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玄関開けたら3分で遭遇


 夕闇迫る人気の無い木立の中で、魔人形である酒井魅沙希は袂から取り出した術札を構えながら苛立ちの声を上げる。

「想定外よ。まさか浮遊霊如きに誘い込まれるなんて……摩耶!!そっちの準備は!!」

「もう少し!!」

いつもの魔女衣装ではなく、普通の洋服に身を包んだ喜連川摩耶が、落ちていた木の棒で地面に簡易的な魔法陣を描いて行く。

魅沙希はそれを横目で見つつ、手にした術札を襲い掛かって来る霊団、悪霊の集合体目掛けて投げ付けた。

陰陽師には馴染み深い妙見菩薩の真言が書かれた酒井魅沙希オリジナルの符札が宙を舞うや、放射状に閃光が走り、それはまるで漁師網のように悪霊を絡め取りながら浄化して行く。

しかし、たった一枚の御札では、その効果範囲はかなり限定的だ。

怨嗟の声を上げる靄のような悪霊は、次から次へと湧いて出てくるようだ。


「く……数が多いわ」

「マ、マズイで姉ちゃん!!」

使い魔の黒兵衛が、霊力の篭った爪で悪霊を切り裂きながら魅沙希の前に躍り出る。

「符呪の札はもう無いんか!!」

「あるワケないでしょ?まさか散歩の途中で襲撃されるなんて……想定外もいい所よ」

「マジか。ワ、ワテの魔力もそろそろ底を尽きそうやでぇ」

「シングは?シングは何してんのよ!!」

「魔王は……」

黒兵衛が荒い息を吐きながら素早く辺りを見渡し、

「現実逃避の真っ最中や」

「はぁ?」

魅沙希が呆れた声を上げながら使い魔の視線を追うと、そこには木陰に座り込む魔王の姿があった。

体操座りで何やらブツブツと溢しながら、何故か一人であやとりをしている。

黒兵衛の言う通り、まさに現実逃避の真っ最中だ。


「な、何てポンコツなのよ……役に立つ時と立たない時の差が激し過ぎるわ」

「突然過ぎて、自我が崩壊したとちゃうんか?ワテ等ですら軽いパニック中や」

「黒ちゃん、今すぐあの馬鹿を正気に戻して!!思いっ切り引っ掻いても良いわよ」

「了解や」

黒兵衛が魔王の元へと駆けて行く。


それにしても……黒ちゃんの言う通り、突然過ぎるわ。


魅沙希は己の人形の小さな手で印を結び、対霊体の浄化魔法を放つ。

いきなり悪霊、しかも目に見えるほどの高い霊力を持つ凶霊が集団となり、何の予兆も無く襲い掛かって来たのだ。

明らかに、通常とは異なる出現だ。

幽霊嫌いを明言している魔王がパニックに陥るのも無理はない。

何しろ百戦錬磨の魅沙希自身、かなり動揺しているのだから。


ほ、本当に拙いわ……


このままでは摩耶も黒兵衛も悪霊に憑き殺されてしまう。

逆に魅沙希は、元から霊体なのでその心配は無いが……

しかしそれ以上に、自ら悪霊化してしまうだろう。

弱り切った霊体は、他の霊体の影響を受け易いのだ。

例え魅沙希と言えど、これだけの数の悪霊に囲まれたら、何れ霊団に取り込まれてしまうのは必定だ。


悪霊になるぐらいなら成仏した方がマシよ。……どうやって成仏するのかは知らないけどね。

「摩耶!!対悪霊の浄化魔法陣は!!」

「出来ました!!」

ジョゼットカラーのプリーツスカートを翻し、摩耶が地面に描いた魔法陣に木の棒を突き立てた。

「悪しき者共をこの地より浄化する。デーポルターティオ!!」

そして……何も起こらなかった。

「え?あ、あれ?」

「摩耶……」

魅沙希は大きく溜息を吐いた。


どうやら摩耶も、突然の奇襲で少し混乱しているみたい。

まさかここで魔法陣をミスるなんて……


「どど、どうしましょう酒井さん?」

「落ち着きなさい摩耶。心に隙を作ってはダメよ。常に精神をフラットに保ち、敵の攻撃に備えなさい」

摩耶は頷き、全身を聖なるオーラで包み込みながら、悪霊の攻撃を辛うじて凌ぐ。

しかしながらその輝きはいつもより薄く、完全に攻撃を防御できないのか、悪霊が霊的波動の篭った恨みの声を上げる度に、摩耶の表情に苦悶の色が走った。


これは……本格的に拙いわね。

どうする魅沙希?

