04 寄宿舎
なんと、とても嬉しいことにブックマーク数が五〇を超えていました。私としては、慌てふためきながらも嬉しくて……その、ありがとうございます。m(__)m
ブックマーク等感謝です。
すみません。今回お嬢様を登場させようと思ったのですが話の構成上長くなってしまうので、明日か明後日の次の話で登場させたいと思います。よろしければまた見て頂ければと思います。
次回からお嬢様言葉などがガンガンでてきます。
道中で他のメイドさんたちを一切見かけなかったところ。どうやら「他の方たちは学舎の方で今もお嬢様の傍に仕えてるの」らしい。麦ちゃんはというと、たまたま今日お嬢様が不在のため、同室で適任ということで私の案内役を任されたみたい。
「ここが使用人の寄宿舎だよ」
「おっきなとこだねー」
「うん。この学園に通うお嬢様の数だけメイドさんはいるから」
寄宿舎にたどり着いた。
お嬢様たちに仕えるメイドの部屋だからてっきり粗末なものを想定していたけど、全くそんなことはなく堂々と麗としていた。
また、三百人近くの生徒さんが通っているというだけあって、寄宿舎はそれだけの規模の風体を成している。
「わぁーーーー綺麗だね」
思わず自然と口から言葉が零れた。
確か創立から数十年と経過していた気がするけど、年季を感じさせないくらいに綺麗な外観をしている。都内の新築のマンションのような輝きだ。
「一年程前に改築の工事がされたばかりだから」
「そうなんだね、ちょうどタイミングが良かったんだ」
私なんかボロボロのアパートみたいなのでもいいかなって思っていたのに、こんな綺麗な場所で寝泊まりできるなんて最高だよ。
「綺麗だと心も顕われるようでしょ?」
うん、と肯定した。
確かになんかこう……心が穏やかになっていく。
しばらくいい雰囲気に浸っていた。
ギュッ。
あ。
そういえば失念していたけど手を繋がれたままだった。
当たり前みたいになってるけどそろそろ言ったほうがいいよね。
「麦ちゃん」
「なーに?」
「その…………手を、さ?」
離して?と告げる。
彼女は聞こえていないのか、は?と知らないような顔をする。
あれ、気づかなかったの。
「手を、ほら」
分かりやすく手を上げる。
麦ちゃんは何を思ったのかしばらく私の手をジーと見つめている。
え、なんで私の手離してくれないの?気のせいだと思ってたけどほんとに手を繋ぐのが普通だったりするのかなこういうところって。
と思ったら、今気づきましたとばかりにパッと離れた。
「今気づいた!ごめんね?…………私可愛い人を見ると自然と手を繋いでしまったり抱き着いてしまうの」
汗汗という感じにペコリ、ペコリ、と九十の角度で礼をされた。
「そうなんだ。珍しいね」
私は苦笑しながら謝らなくていいよと手を仰いだ。
可愛い人がいると抱きついたりしちゃうって大丈夫なのかな。少し麦ちゃんが心配になった。
「まあ、冗談ですけど」
「冗談なの?!」
「どっちだろう……」
いや、考え込まれても。
「……嫌だった?」
悲し気な瞳で顔を覗き込んでくる。
お人形さんのような女の子が涙目でいるのを見たら否定せざるをえない。
「ぜんぜんそんなことないけど!」
「そっか。つまり、好きな時にいつでも抱きついたりしてもいいってこと?」
「え?!」
どうしてそうなるのかな。
麦ちゃんはグッと身を寄せて顔を近づけてくる。線の構やかな端正な顔がすぐそこにあってドキリとしてしまう。薄い緑色の髪から漂ってくるシャンプーとか、宝石のような瞳には吸い込まれてしまいそうで、フワッと揺らぐメイド服の裾が眩しい。
ちょ、近い、近いよ!
