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外れた思惑にギャフンの一言


 難民キャンプ一帯に響く鐘の音。

慌てて駆け出す兵士達に動揺する難民の群れ。

セリザーワ、こと芹沢はその光景に目を細める。

彼方此方から兵達の怒号も飛び交っていた。

『魔王軍が攻めて来たぞッ!!』

『国境を越えられたのか!!?』

『前線部隊は何をしてるんだ!!』

『敵は別ルートを侵攻して来たみたいだぞ!!』


……滑稽だねぇ。

芹沢は小さく鼻を鳴らした。


魔王軍が侵攻して来るのは分かっていた筈だ。

そもそも勝てない戦なら、最初からしなければ良いだけの話。

何しろ相手は物語に出てくるような絶対悪的な魔王ではなく、シング君だ。

つまり言葉の通じる相手だ。

現に魔王軍は、幾つも警告を発していたと聞いている。

外交的折衝の機会は今まで幾らでもあった筈だ。

それらを無視した上で、実際に魔王軍が攻めて来ると慌てふためく……これを滑稽と言わず何と言うのか。


この国の政府は、無能だな。

戦争を回避する為に何も行動を起こしていない。

かと言って、入念に戦争の準備を整えている、と言うことでもない。

それにまた、人道主義を貫いているわけでもない。

それはこの難民キャンプを見れば良く分かる。

評議国とやらの難民を守る気があるのなら、何故こんな国境際の前線地帯にキャンプ地を造ったのか……

どうもやる事がちぐはぐだ。

魔王軍と本気で戦うようにも見えないし、かと言って人々を助けるわけでもなく、一体何がしたいのか。


いや、何かこの……数多くの種族が共存する世界ならではの事情があるのかも知れないね。

こう言う場合は、普通の人間としての常識や感情などを除外して考えるべきだな。


芹沢は自分の細い顎を擦りながら、チラリと背後に佇む小太りの男を見やる。


「予定通りですね、セリザーワ様」

男の目が、混乱が始まっているキャンプ地を冷ややかな目で見つめていた。


芹沢は小さく頷き、

「時間的には少々早いが……ま、想定内だ」

そしてその視線は、自身が造ったダンシングしゃれこうべマークⅡを慌てて手にする摩耶と、同じように剣を掴んでいる勇者とその仲間達に向けられた。

特にオーティスを見つめる視線は、かなり冷たい。


おやおや……

勇者と言えば、魔王と並び、この世界における強さの最高峰の筈なのだが……

もう少し、心にゆとりを持った方が良いね。

ここにもし、酒井女史がいたならば……彼女は先ず、お茶でも淹れたかも。


芹沢はフッと小さく鼻を鳴らし、

「落ち着きなさい、マーヤ。それにオーティス君」

静かに声を掛けた。

「こう言う場合、慌てても何一つ良い事は無いよ」


「で、ですがセリザーワ様。今にも魔王軍が殺到してくるんですよ」

興奮しているのか、オーティスが少し上気した顔で芹沢を見つめる。

「ここにいる兵達だけでは、難民を守れませんッ」


や、やれやれ……だねぇ。

魔王軍と聞いて、随分と気負っているじゃないか。

シング君の言う通り、実に熱血だよ。

レトロ勇者と言う感じだが……ただ、個人的にはその性格、結構好きだぞ。

子供心に興奮した熱血ヒーローを思い出させるしね。


「ふふ、だからこそ冷静にだよ、オーティス君。状況の把握と言うのは重要な事だ」

芹沢はそう言って、懐からスクロールを取り出した。

魔法を使えない芹沢でも、この手のアイテムは製作できるし使用も出来る。

特にこの世界では、その製作は人間界より遥かに容易い。


彼はスクロールを宙に放り投げ、パチンと指を鳴らした。

特殊な羊皮紙で出来たスクロールが燃え上がると同時に、空中にこの地域の俯瞰図が浮かび上がる。

芹沢はそれを眺めながら、

「魔王軍は西から侵攻中か。しかしこの部隊は些か……通常の魔王軍ではないね。これはおそらく……」

とその時、不意に自分の着ている白衣の裾が引っ張られた。

見るとラピスが、キョトンとした顔を向けている。


「な、何だいラピス?私は今、状況の説明をマーヤとオーティス君に……」


「あぅ?マヤしゃん……いなくなったでしゅよ?」


「……は?」

芹沢は慌てて摩耶のいた場所に目を向けると……確かにいない。

え?あ、あれ?