どしましょう……


実のところ酒井魅沙希には、多数の悪霊を浄化する手段が幾つかあった。

ただし、その殆どが精神の集中と短くない詠唱時間を要するものだった。

そしてそれらを簡略化する術札等のリソースは既に尽きている。

しかしながら魅沙希には、まだ取って置きとも言うべき最後の手段が残っていた。

但しその術を使うと、急激に魅沙希の霊体エネルギーは失われ、おそらく動く事はおろか喋る事もままならぬ状態になるのは必定。

しかも回復する時間を考えると……もう二度と、生きている摩耶とは出会えないだろう。


そう言えばシングも、魔力が尽きると寝ちゃうとか言ってたわねぇ……

それと近い感じなのかしら?


魅沙希は微苦笑を浮かべ、摩耶を庇う様に迫り来る悪霊の集団の前に躍り出るがその時、黒兵衛の声が響いて来た。

「姉ちゃん達こっちや!!魔王の近くに来るんや!!」

「ッ!?」

その声に、弾かれたように魅沙希は摩耶の肩に飛び乗り、

「急ぎなさい!!ダッシュよ!!」

「は、はい!!」

摩耶は踵を返すや、そのまま一目散に座り込んでいるシングの下へと駆け寄る。

もちろん、悪霊どももその後を追って来るのだが……

「え?なに?」

悪霊はシングから1メートルぐらいの距離で、まるでそこに見えないシールドでもあるかのように、いきなり弾かれた。

中にはそのまま消滅して行く霊体もいる。

「もしかして……結界?」

「や、分からへん」

と、シングの膝の上に乗っている黒兵衛が荒い息を吐きながら言った。

「魔王独自の何かがあるんやないか?よぅ考えたら、現実逃避しとる間もコイツには全く悪霊が近付いて来んかったしな」


言われてみれば……確かに。

「どう言うことシング?」

「み、見えない……何も見えない。僕のあやとりは何処?」

シングはギュッと目を瞑りながら、ワケの分からない事を口走っていた。

しかも左頬には、くっきりと走る4本の爪痕。

そこから微かに血が滴っていた。


「あ~……姉ちゃん、ゴメンな。まだちょっと、心が不安定なんや」

黒兵衛は躊躇なくシングの指に噛み付いた。

猫特有の甘噛みではなく、それは結構ガチの噛み方だった。


「ぬぉう!?」

シングが素っ頓狂な声を上げる。

「おい、正気に戻ったか魔王?」

「え?あ……お、おぅ。もう大丈夫だぜ」

言いながら、膝上の黒兵衛を撫でるシング。

しかしながら目は硬く瞑ったままだった。

酒井は摩耶の肩から彼の肩に飛び乗るや、その耳朶を引っ張りながら、

「アンタ……なんで目、瞑ってるのよ?」

「ふぇ?その声は酒井さんか?」

「そうよ」

「いやはや、申し訳ねぇ……余りに突然過ぎて、さすがの俺様も少しばかり心が乱れちまったぜ」


どこが少しなの?

魅沙希は溜息を吐き、もう一度強く魔王の耳朶を引っ張った。

「で、何で目を瞑ってるのよ、シング」

「え?あ~……黒兵衛が、そんなに怖いのなら目を瞑れば良い、とか言うから……これが逆転の発想と言うヤツか?実に怖くないぞ。もうお化けなんかへっちゃらだい。……何も見えないけど」

「……」

魅沙希は眉を八の字に、情けない顔で黒兵衛に視線を向けると、使い魔の黒猫は、声にならない笑みを浮かべていた。

ちなみに摩耶は、何故か感心したようにウンウンと頷いている。


「ところでシング。何でアンタには悪霊が近付かないのよ」

魅沙希は残念魔王の周りを等間隔で飛び交う悪霊を睨み付けながら言った。

怨嗟に満ちた唸り声を上げているが、悪霊達は決して近付いて来ようとはしない。

結界魔法などでは良く見る光景だ。


「え?あ~……そう言えば何でじゃろう?パッシブスキルが反応しているのかな?」

「は?自分の事も分からないの?」

「ん~……多分だけど、『星幽界の福音』の影響かな?対死霊使い(ネクロマンサー)用の初期パッシブスキルなんですよぅ。一応は王族だから、この手の防御系スキルは生れ付き備わっているんですけど……でも不思議だな。僕チン、この手のスキルレベルはそんなに高くない筈なんだが……」

