03 麦ちゃん
読んでいただきありがとうございます。本当に感謝です。m(__)m
今回は主人公が同室の子と出会うお話になっております。
「到着いたしましたよ、朝野さん」
「ありがとうございます」
リムジンを走らせてからしばらくして。
どうやら目的地のお嬢様学園に到着したようだ。車窓から見て右手に、さっきから五メートル以上ありそうな壁が永遠と続いていおり重苦しく聳えていた。お嬢様学園の敷地を囲う壁だろう。今更になって心臓がバクバクと小うるさい。
うわぁー緊張するなー。
ここに来てから胃が痛くなってきたよ。
いっそのこと帰っちゃダメかな?……さすがにダメだよね。
「寄宿舎へのご案内は、門前にいるメイドが引継いでくれるのでご安心ください」
「え、熊野さんは来ないんですか?」
「申し訳ありません。私はまだお仕事がありますので……」
「……そうですか」
シュン、残念だな。
てっきり優しそうな熊野さんが色々教えてくれるのかと思って安心していた。
あちらのメイドってどの子だろう……?
リムジンの中からだと顔がよく見えないな。
確かに分かるのはリムジンが止っているのが裏門の目前にある反対車線側であるのと、裏門の所には特徴的な格好をした女の子がポツンと立っていることだけ。女の子の服装はここからだとよく見えないけどあれは所謂メイド服というやつじゃないだろうか。
本当にあんなのを着るんだ。
まるで、映画のワンシーンの撮影に立ち会っているような気分だよ。
「珍しいですか」
「……とても」
気付かないうちにミラーに張り付く形になっていたので苦笑されてしまった。
うう、熊野さんには恥ずかしいところを見られてばかりだ。
「すぐに慣れますよ。そういうものですから」
「そういうものですか……」
「ええ」
きっとそうなんだろうけど、自分が一人前になってメイド服に身を包んでいる姿がいまいち想像できない。
「では、朝野夕凪さん」
「はい」
そう言って熊野さんは運転席から降りると、後部座席のドアを開けてくれた。そして私の手を取るように自身の手を差し伸べてくれた。
その差し伸べられた手を、私はまるで映画のヒロインになったような気持で掴む。
「……どうも」
涼しい表情をしているから彼女にとっては当たり前のことみたいだけど、私は夢でも見ているような気分だ。
「いいえ、あ、そうでした」
突然思い出したように声を上げた。
何か忘れ物かな……でも忘れ物をするなら私の方だし……
「改めてご就業おめでとうございます。始めのうちは、環境や言葉遣いなどに苦戦するかもしれませんが頑張ってくださいね」
「は、はい!
私……ドジで、要領が悪くて、ミスばっかりですけど…………やる気だけは誰にも負けていないと思います!…………熊野さんの応援の言葉、胸にしっかりと受け止めて悩んだ時に思い出したいと思います。私…………一生懸命頑張りたいと思います…………!」
まさか、こんなことを言ってくれるなんて嬉しい。
あ、でもやってしまった。
つい嬉しいことを言われたので、思ったことを口走ってしまった。私の悪癖みたいなものでもある。
急にこんな熱いテンション、引かれたりしたかな……?
不安に思いながら顔を上げると、熊野さんは唖然としたようにポカンとしていた。ゾッと首筋が冷えていくと思った瞬間、熊野さんは朗らかに表情を崩した。
え。
大丈夫……そう?
「はい、頑張ってください。その素直さがあればすぐに溶け込めますよ。応援しています」
最高の返し言葉。
私の言葉にあっけに囚われていたのは感心してくれていたみたいだった。
ああ、なんて大人な人なんだろう。
熊野さんイケメンすぎだよ。背高いし。ううん、私が小さすぎるだけかもしれないけど。
「それではそちらの横断歩道を渡って裏門の傍らにいるメイドに挨拶をお願いします。あの子があなたと同室の子ですから、色々教えてくれる手はずになっています……」
「あの子が、私の……」
視線を投げかけると、遠くからでも愛想を浮かべてくれているのが分かった。
「それでは、私はお仕事に戻りますね」
「あの……わざわざ、ありがとうございました……!」
精一杯の感謝の気持ちを言葉に乗せて、熊野さんを見送った。
最後に車の中からひらひらと手を振ってくれていた。
ほんとうに凄く良い人だった。
朝からあんなに優しい人に出会えるなんてついているかもしれない。
もしかしたら、怖い人なんていないのかも……
リムジンが見えなくなるまでその背中を見送った。
て、忘れてた!
