第三話 宴
砂漠のオアシス。アンダーロック。巨大な岩から噴き出す滝が、足元の命たちを潤していた。そうしてできた湖のほとりに、街の働き者たちが集う酒場がある。夕暮れ時、リエンとクロナたちは、親方ジグに呼ばれ向かった。
「よーしおめぇら集まったな! まずは酒を手にもてぇい!」
丸いテーブルをいくつも並べた店内に、ジグ率いる採掘労働者たちが集まっている。リエンとクロナもその中にいた。
「今日はご苦労だった。そして、ヒトクイの襲撃、あれは俺の責任だ。あそこらへんにはいねぇって聞いてたんだが、考えが甘かった。許してほしい」
ジグは普段の豪快な立ち振る舞いとは打って変わり、深々と従業員たちに頭を下げた。見慣れない光景に従業員たちはどよめき立つ。ゆっくりと態勢を戻し、ジグは静かに言葉を続けた。
「そして犠牲になったダンビーが安らかに眠れるように。全員献杯」
従業員たちは目をつむり、手にしている酒の入ったジョッキを、小さく掲げた。同僚の命を弔うように。その犠牲に感謝するように。
「忘れちゃいけねぇのは、ここにいるクロナのお嬢ちゃんが、俺たち全員の命を救ってくれたってことだ! 今日は嬢ちゃんに腹いっぱいになって帰ってもらう! 全員いいいな!」
しんみりとした空気を吹き飛ばすように、ジグは声高らかに言った。おぉー!っと威勢のいい無数の声が、店内に響き渡り、テーブルを揺らした。
「なんだか照れちゃうわね」
「野郎共! かんぱあああああい!」
「「「かんぱあああああい!!」」」
店全体が、大歓声に揺れた。総勢40名からなる大宴会に、ほかの客も店主も、皆一様に苦い笑いを浮かべていた。テーブルには豪華とは言わないが、酒の肴にはもってこいのいかにも味付けの濃そうな料理が、所狭しと並べられていた。
「嬢ちゃんは酒は飲めるのか? リエン! お前は問答無用だからな! ガハハハッ!」
「飲めるけど酔えないのよねー。こんな体だと」
クロナは胸に手を当てて、少しばかり残念そうにつぶやいた。
「僕まだ17なんですけど……クロナさんはその……アーマロイドなんですか?」
「そうよ。戦闘用の体だから、毒物とかはすぐにフィルターで浄化されちゃうの。こういうときに不便な体なんだよね。だからヒューマノイドのみんながうらやましいわ」
「確かアーマノイドって、軍用ですよね? 軍人なんですか?」
「……………ちょっと訳ありでね。乙女にそんなこと聞かないのッ」
軽くリエンの額を指で弾き、あざ笑うかのような笑顔を向けた後、クロナは酒が並々注がれたジョッキを傾ける。戦闘行動用アンドロイド。通称アーマロイド。近接戦闘用にエデンにて作られた体は、国家に所属する戦闘行為を行う者全てに与えられていた。
「ほう。嬢ちゃんはやっぱり只者じゃなかったかっ! それにしても嬢ちゃんが使ってたあの武器! 黒い板みてぇなのはなんなんだ? あんなもん見たことねぇぜ!」
巨大なジョッキを両手に、顔を真っ赤に燃え上がらせたジグが近づきながら言った。
「親方……どんだけ飲むんですか……」
「バカヤロウ! まだ20杯しか飲んでねぇ! リエン! まったく飲んでねぇじゃねぇか! ほら飲んだ飲んだ!」
「んぐっ…………………!」
リエンの頭がジグの図太い左腕に抱えられ、もう一方の腕でジョッキをリエンの口に押し付ける。ジョッキ一杯の酒がリエンを襲う。
「あははは。あれは機構剣スクエアっていうの。簡単に言えば形が変わる剣ね」
「ほー。面白れぇもんがあるもんだな。しかしまぁ剣なんてもんはおとぎ話の中のモンだと思ってたぜ」
「ヒトクイに生半可な火力の武器は通用しないわ。Sサイズのヒトクイならどうにかなるかもしれないけど、今日のLサイズには特にね。近づいて直接コアを狙わないといけない。そう考えると近接武器はなかなか合理的ってわけ。コアごと吹き飛ばしたいならレールガンがないとやってらんないわ」
酔いが回り目がうつろになっているリエンをしり目に、ジグとクロナは酒を飲み続ける。ジグの部下たちがクロナに酌をするたびに、クロナはすべて飲み干していった。