「何にしても、一応は助かったわ。けど、これからどうするか……」

魅沙希は顎に指を掛け唸る。


期せずしてシングの周りと言うセーフティポイントを確保できたのは幸運ではあったが、そこから先が問題だ。

時刻は既に逢魔が時。

これから益々悪霊どもの活動は活発になるだろう。

対して魅沙希達はと言うと、装備も無ければ道具も既に底を突いている。

しかも霊力もかなり落ちていると言う状況だ。


シングの周りなら安全に詠唱時間を稼げるけど……

今の霊力だと、術は一回が限度ね。

使い時を見誤らいようにしないと……


「ここは逃げの一手やないか?」

黒兵衛が魅沙希とは逆のシングの肩に飛び乗りながら言った。

「魔王の近くに居れば安心なんやし……このまま移動すれば簡単に脱出出来るで?」


普通に考えれば、それが最善の手だ。

魅沙希も充分、理解している。

しかし……

「この悪霊どもを放置しておく気?」

それが一番の問題だ。

殆ど実体化しているような悪霊の集団を放置すれば、決して少なくない被害が出るであろう。

何しろここは、普通に散歩しに来た住宅街近くの緑地公園だ。

少し行けばウォーキングコースもあり、子供からお年寄りまで散歩やジョギングを愉しんでいたりする。

近隣の学校の倶楽部活動等にも使われたりもしている。

もしそこに、悪霊の集団が殺到したらと考えると、酒井魅沙希的には放置出来ない問題だ。

それは当然、摩耶も同じらしく、

「今ここで退治しないと、一般人に大きな被害が出ちゃいます」

「や、分かってるで?ワテが言いたいのは、一時退却して、装備を整えようやって事や。これだけの悪霊相手に徒手空拳で挑むのは無謀を通り越してアホやで」

「大丈夫よ」

魅沙希は言った。

「この手の場合、ボスを倒せば悪霊どもは胡散霧消するわ」

「ボス……ですか?」

「そうよ摩耶。どう考えても不自然でしょ?先ず実体化するほど霊力の強い凶霊の集団が、どうしてこんな何の変哲も無い緑地公園に出てくるの?戦場跡だって、これほど大量には出て来ないわ。それにいきなり過ぎよ。これだけの霊が出て来るのなら、前々から怪異スポットとして噂になってるわ。それが全く無く、今日、いきなりだなんて……あからさま過ぎるわよ」

「って事はや、何や魑魅魍魎の仕業ってことかいな?」

「妖の類と言うより、人為的なモノを感じるわねぇ」

魅沙希はそう言いつつ、手慰みなのか、無意識にシングのほっぺを指先でムニムニと摘み、

「問題は、何の意図があっての事かってこと。何かの実験?それとも手違い?魔法の暴走?はたまた……私達を狙った?」

「ワテらかい。ん~……確かに、偶然って考えるには、ちとアレやなぁ」

「でしょ?休日にコンビニに行く道すがら、ちょっと歩いて緑地公園に来たらいきなり悪霊に襲われる……有り得ないでしょ?おそらく何者かが私達を監視していて、人気の無くなった瞬間を狙って……少し穿ち過ぎな考えかも知れないけど、その可能性もあると思うわ」

「せやなぁ……魔王はどう思うんや?」

「……頭を挟んで両の耳元であれこれ言われて、超ステレオ状態な感じかな?少し頭がクラクラするで御座る。ま、それはちょいと置いておくとして……酒井さんの言う事はもっともだ。だって見えるもん。くっきりハッキリと見えるもん!!」

「お、おい魔王……いきなりどうした?」

「いやいや、普通は幽霊とかって見えないじゃん?見れてもほんの一瞬とかじゃん?だけどコイツ等はくっきりと鮮明に見える。それは何故か?答えは簡単……コイツ等はネクロマンサー的な術士によって呼び出された悪霊だからだ!!召喚された死霊なのだ!!」

そう叫んだシングの両目がカッと見開かれたのだった。



「うははははは♪怖くなーーーい!!」

俺様高笑い。

正体が分かれば、もう何も怖くない。

飛び交う悪霊も、今の俺からすればただの蚊トンボだ。


「ほ、本当にこの馬鹿は……」

俺のセクシーな耳朶ちゃんを掴みながら肩に乗っている魔人形の酒井さんが、大仰な溜息を吐いた。

「いつも言ってるけど、アンタの怖がる基準が本当に分からないわ」


「え?そう?」

俺は逆の肩に乗っている黒兵衛を見やると、使い魔の黒猫も頷いた。

ちなみに摩耶さんも頷いた。


むぅ……何故理解できないのだ?