「いいってこと?そうかしら?」
「……………………ち、違うよ?」
押しに押されて後ずさりながらも、完全に否定したらなぜかいけない気がしたので愛想笑いをしてその場をやり過ごした。
麦ちゃんはというとスッと身を引いてから名残惜しそうに私の右手を見つめていた。
「私たちの部屋に案内するね」
「うん」
宿舎の入り口に入る。
高級ホテルのようなエントランスを抜けると、全体的に空間の広いエレベーターホールに到着した。両サイドに五つずつエレベーターがある。
「凄いね……」
大企業のエレベーターホールを見ているようで感動してしまう。
だってこれさ、私にとっては寮みたいなものだから普通の一軒家にエレベーターがあるのと一緒だもん。
「私たちの部屋は五階ね」
キンコンという到着音を鳴らした手前左のエレベーターに乗る。麦ちゃんが五階を押してくれた。よく見るとエレベーターの回数は十五階まであった。
「十五階まであるんだ。ホントに大きいね。使用人の人たちは皆この宿舎で寝泊まりするんだ……」
「ね、私も最初びっくりした。一般のホテルに近い設計になっているんだって」
「へー……だからこんなに大きいのかー」
感心しながら、回数のボタンが点滅していくのを凝視しながら五階に着くのを待つ。
…………じゃないよ私!なに段々と馴染んできてるの!いや、まあ馴染んでじゃダメとかないんだけど、こういうのに慣れてしまうと一般的な価値観とかも飛んでしまいそうで怖い……。
五階についてからエントランスを抜け、麦ちゃんは宿舎の入り口から見て左側の廊下を歩いて行く。廊下はフローリングなのか茶色がピカピカ光沢を放っている。壁と天井は透き通った白でデザインされている。ちなみにドアの色は木の色。
どれも見目麗しい。
この中で生活ができるというだけでやる気が出てきた。
「五〇九号室。ここだよ」
麦ちゃんはある一つの部屋の前で足を止めた。
「ここが私たちの部屋なんだ」
確かに扉の横に付いている表札に五〇九号室と記載されていた。
「というかさ、私と麦ちゃんだけでこんな立派な部屋を一つも借りていいの……?」
「ふふふ、大丈夫だよ。部屋によっては一人部屋の人もいるし、私もつい最近まで一人部屋だったから」
「そういえばそっか、言ってたもんね」
それがここの普通なんだ。
まあでも宿舎って言ったら一人部屋が普通なのかも。私が勝手に三人とか四人部屋だと想像していただけなのもあるけどさ。
「それじゃあ開けるね?」
「う、うん」
ここから私の生活が始まる……ううん、ここから私と麦ちゃんの生活が始まる。私たちのスタートの場所。
気持ちの昂りに答えるように、バクバクと鳴る心臓の胸の辺りに手を当てる。麦ちゃんはそんな私を微笑ましく見守りながらドアを開けた。
「……あ」
視界にこれから私が住むことになる部屋が映った。
「どうかしら、いい部屋でしょ?私は気に入ってるんだけど……」
「…………」
「優凪ちゃん……?」
ハッと我に返った。
「うん、凄くいいよ!広いし天井高いし二人部屋って感じで」
感動しすげて言葉を失っていた。それだけに私にとってはその一室はキラキラして見えた。
胸が高鳴ってしまうのも無理がないだろう。宿舎の外観が壮大であったが、まさか室内がここまで広いとは思わなかった。目で見ても二K以上あるのが分かる。
またザッ二人部屋という感じで、両端の壁にそれぞれのベッドが横沿いについていて、ベッドに連なるようにタンスと勉強机もあった。
内装は事前に麦ちゃんが見繕ってくれていたのか、可愛らしい柄のマットとカーテン。
二人部屋、これが二人部屋…………。
嬉しい。
ほんとうに嬉しい。
私にも妹がいて部屋にたまに遊びに来たり、夜に私の布団に忍び込んで居たりしたけど、物心がついた頃には私も妹も一人部屋を与えられていたから二人部屋というのには憧れがあった。
しかもそれが、一緒の場所で働く子でとても愛らしい少女となれば話は別だ。
「わーわーわー……」
「ごめんね、あまり物を置いてないんだ」
「ううん、全然そんなことないよ。びっくりするぐらい可愛いし豪華だから感動してるの……」
「そう、良かった」
麦ちゃんは安堵の息を吐いた。
もしかしたら麦ちゃんなりに新しい子がくるということで色々準備してくれていたのかもしれない。
どうやら左手側が私のベッドで右手側が麦ちゃんのベッドらしい。
「たまに一緒に寝ましょうね?」
「そうだね」
お泊り会みたいで楽しそうだから声を弾ませて返事をした。
「やった」
麦ちゃんは可愛らしく腕を握って喜んだ。
て、あれ?何かたりないような……
「お風呂ってどこにあるのかな?」
洗面台とお手洗いをするところは入り口から部屋に行くまでの廊下にあるけど、お風呂だけが見つからない。
「入浴施設……銭湯のような別館が離れにあって。毎日夜の七時から七時半まで解放されてるの。そっちに行く感じになるの」
「ふーん、お風呂屋さんまであるなんて。あ、ご飯もそういう感じなの?」
「うん。ご飯も毎日三回既定の時間になったら別館の食堂に行くの。その時にまた案内するね?今日だと夕食かな」
「ありがとう、色々」
「気にしないで」
ふわっと、背景に暖かな華を咲かせるように笑ってくれた。
やっぱり麦ちゃんは優しいな。麦ちゃんと同じ部屋になって良かった。オープンな性格で広い器の持ち主だろうから何でも聞き易い。
