魔王降臨・流れ流されて
「奇妙~」を書いている最中に思い付いたネタ。
気に入ったから取り敢えず書いてみようと・・・
これで「俺日」「奇妙」に続いての平行連載。
趣味とは言え、最後まで書き終えることが出来るか?w
「こりゃアカンで!?」
魔女の使い魔である黒猫、黒兵衛が牙を剥き出しにして吼える。
「敵の数が多すぎるわい!!」
「何とか支えて!!」
そう叫んだのは、世間では生き人形とか呪いの人形等と呼ばれている、市松人形の酒井魅沙希だ。
赤を基調とした花柄模様の可愛い着物を着たおかっぱ頭の魔人形は、小さな腕を振り上げながら陰陽札をばら撒き、結界を維持する。
「摩耶!!まだなの!!」
「もう少しです!!」
地面に手にした杖の先で魔方陣を描いている摩耶と呼ばれた魔女が、額に汗を浮かび上がらせながら切羽詰った声を上げる。
「ア、アカン……くそ、聖騎士気取りの糞どもが」
「黒ちゃん頑張りなさい!!」
「いやいやいや……ワテは猫やで?頑張るにも限界が……」
「で、出来ました!!」
魔女がそう叫び、魔導書を広げて呪文を詠唱。
刹那、魔方陣から強烈な閃光が迸り、次いで突風が吹き荒れた。
「おおぅ!?奴等、吹っ飛ばされて行くで!!」
黒兵衛が尻尾を立てながら歓喜の声を上げる。
「これは逃げるチャンスよ!!撤退するわ!!」
「了解です酒井さん。ですが……」
魔女は困惑の表情を浮かべながら、足元を見下ろした。
そこには毛玉の付いたTシャツに色褪せたステテコと言う超ラフで貧乏臭い格好をした若い男が、気絶しているのだろうか、微動だにせず横たわっていた。
「え?だ、誰なの?」
生き人形が首を傾げる。
「わ、分かりません。召喚魔法を発動したらいきなり現れて……」
「何を召喚したんや、摩耶姉ちゃん?」
使い魔の黒兵衛が、耳を寝かせながらその謎の男に近付く。
「何やねんコイツ。どこぞのニートか?」
「い、いえ……ドラゴンとか上級悪魔とか……とにかく最強の者を召喚した筈なのですが……」
魔女は困惑の表情を浮かべながら答えた。
「とても最強には見えへんで?」
むしろ弱そうだ。
まだ呑気に眠っているし。
「どうしましょうか、酒井さん?」
「……ここに置いて行くのもあれだし、取り敢えず運ぶわよ摩耶」
「分かりました」
そう頷き、魔女は羽織っている黒マントを翻すや、無数の藁人形が地面に転がり落ちた。
そしてそれはムクリと起き上がるや、横たわっている男を軽やかに持ち上げる。
「では追っ手が来る前に、逃げ出すとしましょう」
★
意識が暗闇の底から浮かび上がるかのような感覚。
ボンヤリと色褪せていた景色が、徐々に天然色に彩られながら鮮明さを増して行く。
「ここは……」
見慣れぬ天井。
聞き慣れぬ音に嗅ぎ慣れぬ匂い。
ん?体が重い…?
この感覚は……魔力が薄いのか?
「ん…」
ゆっくりと半身を起こすと、ベッドの脇にいた黒猫と目が合った。
ん?んん?猫?
いや、この波動は……獣魔系猫族?
何か喋っているようだが、生憎と言葉が通じない。
何語か不明だ。
もしかしてここは未開の国?
取り敢えず翻訳魔法を発動させてみると、
「姉ちゃん達。この変な兄ちゃん、目を覚ましたで」
おいおい、初対面でいきなりかい。
「や、変な兄ちゃんって……お前も充分、変じゃねぇーか」
俺はポリポリと頭を掻く。
ってか、一体ここは何処だ?
「あ?兄ちゃん……ワテが喋っても驚かへんのか?」
「へ?驚く?や、共通言語が通じなかったのには少し驚いたけど……お前、猫系の獣魔族だろ?少し猫割合いが強いのが奇妙だとは思うが、喋るのは普通だろうに」
何を言ってるんだ、こいつは?
