第五話 家族
砂漠のオアシス。巨大な岩石の下に広がる街。アンダーロック。ヒトクイの襲撃からクロナに命を救われたリエンは、姉レアリスとともに暮らす家に、クロナを招き入れた。
「弟を助けていただいて、本当にありがとうございます。私のたった一人の家族なんです」
「いえいえそんなっ……あははははは……」
「どうしたのクロナ……やけに緊張して……あぐっ!」
クロナは強張った笑顔をレアリスに向けたまま、唐突に隣に座っていたリエンの脇腹を肘で突いた。ちょうど急所にあたったのか、リエンはあまりの痛みに悶絶する。
「うふふふ……今飲み物をお持ちしますね」
「あっ……お、お構いなく~」
台所へ向かったレアリスの姿を見送り終わると、クロナはリエンに近づき小声で耳打ちを始めた。
「ちょっとちょっと! 超美人じゃない! あんな綺麗な人がお姉さんで二人暮らしなわけ!? ずるいんじゃない!?」
「だから顔が近いって!」
クロナは台所で支度をするレアリスの姿を見て、深いため息をついた。
「あぁ~憧れちゃうわ~。優しくてお淑やかで美しくて……レアリスお姉さま……」
「うわぁ……」
レアリスの姿を映すクロナの瞳は、きらきらと星を浮かばせ、やがてそれはハートの形に変わった。そんなクロナの様を見ていたリエンは呆れと軽蔑の眼差しをクロナに向けていた。やがてレアリスが人数分のマグカップと、湯気の立つポッドをお盆にのせ帰ってきた。
「はい。どうぞ召し上がれ。サンドローズの紅茶が手に入ったの。お口に合うといいのだけれど」
「いただきます! ……とってもおいしいです! お姉さま!」
「…………」
レアリスが差し出した紅茶を飲み干し、クロナは満面の笑みをレアリスに向けた。そんなに勢いよく飲み干しては味などわからないだろうとリエンは言葉にしてしまいそうになったが、うれしそうな姉の手前ぐっとこらえた。
「よかったわぁ♪ あっ、おいしい茶菓子があるの。持ってくるわね」
「ありがとうございます!」
「……なんだか姉さんも甘いような…………僕はお風呂に行ってくるよ」
半ば不貞腐れたようにリエンは席を立つ。クロナは我関せずといった面持ちで、紅茶を優雅に味わっていた。やがてレアリスが不思議そうな顔をしてリエンとすれ違うと、クロナの前に茶菓子を置きながら腰かけた。
「改めてお礼を言わせていただきますね。両親はあの子がまだ幼児体のころに亡くなってしまって。それからずっと私と二人きりで生活してきましたの」
「そうだったんですか…………」
「私たちの両親は、街でビークルの整備士をしていて、ビークルの搬送中にヒトクイに襲われ、命をおとしました。リエンは採掘場迄出稼ぎに行きながら、父が遺していったガレージでビークルの整備も請け負っていて…………」
リエンの意外な一面に、クロナは驚きを隠せなかった。出会った時からどこか頼りないリエンの印象が少しだけ変わった。
「リエンも頑張ってるんですね」
「はい…………クロナさんは旅をなされているのですか?」
「えぇまぁ…………」
レアリスはクロナの回答を聞くや否や、クロナの両手をギュッと手に取り、まっすぐクロナの瞳を真剣な表情で見つめた。唐突の出来事にクロナは顔を赤らめる
「あのっ……ちょっと…………お姉さま!?」
「クロナさん。あなたにお願いがあります。…………どうか弟を旅のお供にしていただけませんか?」
「えっ…………」
突然の申し出にクロナは戸惑った。レアリスの表情からは冗談ではないことが容易に読み取れた。
「あの子ももうすぐ18になります。それまで家のためにずっと働いてきました。私はあの子に自由になってほしい」
「お姉さま…………」
「命を助けていただいたのに厚かましいお願いであることは重々承知です。ですがどうか…………」
「き…………急に言われても…………」
うっすらと涙を浮かべ懇願するレアリス。あまりの必死さに思わずクロナはたじろいでしまった。はっと我に戻るように、レアリスはそれまで握りしめていたクロナの両手を離した。
「ごめんなさい…………急にこんなこと言われても困りますよね…………私ったら…………」
「お姉さまは何も悪くありませんよ!…………ちょっとだけ時間をください」
「ありがとう。クロナさん」
今にも泣き出しそうな笑みをレアリスはクロナに向ける。程なくして、頭から湯気を漂わせたリエンが戻ってきた。
「ふーさっぱりしたぁ。…………二人ともどうしたの?」
「何でもないわ。クロナさん。お先にお風呂どうぞ」
「え?…………じゃぁお言葉に甘えて…………」
すたすたの風呂場へ急ぐクロナ。リエンとすれ違いざまに小さな声でクロナは言った。
「覗きに来る? まぁアーマロイドだからずっと服なんて着てないけど♪」
「行くわけないでしょ!」
顔を真っ赤にして怒るリエンを、舌を出してからかうクロナ。レアリスの目には微笑ましく映った。
「まったく…………人をなんだと思ってるんだ!」
「あらあら。なんだか楽しそうねリエン」
赤面したままご立腹のリエンに、レアリスは穏やかに微笑みかける。リエンはすっかり冷めた紅茶を一気に飲み干すと、残っていた茶菓子をバリバリとほおばり始めた。
広いとは言えない浴室。質素ながらも必要十分な広さの浴槽とシャワー。リエンの入った後だからだろうか、室内は熱気に包まれ、程よい温度を保っていた。
「お風呂なんていつぶりかしらねー。きんもちいい!」
浴槽に漬かりながら一つ背伸びをした後、湯気で霞む天井のランプを見つめた。レアリスの願いが頭の中でリピートする。
「…………仲間かぁ」
湯気の中に、記憶の断片が映りだす。かつて所属していた部隊。温かく接してくれた隊員達。憧れていた隊長の姿。
「隊長…………どこに行ってしまわれたのですか…………」
かつての思い出を振り払うように、浴槽に頭まで勢いよく潜る。ざぱっと浴槽から出たクロナは、何かを決意した表情になっていた。
「…………よし! くよくよ考えるのはあたしの趣味じゃない。なるようになるだけ!」
浴室から出ると、体を拭くものを忘れたことを思い出す。クロナは大き目な声でリエンを呼んだ。
「リエーーーーン! 悪いんだけど拭くもの持ってきてー!」
「いまいくよーーーー!」
やがてリエンがタオルを持って脱衣所までやってきた。扉を開けるとリエンは固まってしまった。
「クロナお待たせ。まったくなんで忘れる…………の…………」
「あぁありがと♪」
扉を開けた先には、水滴を滴らせたクロナが、全身水浸しで立っていた。先ほどとは変わらぬ姿のはずのクロナは、濡れた髪が頬に絡みつき、体に付いた水滴が、彼女のボディを美しく装飾する。ジグとの腕相撲により、水を蓄えていた乳房は、蓄積された熱の放熱により使用され、それまであった大きさはなりを潜め、小ぶりで形のいいふくらみを取り戻していた。乳房の先端から流れ落ちた水の宝石は、腹部を通り股関節へと流れ落ちていく。その軌跡をリエンの目は自然と追っていた。
「……………………えっと」
「……………………エッチ」
「ごごごごごごごめんなさああああああい!」
リエンは脚の小指を扉の角にぶつけながら、慌てて走り去て行った。あまりの慌てぶりに思わずクロナは吹き出してしまった。
「ふふっ…………いいかもね。仲間っていうのも」