「マヤしゃん、素っ飛んで行ったんれす。いきなりBダッシュでしゅよ」


「……マジか」

芹沢が呆然とした顔で呟くと同時に、何処からか爆発音が響いて来た。

それと同時に、

「僕も行きますッ!!」

勇者とその仲間達も駆けて行く。


「……お、おいおい」

難民の群れを掻き分け、突き進んで行く勇者。

物凄い早さで遠ざかるその後ろ姿を見ながら、芹沢は無言で自分のおでこをピシャリと叩いた。

そして大きな溜息を吐き、空を見上げる。


まさかここに来て、摩耶お嬢様の悪癖が出るとは……はは、まさしく想定外だよ。

この一年、酒井女史ほど厳しくは出来ないけど、自分なりに出来るだけ説明はして来たと言うのに……全ては徒労だったと言う事かな。


芹沢はガックリと項垂れ、そして少し蒼褪めた顔をしているリッテンを見やると、

「悪いが、シング君に緊急連絡を頼む」


「セ、セリザーワ様は……」


「前線へ行く。早く摩耶…マーヤを止めないとね」



オーティスは駆ける。

逃げ惑う難民達の波を掻き分け、そして前線へと躍り出る。

彼方此方で魔法の爆発音が響いていた。

敵の攻撃ではない。

マーヤが魔法を使って、迫り来る魔王軍を蹴散らしているのだ。


「さすがマーヤ様だ…」

そう呟き、オーティスは剣を握り締めて魔王軍へと突っ込んだ。


あの憎き魔王シングが率いる軍勢の一つをこの地上から消し去るッ!!

弱き者を助けるのが勇者の務めだッ!!


シルクとクバルトを従え、縦横無尽に剣を振りながらオーティスは魔王軍の中へ中へと突き進む。

目の前に現れる敵を次々と切り裂き、時には魔法で吹き飛ばす。

剣士ヤマダの技量には遠く及ばないものの、オーティスはこれまで、幾多の戦闘を経験してきた勇者だ。

魔王軍と言えども、一介の兵達が敵う相手ではない。

「うぉぉぉっ!!」

気合を籠め、亡き父が使っていた勇者の剣、グラリオルスを振るう。

オーティスの愛剣であった聖剣ルイルシベールに代わり、対魔王軍の為に、禁忌ではあったが父の墓からわざわざ掘り起こしてきた物だ。

だが、敵を切り付けるその剣は途中で鈍くなった。

物理的な意味ではなく、剣を手にしたオーティスの歩みそのものが遅くなったのだ。


「……」

どうにも様子がおかしい。

魔王軍なのに、魔族や亜人種が少ない。

代わりに人類系の種族がかなり多い。

一体これは、どう言う事だ?


その時、一人の敵兵がオーティス目掛けて槍を構えて突進して来た。

オーティスは紙一重でそれを躱すと、持っていた剣を振り下ろす。

勇者の剣は敵兵の肩から胴に掛けてを切り裂いた。

だが、その兵士はそのままオーティスに飛び掛るや、彼の肩を掴み、血を吐き出しながら叫んだ。

「な、何が勇者だ!!あ、悪の手先め……ぎぎ、偽善者めッ!!」


「――ッ!?」

悪の……手先?

僕が?

どう言う意味だ?


「オーティスッ!!」

シルクの声に、ハッと我に返る。

「あそこが本隊だよ!!そしてアレが多分、敵の指揮官だよッ!!」


自分に纏わり付く死に掛けの敵兵を払い除け、シルクの指差した方向を見ると、黄金色に輝く鎧を着込んだ騎乗の戦士の姿が目に入った。

遠目からでは分からないが、エルフのように見える。

ふと、オーティスの脳裏にリーネアの顔が頭を過ぎった。

だが理由はどうあれ、魔王軍を指揮している以上は敵だ。

エルフだろうと関係ない。


「行くぞシルクッ!!クバルトッ!!」

オーティスは叫ぶや、そのまま魔王軍の本隊目指して駆けて行ったのだった。



難民キャンプ地を急襲して来た魔王軍は、半数近くが討ち取られ、ほうほうの体で逃げて行った。

オーティス達は、歓呼の声で迎えられる。

実に……気分が良い。

笑顔が零れる。

勇者として当然の事をしただけなのだが、やはり民に喜ばれるのは気持ちが良い。


だがしかし、歓喜に沸く民やキャンプ地を守る兵達の波を掻き分け、セリザーワの所へと戻ると、何故かそこは沈黙が支配していた。

重苦しい雰囲気が漂っている。

先に戻っていたマーヤも、かなり戸惑った様子であった。

取り巻きのガキ供も、ワケが分からないと言った様だ。

ただ、ラピスだけはいつものようにボンヤリとしているだけだが。


ど、どうしたんだ?一体何が……起きたんだ?