もしかして超田舎育ちとか?
そう首を捻っていると、
「お起きになりましたか」
長く艶やかな漆黒の髪の女性が、そう声を掛けてきた。
きめ細かな白い肌に、穏やかな目元。
歳の頃は俺と同じか少し下ぐらいかだろうか……なんちゅうか、ドキがムネムネしてしまう程の美人だ。
ほへぇ……綺麗な子だなぁ。
な、何族の女の子じゃろう?
淫魔族……ではないな。
雰囲気からして清楚な感じだし、角も……生えてなさそうだし。
なら精霊族かな?
でも精霊族って、基本傲慢で、いつも上から目線で僕ちゃん苦手なんだが……
「え、えと…」
「あら?起きたの?」
そう声を掛けきたのは、俺の腕の長さほども無い、奇妙な造詣の人形だった。
……
え?人形?
ん?見間違えか?
マジマジと、その小さな物体を見つめる。
人形だ……生物ではない。完全な作り物感がある。
もしかしてゴーレムの類か?
いや、普通に喋ってるし……
え?なに?もしかして未知の種族?僕チン、超怖いんですけど。
「ふ~ん……見た感じは人間みたいだけど、何かこう……特異なオーラを発しているわね。貴方、一体何者なの?」
「あ、あのぅ……ちょっと待ってくれ。一つだけ先に聞くけど……君は何族かな?」
「は、はぁ?」
その奇怪な衣装を身にまとった人形が小首を傾げる。
その仕草が凄く不気味だ。
良く分からんけど、背中にゾゾゾっと鳥肌が立つ。
「何族って……どう言う意味かしら?私は、ん~……生き人形?」
「呪いの人形って……言うんかいな」
と、黒毛の獣魔族。
黒髪の美人な女の子は、
「魔人形です」
と言った。
「……え?人形?ん?つまり……生物ではないと?」
「まぁ、そうね。一度死んで、そこから人形として蘇った……いえ、人形に魂が宿ったって言うのかしら?生前の事はあまり憶えてないんだけどね」
「え、えと……その……じ、じゃあ……もしかして、噂に聞くお化けとか幽霊的な存在?」
「ん~……ま、そうかもね」
「……マジかーーーーーーッ!?」
俺様、器用に尻を使って全速後退。
そして腕を振り上げ、
「ち、近寄るな!!近寄れば煉獄の炎がお前を焼き尽くす!!……多分」
ちょっぴり威嚇してみる。
「ち、ちょっと……何をそんなにビックリしてるのよ。しかもこのタイミングで」
「せやで」
どこか呆れた口調で黒猫が俺を見つめる。
「酒井の姉ちゃん、さっきからずっと喋っているし、何よりワテも話してるやないけ。驚くタイミングがおかしいやろうが」
「はへ?え?何で?だってお前、獣魔族だろ?」
「や、さっきもそれを言うてたけど……何のこっちゃ?そもそも自分、何者なんや?」
「お、俺?俺は……王だよ。魔王だよ」
「……は?」
「へ?」
「魔王……様?」
「う、う~わ~……超ビックリな顔されちゃってるよ。ぶっちゃけ、幽霊とかの方がビックリなんですけど」
「一体どう言う事?」
謎のお化け人形が、ベッドの上をにじり寄って来る。
その都度、僕チンは後ずさり。
が、既に背中は壁だ。
もう逃げられない。
あまつさえ小便チビりそうである。
「ま、待て待て待て……近付くな。それ以上近付くな。後生だから」
近付けば……ふ、俺は泣くぞ。
あまつさえ粗相までするぞ。
自信を持って言えるね。
「なによぅ…」
「か、顔を顰めるな。むっちゃ怖いじゃねぇーか」
間違いなく、今晩は悪夢を見る事に決定だ。
ちなみに少し漏れちったし。
「なんか、ナチュラルに失礼ね」
「いやいや、何かおかしいやろうが、自分」
そう言いながら、黒猫が近寄ってきた。
「もしかして厨二を拗らせた一般人か?」
「へ?厨二?何だそれ?」
「や、自分の事を魔王って……魔王なら、何で酒井の姉ちゃんを怖がるんや?」
「は?いや、普通に怖いだろうが。死んでも死んでないんだぜ?化けて出てるんだぜ?それ以上の恐怖があるか?いや、無い」
「あ、あのぅ……貴方様の世界には、幽霊は存在しないのですか?」
そう尋ねてきたのは、先の長い髪の綺麗な女の子だった。
「え?いないよ。死んだゴブリンが化けて出たって話は聞いた事もないよ」
「せやけど悪霊の類はおるやろ?レイスとか。それにスケルトンとかゾンビとかも」
