05 お嬢様との出会い
読んで頂いている方、ありがとうございました!
ブックマークや評価もとても嬉しいです、感謝ですm(__)m
僭越ながら今回からお嬢様の登場です。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
宿舎を後に学舎へと足を運んだ。場所は宿舎から歩いて十五分くらい。
来る途中に学園に通うお嬢様たちの何人かとすれ違った。私は彼女たちを見て思わず振り返ってしまった。というのも、誰もが当たり前なんだけど雅やかな白いワンピースの制服に身を包んでいたから。
「ごきげんよう、本日はお暑うございますね」
「ごきげんよう、さようでございますか。あいにくのお天気でございますこと」
もちろん外国語みたいな聞きなれない言葉を話していて、みんな堂々としながら上品な物腰で振る舞っている。
綺麗だなーみんな。お嬢様ってだけで別の世界の人に見えるよ。
「こちらがお嬢様たちが通っていらっしゃる学舎です」
ピタリと麦ちゃんが足を止めた。
高らかに見上げている彼女に倣うように私もそれを見上げた。
「……………………」
愕然として思わず言葉を失ってしまう。
ここまで足を運んでいる時から視界には入ってきていたけど目の前にするとその壮大なスケールはとてつもなかった。
まずは、学生たちを出迎える門。今は開場しているけど門を収めている塀の高さは十メートルを簡単に超えているだろう。それだけで圧迫感は計り知れない。というのに背後に聳え立つお城と呼称できるそれは、もはや日本を忘れさせた。
敷地内の中にさらに城壁が必要なのかな……上流階級の人たちの思考は凡人の私には分からない。
外観はフランスに位置するヴェルサイム宮殿のようだ。城が両翼に伸ばした翼は横に何百メートルと続いている。
このお城だけで東京ドームと同じ大きさがありそう。
私にはおとぎの国に出てくるようなお城そのものがそこにあったので、夢にも見た光景を見せつけられているようであった。
「優凪様?」
「え?」
私が何の反応もしないから麦ちゃんがキョトンとした様子で見てきている。
うん、言われなくてもこみ上げてくるものはあるんだけど、ここまでくるともはや言葉にできないんだよね。
「ごめんね、びっくりしてつい………………
……っ?」
言葉にできなくても自分なりに今の感動を表現しようとすると、麦ちゃんに口許を人差し指で抑えられてしまった。
なに?どうしたの。
「優凪様、原則として宿舎以外では言葉遣いにお気をつけください。お嬢様方に比べましたら使用人の私たちは多少砕けた言葉遣いで構いませんが、外界の日常会話のようにお話をされるとお嬢様方は、よろしくお思いになりませんから」
そっか、だからさっきから私を様付けで呼んでるんだ。
うーん……しっくりこないけど郷に入っては郷に従えって言うもんね。不慣れだけで少しずつ覚えていこう。
それに、私が今一瞬普通の言葉を発しただけで周りの女の子たち……お嬢様たちが疑問の眼差しを向けてきている。
危ない危ない、気をつけないと自分の首を絞めることになっちゃう。ただでさえ私は使用人という低い立場なのだから。
「は、い。気をつけますね……」
これから馴れない言葉を使うのはなんか照れくさく感じられた。
麦ちゃんは口許を綻ばせると言った。
「お嬢様の中には使用人に対して敏感な方もいらっしゃいますから何卒お気をつけくださいませ」
そんな人いるんだ。気を付けなきゃ。
学園内に入るともっと圧巻させられる光景が目に飛び込んできた。
普通のお嬢様学校ってこんななの?