感慨に浸っている場合ではない。
ぐるっと、百八十度身体を回転させる。
「ごめんなさい……!」
駆け足で開いた門の傍らにいるメイドの子の元へと駆け寄る。
いけないいけない、熊野さんに夢中で待ってくれていた人を疎かにしてしまっていた。
彼女の足元まで来た。
はあはあ、と息を切らしながら顔を上げた…………
「失礼、しました」
どんな子かな………
「いいえ、大丈夫ですよ。朝野優凪さんですね……?」
わ、綺麗で可愛い子。
呆けてリムジンを見送っていたから怒られるかなと恐る恐る顔を上げたんだけど、そこには整った華のような笑顔だけがあった。透き通ったような白い肌質に、フワッとした薄いグリーンの長髪と、くっきりしている目鼻立ちが印象的だ。
本当にとんでもないくらいに可愛い子だ。
お嬢様学園に関わってる人って皆こんな可愛い子ばっかりなの……?
身を竦めるような気持でいると、「どうされたんですか?」と私を心配してこちらの顔を覗き込んできた。
「具合でも悪いんですか?」
凛とした声が耳元でくすぐったい。お人形さんのような顔を間近に迫る。
うわ、やばいよこれは。
「違うんです。すみません、大丈夫です!」
「そうですか……」
私が真っ直ぐに目を合わせないから、女の子は不思議そうな顔をしながらも納得してくれた。私としてはただ初対面の子が可愛いすぎて直視できなかっただけである。
それに。
その童話の中の世界を彷彿させる格好は刺激が強い。足元少し上まで伸びたスカートは上着に連結していて黒と白で彩られている。頭には白いカチューシャを付けている。完全にメイド服だよね。
うーコスプレしているようにしか見えない。
…………あれ?
思わず凝視してしまうとなんというか私が知っているようなメイド服より、ずっとスカート丈は長く、無駄な装飾はされてなくて機能性に優れた感じだった。的確に言えば上品な感じだ。
「あまり見られてると、その…………照れてしまいます……」
女の子は恥ずかしそうに目の下を赤くした。
「すみません!……つい新鮮で」
「珍しいですか?」
「そうですね。普段の生活では見慣れないので……」
「大丈夫ですよ。そんなことは杞憂ですから。これから嫌というほど毎日見ることになりますから」
うーん、それはそれでどうなんだろう。
「私も最初の頃はあなたと同じように日々新しいことに圧倒されていましたが、自然となれました。時間はかかると思いますけど安心してくださいね」
ゆったりとした独特な雰囲気を放つ少女は気をつかってくれたみたい。
同じようなって。
「庶民みたいな暮らしをしていたってこと?」
「ふふふ、そうですよ」
「私ったらつい思ったことを……」
恥ずかしいよぉ。自分から私は庶民ですって言っているようなものだ。
「ふふ、面白い方ですね」
笑われてしまったのは直球にものを言ったからだろう。
でもそうなんだ、この子も私と同じで普通の生活からこのお仕事に入ったんだ。熊野さんがこの子と同室になると言っていたけど、なんだか心強く見えてきた。同じ境遇だったというだけに、何か困った時に相談しやすそうだし何よりとても優しそう。それに、すっごく可愛いし。
「自己紹介が遅れましたね。わたくし、いえ、せっかく同室になるので砕けた言い方をお互いにしていきましょうか」
「あ、そうですね……そうだ……ね」
気軽に返事をすると、「ええ」と相槌をうってくれた。
気安く接して貰えると助かるし、固い付き合いで変に気を遣ってしまい気まずいということも起こらないだろう。加えて砕けた言葉を使うことで彼女と早く仲良くなれたようにも感じられる。
「わたしは本堂麦って言います。よろしくお願いしますね、優凪ちゃん」
わ、いきなりちゃん付でファーストネームで呼ばれた。
正直ちょっとびっくりしたけど、なんというかこの子にそういって貰えるのは嫌な感じが全くしなくてむしろ嬉しく感じられた。
麦ちゃんって言うんだ、可愛い顔に負けない可愛いらしい名前だな。
麦ちゃん、麦ちゃん、麦ちゃん。へへ。
「私は朝野優凪っていうんだ。よろしくね、麦ちゃん」
「うん、よろしくね」
本当に可愛らしい表情で笑ってくれる。声も音符が語尾についているような弾んだ声音で美しい。ずって聞いていてもいいくらいに心地いいな。
て、待って。
私すんなりため口を聞いちゃったけどもしかしたら年上だったかもしれなくない?