オーティスも困惑顔で辺りを見渡す。

その空気を作っていたのは、セリザワーと何故かリッテンだった。

両者とも眉間に深い皺を刻みながら、マーヤと、そして戻って来たオーティスを見つめている。

その目に、戦いを労う様な温かみは無かった。

むしろ怒りと悲しみが混じったかのような目をしている。


そのセリザーワが、どこか醒めた口調で声を掛けた。

「お疲れさま、オーティス君」


「え、あ……はい」


「ふむ……マーヤ」

セリザーワの視線は、神の御使いであるマーヤに向けられた。

そして穏やかではあるが、どこか突き放すような冷たい物言いで、

「また、暴走したね?」


「……はい」

マーヤは項垂れた。

面を伏せ、地面を見つめている。


「私やサカ…あの方が常日頃、口を酸っぱくして言っている事をちゃんと憶えているかね?」


セリザーワの問い掛けに、マーヤは小さな声で答える。

「え、えと……力ある者は術を行使する前に一呼吸置き、状況を冷静に見極めるべし……です」


「そうだ。あと、目の前で起きている事象を俯瞰で見るべきとも言った筈だ」


「は、はい」


「でも、今回も出来なかった」

セリザーワの瞳が冷ややかに光る。

その時、彼女の周りにいた自称親衛隊を名乗る、村長の所の孫だか何だかのガキが、

「で、でもセリザーワ様。あの時、マーヤ様が急いで駆け付けなければ、難民の方々は……」


その通りだ。

とオーティスも思う。

この生意気なガキは決して好きではないが、今の意見はもっともだと思った。

既にあの時、魔王軍の先鋒部隊は難民キャンプに到達しており、被害も出ていたのだ。

遅れれば遅れるほど、難民達の死者は増えていただろう。

であるならば、マーヤの判断は正しかったと言える。


だがセリザーワは、ガキの一人を更に冷ややかな目で一瞥すると、メガネを外し、それを小さな布で拭きながら、

「難民……か。ふ、確かに難民だが……」

そう呟いた。

そしてその言葉を続けるように、リッテンが髪の無い自分の頭をピシャリと叩き、どこか溜息交じりの口調で言う。

「現実を見せる為に、オーティスとマーヤ様をここにお連れしたのですがねぇ……いや、これはとんだ事に」


「げ、現実?」

何が?

え?それはどういう意味だ?


「えぇ、そうなんだよ、オーティス」

リッテンは辺りを見渡し、難民が近くにいないことを確認すると、

「正直に話すが……ここにいる連中は屑だ」


「……え?」

く、くず?

リッテンさんは何を言っているんだ?


オーティスは困惑顔で、成金趣味の情報屋を見つめる。

と、メガネを掛け直しながら、今度はセリザーワが口を開いた。

「評議国とやらは……魔王侵攻を前に、かなり内部で荒れたそうだ。知ってるかね?」


「え……あ、はい。話だけは少し……」


「殆どの種族が反魔王を唱えていたが、一部の種族は戦争を回避する為に、魔王に降伏しても良いじゃないかと言ったり……ま、世論が割れると言うヤツだな。良くある話だ。けど、そう言った異なる意見を敵視する連中も大勢いるわけで……それが種族が違えば尚更だな」


「……」


「リッテン氏に聞いたところ、評議国は十二の種族からなる共同体国家と言うが、この十二と言うのはあくまでも評議国議員になれる種族を指しているそうで、実際は少数種族を併せると三十以上の種族が住んでいるそうだ。そして魔王軍の侵攻に対して概ね好意的な意見を述べていたのはこの少数の種族の者達で……ふふ、それだけで彼等が日頃、どのような扱いを受けていたか分かると言うものだね」


「……」


「……ここにいる連中は、そう言った親魔王派の少数種族を殺し捲くった輩だ。しかもいざ魔王軍が攻め込んできたら、戦いもせずに真っ先に国を捨てて逃げて来た種族だ。リッテン氏の言う通り、まさに屑の集まりだな」