入り口のメインエントランスだけで体育館ほどの広さがあるだろう。天井はどこまでも高く、お洒落なシャンデリアのような電灯?がいくつも天井に見える。内装はヨーロッパの宮殿のような神々しいものである。正面に二階へと続く横幅の広い大きな階段があって、階段は上品な作りであるため入り口玄関から階段を通して二階まで赤い絨毯なようなものが敷いてあった。二階へとたどり着くとそこには大きなホールがあって、ホールからは壁の両サイドへと足が伸びており、それに連なるように沢山の黄金の扉が存在していた。
一階は正面の階段を除けば、入り口から見て東と西と階段裏の北にこれまたとてもワイドな廊下が続いていた。
生徒たちが授業の移動を行っているのか西から東の方へと移動して行く。なのにも関わらずに、誰かと一緒に行動していても誰一人私語を挟まないで淡々と歩を進めている。教育は徹底されているみたいだ。教科書らしきものを胸に抱いているのもお嬢様という感じだ。顔つきも皆おしとやかな風に見える。一番驚いたのがお嬢様たちの後ろを従えるようにメイドさんがついていることだ。私もあの中の仲間入りをすると思うと不思議な気持ちになる。
メイドさんと言うと従属的なイメージが少しあるけどここの子たちはそういう扱いを受けていないのか、お嬢様の後をついている彼女らの顔は清々しい。
「西の廊下に向かうとあります教室は、座学の授業が主な教室が多数ありまして、東の廊下に向かうとあります教室は、専門的な授業が主な教室があります。恐らくですが、このお時間ですとお嬢様たちは今バイオリンの稽古に向かっている最中だと思います。午後からはフランス語の授業です」
バイオリンの授業とか本当に存在するんだ。フランス語もそうだ。少女漫画の中でしか見たことないよ。
「正面階段裏手の廊下を進みますと突き当りがありまして、その突き当りを右手の方へ進みますと食堂や休憩室などがあります。対して突き当りを左手の方へ進むと教職員室などがあります。簡単に一階の主要な教室を口頭で申しますと以上になります。二階と一階についてこと細やかに説明していますとお時間がなくなってしまいますので自重させていただきますね」
苦笑しながら麦ちゃんは瞬きをした。
「いえ、ありがとうございます。麦ちゃ……麦様」
そりゃあ、外から見ただけでもあれだけ大きな建物だ。教室は余裕で百を超えるほどありそうだからその一つ一つを説明している時間なんてないだろう。
でも友達を様付けで呼ぶのも変な感じ。
…………ん?
どうしてか物珍しいのかお嬢様たちが私の方を異様に気にしている気がした。
「麦……様、他の子たちがわたしたちを見ているように感じるんだけど気のせいですか?」
私たち、厳密に言えば私を……だ。
チラリと視線を向けるだけではない。中には足を止めて私を見ている人もいる。
「まあ……………………新しいお方ですの」
「あの方は誰のお仕いですこと?」
「お近づきになれないかしら……」
ひそひそと話声が聞こえてくる。私を見ながら言っているから、多分私のことだと思う。
え、なになに。私何か変なことしちゃったのかな。それともメイド服の恰好で変なところでもあるのかな。一応麦ちゃんに来る前に確認してもらったんだけど。
皆が注目してくるから心臓が早く鼓動して焦ってくる。耳が熱く頬も熱い。
どうしてみんな私を見てくるの?あまり見られるのは得意じゃないから止めて欲しいな。
「お気になさらないでくださいね。お嬢様方は優凪様が可愛らしくて見惚れているだけのようです」
パニックになりそうでいると、平然とした面持ちで麦ちゃんは、そう言った。
え、嘘。信じられない。私が可愛いから皆注目してるってこと?