もしそうだったなら悪いことをしてしまった……!
「あのー麦ちゃんって、何歳なの……?」
「優凪ちゃんの一個上だよ」
ええ!
てことは、やっぱり年上だったんだ。
どうしよう、調子にのってため口をきいてしまった。
慌てて弁解しようとするけど、上手い言葉が見つからなくてわなわなとしてしまう。
「気にしないで。砕けた言葉で話してほしいな。ううん、そうしてくれると私は嬉しいな」
謝ろうと口を開いた瞬間に、先に麦ちゃんが言った。
優しすぎる。麦ちゃんが天使に見えてきた。
「いいの?」
「もちろん。
この学校なんだけど…………このお仕事なんだけど。基本的にお嬢様の学校だから、常に上品な言葉遣いを使うんだよね。だから、全く砕けた言葉を使うことがないの。そういう風に話せるっていったら宿舎で寝る前に同室の子と話せる時だけなんだ。だから、優凪ちゃんとはそういう親密な仲でいたいな」
「そうなんだ。ありがとう」
麦ちゃんがそういうなら遠慮なく砕けた言葉を使わせてもらおう。
私の方こそ仲良くなった感じで嬉しいし。
「挨拶が済んだから、まずは私たちメイドの宿舎を案内するね」
「うん、よろしく」
歩き始めた麦ちゃんは一挙一動が整った動作である。その横についていく。
「…………………………………………ほんとに可愛い子。
籠の中の鳥とはこういうことなのかしら、ふふ」
ぼそりと隣から小さな囁くような声が聞こえた。
声が小さくて良く聞こえなかったな、聞き返してみよう。
「なに、何か言った?」
「い、いえっ…………何でもないんですよ……」
珍しく動揺したように視線を泳がせた気がした。けれどすぐに先ほどのような整然とした麦ちゃんに戻った。
気の……せい?みたい。
それにしても。
凄いなー……
ただ歩いているだけでも画になってるよ。毎回同じ歩幅で、足と背筋はピンと伸びていて、手は添えるようにお腹のもとにある。
私もこういう風にこれからしないといけないのかな。見よう見まねに麦ちゃんの真似をやってみようとするけど。
上手く真似できない。それっぽくやるけどかくかく歩いてしまう。
「急がなくて大丈夫だよ、言葉遣いや振る舞いは直接お仕えすることになるお嬢様が教えてくれるから。嫌でもすぐに覚えられるよ」
「とほほ」
なにそれ怖いよ。
「ふふふ、優凪ちゃんって面白いね」
「へ?」
また笑われてしまった。
いや、人生でこういう経験はよくあった。というのも、私はどちらかというと皆から可愛がられるようなキャラクターだったから。
だから、嫌な感じじゃない。
「お嬢様かー…………どんな人に仕えることになるのかな…………」
「私も優凪ちゃんのお嬢様のことについては聞いてないかな」
「そっかー」
「でも大丈夫だよ。この学校は優しい人ばかりだから」
「そうなの、怖い人とかいないの?」
「うん、いないよ。ほとんど皆良い人ばかりだから。怖い人がいるとしても、私が知っている範疇だと学園で一人だけだから」
「へーなら安心だね」
良かった。
これで、スパルタみたいな感じで教え込まれるようなことはなさそうだ。私は物覚えが悪い方だから、きっとお仕事を教えてくれる人に迷惑をかけてしまう。だから教えてくれる人が怖い人だったらどうしようと懸念していたけど大丈夫そうだね。
ホッとしたところで辺りに視線を投げかけた。
