定しなければ、剣も魔法もあれ以上の使い手は一個師団以上の数はいるだろう。そうは思わないか?」
「……そうね」
リーネアが渋い顔をする。
「そこまで深く考えた事はなかったわ」
「本当にあのダメ勇者が独りで挑んだのか?もしそうなら、どれだけ温い試練なんだよ……ちょっと腕が立つだけの餓鬼でもクリアー出来る試験って」
「でもシン殿。試練を受ける為にはこの森を抜けないとダメなんでしょ?ここを抜けるのは難しいって……」
「だから怪しいんだよ。確かに知らなきゃ、この森を抜けるのは非常に厳しい。腕に覚えがあっても初見だとほぼ不可能だ。が、知っていれば余裕だし……待てよ?もしかしてあのギルメスって爺ィは、自分の思い通りに動く勇者が欲しくて、あのボンクラを傀儡に仕立て上げたとか?本来なら、勇者としての素質に溢れる者の登場を待つか、もしくは探し出すかする所を、敢えて先代勇者の息子ってだけであの熱血馬鹿を……ふ~む、有り得るな」
「考え過ぎじゃない?」
「かも知れん。が、怪しいのは間違いない」
そんな事を話している内に、やがて森の出口らしき場所が見えてきた。
この薄暗く陰鬱とした森とは打って変わって爽やかな陽射しが降り注いでいるのが見える。
「ふむ……抜けたか。んで、道形に進めば良いんだったな」
「山を幾つか越えたって、オーティスに聞いたわ」
「良し。んじゃ、少し駆けて行くか」
俺はそう言って、馬クンの腹を少し強めに踵で押して合図を出す。
馬クンは軽く嘶き、その足を速くした。
うぅ~ん、気持ち良いねぇ……
タコ助には悪いが、気軽に乗馬を愉しむなら、やっぱり普通の馬クンじゃないとね。
乗り物に例えると、普通の馬が乗用車だとしたら、タコ助は重戦車だしな。
★
それから小一時間ほど、周りの景色を眺めながら散策気分で馬を走らせていると、
「おっと、アレかな?」
山の中腹に、例の試練の洞窟とやらが見えてきた。
いや、洞窟って感じではない。
祠のような建物があり、石積み様式の立派な入り口も造られている。
御丁寧に何かしらの石碑まで建っていた。
洞窟と言うより、古代遺跡の入り口のようだ。
「ふむ…」
馬から降り、その場所へと近付いて行く。
石碑には当然、文字が書かれているが、古代文字らしく判読は不可能だ。
リーネアも首を捻っている。
うぅ~ん……
「なぁ魔王」
黒兵衛が俺の耳朶を前足でチョイチョイと突付いてきた。
「何や、見覚えあらへんか?」
「……俺も今、思っていた」
この文字といい、この門の造りといい……あの古代の魔王ベルセバンのダンジョンと酷似している。
「建築様式が似ているって事は、同時代に造られたのか?」
「どうやろう?」
「しかし、だとしたらおかしいな。勇者ってのは、もっと昔から存在していた筈だが……」
「入り口だけ造り直したんやないか?」
「分からん。取り敢えず入ってみるか」
小さな石段があり、そして石積みの門。
その先に、試練の洞窟とやらが口を開いている。
中は完全なる闇だ。
……
ちょっと不思議。
太陽の角度からして陽射しが差し込んでいてもおかしくない筈なのに、何故か目の前に開いている穴は完全に真っ暗なのだ。
壁に黒ペンキ等で入り口を描いただけのようにも見える。
リーネアもヤマダも怪訝そうな顔で、それを見つめていた。
「ん~……ん?魔力反応を感知した?なんじゃろう?」
結界的なモノかにゃ?
そっと手を伸ばすと……バチィッと弾ける音と供に、軽い衝撃が走る。
「うぉッ!?痛ててて…」
慌てて腕を引っ込め、手の平を自分の胸元に擦り付ける。
指先がちょっとヒリヒリとする。
見ると僅かだが皮膚が赤くなっている。
軽く火傷をしたようだ。
肩に乗っている黒兵衛が、
「何してんのや、自分…」
と少し呆れた声を上げた。
「いや、何か反応があったから、どんなんかなぁ~と思って」
「コンセントを悪戯する幼児か。危ないやっちゃのぅ」
「てへへ……」
俺は笑いながら振り返り、リーネアとヤマダに肩を竦めながら、
「結界……って言うか、入り口が魔法で封印されてるね。電撃系のバリアが張ってあるよ。しかもかなり高レベルだ」
リーネアが眉を寄せ、
「精霊の施した封印?」
「いや、どうだろう?ちょっと違う気がするなぁ」
「それで、どうするのシン殿?封印なら解除する?」
「うぅ~ん……封印とか結界の解除は、苦手なんだよ。小難しいパズルを解く感じがして。その手のヤツは酒井さんの方がエキスパートなんだけど……俺は昔から、この手の罠は強引に突破していたからな。解除と言うか破壊に近かった」
「慎重なシン殿にしては、その辺は大雑把なのね」
「俺は別に大魔導師様じゃないからね。苦手なジャンルの魔法なんて幾らでもあるよ。しかし、うぅ~ん……どうしよう?」
俺はもう一度、目の前の洞窟を見つめる。
反応からして、かなり奥深くまでこの雷撃系の障壁は続いている感じだ。
耐性がある俺でも、ちょっぴりダメージを受けるほどの魔法だ。
この世界の住人なら、間違いなく即死する。
「強引にぶち破るのは……ちょいと厳しいな」
「そうなの?」
「対抗魔法をぶつけて壊すと言う方法もあるんだけど、ダンジョンまで破壊する可能性が高いな。天然系の洞窟みたいだし、崩落や陥没する恐れもある」
俺は腕を組み、暫し唸った後に、肩から黒兵衛を降ろした。
「しゃーない。ちょっくら一人で行って来るわ。悪いけどリーネア達はここで待っててくれ」
「それは良いけど……どうやって行くの?」
「このまま突き進む」
「強力な魔法が掛けられているんでしょ?」
「大丈夫。スキルと魔法と根性があれば余裕だ」
俺は笑いながら自己に対魔法のバフを掛け、更に
「特殊スキル、酔いどれドラゴン発動」
これで完璧。
雷撃だろうが炎の中だろうが、ある程度はノーダメージで進める筈だ。
俺は足元の黒兵衛の頭を撫で、
「数時間ほどで戻って来る予定だけど、一晩経っても戻らなかったら酒井さんに連絡してくれ」
「自分、独りで大丈夫か?」
「まぁ……大丈夫だろ。軽く勇者の秘密を解き明かしてくるよ」