「ん?猫族よ……お前も知ってるだろ?あの類は術士が強引に冥府から魂を呼び出すだけじゃん。恨み辛みだけで勝手に化けて出ては来ねぇーよ。何より、死霊系統の術は殆どの国で禁止されてるじゃんか。それにアンデッドも、自然発生しないように遺体の火葬は義務化されてるし……」
俺がそう言うと、恐ろしげな顔をした生き人形とやらは何故か感心しように頷きながら、
「へぇ~……面白い話ね。この男の言ってる事が本当だとしたら、幽霊とか怨霊とか……人間特有のモノなのかも知れないわね」
「へ?に、人間?えと……もしかしてここは異界か?」
「異界って……」
恐怖の人形は、どこかポカーンとした顔をした。
うむ、本当に怖いね。
「だから、噂話やファンタジィな物語に良く出てくる、人間種が支配する世界?人間界って言うのか?ここはそんな世界なんだろ?」
「ま、まぁ……そうだけど……」
「おおぅ、マジか……」
俺は改めて、マジマジと部屋の中を観察する。
確かに見た事も無い生活様式だ。
置いてある調度品も、奇妙奇天烈な物ばかりだし。
そもそも天井のあの明かりは……一体なんだ?
魔力を感じないぞ。
「す、すげぇ。人間の世界に召喚されたとか、時々街の与太話で聞いた事はあったけど……まさかマジな話だったとは。ちょっと感動だ。……日記に書いておかなくては」
「ホンマか、この兄ちゃん」
「ん?んん?あぁ……そうか」
俺は腕を伸ばし、貧相な体つきの黒猫を抱き抱えた。
「お前、この世界に生まれた猫系の獣魔族だろ?」
「や、何のこっちゃ分からんけど……ま、この世界で生まれはしたな」
「道理で。俺の世界に住んでる猫系の獣魔族より、猫としての割合が強いと思った」
と言うか、殆ど猫そのものだし。
「そうなんか?」
「と言う事は……そちらの女の子は、もしかして人間族で?」
「は、はい。そうですけど……」
綺麗な女の子は、どこか戸惑いがちに頷いた。
「あの……もしかして本当に、魔王様ですか?」
「や、そんな様だなんて……何か面映いなぁ。てへへへ」
「本当かしら?とても魔王には見えないんだけど」
生きている人形が腕を組み、不審な顔で俺を見つめる。
もちろん、俺は自然と目を逸らした。
だって本気で怖いですから。
そもそも人形なのに表情が変わるのもおかしいでしょうが……どーゆー原理なんだよ。
「ほ、本当に魔王だぞ。異界の王様だぞ。俺様、嘘吐かない」
「その割には、物凄くビビりでヘタレてるんですけどぅ」
「いやいや、未知の怪奇現象に出くわしたら、誰だってビビるんじゃね?魔王だって普通の魔族ですよ?苦手な物の一つぐらいはあっても良いでしょ?」
ちなみに俺は蟲系の種族も嫌いだ。
何か無機質だし、カサカサと素早く動くしな。
「そう?でも魔王って言う割には、強さとかも感じないし……」
「え?強さって……もしかして人間の世界って、そんな野蛮な世界なのか?」
それは初耳だ。
「へ?それ、どう言う意味?」
「や、だから……強い者が王になるって言うのが常識だってこと。人間の王って、一番強いヤツが王を名乗れるの?」
「それは……違うわよ」
「大昔はそうやったけど、大抵は世襲制やなぁ」
「魔王と言う称号は違うのですか?」
「違いますよ。強さとかはあまり……この猫族の言う通り、殆どは世襲です」
俺がそう言うと、何故かそこにいる全員が『あぁ……道理で』みたいな顔をして頷いた。
何だか分からんけど、少し屈辱を感じますぞ。
「それに魔王って言っても、俺はまだ学生だし……そもそも田舎の小さな国ですし……」
「え?魔王って一人じゃないの?」
人形が驚いた声を上げた。
「はにゃ?人間世界って、王は一人なのか?」
「それも……違うけど」
「だろ?俺の世界だって違うよ。大小織り交ぜ三百以上の国があるんだぜ?王だっていっぱいいるよ。あんま会った事はねぇーけど」
「そうなの?てっきり魔王は一人で世界を統べているのかと思ったわ」
「いやいや、どんなファンタジィだよ。そりゃ大昔にはさ、何かスゲェ力で世界の殆どを統べていた伝説の大魔王が居たって……歴史の時間で習った憶えがあるような無いような気もするけど……あ、俺の名前はシング。シング・ファルクオーツって言うんだけど、その大魔王もファルクオーツって言うんだぜ?凄いだろ?」