なんといっても、ずっと笑顔でいて、心地のよい声音が麦ちゃんの性格を物語っている気がする。
「でも。凄いけどお風呂とご飯で四回移動するのを毎日は大変そうだね」
「うん、これも慣れかな。楽だけど少し不便かもしれないね」
「でもさ、でもさ。これから一緒に暮らすってことは、帰ってきてお風呂入ったりした後はいっぱいおしゃべり出来るね!」
楽しみだなあ。
夜通ししゃべりすぎて朝になっちゃったりして、それで寝過ごしてお嬢様に叱られたり…………考えただけでくすりとしてしまうけど、ダメだよ私。これはお仕事なんだから遅刻とかは絶対にしないようにしないと。
「うん、いっぱい夜ふかししよう?」
うん!と、こくりと頷いてしまった。
「おしゃべりもいいけど、だけど最初の頃は覚える事が沢山あるから勉強会みたいになっちゃうかも……言葉遣いとか」
どっと肩が重くなるのを感じた。
私そうだ……お嬢様言葉っていったらごきげんようくらいしか知らないよ。
「ごめんね、教えてくれる?」
「いいよ、頑張ろうね?」
「ありがとう」
彼女の手を強く感謝の意味を込めて握った。
「お仕事が一人前にできるようになったら夜ふかししようね」
「うん、約束」
ゆーびきりげんまん、嘘ついたら、針千本飲-ます、指切った。
この約束はすぐに果たして見せる。
ぜったい、ぜったいに。
まだ仕事という仕事をしていないけどわくわくしてきた。
優しい麦ちゃんと毎日一緒なら、嫌なことがあったら麦ちゃんに相談すればいいし、分からないことも聞けるし、女子会を毎日できたりして……。へへへ。
我ながら自分の顔が情けない顔をしているのが手に取るように分かる。
どうやら麦ちゃんも似たようなことを考えているみたいで私を同じように頬を綻ばせていた。
と、麦ちゃんは室内の壁時計に視線を流してから。
「学舎に向かう前にメイド服に着替えようね?」
「う、やっぱり着替えなきゃダメなんだ……」
「決まりだから」
苦笑している麦ちゃんの後ろ、詳しくは私の方の壁奥隅にとりつけられているハンガーにかけてあるそれは、さきほどからうるさいくらいに私の視界に入っていた。
実際に自分でメイド服を着るとなるといけないことをしようとしているようで恥ずかしいな。さらに隣にいる子は仲がいい感じだとは言っても、会ったばかりで見られながらだもん。
恥ずかしいよ。
私の気持ちを知ってか知らずかさあさあ、と促してくる。わざわざ麦ちゃんに外で待っていてというのは失礼だけど着替えをニッコリ笑顔でガン見されているのもきつい。
「あ、あのさ……」
それでも申し訳なさそうに言えば分かってくれるよね……
「あ、もうこんな時間だわ…………!優凪ちゃん、早く着替えないと間に合わないかも(チラチラ)。さ、優凪ちゃん、急がないと」
麦ちゃんは時計を見ながらハッとするように口許に手を当ててから急かすように言った。
「ええ!?」
いきなりそんな事言われても勇気が……ああ、でも時間が……この際は仕方ないよね。服を捲り上げようと手をかける。
「あら……」
ポッと顔を赤くする麦ちゃん。
「脱ぐから後ろ向いててくれる?」
ジト目で言うと、分かってくれたのか「はい」と返してくれた。
ほんとうに見てないんだよね?麦ちゃんには背中を向けているから分からないけど後ろの視線が熱い気がするよ。自意識過剰ってこのことか。
ふぅ。
……無事に着替え終わった。
「どうかな?」
くるりと振り返ってメイド姿を披露する。着るまでは恥ずかしいけど、実際に来てみると案外そんなこともないようだ。
「ま、可愛いらしい。
……凄く」
「そうかなあ?へへ」
恥ずかしがっていたけど、そう言われると普通に照れてしまう。
麦ちゃんはというと見惚れているという表現を体現するように恍惚とした瞳を私に向けていた。
「こちらの鏡で自分で見てみては?」
「う、ん」
麦ちゃんに甘えて、彼女の方にある鏡の前に立った。
うん、これは…………我ながら、可愛いのでは、ないでしょうか。
サファイアの真ん丸な瞳。黒のサラッとしたセミロング。白い純白の私の肌色。線の細い身体。ちょうどいいサイズの胸は大きすぎず服にピッタリ。身長が百四十五センチということもあって、身なりが少し中学生っぽいから多少コスプレ感は出ているけど。清楚なメイド服を着た私は、新鮮でそれでいてどこか表情までもが余裕のあるように見えた。
こういう服って凄いな。着ただけでなんだか気持ちまで引き締められた気がするな。
「きゃ、とっても可愛らしい。もう我慢できない」
言いながら、背後からそっと腕を私のお腹に回して抱き着いてきた。
「麦ちゃん……」
とか言っておきながら、可愛いと言って貰えたので悪い気はしなかった。
か細い腕がガッチリクロスされて。麦ちゃんの人肌を背中全体に感じた。鏡越しに見れる麦ちゃんは羨望の眼差しを向けてくれていた。
「可愛い……か」
今だけはナルシストって言われてもいい。それくらいにメイド服は私に似合っていた。不思議なのは特にサイズを面接でも伝えてないのにピッタリだったこと。奇跡だった
「これぞ乙女、美しきメイドの象徴……今年は優凪ちゃんに私は投票するね」
「メイデン……?」
「うん……」
麦ちゃんは凛然と呟いた。
どうやら後から知った話なのだけど、メイデンというのはこの学園で毎年行われているミスコンのようなものらしい。ミスコンというよりもっと上品で神聖なものらしい。毎年冬に行われているようだ。