最近の村の一番の流行りは日光浴です
「……ここが精霊の郷か」
何の面白味も無い田舎町で一晩過ごした後、俺達は例の勇者になる為の洞窟があると言う村に来ていた。
てっきり山深い超辺境にあると思っていたのだが、普通に辿り着く事が出来た。
荒れてはいたが道もあった。
確かに幾つかの山も越えたが、それでも半日も掛らずに到着する事が出来たのだ。
ちょっぴり肩透かしな気分である。
しかし……うぅ~ん、凄いな。
なんちゅうか、精霊の郷とやらは如何にも『宗教に傾倒してまんねん』と言った感じであった。
村の中央には神殿のような建物があり、そこから扇状に家々が並んでいるが、これもまたそう言った感じの造り。
レンガや木ではなく、大理石的なモノで造られている。
しかも村人全員が、如何にも聖職者が好みそうな白を基調とした長衣を着込んでいた。
勇者を育成する郷と言うより、神官養成所みたいだ。
「う、うぅ~ん……絶対、主食は水と木の実だけって感じだね」
山々に囲まれた村にしては、やたら清潔だけど……物凄く面白く無さそう。
ってか、笑い声一つ聞こえてこないよ。
ビックリだよ。
走り回る子供さえいねぇ……
いや、少ないけどちゃんと子供はいるよ。
けど、全員が座り込んで何か壁に向かって瞑想とかしているし……
超おっかねぇよ。
肩に乗っている黒兵衛も耳元で、
「なんや、凄く怖いでぇ」
と呟いている。
「ここの連中……何が愉しくて生きているんじゃろうね」
まさか日がな一日、ああして瞑想とかしているのか?
色々と思索に耽っているのか?
……
けど、子供がいるって事は、一応ヤルことはヤっているって事だよね。
完全に禁欲ってワケではなそうだし……
うむ、良く分からん連中だ。
「ってか、何も無いよ。生活感とか殆ど感じないよ。本当に村なのか、ここは?」
家と小さな菜園らしきもの……それ以外に全く何も無い。
宿はおろか飯屋すらないよ。
……
って言うか、店その物が無い。
どうやって生活してるんだ?
村人全員が自給自足なのか?
え?もしかして石器時代?
「私も最初に来たときは驚いたわ」
リーネアが辺りを見渡し、目を細める。
「ここだけ世界から隔離されてるって言うか、時が止まってるみたい。あの時と何も変わってないわ」
ヤマダの旦那も小さく頷き、
「修行するに持って来いの場所だ」
そう呟いた。
「ただ、何の修行かはサッパリ分からんがな」
「むぅ…」
俺は辺りの景色を眺め、眉間に皺を寄せた。
怪しさ、更に倍増だ。
「どうにも……胡散臭いね、これは。予感的中かな」
「どう言う意味?」
リーネアが首を傾げた。
「確かに、ちょっと特殊な村だとは思うけど……」
「……何で人間しかいないんだ」
「え…?」
「北部の諸国は、帝国と違って人間種だけが住んでいる国じゃねぇ。多種族の国だと……いや、むしろ寒い気候もあってか、人間種は少ないと聞いた。それがこの村だけは人間のみだ」
俺は更に目を細める。
「人間は特に山を好む種族ではないし、そもそも哲学的思索に耽ったりするのが何よりも好き、と言うことも無い。むしろ逆だ。人間は自己の快楽を追い求める種族だ」
「……言われてみれば……そうね」
「確かに」
ヤマダの旦那も大きく頷いた。
そして口を少し曲げながら
「シン殿の観察眼は見事だな。言われるまで気付かなかった。しかし確かに、怪しい。人間だけが住んでる村と言うのは、この辺りでは先ず無い。人間のいない村の方が多いと言うのに」
「だろ?」
もしかして、人間の勇者しか誕生しない理由がこの辺に隠されているのかも……
そんな事を考えていると、不意に肩に乗っている黒兵衛が俺の頬を軽く叩いた。
見ると目の前から、長く白い髭を生やした如何にも『THE長老』と言った感じの爺さんが此方へ向かって歩いて来るのが目に入った。
キャリア何十年の魔法使いに見えるが、特にそう言った力は無いようだ。
魔力も何も感じない。
ただの年寄りの爺さんだ。
その爺さんはニッコリ破顔すると、
「これこれは外からのお客さんとは珍しい」
気の良い優しげな声で話し掛けて来た。
ふむ……
感じの良い笑顔に声……演技、ではないな。
根っからの善人って感じだ。
瞳を見ればおおよそは分かる。
「おぉ、誰かと思えば、勇者様のお仲間であるリーネアさんでしたか。それにヤマダさんも。いや、これはお久し振りですな」
長老らしき年寄りは、更に柔和な笑みを浮かべた。
そして俺を見つめ、
「此方の若い御仁は……初めてですな。この郷の長を務める、インノと言います」
「うぇッ!?い、陰嚢って……いや、インノさんですか。どーも初めまして、シ…スティングと言います」
魔王です、とはさすがに言えんな。
ちょっぴり反応を見てみたいけど……
言ったらこのお爺ちゃん、この場でショック死するかも知れんし。
「スティングさんですか」
「えぇ。地図師です。詳細な地図を作る為に、世界中を巡ってるんですよ」
肩に乗っている黒兵衛が『ナブゥ』と猫のフリをしながら濁声で鳴く。
「旅の途中で此方のリーネアの姐さんとヤマダの旦那と知り合いましてね。それで一緒に……旅をしてここまで来たんですよ」
「ほほぅ、それはそれは。ところで勇者オーティス様は?」
「あのボンク…あ~勇者ですか?さぁ?魔王討伐の為に彼方此方飛び回っていると聞いてますが……ふふ、どうなっている事やら」
「ほぅほぅ、そうでしたか。まだ魔王エリウを倒してないと……いや、頑張って欲しいものですな」
「確かに。ただ、真なる魔王には絶対に勝てないと思いますがね」
「真なる魔王?」
爺さんはキョトンとした顔をした。
「え?まさか御存じないと?」
俗世から隔離された感のある村だけど、そこまで情報が入ってないのか?