「それって、アンタがその血を引いてるって事?」
「……幼かった頃は俺もそう思っていたさ」
そう言って俺はちょっと遠い目をする。
「でもある日、ヨハン……俺の世話係り兼執事の爺さんな。そのヨハンに聞いたんだ。そうしたらあの爺ィ、真顔で『民を統べるにはプロパガンダも必要ですじゃ』とヌカしやがった」
「中々に盛ってるわねぇ」
「盛り過ぎだろうに。お陰で学校では嘘吐き魔王呼ばわりだよ。他にも、なんちゃって大魔王とかも呼ばれたな」
餓鬼の時代の嫌な思い出だ。
「せやけど自分、まだ学生って言うたやろ?」
俺の膝の上で丸くなっている黒毛の猫族が、首を持ち上げながら俺を見やる。
「そない状況で、国なんか運営できるんかいな」
「は?国政の話か?俺は何もしてないぞ。超ノータッチだ」
「お、おいおい……マジか自分?」
「マジだよ。基本的には大臣と各町の代表とかが集まって色々やってたって感じだったな。俺は適当に署名するだけ。でも中々に凄くね?この斬新な政治形態って」
「それってただの民主主義じゃ…」
「魔王の意味が無いやんけ。名ばかりやないけ」
「い、言うな。それ以上、言うな。……鬱が出るから」
ちなみに今の学校での渾名は『お飾り』だ。
「な、中々に……残念な魔王ね」
「いや、ホンマに色々となぁ……」
「ですが、そんな情けない……じゃなくて情け深い魔王様……いえ、シング様に、私達は助けられました。是非、何かお礼を……」
「は?いやいや、何を仰っているのか分かりませんが……礼を言うのはこっちですよ」
俺はそう言ってベッドの上で居住まいを正し、
「危うき所を救っていただき、誠にありがとう御座いました」
深々と頭を下げた。
「は?」
「へ?」
「え?」
「ん?んん?」
頭を上げると、皆が目と口を丸く、まるで東方に住む埴輪族のような顔をしていた。
「え?なに?そんなに驚いた顔して……ど、どうしたの?」
もしかして俺、鼻血とか出てる?
「い、いえ……突然お礼を言われてちょっと……」
長い髪の人間族の女の子は、どこか困惑した表情で、この魔王である俺様をビビらせている人形と顔を見合わせていた。
と、その恐るべき人形が小首を傾げ、
「危うき所ってなに?しかも助けるって……」
「え?あ、あれ?俺が生涯最大のピンチを迎えた時に突然、召喚魔法が発動して……あれれ?もしかして偶然だったの?」
「良く分からないけど、多分ね。でも生涯最大のピンチって……何があったのよ」
「何がって……俺も未だに良く分からんのだけど、部屋でゴロゴロしてたら、いきなり城の兵士達が槍を突き付けてきて……クーデターって言うのか謀反と言うのか、気付いた時には城の中に居た全員が敵に寝返ってた。実に用意周到と言うか……前々から計画してたんだろうなぁ」
いやぁ~、本当にビックリしたな、あの時は。
メイドの姉ちゃんですら箒を振り上げていたし。
手の込んだ悪戯かと思ったよ。
「アンタ……もしかして嫌われてたの?」
「ちちち、違わい。嫌われるも嫌われないも……俺は何もしてねぇーよ」
「実際お飾りやしな」
「お飾りって言うにゃ!!泣くぞ!!」
「なるほど……」
と、美人の人間さんはコクコクと頷き、
「暴君ならまだしも、権力も握ってない状態でクーデターとは……首謀者に心当たりとかはないのですか?」
「え?うぅ~ん……多分、隣国辺りかな?何か親父の代の頃から妙な因縁があるとか聞いた憶えが……ただ、正直な所は分からん。何しろあっと言う間に兵に囲まれていたからね。しかもそこに居たのはヨハンだぜ?小さな時から面倒を見てくれていたのに……頭の中はパニックだよ」
「それでどうしたのよ?」
「や、そのヨハンの爺ィが、処刑されるか放逐されて乞食になるか選べ、とかヌカしやがって……これはもう乞食になるしかねぇーかなぁと思っていた矢先、この世界に召喚されたんですよ」
「……本当に残念な魔王ね、アンタ」
呪われた人形が大仰に溜息を吐いた。
……
息までしているのか?