「いや、分からないですか?そりゃ俺だって、恨めしや~とか言いながら出てくる幽霊は怖いですよ?それこそ鼻水が止まらなくなるぐらいビビちゃいますよ?けど、術士が呼び出した幽霊ってのは……なんちゅうか、召喚獣みたいなモンです。怨念だ何だで自由意思で出て来るお化けは怖いけど、召喚されたお化けなんて、所詮は術士のペットです。だからちっとも怖くないで御座る」


「私的には同じ存在だと思うんだけど……まぁ良いわ。シングが元気なら戦力になるし」


「ふふ……それにもう、本物の悪霊が出て来ても大丈夫ですよ。何しろ新奥義『目を瞑る』を修得しましたからね」

これで怖い思いはしないのだ。


「……それは良かったわね。それじゃあ、そろそろボス退治と行きましょうか」

酒井さんはそう言って、自分の頬を挟み込むように数回ほど叩き、気合を入れる。

「どんな術士で何処に意図があるのか……ふふふ、私を襲った事を後悔させてあげるわ」


「俺様ちゃんも同意見ですな。散歩ついでに肉饅でも買ってもらおうと思っていたのに……いきなりバトルを仕掛けて来るとはね。ちょいと許せませんな」

俺はフンッと気合を入れつつ、対魔術師、ネクロマンサー用に幾つかのスキルを展開。

するといきなりスキルが発動した。

「ふにゃ?」


「どうしたのシング?そっちに何かあるの?」


「いや……見られてた」

俺は斜め後ろを見上げながら呟くように言った。

「戦闘用にスキルを開放すると同時に、いきなり防諜スキルの幾つかが反応したでごわす」


「どう言う事?」


「遠隔視系の魔法とかで、誰かが俺達を監視していたみたいですねぇ」


「……予想が当たったわね」


「ま、スキルが反応すると同時にそれに対抗するスキルが幾つか発動するようにしてあるんで、もう大丈夫ですがね」

ってか、実を言うと俺の反攻スキルはかなり威力のある攻撃スキルだ。

微量ながら魔力も消費する。

ぶっちゃけ、盗み見をしていた輩は今頃酷い目に遭っているだろうね。

ザマァみろだ。


「益々、敵の意図が気になるわね」


「ですね」

俺は頷き、飛び交う悪霊どもを見つめる。

術士をぶん殴ってやる事は決定したが……一体どこにいるんじゃろう?

その辺はちと分からない。

生憎と逆探知系のスキルは持っていないのだ。

「酒井さん…」


「言いたいことは分かるわ。敵の居場所でしょ?」


「そうでごわす。で、どうしましょう?」


「あっちよ」

、酒井さんは公園の奥を指差した。

コースから外れ、草木の密度が濃くなっている場所だ。

しかも時間が時間だけに、既にかなり暗くなっている。

「この悪霊どもは向こう側から飛んで来たわ」


「なるほど」

俺は頷き、回りを飛び交う悪霊に目を細める。

「では行きますかぁ……と、どうぞ摩耶さん」


「え?え?」

「何してんのシング?手を広げて……何の真似?新しいアンタの馬鹿奥義?」


「ふへ?いや、酒井さんと黒兵衛は俺の肩に乗っているから安全ですけど、摩耶さんは……一緒に歩いていても離れちゃうと危ないから、抱っこでもしようかと……」


「え?え?え?だ、抱っこって……その……」

摩耶さんは両の手を振り振り、何故か急に慌てだした。

酒井さんも片眉を吊り上げ、

「あ?抱っこ?なにナチュラルにセクハラかまそうとしてんのよ」


「え?えぇ?セクハラって……何故にそんな事に?だって肩に酒井さん達を乗せてたら、おんぶは出来ないでしょ?だから抱っこで運ばないと……あ、もちろん大丈夫ですよ?怪我人を運ぶ訓練とかは学校で習いましたから、抱っこするのは慣れてます」


「え、えと……でも……」

「……なるほどね。特に変な意味は無いみたい。摩耶、シングに抱っこしてもらいなさい。その方が安全よ」


「そう言うことでごわす」

俺は素早く摩耶さんの腋の下と膝裏に両の手を差し入れるや、そのまま軽やかに持ち上げる。

彼女は「キャッ」と可愛らしい声を上げるが、俺は別に変な所は触っていないぞ。

ってか、物凄く軽いなぁ……

それに柔らかい。

蟲系魔族を抱っこするのとは雲泥の差だ。

何しろ奴等は固いし重いし何か棘みたいなモノでチクチクするし……あまつさえ、頭の先から生えた触角が顔とかにペチペチ当たって超鬱陶しいしな。

「んじゃ、取り敢えず進みましょうか」


「そうね。かなり暗くなって来たから急がないと」


と言うわけで、ズンズンと公園の奥へ奥へと進む俺様ちゃん。

摩耶さんは俺の着ているシャツの襟元をギュッと掴んでしがみついているが、時折、『ん゛~』と何やら声にならない声を上げていたりする。

一体なんじゃろう?

