第二話 アンダーロック
日は穏やかに傾きだし、日中の酷暑もいくらか和らいだ時間。ラウンドローダーの車内の中、採掘場の惨劇を生き延びた者たちの顔には、疲労と安堵が入り混じっていた。
「…………………」
「ん? なに?」
「あっいや………何でも………」
「そう………」
ぎゅうぎゅう詰めの車内で、リエンは隣に座った彼女を見つめる。ヒトクイを屠った者。一目でわかる自分とは違う体。所々に追加されている装甲板は、いで立ちだけで只者ではないことを語っていた。
「あの……さっきは…」
「着いたぞお前ら! アンダーロックに帰ったぜ!」
巨大な岩の頂上から水が噴き出し、一筋の滝を作っていた。下に広がる小さな湖の周りに、岩を削り出して作られた家が立ち並ぶ。砂漠のオアシス。アンダーロック
「お前ら並べぇ! 今日はご苦労だったな。荷物を下ろした後、酒場に集合しろ! 俺からは以上だ。解散!」
親方は従業員に終業の合図を送ると、リエンと彼女に歩み寄る。
「嬢ちゃん。名前は?」
「あたしはクロナ。送ってくれてありがとね親方さん」
「俺はジグってんだ! クロナの嬢ちゃんに今日の礼がしたい。リエン! 嬢ちゃんを案内してやれ!」
「はっ……はいっ!」
ガハハと豪快な笑い声をあげながら、ジグは歩き去っていく。クロナはリエンの顔を覗き込み、橙色の大きな目を、まっすぐリエンに向けた。
「リエンって言うんだね。よろしくね」
「じ……時間あるし、街を案内するよ」
日はすっかり傾き、空とともに街全体をオレンジ色に染め上げていた。石造りの家屋の軒先に、様々な品物が並べられている。行きかう人々の喧騒に身を委ねながら、二人は街を闊歩する。
「ここがこの街の商店街で、食料から日用品、ビークルの部品まで手に入るよ」
「わぁーいろいろあるのね。辺境の街だって聞いてたからちょっと意外」
子供のようにはしゃぐクロナに、リエンは見惚れてしまっていた。各部位に散りばめられた装甲板を除けば、しなやかな女性らしいボディラインが見て取れる。スラリと伸びた、形の整った脚、引き締まっている腹部はまさに曲線美というに相応しく、小ぶりながらも確かな存在感を持つ胸部が夕日に彩られ美しさを増していた。
「ん?どったのー?」
「えっあっいやその別にー……」
クロナの問いかけに、リエンは我に返る。邪な感情に支配されていた自分自身に赤面し、ふと、帰りの車内で言いそびれた言葉を言い訳として見つけ出す。
「その……あのときは」
「ところでさ!」
クロナはリエンの言葉を遮り、ズイッと顔をリエンに近づけ尋ねた。
「換金所ってどこかな?」
「換金所?どうして………」
「ふふーん♪ これをね♪」
クロナは背中に携えた袋から、大きな紅い宝石を取り出した。ヒトクイから取り出したコアをその手に持っていた。
「それって………ヒトクイの……」
「そっ!なかなか高く売れるのよねー。旅を続けるためにも先立つものは必要でしょ」
無邪気な笑顔を見せるクロナとは対照的に、顔面蒼白するリエンの脳裏に日中の出来事が鮮明に蘇る。引き裂かれた同僚の姿。立ちふさがる白い恐怖。そこから救い出してくれた恩人の姿。
「助けてくれてありがとう」
「ん? あーいいのいいの! 気にしないで。結果的にそうなっただけだしさ」
ようやく伝えることのできたリエンの感謝の言葉に、クロナは胸の前で両手をフリフリと振って見せ、明るい笑顔をリエンに向けた。
「一人犠牲になっちゃったみたいだし。あたしにはお礼を言ってもらう権利なんてないわよ」
「でも!………僕を助けてくれた。本当にありがとうございます。あっ換金所ですよね。案内します」
商店街の外れ、道行く人はまばらになり、暗い目をした者たちが道端にたむろっている。ぽつんと一軒明かりをと模した建物が目的地だった。
「こっ………ここだよ」
「ありがと♪ごめんくださーい」
クロナは換金所の扉を豪快に開ける。中には鉄格子で仕切られたカウンターに、目つきの悪い大男がどっしりと構えていた。
「ガキが何の用だ。わりぃがおもちゃは買い取れねぇぜ」
大男は鼻を鳴らしクロナたちを邪険に扱う。彼の後ろには客から買い取ったであろう品々が乱雑に置かれていた。中にはヒトの手足のような不気味なものまである。
「まぁまぁおじさん。これを見てくださいな♪」
「あぁん?なんだてめぇは………!!」
大男はクロナの容姿を見て驚いた。ほかのアンドロイドとは違ういで立ちに、大男はクロナが何者なのかおおよその察しがついているようだ。
「……………要件は?」
「これを買い取ってもらいたいの」
クロナはヒトクイのコアをカウンターに置いた。大男は鋭かった目つきを大きく見開き、デスクの上の書類が散らかるのもお構いなしに身を乗り出した。
「…………いくらほしい」
「いくら出せるの?」
クロナは大男相手に交渉を始める気だった。リエンは邪魔にならぬよう、入口の外にゆっくりと向かった。
「……………5万ジュールでどうだ」
「はぁ…………」
クロナはあきれ顔で首を横に数回振り、ヒトクイのコアを袋に仕舞おうとした。大男は焦った様子でクロナに再度値段を提示する。
「わかった!10万出そう」
「倍よ。これだけの大きさがあれば、ちょっとした町のエネルギーは賄えるわ。お国に売ったほうが高いかしら?」
ヒトクイのコア。ヒトの魂を食らい生れ出た結晶は、高密度エネルギー体としての性質を持つ。ビークルの動力源から都市の電力発電に至るまで、様々なものに利用されていた。それゆえに大きいサイズのコアであれば、需要の高さから高額な金額で取引されていた。
「くっ…………いいだろう。20万だ。それ以上は無理だ。わかってくれ」
「まいど♪」
ついに大男は屈服し、クロナの提示した金額を支払う。クロナはニヤリと笑顔を向ける。
「お買い物ついでにちょっと聞きたいんだけどさ…………」
空に星が輝き始め、夜の到来を告げる。家々の明かりが灯り、商店街の方角の喧騒は勢いを増す。リエンはクロナが無事に換金所から生還を果たすのを待っていた。
「お待たせー。いやぁ儲かった儲かった♪」
「よかったぁ……てっきり何かあったのかと……」
「心配してくれてたの? ふーん……ありがと♪」
クロナが笑う度に、リエンは顔を赤らめる。クロナはそれが少し楽しくなっていた。リエンをからかうようにズイっと顔を近づけ笑顔を振りまく。リエンは耐え兼ねて急ぎ気味に切り出した。
「そっ……そろそろ集合時間だし、酒場に行こう」
「それもそうね。行きましょ♪」
クロナはリエンの手を取り走り出す。頭上の月と細々と照らし出されるエデンが、太陽の再来を嫌うように、美しく輝いていた。