「で、何でそのヨハンは……アンタの世話役だったんでしょ?何で裏切ったの?」
「その時に尋ねたら、老後の年金が心配だから、ってご機嫌な笑顔で返してくれたよ。ビックリだよ」
「そ、そうね。色々とビックリだわ」
「それで……これからどうしましょうか、酒井さん?」
そう一人と一体は互いに顔を見合わせながらヒソヒソ話を始める。
何の話をしてるんじゃろ……
と呟いたら、膝上の黒猫が欠伸を溢しながら、
「さぁ?大方、魔界へ戻す方法とか相談してるんやないか?」
「マジかッ!?」
俺は声を張り上げ、再度頭を深々と下げた。
「すんません。もう暫くここに置いて下さい。何しろ僕ちゃん、超難民です。何しろ既に国が無いし……人間界への亡命を希望しますです」
「あ、あんたって……」
「え?あ、あのぅ……」
「お、おい魔王。自分、王族のプライドとかは無いんかい」
「ふ……愚かだな、猫族よ。プライドだけで王は名乗れん!!」
「……格好良く言うても格好悪いからな、それ」
「そうかぁ?や、兎にも角にも、お願いしますよ人間様。雑用でも何でもしますから」
「え、いや……シング様、頭を上げてください」
「様だなんて……呼び捨てで結構です。何なら豚と呼んで下さっても結構です。ブヒ」
「え?え?あ、あの……」
「自分……アレやな。ホンマに凄いな」
「し、シングさん。大丈夫です。面倒を見て差し上げます。で、ですが一つお願いが……」
「何でしょうか?何でもしますよ?何ならこの猫を今から綺麗にトリミングしましょうか?」
「止めれや…」
「い、いえ、そうではなくて……」
「私達の活動の手伝いして欲しいのよ」
恐ろしい人形がフンと胸を張りながら答えた。
「活動?え?何すんの?もしかしてパシリ?それなら余裕で出来ますよぅ……学校でもやってるし」
「ま、魔王……アカン、少し泣けてきたわ」
「私達はオカルト研究会って倶楽部を作って活動してるのよ。人為らざる者達が引き起こす怪異とかを調査しているの。で、アンタにはそれを手伝って欲しいワケ。何しろ魔王だしね。結構な戦力よ」
「怪異?怪異って……まさかとは思うが、もしかして何かこう……霊的な事とか?」
「そうよ」
「……マジかぁ」
「お、おい魔王。大丈夫か?顔、真っ青やないけ」
黒猫が俺の頬を前足でピタピタと叩いて来た。
「だ、大丈夫。幽霊なんて存在しない……お化けなんて所詮はまやかし。全て嘘なのさ」
「や、嘘って……目の前に胸を張って堂々と立っているやないけ。バリバリの存在感やで」
「そうよ。シング……アンタ、曲りなりにも魔王なんでしょ?幽霊如きに何をそんなにビビってるのよ」
「ぐ……ビビると言うか生理的にと言うか……その、自分の知ってる常識から外れ過ぎて、どうも頭の中で処理が追い付かないんだよぅ」
「困った男ねぇ」
「ですがシングさんは異界の魔王様です。魔法とかもかなり習熟していると思いますが……除霊系の魔法等は使えないのですか?」
