第四話 絆
砂漠の街、アンダーロック。巨大な岩石の眼下に広がる湖のほとりに、無数の石造りの家々が立ち並んでいた。ヒトクイの襲撃から救ってくれたクロナをもてなすために、採掘業を営むジグとリエン達は、湖の近くの酒場に集まり宴会を開いていた。
「さぁ嬢ちゃん! おっぱじめようぜ!」
「こっちも準備OKよ! リエン! 合図お願い」
「はぁ……どうなっても知りませんよもう……」
酒場内で始まった腕相撲大会。クロナがジグの部下であるジンクスを投げ倒したことにより、ジグ自ら相手を名乗り出た。両者の実力を知った店内の全ての者は賭けを始め、興奮は収まることを知らない。
「それじゃ行きますよ……レディー………ゴー!」
「ぬりゃぁぁあああああ!」
「ふんっ………!」
スタートの合図とともに、両者の腕に力が入る。その時、がっちりと組み合った二人の腕から、確かに衝撃波のようなものが広がるのを、その場にいた全員が目にした。
「や………やるな嬢ちゃん………」
「あなたもやるじゃない………本当にヒューマノイドなの?」
軍用アーマノイドであるクロナと重労働用ヒューマノイドであるジグ。意外にも力は拮抗していた。
「すまねぇな嬢ちゃん………この腕は特注でな………ぬぁああああ!」
「うっ………!」
ジグが徐々にクロナの腕を押し返す。ジグの健闘に観客は大歓声を送り、頑丈に作られた鋼鉄製のテーブルは、悲鳴を上げるようにガタガタと震えていた。
「嬢ちゃんと同じ………軍用カーボンアクチュエーターの筋肉なのさ!」
「なる………程ねっ……だったら!」
クロナの体の節々に追加されている装甲板が展開し、蒸気を吐き出す。放熱効率を高めるために追加された冷却フィンが姿を現す。
「本気で行くよっ!」
「うぉおおおおお!?」
クロナがジグの腕を、一気にテーブルすれすれまで押し込む。ジグの腕からは煙が立ち込め、軋み音を発していた。
「まだまだあああああああ!」
「はぁああああああ!」
デーブルは二人の重機のような力に晒され、震えながら徐々に曲がっていく。圧力が集中する中心部が熱を帯び赤くなり、やがてジグの腕から繊維が切れるような音が鳴り始める。
「がぁぁ!」
「親方! もう無理ですよ! 腕がもげちゃいますよぉ! クロナももういいじゃないですか! 勝負はついてますよ!」
リエンが涙目になりながら二人に叫ぶ。ジグはニヤリと笑いクロナから視線を外さずにリエンに語り掛けた。
「男はよぉ…………一度決めたら突っ走るもんだぜ……後悔は後回しにしてなぁ!」
ジグはさらに腕に力を籠める。両者の腕の位置はスタート地点に戻った。
「へへっ…………腕はくれてやるよ嬢ちゃん!」
「勝利もついでにいただくわ!」
展開していた装甲板を元に戻すクロエ。その瞬間全身に赤い光の筋が奔る。
「行くぜ嬢ちゃん! ぬぉおおおおおおおりゃああああああああ!」
「……………とっておきだよ! はあああああああああ!」
勝負がここで決まる。その場にいた全員が予感した。刹那、カンッと弾ける音とともに、テーブルはついに限界を迎え、真っ二つに割れた。吹き飛ぶテーブルは店内を縦横無尽に飛び回り、一方はカウンターを破壊し、もう一方は壁に突き刺さった。埃が巻き起こりクロナとジグを包み込む。観客たちは勝負の行方を確かめるように、煙幕を払いのけながら二人に近づいた。
「……くっ……くそっ……腕がぁ」
「有難く頂戴するわ。あなたの右腕」
仰向けに倒れるジグ。クロナはジグの右手を握りつぶし、白色の人工血液を滴らせながら立ち尽くす。ジグの手首から肩かけて見るも無残な姿をさらしていた。限界を超え膨張した人工筋肉は、それまで包んでいた皮膚を突き破り、断裂した繊維が痙攣を起こしながら垂れ下がっていた。
