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北の国から


 主要街道から外れた裏道を、リーネアとヤマダを連れて馬で走る僕チン。

馬と言ってもいつものタコ助ではない。

あれは目立ち過ぎるし、そもそも馬ではないしね。

俺達はこの人気の無い獣道のような山道を通り、目立たぬように北部諸国へと入る予定だ。


道形に駆け足程度のペースで馬を駆っていると、鞍の上、俺の股座付近で丸くなっている黒兵衛が、「なぁ魔王。ちょっと聞きたいんやが……」

と声を掛けてきた。


「ふにゃ?なんじゃ?」


「や、今更なんやけど、どうして帰らへんのや?」


「ん?んん?何処へ?魔王城へか?」


「ちゃうで。ワテらの住んでた世界や」


「は?人間界か?」

この馬鹿猫は一体、何を言うておるのだ?


「せや」

黒兵衛は鞍の上で器用に身体を伸ばしながら

「摩耶姉ちゃん達を見つけたんや。さっさと合流して帰った方が良くないか?」


「……あのなぁ」

俺は馬鹿猫の貧相な頭をゴリゴリと撫でた。

「ここに来た当初ならそれも有りだし、確かにさっさと見つけて帰ろう的な事も言った。が、あれから既に一年だぞ?さすがに色々と関わり過ぎた。やっている事も規模が大きいしな。それを全部放り出して帰るってのは、さすがに無責任過ぎるだろう。人間界だと、立つ鳥跡は糞だらけとか言ったか?」


「跡を濁さずや。せやけど……ま、その通りやな。色々とごちゃごちゃにしてもうたしな」


「そう言うことだ。それに俺自身、まだ調べたい事とかも沢山あるし……博士も、まだまだこの世界を満喫したいと思うんだよ。この間も通信で、私の旅はこれから始まるのだ、何て事も言ってたしな」


「大丈夫かいな、あのオッチャンは。絶対、何か余計な事とかしでかすで。生来のトラブルメーカーやし……」


「さすが我が心の師匠だ」


「お前も余計な事しがちやからな。ホンマ、困ったモンやで」


「何を言うか。俺はトラブルなんか起こさないぞ?トラブルの方から勝手にやって来るのだ」

黒兵衛とそんな下らないやり取りをしつつ、俺は直ぐ後ろを走るリーネアに肩越しに振り返り、

「そろそろ国境かな?」

そう尋ねると、エルフの最強弓士は辺りを見渡しながら、

「国境はもう越えたわ。この先の山を越えると、エバニスって街が見えて来る筈よ」


「ほほぅ」

空を見上げると、既に陽は西に傾き始めている。

今日はその街で一泊した方が良いだろう。


リーネアは馬足を速め、俺の横に並ぶと

「確か、ダルシーヴァ……とか何とか言う都市国家の地方都市の一つだったかしら?その辺は憶えてないわ。何しろ北部は小さな街がたくさんあるんですもの。で、その街から更に北東ヘ向かって幾つか山を越えると……」


「精霊の洞窟があると言う村に辿り着くんだったな。……なるほど」

勇者に試練を課すと言う精霊の洞窟についてリーネアとヤマダに話を聞いたところ、良く分からないと言う事だった。

と言うのも、俺がぶち殺したギルメスと言う爺ィに連れられて、オーティスを勇者にすべく洞窟を訪れたものの、中へは入れなかったと言う話だ。

いや、中へ入る云々の前に、洞窟まで行けなかったそうだ。

精霊の郷と呼ばれる村とやらで留守番をしていたと言っていた。

何でも洞窟は聖地であり、また特殊な封印が施してあるので、勇者の仲間と言えど近付く事は云々……ってな感じだ。

ギルメスの爺ィは案内人兼その封印を解く為にオーティスに付き添ったそうだ。

……

どうにも怪しさ爆発である。

俺の直感アビリティが、胡散臭ぇ、と頭の中で訴えている。

何でリーネアとヤマダは村で留守番を?