「ね、ねえ。ここって日本だよね?」
麦ちゃんを見ていて辺りの風景を見落としていたけど、思わずこめかみに汗が滲んでくる。
「そうだよ」
全く持って信じられない。
私たちが先ほどから歩いている、長く続く道を花道のように囲っている広大に広がるガーデンは目を引いた。
ガーデンに生える色鮮やかな花々たちの楽園。花々の隅を流れる細く綺麗な小川の水音。庭の中にポツンと佇んでいる白いおもちゃの小さな家みたいな建物。永遠に水を出し続けている白馬の噴水。背の高い木々の間から差し込む太陽の光で出来た陽だまり。水面を優雅に泳ぐ白い白鳥。
どれもこれもまるで絵本の中に入り込んでしまったようである。庭、庭園、それだけでは言い表せない造形ばかり。宿舎はまだ先にあるようで、先に視線を向けるけど同じような花の並木道が続いている。この敷地分かってはいたけどどこまで広いんだろう。
見惚れていると、「さ、行きますよ?」とこちらの人差し指と中指を掴んで手を引いてくれた。
「宿舎の後に学舎を案内するね。まだ見てないよね?」
「うん。面接は都外でやったから」
そうなのだ。
私が実際に面接を受けたのはこの敷地内のどこでもない場所。だから、まだお嬢様たちが通っている場所には行ったことがないし見たこともない。どんなところかは風の噂で聞いたことがあるくらいだ。
さらにこのお嬢様学園は、学舎を囲うように宿舎があり、その宿舎をさらに囲うように広大なガーデンという名の森のような庭があるため外から学舎を見ることは不可能だ。だから、この学校に通わない人は学舎を見る事さえできないのだ。
神聖な場所なんだろうな。お城みたいな感じかな?
「どんなところなのかな?」
「それは見てからのお楽しみだよ」
「先に教えてくれてもいいのに……」
「ダメ。先に言っちゃうと魅力が落ちてしまうから」
拗ねるように言うと、悪戯な笑みを返された。
ところで……
さっき手を引かれた時から、ずっと手を離してくれてないんだけど……
つまり、手を繋いだままであって。
たぶん彼女も忘れてしまっていて意識してないんだろう。
行動に起こしたら気付いてくれるかな?
意図的に、繋いでいる手を凝視してみた。
「どうかなされましたか?優凪ちゃん」
けれど私の視線に気がついているはずなのに、それ以上の追及を許さないように麦ちゃんは微笑んだ。
うん……たぶんお嬢様学園ではこれが普通なのかもしれない。そうだよ、そうなんだよね、そうなんだよね?
「優凪ちゃん、あったかい気持ちにならない?」
「うえ!?」
無意識なんだよね、そうなんだよね!?
ゆっくりと、麦ちゃんの手がぎゅっと私の手を包み込んでいっていた。
白く華奢な柔肌から伝わってくる麦ちゃんの体温は、夏を迎えようとする気温より熱く感じられた。
もし僕のシナリオで、面白くないと感じた、特に途中から面白くなくなった方がいらっしゃいましたら、もしよろしければ面白くなくなったのがなぜかを教えて頂きたいですm(__)m。恐縮ですが今後の参考にさせて頂きたく思います。というのも、好きなモノを書きたいというのもあるのですが、人が好きなモノを書けるようになりたいというのもあるので成長のために伺いたいです。よろしければ宜しくお願いします。
次回、お嬢様の登場です。