セリザーワは吐き捨てるように言うと、大きく鼻を鳴らした。

その目は侮蔑の色に彩られている。


「え…」


「弱き者を守るのは勇者の務め……けど、ここにいる連中は、果たして守るに値する弱者なのかな?」


「そ、それは…」


「更に言えば、ここを攻めて来た敵は魔王軍にして魔王軍に非ずの連中だ」


「ま、魔王軍にして魔王軍に非ずって……」

オーティスは微かに眉間に皺を寄せ、首を傾げた。

セリザーワの言っている意味が分からない。


「これもリッテン氏より聞いたのだが、あの敵は魔王軍混成部隊と言うらしい。兵達は魔王軍に降伏した種族と、魔王シングに保護を求めた種族で構成されているらしい」


「保護……」


「具体的に言うと、ここに居る難民を称するクズどもに親兄弟を殺された、哀れな少数種族の者達だ」


「ッ!?」

オーティスの体が大きく揺れた。

膝が自然と震える。


ここにいる難民に……自分の家族を殺された者達……


オーティスの脳裏に、自分を悪の手先めと罵った兵士の顔が鮮明に描かれた。

更に次々と、自分が殺した兵士達の恨みの篭った顔も脳内を駆け巡る。

彼等の怒りの目が、全てオーティスに向けれられている……


「弱者を守るのが勇者なら、その弱者に剣を授けて復讐の機会を与えるのが魔王と言った所かな。……果たして弱者は、どちらを是とするのだろうね。それに、君に殺された者はどう思ったのかな?自分達の種族が殺されている時は助けに来ず、いざ復讐を果たそうと思ったらその前に立ちはだかる。彼等にとって勇者とは、一体どのような存在なのだろうね」

セリザーワは少し疲れた笑みを溢すと、そのまま冷たい眼差しをマーヤに向け、僅かに怒りを含んだような低い声で言った。

「どうだね、マーヤ。哀れな復讐者達を問答無用で惨殺した気分は?彼等は君に何か悪さでもしたのかね?」


コロン、と音を立て、マーヤの手にしていた杖が地面を転がる。

そして神の御使いは、そのまま膝から崩れ落ちた。

両の手を大地に着け、瘧の様に震えている。

真っ白な顔からは、過呼吸を起こし掛けているのか、ヒューヒューと苦しそうな息遣いが聞こえてくる。


セリザーワはそんな彼女を見下ろしながら、大きな溜息を吐いた。

そして再びオーティスに視線を移すと、

「聞いた所だと……オーティス君、君は魔王軍の指揮官を討ち取ったと……本当かね?」


「え?あ……う、討ち取っては……いません。致命傷は与えましたが逃げられまして……」


「……そうか」

セリザーワはもう一度大きく息を吐くと、チラリとリッテンを見つめた。

リッテンは険しい顔付きで、

「オーティス、話は最後まで聞かないと……」

そう前置きし、小さく咳払いをすると、

「今回、魔王軍を率いていたエルフは、リーンワイズ……御存知でしょ?リーネアさんの兄君ですよ」


「ッ!!?」

オーティスは目の前が漆黒の闇に包まれて行くの感じた。



『で、摩耶の様子はどう?』

マゴスの街の宿屋の窓から夕陽を眺めていた芹沢の脳内に、酒井魅沙希の声が響く。

彼は小さな溜息を吐き、辺りに誰も居ない事を確認すると、

「塞ぎ込んでますね。部屋に一人で篭りっぱなしです」


『……そう』


「いや……今回は私のミスです。もう少し強引に……」


『アンタの所為じゃないわよ。むしろ私の責任ね。摩耶の成長を確かめたいって言い出したのは私だし』

声と供に、酒井の苦笑する声が響く。

『認識が甘かったわ。正直、かなりショックよ。……一年経って何も変わっていないって言うのにはね』


「はは…」

芹沢も思わず乾いた笑い声を上げてしまった。

そして静かに息を吐き出しながら、

「折りある事に、色々と語って聞かせてたのですがね」


『心霊スポット事件の時もそうだったし、吸血鬼騒動の時も……』


「でも今回はちょっと……今までは暴走しても、何て言うのか……明確に敵と呼ぶべき存在がいたじゃないですか。けど今回は……」


『そうね。魔王軍とは言っても、一般人に近いんですもの』

酒井はそう言って、小さく、唸るような息を漏らした。

『復讐する理由がある魔王軍の兵と、復讐されるべき理由がある難民。それらを前に、摩耶と勇者がどう悩み、どう結論を出して行動するのか……それを確かめたかったのに、いきなり話も聞かずに暴走するなんて……はぁ~……本当に胃が痛くなるわ』