「ま、魔法ですか?」
と少し戸惑った感じで言うと、『あ、まさかコイツ』的な目で皆が俺様を見つめた。
誠に遺憾である。
「いやいやいや、魔法は得意ですよ?学校での成績もかなり上位です。た、ただ……」
「ただ……何よシング?」
「その……この世界の魔力値が低過ぎるんですよ。だからちっとも回復が追い付かないと言うか……実際、今もずっと魔法を発動してるんですよ。言語翻訳の魔法をね。この魔法、消費魔力は低いと言うか、本来は使用する魔力より回復する魔力の方が多いので、実質魔力ゼロで行使出来る筈なんですけど……この世界だと、ゆっくりとですけど既に体内魔力が落ちて来ている状態なんですよ」
「つまり、この世界だと使った分を殆ど回復できないってこと?」
「そうなんですよぅ。回復するにも物凄く時間が掛かりそうなんですよ。だからね、本当にいざと言う時か……もしくは魔力の濃い場所でしか使えないかな。そんな場所があるかどうかは知らないけど」
「魔法は使えるけど使用制限がシビアって事ね」
「魔力が尽きると、どうなるのでしょうか?」
「え?魔力の枯渇ですか?それは種族や個々の能力によっても違いますが……俺の場合は多分、寝ちゃいますね。試した事はないですけど」
「寝る?」
「魔力が回復するまで昏倒状態……と言う事ですか?」
「ですね。この世界の回復量だと、最低……百年は寝ちゃうんじゃなかろうかと。この世界の一年がどれぐらいの日数か知りませんが」
「せやけど、ワテは平気やで?」
黒猫が不思議そうな顔をする。
「ワテも時々魔法とか使うんやけど、ちょっと休めば直ぐに回復するで?」
「ん?ん~……それは多分、お前がこの世界に特化しているからじゃないか?生まれも育ちもこの世界だろ?それに元々獣魔族は、食事や睡眠で魔力が回復出来るからなぁ」
「自分はどうなんや?」
「俺は基本、呼吸だ。大気中の魔力をダイレクトに吸収できるんだよ。その辺は一応、魔王ですからね。他の種族より圧倒的に回復速度が速いのだよ。速いのだよ!!」
「何で二回言うんやか…」
「けど、それがこの世界では裏目って事ね」
「……ですね」
何しろ大気中の魔力が殆ど無いのだ。
陸に打ち上げられた魚と同じような状態だ。
「摩耶……どうしよう?この魔王、結構ポンコツなんだけど……やっぱ送り返す?」
「いやいやいや……いざと言う時は魔法を使いますよ?それにほら、それなりに力もあるから荷物持ちも出来ます」
あとパシリもな。
「呪符や魔法陣の類はどうでしょうか……詳しいですか?」
え?何ソレ?
「よ、良く分からんですけど……呪文字とか紋章呪とか……魔道具の製作の事ですか?」
「これよ、これ」
呪われた人形が、奇妙な衣装の懐から数枚の紙切れを取り出した。
それを受け取り、マジマジと見つめてみるが……何だこれ?
