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02 バイバイ、わたしん家

思っていたよりもずっと多くの方がブックマークしてくれていてとても嬉しいです。

同時により良いものを……と思うのですが、自分の力量以上のものは出せないので、せめて自分の百パーセントは出して頑張っていきたいと思います。

本当に読んでくれている方、ありがとうございます。

「優凪―お迎えの車が来てるよー!」

「……ちょっとだけ待ってー!」


 七月一日。

 今日から、私はついにお嬢様学園のメイドとして働くんだ。

 未だに自分がそんなことをするなんて信じられない。


 ぽぅー、と鏡に映っているセミロングを掻く。

 脱無職ということで気合を入れるために黒の長髪をバッサリと切ったのは正解だったかもしれない。

 うん、可愛い……かも?


 て、こんなことしてる場合じゃなかった!

 パンパンと頬を叩いて目を醒ます。


「まだーーーー?」

「今行くからーー!」


 一階からお母さんの急かすような声が聞こえた。

 急がないと。


 お迎えの車を待たせてはいけない。


 車が来ているというのは、事前に聞いていた話である。

 普通のお仕事なら雇われる側が自分から職場へと足を運ぶものだけど、なんと驚くべきことに家まで迎えに来てくれるというのだ。


 普通じゃあり得ないことなのでびっくり。でもこれから普通じゃないことばかりだからいちいち気負っても仕方ないのかもしれない。

 それに迎えに来てくれるのは、迎えにくる必要があるのが今回だけだからかもしれないんだ。


 そう。

 私は今日から住み込みで、都内のお嬢様学園でメイドとして働くことになる。


 基本的には土日はお休みなので実家に帰ってもいいみたいだけど、私の家と職場は結構遠いから帰るのは憚られる。それに実家に戻る度に、家までお嬢様学園専用のドライバーさんが車で送ってくれるらしいから、余計な迷惑をかけたくないとも思ったのだ。

 ただでさえ私みたいななんの取柄もない人間が凄いところに雇って貰えたから。


 ……そろそろ行かないと。

 最後にもう一度だけ自分の部屋を一見した。


「私頑張ってくるね。たまに帰ってくるから……」


 返事がないのは当然だけど、愛着のある自室にお別れをする。子供の頃から使っている勉強机、少女漫画が詰まった本棚、使い古したタンスとベッド、ベッドの上で私を見送ってくれるぬいぐるみ達。どれも懐かしく思ってしまう。


 ちょっと行ってくる。

 ばいばい、すぐ帰ってくるからね。


 パチッとスウィッチを切って、階段を駆け下りた。



 玄関にいたのは、ママだけだった。


「あれ、見送りはママだけ?」


「パパはとっくにお仕事行ってるし、(ゆう)()は……………………まだ拗ねてるのよね」


「そっか……」


 パパは始業時間が早いから家を早く出る。だから、見送りをできないのはしょうがないけど。妹の優陽は登校時間まで余裕があるはずなんだけど……未だにいじけているのか。


 というのも、私が住み込みで働くと決まったことを妹の優陽に話したところ、大反対されてしまったのだ。

「お姉ちゃんがメイドなんか似合わないよ!ずっとお家にいればいいんだよ!」って言っていたっけ。

 お姉ちゃんとしてはさすがにそろそろ姉離れして欲しいんだけど、あれから一回も口を聞いてくれていない。

 いくら話しかけても無表情で他人のフリ。こんなお別れでいいのかなー


「優陽―?お姉ちゃん行っちゃうけどいいのー?」


 ……………………。

 リビングへと、聞こえるように発せられたママの声に返事はなかった。


「もう、優陽ったら。あとでしっかり怒らないと」


「はは、怖そう。優陽泣かないといいね」


「ふふ、案外別の意味で泣きついてくるかも」


「大丈夫だよ。何もずっと家に帰ってこない訳じゃないんだからさ、久しぶりに帰ったら優陽も抱き着いてきたりして」


「そうね。あの子のことだからきっとそうなるわ」


 ママはくすりと微笑んだ。


 ……と。

 朝野さーん?と。


 家の外から誰かの呼ぶ声がする。


「はーい、今開けますから」


 お迎えに来てくれている人の声か。


 ママがドアを開けた。

 眩しい朝の陽射しと共に異質な光景が目に飛び込んできた。


「えぇ!?」


 私は目前にある信じられない光景に思わず変な声を出してしまった。

 いやさ、だって。家の前に高級リムジンがどどんと止まっていたらそりゃあ驚くよ。ほらげんに、何の変哲もない普通の一軒家の前に場違いなものが止まってるから、通行人の目が痛いもの。


「私もびっくりした。ママすっかり普通の自動車が迎えに来ると思ってから」


 ママは首を傾げている。


 黒い正装をしたお姉さんが凛然とリムジンの傍らに佇んでいるのがなんともいえない……

 そのお姉さんは一歩前に出た。


「おはようございます。朝野、優凪さんですね?」


「はい!」


 お姉さんの素敵な愛想に声が裏返ってしまって顔が熱くなる。


「お迎えにあがりました。わたくし朝野様がお仕えすることになるお嬢様の、専用ドライバー兼側近の熊野(くまの)と申します」


 柔らかな笑顔が似合う可愛い顔をしたショートカットのお姉さんはぺこりと綺麗な角度でお辞儀をした。滑らかな動作に見惚れてしまう。


「あ、朝野、優凪です!よろしくお願いいたしまっんん!!」


 ちょっと噛んでしまったけど、不器用にも全力で挨拶をすると熊野さんは「はいっ」とニッコリと頷いてくれた。

 その笑顔はなんというかこっちの心を一瞬で溶かしてくれた。


「お母さま、娘さんは可愛らしい方ですね」


「ありがとうございます」


 なにそれ、やめてほしい。


「挨拶も終わりましたし、さっそく学園の方に向かいましょうか」


「あ、はい」


 お姉さんがそう言いながら手に持っているキーのボタンを押すと、後部座席のドアが開いた。乗れということだろう。

 リムジンへと一歩踏み出してから踵を返した。


「あ、すみません。ちょっとだけ待ってくれますか?」


「はい?」


 熊野さんは私の隣にいるママを流し見てから口を緩やかに紡いだ。


「ごゆっくりと」



「ママ……」


 一生戻ってこないわけじゃない。

 だけど。

 それでも。

 たぶんしばらくはこの家に帰ってこなくなるのだ。

 毎日見ていたママの顔も見れなくなる。


 ママに抱きつくと、背中に手を回してギュッと抱きしめてくれた。

 いつもは何も感じないけど、なんだか今日のママはいつもよりあったかくて、いつもより私を抱きしめている力が強い気がした。


 涙腺から涙が出そうになったけど、ママが頭を撫でてくれるとスッと悲しい気持ちが引っ込んだ。


「優凪……。色々社会勉強してきなさい。それと何かあったら、よく考えて、視野を広くして、冷静に行動すること、いいわね?」


「うん……」


「大丈夫よ、優凪なら」


「うん……」


「何か言い残したことはない?」


「ママこそ」


「たくっさんあるよ?」


「はは、ママが寂しがってどうするの」


 苦笑しながら、ママから離れた。


「じゃあ気をつけてね。何かあったらすぐにでも帰っておいで」


「うん……優陽のことよろしくね」


「ふふ、しっかり怒っておくからね」


「そう……だね、よろしく」


 それと。

 最後に一言だけ。


「行ってきます、ママ」


「行ってらっしゃい、優凪」


 後になってから、この時熊野さんの前で自分のお母さんをママと言ってしまっていたことに気がついて悶絶するのはまた後のお話。


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