「嬢ちゃんなかなかいけるくちだな! リエン! ちったぁ嬢ちゃんを見習ったらどうだ! ガハハハ!」
「へ? なんれすかぁ?」
「あたしと歳1つしか変わらないんだから、しっかりしなさい? ふふふ」
「………大きなお世話れす…………!」
回る世界の中で、視界に入ったクロナを見てリエンは驚愕した。宴会前に見たクロナの胸が、酒を口にするたびに瞬く間に成長していく。まるで別人のもののようにたわわに実ったそれに、リエンの視線は固定された。
「どーこ見てるのかなー?」
「えっ……いやっ……ななななななななんれもらいれしゅ!」
「キミはこういうのが好みなのかー。なるほどなるほど」
両腕で胸を抱き、リエンの眼前で寄せ抱える。挑発的な視線をリエンに送るクロナに、リエンの顔はより一層赤みを増していく。
「ガハハハハ! おい見ろ! リエンがオーバーヒートしてやがるぞ!」
愉快な笑い声がリエンに送られる。リエンの目に恥ずかしさと悔しさで生まれた涙が溜まり始めていた。
「冷却水がオーバーフローすると、こっちに溜まり始めるの。どう? セクシーでしょ?」
「やめてください! これ以上からかわないでくださいよ!」
セクシーポーズを決めるクロナを、リエンは直視できずにいた。
「僕は前のほうがいいです…………」
「ん? なんか言った?」
「いえ別に」
リエンは小さくつぶやいた。クロナに気づかれそうになると、リエンは即座に否定し、目の前に置かれたジョッキを飲み干す。
「クロナさんは今晩泊まるところはあるんですか? 無いなら僕の家に………」
「えっ!?」
「おいリエン! おめぇも男らしくなったじゃねぇか! ガハハハハハッ!」
「違います! 姉もいるので安心できると思ったんです! 助けてもらったお礼もしたいし」
「あはははは! じゃぁお願いしちゃおうかな。リエンのお姉さんにも会ってみたいし」
夜はその暗さを増し、月とエデンはその輝きを増す。冷えた外の空気とは打って変わり、酒場の熱気は上がっていくばかりだった。
「おぉい野郎ども! クロナの嬢ちゃんと力比べしたい奴はいるか!? 勝ったら俺が今晩の代金おごってやらぁ!」
「割り勘だったんすか!?」
「そりゃないっすよ親方ぁ!」
「いやなら死ぬ気で勝って見せろ! 男だろうが! ガハハハハハ!!」
「腹ごなしにはちょうどいいかもね!」
やがて始まった腕相撲大会、クロナも乗り気だった。アーマロイドと重労働用ヒューマノイド達の戦いの火蓋が切って落とされた。
「おっしゃ! 一番手は俺っす!」
ジグにも見劣りしない恰幅のいいボディを持つジンクスが名乗りを上げた。両手を組み、チタン合金の骨をガキガキと鳴らしていた。
「クロナちゃん! よろしくっす!」
「お手柔らかに♪」
「よーし二人とも準備はいいか!! レディー…………ゴー!」
ジグがスタートの合図を切った瞬間、ジンクスは風車のように一回転し脚と頭の位置が逆になり、勢いよく頭から床に激突し網目状の亀裂を生じさせた。クロナの女性らしいしなやかな体のラインは消え、筋繊維が隆起した正に戦士と呼ぶにふさわしい姿になった。
「ちょっとやりすぎちゃったかな………」
「ま……参ったっす……」
あまりにあっけない決着に、他の従業員は意気消沈してしまっていた。そんな中、一人の男が名乗りを上げた。
「俺が相手するぜ! 嬢ちゃん!」
「親方様自らご登場ってわけね」
ジグとクロナの一騎打ちに、酒場の店内のボルテージは最高潮に達していた。
「リエン! 合図頼むぜ!」
「無茶ですよ親方! 軍用アーマロイドなんですよ!? 作りがそもそも僕たちと違いますよ!」
「だからこそよ! 男だったらよぉ! 自分の限界を試してみてぇじゃねぇか!」
「悪いけど手加減はしないわよ? 壊しちゃっても許してね♪」
従業員たちの間で、いつの間にか賭け事が始まっていた。オッズはクロナ優勢。居合わせた他の客たちも合わさって、お祭りのようなどんちゃん騒ぎが始まった。ただ月とエデンだけが、それを静かに見つめていた。