13 お話をしましょう2の2
「……はむはむ」
カステラに夢中な春音ちゃんは兎のように小さく食べ進めていた。
その様子が可愛くて、麦ちゃんと私は微笑ましく見ていた。
「み、見ないでください……食べているところを見られてると食べにくいです」
「あ、ごめんね?」
「すみません。可愛らしくて……つい」
誤魔化した私に違って麦ちゃんはありのままの感想を伝えた。
それが春音ちゃんは恥ずかしかったのか、夢中に食べるのをやめて上品に食べ始めた。
それでも私たちの視線が気になったのか、カステラを刺したフォークを置いた。
「それで、お話とは……?」
「お話というほど固いおしゃべりをしようという訳ではありませんわ。せっかくですから春音ちゃんのことについて伺いたいと思いまして」
「わ、私ですか!?」
期待の眼差しを向ける麦ちゃんに、春音ちゃんは予想外だったのか顔を赤くする。
「はい。私たちのお話は少しさせていただきましたが、春音ちゃんのことはまだ簡単な自己紹介しか聴けていなかったので、好きな食べ物や趣味など教えていただけたらと」
「あ、それ私も知りたいな!春音ちゃんのこともっと教えて?」
「ゆ、優凪さ……お姉ちゃんが言うなら……」
嫌そうな顔をしていたのに、私が言うと乗り気になったのか顔を上げてくれた。
というか、意地でも私をお姉ちゃんと呼びたいらしい。
「えと、えーと。こういう時は何から話せばいいんでしょうか……」
春音ちゃんは困ったようにまん丸な黒い瞳を私と麦ちゃんに行き来させた。
さすがにいきなり、あなたのことを教えて!というのも無理があったのかもしれない。
「ごめんね。そんなに身構えなくていいよ。そうだなあ……好きな食べ物は何?」
「シュークリームが好きです……」
「ほんと!?私も大好きだよ!甘くて美味しいよね」
「はい。あの柔らかい生地の中に甘いクリームがたっぷり入っているのが好きです」
「そうなんですね。私は普通のクリームも好きですが、カスタードクリームが中に入っているのが好きです」
「わ、わかります! ……普通のクリームとカスタードクリームが混ざって入っているの美味しいですよね」
「ええ。大好きですわ」
側から聞けばたわいない会話だけど、思ったよりも盛り上がって春音ちゃんは少しだけしゃべりやすそうになってくれた。
「春音ちゃんは、休日は何をして過ごされているんですか?」
「休日ですか……そうですね。こう見えてあれなんですけど、実はピアノを弾くのが趣味なのでお休みの日はピアノを弾いています」
「あらまあ、素敵ですね。休日にピアノを弾くなんて」
「春音ちゃん、すっごーい!私なんかピアノ弾けないから羨ましいよー」
春音ちゃんは照れながら言う。
「いえ、ピアノを弾けること自体は大したことありません。小さい頃からそういう境遇にあっただけですから。ですので、そういう境遇をくれた両親に感謝しています」
思っていたよりも春音ちゃんは大人な性格をしていたようだ。
「それでも凄いですわ。ピアノは指が長くないと弾くのが難しいと聞きますのに……」
そう言いながら麦ちゃんは春音ちゃんの指を見つめた。
白く細くて綺麗な指。
だけど確かに麦ちゃんの言う通り、ピアノを弾くのには長さが足りないかも。
「いっぱい練習して弾けるようにしたんです」
きっと相当な努力をしたんだろう。
しかし、ピアノを弾いていたということは、やはりお家柄の良い家に生まれていたのかもしれない。
「好きな曲とかあるんですか?」
「えーと。まだ完璧には弾けないんですけど、ベートーヴェンのピアノソナタ十四番の月光が好きです」
月光という曲にピアノに詳しくない私はピンときてないけど、麦ちゃんは知っているようで感心するように手を合わせた。
「あの曲私も好きなんです。練習もしているなんて凄いですね。よろしかったら今度弾いているのをお見せしていただけませんか?」
「私も見たいな!春音ちゃんの弾いているところ!」
春音ちゃんは一度私たちを見て俯いてから、顔を上げて笑顔ではにかんだ。
「拙い演奏でもよろしければ……」
「そんなことないよ!春音ちゃんが一生懸命弾いてくれるんだから。それだけで価値があるってもんだよ」
「私もそう思います。個人的にも好きな曲なので楽しみにしていますね」