「……摩耶お嬢さんもそうですけど、あの勇者も結構……かなりアレでしたからね」

芹沢は事実を知った時のオーティスの顔を思い出し、もう一度乾いた笑い声を上げてしまった。

「いや、本当に……あのメンタルで、良く勇者が名乗れるものですな」


『シングがしょっちゅう、ボンクラ勇者って言ってるのが良く分かるでしょ?けど、一年経っても変わっていないなんて……摩耶と同じね。その点、私が面倒を見ているエリウは随分と成長したわ』


「魔王ですか?」


『そうよ。一年前は大きな鎧に身を隠して、部下の前でオドオドしているだけの女の子だったのに、今では普通の姿で常に堂々としているわ。魔王らしい威厳も出てきたしね』


「ほほぅ……それはまた」


『けど、シングの前だと未だに緊張して、普通の可愛い女の子に戻っちゃうのよねぇ』


「あ、ははは……なるほど。いや、本当にシング君らしい。彼は天然のジゴロですからね」


『けど、本人は全く気付いてないのよ。三次元の女性恐怖症だって広言しているし』


「……それもまた、実にシング君らしい」

芹沢は笑い、そして不意に口調を改めると、

「しかし、本当にどうします酒井女史?何かフォローを入れておくべきでしょうか……」


『ん……』

酒井は押し黙った。

そして暫しの沈黙の後、

『そのままにしておいて』


「……ケアしなくても良いのですか?」


『これは自分自身でケリを付ける問題よ。心のケリをね。これもまた、いい経験よ』


「まぁ……そうなんですが……」


『取り返しのつかない失敗をする……術を使う者なら誰もが一度は経験する事よ。私や沙紅耶も経験したわ。貴方もそうだったでしょ?』


「……ですね」

芹沢は苦笑を溢した。

同時に、かつて自分を慕ってくれていた可愛い後輩を思い出す。

自分のミスで、若くして命を落とした後輩の姿を。


ふふ……随分と古い話だな。

あれから四半世紀か……

いやはや、私もかなり歳を取ったものだ。

「確かに、こう言う事は自分自身でケリを付けなければなりませんね。自分で、してしまった事ですから」


『そうよ。私だってそうだったんですから』


「あ~……そうでしたね。それもまた古い話で。けど、さすがに今回は……」

摩耶が殺した魔王軍の兵は、軽く千を超えている。

最早、取り返しがつかないどころの騒ぎではないような気がする。


『それで終わるのなら、摩耶は所詮、その程度の魔女だったって事よ』


「相変わらず酒井女史は手厳しいですね」


『もし万が一、ずっとそれを引き摺る事があったら……私の名を以って、摩耶に魔女失格の烙印を押すわ』


「そ、それはまた……」

魔女失格の烙印……即ち、能力の封印と記憶の削除。

「摩耶お嬢さんを普通の学生に戻すと?」


『そうよ。摩耶にとってはそれが一番良いでしょう。成人する前だからまだ間に合うし。それに、沙紅耶にも言われているしね。私の判断に任すって』


「沙紅耶さんに……ですか。なるほど。確かに、性格的に摩耶お嬢さんは魔女には向いてるとは言えませんが……そう言えば、聞いた話ですとシング君もかなりの失敗をしたそうじゃないですか。魔法で二十万の兵と街と村を幾つか消し去ってしまったとか……彼はどうやって、自身の精神を保ったので?」


『は?保つも何も……殆ど気にも留めて無いわよ』

今度は酒井が乾いた笑いを溢した。

『すんません、の一言で終わらせたわ。あまつさえ慰霊碑を建てるとか言っておきながら、まだ建ててないし……本気で忘れているのよ、あの馬鹿は』


「そ、それはまた……シング君らしい」


『今度会った時に、二十万の兵を殺した時の事を尋ねてみなさいよ。何それ?って真面目な顔で言うわよ』


「ははは…」


『……本当に、シングの百分の一でも楽観的に考える事が出来れば、摩耶も楽になれるんだけどねぇ』


「それは少し難しいでしょう。彼はあれでも魔王ですし……そう言えば、そのシング君は今どこに?」


『あ、それを言うの忘れていたわ。リッテンの報告を受けて、すぐに飛び出して言ったわ。御飯も食べずに、黒ちゃんとリーネア、ヤマダを引き連れてね』


「リーネアとヤマダ……確かオーティス君の元仲間でしたね」


『そうよ。今では勇者より強い戦士達よ。全速で向かっているから……おそらく三日後ぐらいには着くかも』


「ふむ……」

芹沢は自分の顎先を指でなぞり、

「なら私達は早急に、この国から離れた方が良いでしょうね」


『そうね。シングが向かった以上、その国はもう終わりよ。混乱が始まる前に、早く離れた方が良いわ』





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