ってか、どうせなら首に腕とか回して欲しい。

その方が運ぶのに安定するし、何よりシャツが……少し伸びちゃったよ。


「しかし……なんちゅうか、凄いですなぁ」

俺達の周りを縦横無尽に悪霊が飛び交う様は中々に圧巻である。

しかもその数が段々と増している。

「一箇所にこれだけの霊体を集めるとは……凄腕のネクロマンサーだって、ちと無理じゃね?しかもそれを制御するってのは、並大抵の魔力じゃ……」


「待ってシング。あそこに何かあるわ」

俺の耳朶を引っ張りながら酒井さんが指差す。


「むほ?な、何だ?悪霊どもが渦を巻いてやがる……まるで小さな竜巻だ」


「その中心……何か光ってるわ」


「何でしょうねぇ?」

俺は恐る恐る、その悪霊どもが集っている謎の光る物体目掛けて慎重に歩を進める。

「ふぇ?ランプ?」

地面の上に、無造作にそれは置かれていた。

使い古された感がある、錆などが浮いた年代物のランプだ。


「こ、これは……もしかしてカロンのランタン?」

酒井さんが呟いた。

胸元の摩耶さんも「まさか…」とか言ってる。


「酒井さん。これは一体、なんじゃらほい?」


「禁忌とされている魔法具の一つよ。私も詳しくは知らないけど、その光で霊を呼び寄せ、自由に操る事が出来るって話よ。摩耶、そのランタンの明かりを消して。あ、息を吹きかけても無駄よ。魔力で消すの」


「は、はい」

摩耶さんは俺から降りると、そのカロンのランタンなる道具を手に持ち、指先を翳して明かりを消した。

それと同時に辺りを飛び交っていた悪霊どもが、淡い光を放ちながらまるで打ち上げ花火のように星が瞬き始めた空へ向かって一直線に飛んで行き、そして弾けて消えてしまった。


「おおぅ……スゲェな」


「どうやら全て浄化されたようね」

酒井さんはそう言って、俺の肩から摩耶さんの肩へと飛び移り、彼女が手にしているランタンを見つめる。

「これは……本物ね。しかし、なんでこんな所にこれが……」


「何かの罠って事は?」

俺が尋ねると、酒井さんは大きく首を横に振った。

「有り得ないわ。餌にするには貴重過ぎるアイテムよ」


「へぇ…」


「これで今回の首謀者が、何かしらの大きな組織と言うことは分かったわ。個人で持つには強力過ぎるアイテムだもの。ただ、何で無造作にこんな所に放置を……それが分からないのよねぇ」

酒井さんは腕を組み、『むぅ』等と唸っているが……俺は別の意味で、心の中で『むぅ』と唸っていた。


や、やべぇ……またやっちまったか?

ランタンの置かれていた場所を良く見ると、その周囲に3つほど、微かに焦げたような痕があった。

間違いなく、あれは……自動発動した俺の反攻スキルの痕だ。

つまりだ、ここであのランタンを使っていた何者か数名が、俺達の様子を覗き見ようとした瞬間、俺のスキルが反応し、反撃を受けた。しかもそれは人間にはかなり強力な上に不意打ちだったもので為す術も無く一瞬で消滅しちゃったと……そんな所かな?

いやはや、参ったなぁ……

また情報を集める前に、勝手に処分しちゃったよ。

この間もそれで怒られたのにね。

さて、どうしよう?取り敢えず、黙っていようか……

等と思っていると、黒兵衛がスンスンと鼻を鳴らしながら地面を嗅ぎ回っていた。

もちろん俺は即座に抱き上げ、その頭を撫でながら耳元で、

「何も見なかったし、何も気付かなかった。OK?」


「……またか、自分」


「不可抗力だよぅ。分かるだろ?こっちは突然、襲撃を受けたようなモンだし……スキルも自動発動しちゃったんだよぅ」


「まぁ……せやな」

黒兵衛は少しだけ困った顔で、摩耶さんと話している酒井さんをチラリと見やり、

「ま、今回は魔王のお陰で助かったワケやし……黙っとったるわ」


「あ、ありがてぇ……酒井さんのお説教、やたら長い上にメンタルに響くからねぇ」


「せやけど、この襲撃は一体なんやったんやろか……」


「知らん。その辺は酒井さんが色々と探るんじゃね?物的証拠も残ってるしな」










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