……信じられないよ、私は別にアイドルでもなければ顔立ちだってその辺にいるレベルなんだから。
麦ちゃんは私の心の声をくみ取った風に一度頷いてから。
「この学園では綺麗な方は沢山いらっしゃいますが、皆様大人びている方が多いでしょう?……ですから優凪様のような愛らしい方は珍しいのだと思います」
さも私を可愛いと、そう思っているくれているような口調で言ってくれた。
「そうなんでしょうか……?」
正直全然そんなことはないと思うけど、確かに周りを見てみると可愛いというより大人っぽい人が多いような……。
麦ちゃんの言っている、皆が私を可愛いと噂しているのはないと思うけど、突如現れた田舎者みたいなちんちくりんな私を珍しくて見てきているのなら納得できた。可愛いから見ているのではなく、珍しいから見ているのだ。
私は動物園の動物じゃないんだよ……
恥ずかしいよ、早くこの場から去りたい。
「メイド服がとてもお似合いですこと……」
「…………あの方のお名前はご存じですこと?」
「さようでございますか。わたくしも初めて拝見しましてよ」
「お名前だけでもお伺いに行こうかしら……」
わ、なんかわからないけど皆が私の噂話を始めた。
粛々としながら麦ちゃんの後ろに隠れていると、なぜか話し声がいきなり
……シンと静まり返った。
「あら……」
麦ちゃんは長い睫毛を見開いて、こちらに歩み寄って来ている人物に視線を向けていた。
「どうしたの……?」
麦ちゃんに話しかけるけど、答えてくれない。というよりは聞こえていないよう。
気付けば周りの人たちも声を出すのを自制して、誰かの方の視線を向けていた。
え、なに?何があるっていうの?誰がいるの……?
麦ちゃんと周りの反応から察するように、凄い有名な人が突然街中の真ん中に現れた時のような反応である。
私も皆に釣られるように視線を上げた。
そこには二階へと続く階段上部から、閑静なこの場にへと優雅にカツカツと足音を響かせながら歩いてきているお嬢様がいた。
「……………………」
……………………綺麗。
この学園を見た時と同じように、私は言葉を失った。
その人は一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
周りの人も私も無意識に羨望の眼差しを向けていた。
その人が一歩足を踏み出すたびに目で追ってしまう。その人が手を手すりに置くたびに目で追ってしまう。その人の動作に魅入ってしまう。
初めて、人生で……初めてみた。
こんなに美しいという言葉が似合う人を。
滑らかな所作はあまりにも完成され過ぎている。
キュッと引き締まった体形は出ることろは強くはっきりと主張しており、引っ込むべきところは引っ込みすぎているんじゃないかっていうくらいで、画に描いたようなスラッとしたモデルさんのような体形をしている。
ううん、そんなレベルじゃない。私はトップモデルさんを見に行ったことがあるけど、見た目とか雰囲気とか、もう……あのとき見たトップモデルさんを遥かに超えている。
びっくりするくらいに美しい人。
そして、美しい……薄く透き通ったその黄金色の髪は胸の辺りまで伸びていて優美らかに靡いていた。
綺麗とか美しいとかそんな次元じゃない。
白い肌は私よりも白くて。
もしかしたらハーフなのかもしれない。
その人は、エメラルドの宝石のような瞳を細めながら私を見た。
……途端、向かい風が思いっきり吹き付けられたような……世界が止ったような気がして数瞬、息をするのさえも躊躇われた。
一階のホールに降りてくると真っ直ぐに私の方へと歩いてくる。
え、こっちに来るの?
唖然としてしまう。
……その人が私たちの方へと来ると思っていなかったから。
他の人も私と同じような気持ちでいるのだろう。周りの人たちはその人の行く道を遮る事を許されないと本能的に悟っているかのように道を開ける。
その方は周りの視線を意にも返さないで。
やがて、その方は私たちのすぐ手前まで来た。
「お待ちを……」
麦ちゃんが勇気を出したとばかりに、制止するような声をかけたけど構わずその人は私の目の前まできて足を止めた。
「……え?」
……え?
「……わ、たし?」
……わ、たし?
その方は頷きもしないで……。
その冷たい顔のまま鋭い目つきで口を開いた。エメラルドの宝石に私が映っていた。
「あなたが、あなたが私の
……………………マイ乙女ですの?」
これが私と、私のお嬢様との出会い……。