洞窟まで行くぐらいは構わんじゃないか。

そもそもあのギルメスって爺ィは、何か裏でコソコソするのが好きみたいだしな。


「ところで魔王」


「ふにゃ?何でおじゃるかなクロちゃん?」


「クロちゃんって言うな。喉首噛み千切るぞボケが」


「おおぅ、怖い怖い。んで、どうした黒兵衛?」


「テレパスは使えるようになったか?」


「うんにゃ」

俺は小さく首を横に振った。

「どうも魔法障害……人間世界的に言うと通信障害がまだ収まってない感じだな。途切れ途切れかノイズしか入らん」


「原因はなんやろ?」


「多分あれだ。俺が難民キャンプで使った魔法。あれの余波で大気中の魔力濃度がかなり乱れたみたいだ。ま、あと数日もすれば回復するだろう」


「そう言うもんか。テレパスなんて、どない状況でも使えると思うとったわ」


「人間界だと、そもそもの魔力濃度が低いから障害が起き難いんだよ。常にフラットな状態だからな。逆に俺の世界だと、結構頻繁に起こっていたぞ。むしろテレパスなんか使わないのが普通だったな」

混線も多いし、場合によっては盗聴されたり逆探知されたりもするしね。

聞いた話だと、戦場では酒井さんの管狐に似た小型モンスターを伝令代わりに使ったりするそうだ。

後は同一種族間でしか伝わらない独特の連絡手段かな。

蟲系魔族なんかは、特殊なフェロモンで仲間と連絡を取るらしい。

ま、良く分からんがね。


「と、話していたら街が見えてきたな」

木々の間から、チラホラと家らしき物が幾つか見えてきた。

赤茶けたレンガ造りの家々だ。

「この辺りの特産はなんじゃろう?何か美味しい名物でもあるかなぁ」


「何やそら?自分、食いモンのことばっかやな」


「見知らぬ土地で見知らぬ料理を喰らう。それが旅行の醍醐味じゃね?」


「そらそうやけど、これは旅行じゃないで」


「俺からすれば、この世界は何処へ行っても観光気分だよ。……お土産買わないと、酒井さんに怒られるかな?」



エバニスと言う街は、まぁ……普通の小さな街であった。

都心からちょいと離れた何の変哲も無い郊外の街だ。

住んでいる種族はヒューマンにエルフ、ハーフリングにドワーフなど多種多様ではあるが、評議国のように獣系や鬼系、所謂亜人種の類は殆ど見掛けない。


「何かこう……陰鬱とした街だなぁ」

俺は広場を散策しながら呟いた。

北部特有の乾いた冷たい風が吹いている所為か、どことなく物寂しい雰囲気が漂っている。

待ち行く人々も肩を落とし、心なしか暗い顔ばかりだ。

リーネアも少し首を傾げながら、

「前に来たときは、もう少し活気があったと思ったんだけど……」

ちょっと困惑気味に呟いていた。


「そう?むっちゃ寂れてるぞ。時代に取り残されたって感じだ。女子供と年寄りしかおらんし……過疎化が進んでいるのかな?」


「そらアレやないか」

黒兵衛が俺の頬をプニプニしてきた。

「魔王軍が彼方此方で暴れているさかいな。それで国家総動員令でも出たんとちゃうか?」


「若い男が軍に徴兵されたと?ふ~ん……でも今の所、北部諸国は魔王軍の侵攻ルートじゃないですよ?」

そもそもこんな北の辺境地、攻め取るメリットが無いわい。


「ンなもん、向こうは知らんやろうが……次は自分達かもって勝手にビビってるんやないか。んで、取り敢えず彼方此方の街から若いモンを集めて、防御態勢だけは取っておこうと……そんな所やないか?」


「ふむ……どう思うリーネア、ヤマダ?」


「黒兵衛殿の言う通りじゃない?」

とリーネア。

ヤマダの旦那も「然り」と頷き、

「不測の事態に備えて防衛部隊などを組織しているのだろう」


「ふ~ん……素人の寄せ集めで魔王軍に勝てるとは思わんけど……こっちは攻める気なんて更々無いのにね。ご苦労なこった。ってか、よもや逆に攻めて来るって事は無いよね?」