「ぷ、プレッシャーが……」
私たちに期待をかけられた春音ちゃんは困ったように苦笑した。
「そういえば……」
場も和んで来たし個人的に気になっていたことを聞くことにした。
「間違ってたらごめんねなんだけど、春音ちゃんって……その……お金持ちさんの家で育った感じなのかな?」
我ながら失礼で直球な聞き方だと思ったけど、他にどう聞いたら良かったのか分からなかったのだ。
春音ちゃんはというと、私の質問が正解だったのかなんとも言えない顔をしている。
「ごめんね?変なことを聞いちゃったかな?」
マズイことをしてしまったか。心配して顔を覗き込むと春音ちゃんは首をブンブンと振って否定してくれた。
どうやらそれを聞いたこと事態に問題はなかったらしい。
「私も春音ちゃんを見ている限り、失礼ながらそう思っていましたわ」
春音ちゃんは臆病な性格をしているけど、いつだって麦ちゃんのように上品な立ち振る舞いをしている。
いや、麦ちゃんと言うよりかは学園のお嬢様たちみたいな、何というか……ほんとに生まれの良さそうな表情とかを見せたりする時があったのだ。
でもそうなると問題は一つ。
なぜ育ちの良い家に生まれているのにこうしてメイドなんかをやっているかということ。
ここまで考えてから、自分の質問したことについての浅はかさに気づいた。
咄嗟に謝ろうとすると、先に春音ちゃんが唇を震わせながら言った。
「私がメイドになった理由……聞いても笑わないでくれますか?」
涙目……とまではいかないけど、不安そう瞳で私と麦ちゃんを窺ってくる。
理由も何も、今変なことを聞いてしまったのを謝ろうとしていたくらいだ。
春音ちゃんがメイドになった理由を笑ったりなんかしない。
「笑ったりなんかしないよ」
「はい。そこまで教えてくださるなんて信頼してくれての証です。私たちにはただ光栄でしかありませんから」
だけど、春音ちゃんが重く口を開くから少しだけ身構えてしまう。
「実は私……子供の頃からメイドさんに憧れていたんです」
「……」
「……」
春音ちゃんの予想外の言葉に麦ちゃんと二人してキョトンとしてしまった。
まさかそうくるとは思っていなかったから。
春音ちゃんもこういう反応がされるのを予想していたのか、ぎゅっと堪えるように目を瞑った。
だけどそんな春音ちゃんの不安を麦ちゃんはもろともしない。
「メイドさんに憧れるなんて、小さい頃から春音ちゃんは可愛かったんですね」
春音ちゃんは顔を真っ赤にしながら続けて言った。
「小さい頃から専属のメイドさんが家にいたんです。それで、その人がとても綺麗で優しくて可愛くて。そんな人を小さい頃から身近にずっと見てきたのでいつしか私も彼女みたいな可愛いメイドさんになりたいって思っていたんです。私も誰かの役に立つような……美しく誰かにお仕えし支える可愛いメイドさんになりたいって……」
その人を思い出すように、暖かい瞳で春音ちゃんはそう言って。
それから我に返って、「私何を言って……すみません!」とペコペコお辞儀をした。
「ううん、謝ることじゃないよ!凄くいいと思うな私!」
「私もそう思います。よろしければ、ぜひそのメイドさんに会ってメイドたるはなんたるかをお伺いしたいくらいです」
私と麦ちゃんの言葉に春音ちゃんは安心したのか、自分のメイドになった理由が肯定されたのが嬉しかったのか、ホッと表情を緩ませた。
「きっと凄いメイドさんなんだろうな……」
美しい所作の春音ちゃんが憧れるようなメイドさんだ。
きっととんでもなく美しく綺麗な人に違いない。
一度はそんなメイドさんに会ってみたい。
「はい。とても、とても……素敵な方です」
胸に手を抱いて凛とした声音でそう言った。
そのあと聞いた話によるとその人はこの学園でメイドを元々していたらしく、春音ちゃんはその人を追ってこの学園に来たらしい。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
本当はこの二週間で4回くらい書き直していました。というのも、ちょっと悩んだことがありまして。
そんな中、この小説を読んでくれている方がまだいらっしゃったので5回目の書き直しをしました。この後見直しながら訂正をしたいと思います。
みてくれている方に感謝です。