マジか?
いや、嘘を吐いている風にはとても見えんし……こりゃ少し予想外。
この村の全員が、何かしら勇者誕生の秘密に携わっている秘密組織の人間だと考えたりもしたが、どうも違うみたいだな。
情報に疎過ぎる。
その爺さんは何度も頷き、
「いや、初めて聞きました。何しろこの郷に他所から人が来るのは殆どありませんので……しかし真なる魔王とは何者で?なんとも恐ろしい」
「いや、そうでもないですよ?陽気で気さくな、ちょっぴりシャイな所もある魔王です。……丁度ボクちゃんみたいな感じです。はっはっは」
「はぁ……スティングさんは実に面白い方ですな」
インノ爺さんは笑顔を溢し、リーネアとヤマダを見やる。
両人とも、ちょっぴり困ったような顔をしていた。
「しかし爺さん。何でこの村には人間しかいないんですか?」
「え?それはどう言う意味ですかな?この郷の者は皆、この郷で生まれ育った者ですが……」
「……全員が先祖代々ここに?ここで生まれ、ここで死んでいったと?」
「そうですが?」
「……なるほど」
当たり前です、って顔をしているよ。
本当に、外の世界を知らないみたいだね。
下手すりゃ他種族もエルフとかドワーグぐらいしか知らなかったりして。
ふむ……凄く特殊な環境だ。
完璧に外界と遮断しているよ。
「外へ出て行ったりはしないので?」
そう尋ねると、インノ老人は微苦笑を浮かべ
「跳ねっ返りな若い者の内、何人かは外へ出て行った事もありますが、すぐに戻って来ます。外の世界は怖いと言う話で」
「……ですよね」
そりゃこんな村で育ったらねぇ。
純粋培養されたようなモンだし。
外の水は苦くて飲めんわな。
「で、この村に戻り、そのまま一生を終えると……」
「はい。毎日ここで精霊様に祈りを捧げて……それが郷の者の務めです」
「へ、へぇ…」
凄く嫌だな、そんな人生。
気が狂いそうだよ。
「ところで長老。ちょいと聞きたいんですけど……試練の洞窟って場所には誰でも行けるのですか?勇者になる為に攻略必須な試練があると言う……」
「聖地ですか?……あぁ、スティングさんは地図製作者でしたね。もちろん聖地へは行けますが、おそらくは辿り着けないかと……」
行く事は出来るのか。
これまた予想外。
てっきり何かしら理由を付けて立ち入り禁止区域にしていると思っていたが……
「辿り着けないとは?」
「聖地への道の途中に森が御座いまして、一般の方は何故か入れないと……入っても必ず迷うと言う話で。もちろん郷の者も入れません」
「ほぅ…」
結界か何かか?
「入る事が出来るのは勇者のみと?」
「勇者と言うか、精霊様の御加護を授かった者ですな。その者だけが試練の洞窟を辿り着く事が出来るのです」
「……なるほど、なるほど。つまり勇者になる為には前提条件として、精霊の加護が必要と。精霊の加護が無いものは勇者になる資格も無しと……そう言うことですね」
「そう言うことです」
「へぇ…」
精霊の加護って何だよ……知らんぞ、そんなモン。
そもそもあのボンクラ勇者に、精霊の加護なんかあるのか?