ウネウネな文字に奇妙な図形とか……
手に取りゆっくりとなぞってみると……おおぅ、微かに魔力の波動が。
「スクロールの一種か?や、しかしこれは何とも珍妙な術式と言うか……初めて見る魔法体系だぞ」
「何の魔法か分かる?」
「サッパリ分からん」
俺は胸を張って答えた。
「自慢じゃないが、俺は直感で魔法を使う天才肌の男だからね。道具系はどうも不得手で……」
「自分で天才肌って言うヤツを初めて見たわ」
「ワテもや」
「いやいや、俺の住んでる世界でも、この手の物は余り使わないよ?使うのは、元から魔法が不得手な種族とか魔法そのものが使えない種族とか……後は自分の不得意分野の魔法を補う時ぐらいじゃないかなぁ。それに費用対効果的に……ちょっとね」
「まぁ、普通に魔法が使える世界じゃ、そうなのかもね」
「で、こう言う道具を使って、その怪異とやらを調査したりするワケ?」
「ま、使うのは時々だけどね。摩耶は魔法が得意なんだけど、場合によっては詠唱に時間が掛かったりするからね」
「詠唱?詠唱魔法?長い呪文を唱える強力なヤツ?それって物凄い高位魔法じゃ……」
俺だって殆ど使えないですよ。
そもそも複雑過ぎて呪文とか憶えられないし。
「ん~……多分、思ってるのとはちょっと違うかも」
「せやな。基本、人間は魔法が使えない種族やしなぁ」
「へぇ~……ちょっと良く分からんけど、根本的な魔法体系が違うのかなぁ」
それはそれで興味が湧くけど……俺、別に魔法研究者じゃないしね。
理論の解明とかは無理だな。
「それでシングさん。このようなアイテムを作る事は可能ですか?」
「え?う、うぅ~ん……どうでしょうか。元から製作ってのは得意じゃないですけど……道具や素材があれば何とか作れるかな?高レベルのは難しいけど」
「道具って何が必要なのよ?」
と不気味系人形。
「そうだなぁ……製作者のスキルや魔法系統、それに地域によって色々と道具にも種類があるって聞くけど……基本的なスクロールを作るのには、魔石と注入ペン。後は魔獣の皮とかかな」
禁忌とされてる死霊系魔法は、術者や生贄の血を使うと言う話だけど……ま、それは黙っていよう。
作ってとか言われたら困るし。
「……ま、そんな事だろうとは思ったわ」
「こ、この世界での道具では無理でしょうか?」
「や、どうでしょう?やってみない事には……」
「何か中途半端な男ね。どうする摩耶?やっぱ送り返す?面倒臭そうだし」
「そ、それはちょっと……さすがに可哀想な……」
「ですよね!!可哀想ですよね!!僕、頑張りますから。頑張りますから!!」
「だったら試しに何か魔法を見せてよ」
そう言って恐るべき自立思考型呪い人形がにじり寄ってくる。
や、だから怖いって。
「試しにって……いざと言う時にしか使えないって言ったような……」
「今がいざと言う時よ」
「ぬ、ぬぅ…」
ま、それは確かに。何しろこれからの生活が掛かっているしな。
「じ、じゃあ……簡単な攻撃魔法を……」
って、何処で使えば良いんだ?
部屋の中だとぐちゃぐちゃになりますぞ。
「そうねぇ……摩耶。庭を少し汚しても良い?」
「構いませんよ。ではシングさん」
そう言って摩耶と言う名前の人間族の女の子は、部屋の窓を開けてくれた。
「ほほぅ…」
窓の外は既に夕闇に覆われていた。
そして目の前には広大な森。
どこまでも木々が連なっている。
「これ、庭ですか?だとしたら中々に広いお庭ですね」
下手すりゃ俺の城の庭園よりも広いよ。
「摩耶の家はお金持ちなのよ」
「この先に広がる庭は、手を入れていない自然林です。ですから、多少無茶しても大丈夫です」
「へぇ~……そうですか。んじゃ早速……」
「お、おい、ホンマに大丈夫か魔王?」
黒猫が不安そうな顔で俺を見上げて来る。
「話の流れからして、何かやらかしそうな気がするで」
「案ずるな、猫族の雄よ」
「黒兵衛や」
「そうか。ならば黒兵衛……我が力、活目して見よ!!」
そう言って俺は腕を伸ばし、
「フラルゴ!!」
刹那、広大な森の奥で炎が灯ったかと思いや、一気に大爆発。
爆風と爆音が辺り一面を覆い、窓硝子の何枚かが枠ごと砕け散った。
「す、凄いわ!!」
「何て威力の魔法……」
「ってか魔王の兄ちゃん、いきなりぶっ倒れてるんやが……」
黒猫が俺の頬を前足で突っ突く。
「……どう言う事だ、黒兵衛よ」
物凄い目が回っていますぞ。
頭もクラクラするし、体も麻痺している。
何より、魔力が無茶苦茶に減っているではないか。
「や、知らんがな。粋がって強い魔法を放ったんやないか?」
「や、爆発系でも基本レベルと言うか、かなり威力の低い魔法だぞ?え?何でだ?何でこんなに魔力を……もしかして調整が難しいのか?」
良く分からんが、魔法一発でこのザマとは……
取り敢えず人間界、超怖いんですけど。
僕、大丈夫かなぁ?
もちろん、続く