07 二人きりにはご用心
「その……どこに行かれるんですか?」
「いいから来なさい」
あれから二階の廊下を手を引かれたまましばらく連れていかれていた。
いいからって、私は良くないんだけど……
手も握られたままだし。
でもなんでだろう、そんなに嫌じゃない。
こういう風に強引に主人公が連れていかれるような展開、一度は自分も体験してみたいと思っていたから。
二階の廊下も一階と同じような作りに見える。内装はヨーロッパの宮殿のように神々しく天井がとても高い。壁の装飾品も一級品に見えるし、所々に教科書で見た事があるような有名な絵画が飾ってあったりした。
「ここよ」
「ここ……ですか?」
見た感じ普通のドアだけど……
あ、ううん。普通と言うのは間違いかも。一般家庭の家に二メートルくらいのドアなんてないもんね。
何の部屋なの?
問いかけるように二階堂様へ視線を向けるが、それに気づくこともなくその部屋のドアを開けた。
「さあ入ってきていいわ」
「はい。失礼……します」
なんだか凄そうな部屋だから縮こまるような気持で入った。
「あれ……」
普通の……部屋?
中に入り部屋を見回す。
一階が全て教室だと麦ちゃんから聞いていたから二階も教室なのかと思っていたけど違かった。教室とは程遠い、ちょっと……いやかなり大きめの誰かの部屋。
「好きなところに座って頂戴」
「わかりました……」
この人の言うことはすぐに守らないといけない気持ちになってしまう。それがなぜかはまだ分からないけど、私は言われるがままに近くにあった足の長い椅子に腰を下ろした。
続くように二階堂様は私の対面にある椅子に腰を下ろした。
もう一度部屋を見回す。
うん。何度見ても私生活を感じさせられる部屋だ。気になるのは家具など必要なものがあるだけで余計なものがないこと。その家具も一級品のものばかりだけど。
部屋は人の心を表すっていうけど、この部屋を使っている人の心は酷く枯れているように感じた。
「この部屋が気になるの?」
私がキョロキョロしていると、二階堂様が愉しそうに見つめてきていた。
気づけば手にティーカップを持っている。テーブルの上を見てみるとティーセットが置いてあった。
「はい。こんなに豪華な部屋を見るのは初めてなので……」
見入ってしまっていたのは、本当はあまりにも部屋の雰囲気が寂しげだったからだけど……私はそれを押し隠すように微笑んだ。
二階堂様は私が嘘をついているのを見透かしているかのように、ジッと私を直視してから瞬きをした。
もしかして心を読んだの……?
そんなはずは、ないよね。それに豪華だと思ったのは本当だから嘘はついていないし。
「誰の部屋だと思う?」
そんな私の心を知ってか知らずか。
誰の部屋って……
部屋にあったティーセットを勝手に使ってるし。今の話の流れから行くとこの部屋は……
「二階堂様の部屋ですか……?」
失礼に当たっていたら怖いから、恐る恐る聞く。
二階堂様は表情一つ変えずに頭を上下に小さく頷いた。
「ごめんなさいね、物が少ない部屋で。実はここ私の部屋なのだけどあまり使っていないの」
「いえ、私は好きですけど……」
「そう、ありがとう」
二階堂様は寂しそうに言いながら手に持っているティーカップを流し見る。その瞳はどこも見ていないようで遠いどこかを見ているようだった。
あまり使ってないって、ここで寝泊まりしてないのかな……?
そういえば麦ちゃんがお嬢様専用の宿舎があるって言ってたし、お嬢様によっては通学している人もいるって言ってたっけ。
あれ、でもそうなるとどうして二階堂様は学舎に自分の部屋があるんだろう。
気になったけど、安易に触れてはいけないことのような気がしたから聞くのはやめておこう。
「あなたを連れて来たのはさっきの話の通りよ」
ティーカップを置いて真っ直ぐに私を見てくる。
そのこちらの心を射抜いてくるような意志の強い瞳に毎回頭が真っ白になってしまいそうになる。
さっき、さっきってなんだっけ。
たしかそうだ。
「私のお嬢様が二階堂様だってお話ですか?」
「そう。その話」
「やっぱりほんとだったんですね」
「本当よ。嘘はないわ」
「そうですか」
二階堂様が私の仕える人……か。
さっきは周りに沢山の知らない人がいて、いきなりそんなことを言われてからパニックになっていたけど今こうして冷静に考えてみるとそれだけの話だ。
彼女の第一印象は綺麗だけど見えない怖さを持っているようで不安に感じたが、二人で面と向かってしゃべってみると割と穏やかな人に思える。
二階堂様が私のお嬢様。
うん優しそうだしそんなに悪くないかもしれない。
麦ちゃんはあんなこと言ってたけど……
「突然のことでびっくりしている?」
「はい、さすがにびっくりしてまだ頭の中が整理できてないって感じです。でも二階堂様を嫌だとかそういうのはないです」
「なら良かったわ」
私が大袈裟に言うと、二階堂様はホッと胸を撫で下ろした。演技だって思うくらいに嬉しそうに。
「良かったっていうのは……」
二階堂様が大袈裟に安堵したからどうして良かったのか聞いてみた。
「あなたも感じたかもしれないけど私ってどうやら近寄り難いらしいの。それが障害になっているみたいで人に嫌われやすいのよね……」
彼女は悲しそうに目を伏せた。
「ぜ、全然そんなことないですよ!」
「え?」
「二階堂様に近寄りにくいのは……その……それが嫌でとかじゃなくて、二階堂様がびっくりするぐらいに綺麗だから皆遠慮しちゃうんだと思います!」
私が力説すると、二階堂様は呆然と目を見開いてから「ありがとうね」と言ってくれた。
「……」
また感情に任せて力説してしまった。恥ずかしすぎて下を向く。
「顔を上げて」
言われて顔を上げ……
上げると。
いつの間にか目の前に二階堂様が立っていた。座っている私は見上げる形になる。
彼女の瞳は恍惚と輝いていた。
そっと私の頬に手を添えてくる。
「朝野優凪……
……そうね、優凪って呼んでいいかしら?」
「はい……」
頬に添えられている手の感触が温かい。
ほんと、綺麗な顔をしているな。どうしたらこんなに綺麗に生まれてくるんだろう……。
胸の辺りまで伸びた髪も黄金色で外国人っぽくて大人っぽいし。
自然と彼女の潤った口許を見ていた。
私の頬に添えられている手は。
ゆっくりと頬から顎へと纏わりつくように撫でてから……
「わっ……!」
なんか嫌な予感がしてサッと身を引いて後退した。
「残念」
なにが残念なの!?
二階堂様は寂しそうに俯いてから、毅然とした表情に戻り元の位置に座り直した。
頬を撫でた後、顎から喉の方に降りて行ったけど……
あのまま彼女に囚われていたらどうなってしまっていたのだろうか。
「に、二階堂様。お話があったのでは?」
私は若干彼女に警戒しつつジト目で問いかけた。
「そうだったわね。すっかり本題を失念していたわ」
本当だろうか?
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