あれば今頃はもっと何とかなっているだろうに……
しかし、正直サッパリ分からん。
人間しか勇者になる事が出来ない理由と、人間しか住んでないこの辺境の村に、何かしらの因果関係があると踏んでいたのだが……どうにもこうにも、サッパリだ。
ここの連中は穏やか過ぎる。
秘密組織に属していたり何かを隠しているようには到底見えない。
もし、全てが演技だとしたら物凄いスキルだとは思うが……
「そう言えば、何で勇者は一時代に一人、しかも人間だけなんですかねぇ?」
「は?それは精霊様がお決めになった事だと聞きましたが?」
爺さんは、不思議そうな顔で俺を見つめる。
何言ってんだコイツ、的な目でだ。
「ずっと昔からそれが決まりだと……」
「そう教えられたと?」
「そうですが?」
「そうですかぁ……いや、これは色々と貴重なお話を有難う御座います。それで試練の洞窟と言うのは何処に?」
「村を出て道形に進めば着く事が出来ます」
「その途中で例の森があると……なるほど。感謝します」
ん~……取り敢えず、怪しい点は全く無いな。
爺さんもこの無菌状態の村で生まれ育った所為か、素直過ぎる感じだし……今まで人を疑った事なんか無いんだろうね。
ある意味幸せだけど、人生と言う観点から見ると不幸でもあるよね。
喜怒哀楽の欠如した昆虫のような人生じゃないか。
「ま、一応は確認しておくか」
俺は口の中で呟き、
「踊りし魂魄」
いきなり爺さん目掛けて魔法を放った。
村の長老は身体をビクンと震わせ、そのまま硬直する。
本当は魅了や支配等の精神作用系魔法で口を割らせれば早いのだが、生憎とそっち系の魔法は不得手なのだ。
加減が出来ないので効果が強過ぎちゃうのだ。
この爺さんに使えば、真実を語る前に心が破壊されてしまうだろう。
それにそもそも解除魔法を習得してないしね。
「んで、スキル『無抵抗主義』発動」
俺は硬直したまま俺を見つめる爺さんに尋ねる。
「今言ったことは全て真実か?」
「……」
爺さんは無言で頷いた。
だろうね。
やっぱり嘘は吐いていないか。
素直な人間には、この手の魔法やスキルは簡単に掛るね。
……
魔法じゃなくて普通の詐欺にも遭いそうだけど。
「ん、ありがとう爺さん。今から魔法を解除するけど、この会話は記憶から削除するように。良いね?」
「……」
爺さんはまた無言で頷く。
俺はニッコリ笑顔で、軽く指を鳴らした。
と、爺さんは再び身体を大きく振るわせると、小さく頭を振り、
「あ、いや……これは失礼。一瞬ボンヤリとしてしまいました」
そう言って、目を瞬かせていた。
★
「……いや、色々と凄かったな」
村を出て、馬クンに跨り、爺さんの言った通り道形に進むボクちゃん達一行。
「けど、おおよその事は分かった」
「そうなの?」
轡を並べているリーネアが小さく首を傾げる。
ヤマダの旦那も
「何か分かったと?シン殿の見解は?」
「ん~……もちろん、推測だけどね」
俺は前を見つめながら小さく唸る。
「あの村は、確かに何かに関わっていた。多分、人間種だけを勇者にする策略か何かにだ。そう言う意図で創られた村だと思う。……けどね、何百年も経てばそんなモン忘れるって事だ。確かあの村が出来たのが七、八百年ぐらい前って話しだったな。代が替わる毎に、その使命的な何かも形骸化し、何時の間にか精霊の教えとか村の掟とか、そんなモンに変わって行ったんじゃないかな?」
「……ありそうな話ね。特に外部から完全に隔離されてる感じだし……自分達の中で、色々と話が変わっていったのかも。シン殿の推測だと、最初は人間種しか試練の洞窟に近づけないようにしていたのに、それが何時しか精霊の加護とか言う話になったのかもね」
「しかしシン殿。未だに人間だけしかあの村に住んでないと言うのは……」
「それはあれだ。多分、数年に一度ぐらいは外部から他種族の者が迷い込んだりして来るとは思うけど、単に住み着かなかっただけじゃないかな?何しろあの生活だし」
「……そうね」
「確かに。某も、あのような生活はさすがに……」
「あそこに住めるのは、あそこで育った者か、余程気合の入った引き篭もりか精神病患者だけだ。どんな種族だろうと一週間も住めば重度の鬱になるぞ」
「せやけど魔王」
轡に乗っている黒兵衛が俺を見上げる。
「あの村、もう長くないで。あと数十年ぐらいでお仕舞いや」
「ん?そうなのか?」
「村人の数が少ないで。綺麗やったけど空き家も多かったみたいやし……多分やけど、村人全員が親戚やないか?」
「……あ、なるほど。血が濃いのか」
所謂、近親交配と言うヤツだ。
閉ざされた空間で限られた者しかいなければ、代を重ねる毎にその種は弱くなり絶滅する。
自然の摂理だ。
「外からの血が入らんと……って、誰もあそこに嫁ごうとは思えんしな。逆に村の連中を外へ出しても生きては行けんと思うし……そう考えると、実に哀れな村だな」
俺はちょっぴりやるせない溜息を吐いた。
そして何気に顔を上げ、
「ん……見えてきたか」
馬クンの進行方向に、鬱蒼とした森が見えて来た。
いや、今も森の中を歩いているのだが、目の前に広がるのはまた異質な感じの森だ。
生えている木々の種類も違う。
森精霊であるリーネアも、その綺麗な眉を顰め、
「異様な気配ね。かなり薄暗いし……嫌な感じの森」
そう呟いた。
「ふ……なるほど。郷の者も近付かん的な事を言ってたけど、見た感じが不気味過ぎる。あ、だから精霊の加護とか言う話になったのかな?ま、何にせよちょっと愉しみではあるね。何が待っているのかなぁ」