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10 春音ちゃん

 夕ご飯を終えた私たちは、寄宿舎の離れにあるお風呂の館に来ていた。麦ちゃんが言っていたけど、さすがに一度に、学園内にいるメイドの子が一斉にここにくると大変なことになるらしく、時間帯ごとに人数を分けているらしい。それでも大人数の子が一回に沢山入れるように、お風呂の館は、街中にある銭湯そのものを敷地内に持ってきたような外観と大きさをしている。


 麦ちゃんについていき、更衣室に向かった。適当にロッカーを決め、麦ちゃんの横に荷物を詰めて、お風呂に入るために着替えようとする。


「見てください。あの方はもしやお昼の……」


「愛理栖様といたお方ではありませんか?」


 ひそひそという話し声と、好奇心の視線がジロジロとこちらに集まっている。別に彼女たちは私の着替えを覗こうとしているわけではないんだけど、恥ずかしく感じた。


「早く着替えちゃおうか」


「うん」


 気を使って言ってくれた麦ちゃんに頷いて、上着を脱いだ。


 ……と。



「……あの、すみません」


「え、わたし?」


 トコトコと歩いて来た、愛らしい女の子が声をかけてきた。長い黒髪を持った少女は、真ん丸な黒い瞳をパチリと瞬いて頷いた。童顔でアイドルのような顔をした可愛い女の子である。


「わたしに何の用かな?」


「……」


 しかし、女の子は何も言わずにジッとこちらの様子を窺っている。


「ねえ、この子麦ちゃんのお友達?」


「うーん、知らない子……」


 麦ちゃんに聞いたが、知らないようで首を傾げた。


 女の子はと言うと、私の顔からゆっくりと視線を下げていって……物凄い勢いで顔を真っ赤にしてから、顔を上げて、再び私をジッと見つめた。


 女同士だけど、下着を見られるのは憚られたので身を隠すようにした。


「ねえ、どうしたの?」


 女の子は身長が小さく(多分、百四十センチくらい)、愛らしい小さな少女という感じに見えたので、迷子の子に接するように身を屈ませて顔を近づけて言った。


 すると、すると、女の子はさらに顔を真っ赤にしていく。


「大丈夫? もしかして、頭が熱いとか?」


 風邪でも引いていて、頭がクラクラするから近くにいた私に助けを求めたのかもしれない。


「ち、違うんです……」


 身を竦ませて、愛らしい声音でそう言う。


「……それと、私を子ども扱いしないでください」


「あ、ごめんね?」


 困った。この子が何を言いたいのか私にはよく分からない。とはいえ、いくら少女というような風貌をしていても、年齢はもしかしたら年上かもしれないわけで、確かに軽率だったかもしれない。そういう対応をしてしまったのは、少女が童顔で、背伸びをした振る舞いをしているように見えたからである。


「もしかして、優凪ちゃんにお話があるのですか?」


 麦ちゃんが優しい声と、表情で丁寧にそう言った。


 小さな少女は、麦ちゃんの圧倒的な、ほんわかオーラを見て、固い表情を崩してからこくりと頷いた。


「……優凪様と言うんですね」


 少女は瞳を閉じて、私の名前を感慨深そうに呟いた。優凪という名前が珍しかったのかな。


「うーん、ここで立ち話をしていてもなんですし、せっかくですからあなたも……えーと」


「……春音(はるね)と言います」


 春音ちゃんという名前らしい。


「……春音ちゃんも、よろしければ一緒にお風呂に入りませんか?」


 麦ちゃんに言われると、春音ちゃんは、眉を寄せてしばらく考えてから嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、そうしましょうかっ」



 とは言ったものの。


 あれから春音ちゃんは別段口を開くこともなく、色んなお風呂を転々として楽しんでいる私たちにくっついているだけで、無言だった。


 いや、正確に言えば、私にくっついていた。


 なぜかよく分からないんだけど、今も春音ちゃんは私に肩が触れそうなくらいの横で、湯に浸かっている。


「懐かれちゃったみたいですね」


「そうなのかな? えへへ……」


 懐かれたというんだろうか?春音ちゃんの方を向くと、プイッと顔を背けられてしまう。

 さっきからずっとこうなのだ。何かこの子に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。

 先日、この学園に来たばかりで、はじめて顔を合わせたんだけど……


 麦ちゃんは麦ちゃんで、私にくっつく春音ちゃんを微笑ましそうに眺めている。


 本当なら、真っ白なお湯とか、ぶくぶく泡の出るお湯とか、電気風呂を楽しみたいのだけど、今は春音ちゃんがどうして私にくっつくのかで頭がいっぱいだ。


「春音ちゃんは、いつからここで働いてるの?」


 …………。


「どうして私に話しかけてくれたの?」


 …………。


「えーと……」


 それに、さっきから色々話しかけているんだけど一向に返事をしてくれない。これが、嫌われている以外のなにものであるというのか。


「……実は、ですね……」


 唐突に春音ちゃんが口を開いた。小さなその声音は震えていた。


 さらに、のぼせているのか、顔を赤くして、もごもごと何かをしゃべっている。


 やっと口を開いてくれた。


「ん、なに?」


「……………………してしまったんです」


「え、ごめんね。よく聞こえなかった……」


「だ、だからですね……その……」


 少女は唐突に勢いよく、ザッとお湯から立ち上がった。


 そして。



「実は……私……優凪様に一目ぼれしてしまったんです!!」



 話をしていた他の子たちが、話を止めて一斉に春音ちゃんの方を見た。


 大きな声で、周りに他のいる人がいることも構わず、春音ちゃんはそう叫んだ。勿論、お風呂なので裸で。



「あ、わ、わ、わあ、わあああああああああああああああああああああーーーーーーーーー

 ーーーーーーー!」



 春音ちゃんは、周りを見回してから、わなわなと震えて絶叫し、逃げるようにお風呂場から立ち去った。



「ど、どうしよう麦ちゃん……」


「どうしましょうか……」



 さすがの麦ちゃんも、困ったように苦笑いをした。


 私はとにかく、春音ちゃんを追いかけることにした。

読んでいただきありがとうございました。

また、読んで頂けたら嬉しいです。

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