現在魔王軍は、評議国中央部より南のダーヤ・タウルを攻める気配を見せている。

もし仮に、北部諸国が突如出撃し、南進してきたら……我が軍の後背を突かれる。

負けはしないだろうけど、それなりに被害は出るし、前線は後退せざるを得ないだろう。

作戦も大幅な修正が必要だ。


「それはさすがに無いでしょ」

リーネアが思いっ切り苦笑を溢した。

ヤマダの旦那もウンウンと頷いている。

黒兵衛も、

「そこまで馬鹿やないやろ。魔王軍が仕掛けて来たってなら話は別やけど、わざわざこっちからって……報復がどうなるか、噂ぐらいは届いているやろ」


「いや、分からんぞぅ……世の中には、いきなり突拍子もない事をしでかす輩とかいるし」


「そらお前や」


「今なら勝てる、って勝手に思い込んで勝手に突撃して来る馬鹿がいるかも知れん。一応、警戒だけはしておくように連絡するか」

って、テレパスが不調だったわい。

やれやれ、困ったね。


「せやけど、ホンマに仕掛けて来たらどないするんや?」


「どないもこないも……」

俺は寂れた街を眺めながら軽く頭を掻き、

「地図から幾つか街が消えるだけだ。やれやれ、地図業者は大忙しだな。改訂に次ぐ改訂だ」

そう言って笑っていると、何やら大きな建物が見えてきた。

屋根の上に、まるでアンテナのような奇妙なシンボルを掲げたレンガ造りの重厚な建築物だ。

「何じゃアレは?……聖堂か?」


リーネアが目を細め、

「そうよ。四大精霊を祀っているの」


「へぇ…」

この世界で宗教的な建築物は初めて見たわい。


「北部は勇者を育てる街ですからね。精霊の洞窟で試練を受け、そしてそれぞれの精霊から力を授かって勇者になるの。だからこうして四大精霊を祀っていたりするのよ」


「精霊信仰か。ふ~ん……何か弱そうな精霊だな。何しろ力を授けた勇者がアレだもんなぁ……高が知れてるな。余裕で勝てそうじゃわい」


「……シン殿なら本当に勝てそうね」

リーネアが苦笑いを浮かべる。


「精霊は長所と短所があからさまだからな。ま、四匹同時は厳しいけど……一匹ずつなら余裕だ。そもそもこの世界は、俺の使う魔法と系統が微妙に違うからなぁ」

この世界の基本は、この四大精霊にベースに、それぞれが正邪反転するニ系統。

聖なる炎をあれば闇属性の炎もあると言う感じだ。

俺の世界だと、基本は三魔四神と呼ばれる魔法体系だ。

即ち、光、闇、時に地水火風の併せて七つ。

七聖とも呼ばれる。

それに無属性がプラスされ、そこから無数に枝分かれしたりする。

ちなみに酒井さんの魔法体系は五行とか言うヤツがベースだ。

火、水、木、金、土の五つ。

……

金って何だよ……意味が分からん。


「って言うか、精霊から力を貰って勇者になる。それは分かった。けど、それをどうやって証明するんだ?ボクは勇者です、って言う証明証でも発行してもらえるのか?」


「証明証って事じゃないけど……勇者の紋章が浮かび上がるのよ」


「勇者の紋章?」

え?なにそれ?

一部の少年少女達が喜びそうな特殊ワードですぞ。


「確か両の手と胸と額にそれぞれの精霊の紋章が浮かんで、それらが合わさって勇者の紋章になるのよ。自分の後背で光り輝くのよ、それが」


「う、うわぁ……何かこう、うわぁ~としか言えないね」

黒兵衛も耳元で『う~わ~……ダッサイのぅ』と呟いてるし。

「けど、それに何か意味でもあるの?もしかして宣伝だけ?ボクは勇者ですって」


「全体的な能力が上がるみたいよ。あと特別な魔法が幾つか使えるみたい。正直、私も数回しか見た事がないわ」


「ふ~ん……あれ?けど、俺やエリウちゃんと戦った時は、紋章は出てなかったぞ?」

もしあの時、あのオーティスが光り輝いていたら……

取り敢えず、珍しいからサインぐらいは貰ったかも。


「エリウ殿と戦った時は奇襲だったしね。逆にシン殿には奇襲されたようなものだし……多分、発動するヒマが無かったのよ」


「そうなのか。と言うことは、あの時の勇者は本気ではなかったと……そっかぁ。なら今度は、その紋章が出た状態で戦ってみたいな。そうすれば……」


「そうすれば?」


「最初の時より、少しは長く戦いが楽しめるかも知れん。……ま、3秒ぐらいだと思うけどな」







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