12 お話をしましょう 2の1
春音ちゃんとリラックススペースに移動する。和風な畳スペースの一角で麦ちゃんは茶飲みを仰いで一服していた。
いつもは優雅な麦ちゃんはお洒落なティーカップが似合うけど、和風な物腰も自然なくらいに似合っていた。
「お嬢様ったらいつもわがままなんですよ?」
「あの方のわがままは構って欲しいという思いの裏返しだと思いますよ」
「だとしてもですねぇ……」
メイドの子達も愚痴とか言うんだ。そりゃあそうだよね、人間なんだもん。
宿舎から出れば毅然と振る舞うようにと麦ちゃんは言っていたけど、お風呂上がりはさすがに皆んな足を崩しておしゃべりしながらゆっくりしていた。
そんな中でも、私たちは先ほどのお風呂での一件でも注目されているようで、周りの子達は話をしながらチラチラ視線を向けてくる。
こう二十四時間監視されている感じだと、精神的に参ってしまいそうだ。
「おかえりなさい」
私たちに麦ちゃんは気づいて言った。
「待たせてごめんね? 汗かいちゃったから入り直してきたの」
笑顔で見送り出してもらったけど、待ってもらっているのに、お風呂に入り直したりして、長く待たせちゃったから謝罪する。
「気にしないでください。私は待つくらい構いませんから。それよりもお二人が親しくなれたみたいで良かったです」
嫌な顔一つせずに、自分のことのように私達の様子を見て喜んでくれた。
ニッコリとした、まじまじとした麦ちゃんの瞳が私たちのある部分を見つめている。そこは、お風呂上がりからずっと春音ちゃんの指で摘まれている私の服の袖だ。
「微笑ましいですね。姉妹のようで」
麦ちゃんは手を合わせて喜んだ。
「……は、はい。私と優凪さんは見ての通りとても親しくなりました」
おお?
春音ちゃんはどうしてか麦ちゃんと対峙するように、私と麦ちゃんの間に割って入って言った。
確かにさっき友達にはなったけど、親友と言われると難しいところがある。こういう物の判断基準は難しいな。
あ、でも春音ちゃんに親友って言われるのが嫌とかじゃなくてそういうのじゃなくて、だから……。
「はい。そのようですね。優凪ちゃんのお友達として、新しいあなたというお友達が優凪ちゃんに出来たのが嬉しいです。ぜひ、私とも仲良くしていただけませんか?」
敵意を向けてきた春音ちゃんに、麦ちゃんが変わらない笑みで返す。
凛然とした麦ちゃんに、春音ちゃんは一瞬たじろいたように見えた。
「……わ、私は……優凪さんの妹ですので……」
「あらまあ……なんてことでしょう。そうしましたら、優凪ちゃんは二人の妹さんのお姉ちゃんになってしまいますね」
「ええ!?」
ビックリした。一体いつから春音ちゃんは私の妹になったのだろうか。
「い、妹って、私には本当の妹がいるよ? だから……春音ちゃんには申し訳ないけど今のまま友達で……」
「では私は次女という形の妹で、優凪さんの家の妹に今なりました……」
「そんな勝手に言われても……」
なんだかおかしな方向に話がいってしまっていて付いていけないんだけど、麦ちゃんだけは全部を分かったような顔で、いつもの笑顔をしていた。
その圧倒的なほんわかオーラに、春音ちゃんは私の後ろに隠れて顔だけを覗かせた。
「そんな怖がらないでください。私は私ですから。言葉の表も裏も何もありません。ただ純粋に私のお友達の優凪ちゃんとお友達になったあなたとも、仲良くしたいだけですよ?」
ニッコリと口許を緩めた麦ちゃんを見て、春音ちゃんは曲げていた眉を和らげ私の後ろからひょっこり出てきた。
「……えっと、怒ってないのですか……?」
「怒る? 私があなたを咎める理由がどこにありますか。どこにもありません。安心してください。私はあなたの味方ですからっ」
春音ちゃんは首を少し傾げて、「……違うんだ。 ……良かった、気のせいで」と小さく呟いた。
「……で、ですがこれだけは言わせてください。優凪さんは私のお姉ちゃんですから……たった一人だけの妹ですから……あなたには悪いですけど、妹は一人だけですから」
だから本当の妹がいるんだけどなあ。それでも妹というポジションだけは譲れないらしい。
「分かりました。では私は春音ちゃんの次に当たる妹で、優凪ちゃんの妹は春音ちゃん、春音ちゃんの妹は私ということにしましょう。そうすればあなたは優凪ちゃんの妹で私も優凪ちゃんの妹です。まあなんてことでしょう。私たち三姉妹になってしまいましたね」
麦ちゃんは幸せそうに語る。
春音ちゃんは、饒舌に話す麦ちゃんについていけてないようで、話の流れがよく分からないという顔で、「……そ、そうですね」と愛想笑いを浮かべた。
「麦ちゃんまで私の妹になるの!? どうしよう……そうなったらこれから実家に帰る度に四人分のご飯と洗濯物をしなきゃいけないってことかな……」
「安心してください優凪ちゃん。私がお手伝いしますから。ごはんは私がお作りしますし、家事洗濯掃除もやりますので、のんびりとお過ごしください。もちろんお背中もお流ししますね?」
「て、それほとんど全部だよ!それに背中は恥ずかしいから大丈夫だよ」
春音ちゃんも対抗するように言う。
「……わ、私だってお手伝いしますから……」
冗談の話なんだろうけど、二人が冗談には思えない真剣な顔で話すから私は必死に二人の妄想話に突っ込むことになった。
「打ち解けたところで春音ちゃん。少しお話を聞かせてくれませんか?」
「……お、お話ですか?」
お風呂上がりだからゆっくりおしゃべりしようということだろう。
「美味しいお茶もご用意してお待ちしていましたので」
麦ちゃんは言いながらテーブルの上を見る。続くように視線を追うと、私と春音ちゃんの分の茶飲みがあり、カステラの乗ったお皿がそれぞれ三つ用意されていた。
「美味しそうだね……」
「はい。銀座のカステラで有名なお店の職人さんがわざわざ来て作ってくれていますから」
本当にお金持ちの人がお金を使う用途は不思議である。
それでも甘い香りに誘われて、腰を下ろした。
カステラは、見た目から高級そうなカステラというのが分かる。柔らかそうな黄金の色をした生地と、いい感じに焼いて焦がしたようなカステラの皮は、生地と一緒に口に含めば、お互いの味をひたすらに口の中で高め合って、溶けてくれることだろう。
「……ごくん」
隣で立っていた春音ちゃんが、カステラに吸い込まれるように腰を下ろした。
お茶の苦味と甘いカステラの匂いに釣られた私も私だけど、春音ちゃんも私も女の子なのだ。甘い果実が目の前にぶら下がってあったら手に取らずにはいられない。
読んでいただきありがとうございました!
今回と次回は三人のおしゃべりです。
こんな感じのほんわかが続いたりもしますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
この作品では誰が人気なのでしょうか。。