「親方! おやかたぁ!!」
「リエン! 泣いてんじゃねぇ! それでも男かてめぇは!!」
駆け寄ったリエンの頭を、残った左手でジグは小突いた。立ち尽くすクロナに倒れたままのジグが語り掛けた。
「へへっ……完敗だぜ……さすがヒトクイとやり合う嬢ちゃんだ……」
「……ありがと。もっとやりようがあったんじゃない?」
「さぁて……何の話かね……」
店内に巻き起こる大喝采。鳴りやむことがない拍手が二人の健闘をたたえた。より一層盛り上がった大宴会は、次第に落ち着きを取り戻してゆく。帰宅の時間が近づいていた。
「おうリエン! クロナの嬢ちゃん! 道中気を付けるんだぜ! まぁ守ってもらうのはリエンのほうだろうがな! ガハハハハハ!」
「……大きなお世話ですよ…………」
「ふふふ♪ それじゃジグ。お大事にね」
右腕を包帯でぐるぐる巻きにしたジグが、店先で二人を見送る。痛むはずの右腕を大きく振りかざしていた。
「あの人は…………いったいどうなってるんだ…………」
「男は弱みを見せないものなのよ。たぶんね」
リエンは解せないでいた。腕相撲大会の一件。下手をすれば腕を失っていたであろうことは容易に想像できたはずだった。それでもなお、全力で立ち向かったクロナ。
「どうして……あそこまでしたんですか……」
「ん?」
「勝負は目に見えてたはずなのに。何もあそこまで……」
リエンはたまらずにクロナに問いかけた。なぜそこまでする必要があったのか。
「あたしの体にも使われてる筋肉はね。その気になればヒトなんて簡単に殺せる品物よ。それをジグも搭載していた。手加減なんてしたらこっちがジグのようになってたわ」
「……でも!」
わからないといった態度のリエンに、クロナは笑顔を向けながら続ける。
「それにね。……これは憶測なんだけど、ジグは……けじめをつけたかったんじゃないかな」
「けじめ……ですか……」
「自分の責任で、仕事仲間を一人失ってしまった。そのけじめっていうか……罰を受けたかった……そんな感じじゃない? もしそうだとしたらまったくとんでもない不器用さね」
「…………」
「本当に後先考えずに勝負したのかもしれないし。あくまで憶測よ! 大昔の有難い言葉にもあるじゃない。下種の勘繰りとはなんちゃらって」
クロナはリエンの前に回り込み、顔をズイっと近づけて、ニコッと笑って見せた。
「安心して。フレームまで曲げるほど力は入れてないわ。この街にも技師はいるんでしょ? 人工筋肉交換と伝達神経交換。皮膚再建で全治1週間ってところね」
「だから! 顔近いんですって!」
赤面するリエン。しかし内心は安心していた。壮絶とも思えたあの腕相撲の中で、クロナは手心を加えていてくれていたことを。
「も……もうすぐ僕の家です。姉さん起きてるかな」
やがて二人は一軒の小さな家にたどり着いた。窓からは明かりが漏れていた。
「姉さん! ただいま!」
「あら、遅かったのね。お帰りリエン。そちらの方は?」
眠そうな目をこすり、リエンの姉が出迎えた。リエンと同じく銀色の髪を腰まで伸ばし、蒼色の瞳をクロナに向けた。
「今日、仕事中にヒトクイに襲われて、こちらのクロナさんが助けてくれたんだ」
「こんばんは。クロナといいます」
「まぁ! ありがとうございますクロナさん。私はレアリス。リエンの姉でございます」
リエンは日中に起こったことを説明し終えると、レアリスに本題を切り出した。
「お礼もかねて、今晩泊まってもらおうと思うんだ。いいでしょ?」
「もちろんですとも。ゆっくりしていってくださいな」
「ありがとうございます。お姉さま」
時計の針は12の文字を過ぎて久しい。冷え切った夜空の下、温かく迎えてくれたヒトのやさしさに、クロナは懐かしさと、少しばかりの恥ずかしさを感じていた。