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牢獄のエデン  作者: おしりーむ
2/7

第一話 邂逅

 広大な砂漠。風と戯れるように運ばれてきた砂の粒が、チクチクと頬にあたりこそばゆい


「おいボウズ! その程度の荷物でへばってんじゃねぇ!」


野太い声が風切り音とまじりあい、より迫力を増して周囲に響く。


「ごめんなさい。でも親方のように重労働用の体じゃないんですよ!」


砂の採掘場に似つかわしくない、細く華奢な体を震わせながら、少年は言う。

他の作業者たちは皆逞しく、汗も掻かずに黄色かかった白色の砂を掘り起こす。

ガハハと、親方と呼ばれた大男は、口に入る砂粒も気にせず、豪快に笑って見せた。


「あと半年で換装式だろ! そしたら俺みたいなムキムキの体にしてもらえ!」

「親方みたいなのは嫌です……あっ!」


少年は、誰にも聞こえぬよう、小さく嫌味を吐きこぼすと、砂の詰まった袋をぶちまけ、倒れてしまった。


「いててて……」


少年の膝から、白色の液体が滴り落ちる。鈍く痛む傷口を見ながら、少年はため息をついた。


「どうしたぁリエン。ケガしたのか」


これまたガハハと豪快に、親方はリエンと呼ばれた少年のもとに歩み寄る。擦りむいた膝に視線を向けた後、涙ぐんだリエンの顔を見るなり、一層に大きな声でガハハと笑った。


「アンドロイドがそのくらいでべそかくんじゃねぇ! 俺たちの体は丈夫なんだからよ!」


遥か昔、新たな星にたどり着いた人々は、自らの体を捨て、代わりとなる人間そのままの人形にその魂を移した。そうすることで、故郷とは似ても似つかない過酷な環境のこの星で、自らを適応させた。


「ほれ、おめぇの本体はあそこだろ! 安心したらさっさと仕事しろ!」


親方は遠く蒼い空を指さす。まばらに浮かぶ雲の間を、一本の細い線が地平線をつなぐ。


「この砂もエデンに納品するもんなんだ。今日ぶんのノルマも集められてねぇんだからな! ほれ、いったいった!」


親方はリエンをひょいと持ち上げ立たせると、パン! と豪快にリエンの尻を叩いた。

ガハハと歩き去る親方を、これまた恨めしそうにリエンは見つめる。ふと空を見上げ、エデンと呼ばれた一筋の線を見つめた。


「エデンかぁ……僕らが眠る場所……」


リエンは開けてしまった砂袋を見つめ。一つため息をついた。こぼれてしまった砂粒を、大事そうにかき集める。地面に触れている手のひらから、次第に大きくなっていく振動を感じた。


「あれ?地震かな……」


刹那、巨大な砂柱が炸裂音とともに姿を現し、視界をみるみる奪っていく。騒然とする作業者たちへ、親方が怒号を飛ばす。


「全員逃げろ!!」


親方の一声に、従業員全員が、蜘蛛の子を散らすように走り始めた。その度に、砂柱はまるで意思を持つように、逃げる者の前に砂柱を立てる。いつどこから襲い掛かってくるかわからない()()に、次第に逃げ場を失っていく。やがて砂煙が身を潜め、それはその全貌をあらわにした。


『シュロロロロロロ……』

「ヒトクイだ!」


ヒトクイ。ヒトのみを食らう生物。赤みがかった乳白色の肉体が艶めかしくうねるように蠕動する。巨大な蛇を思わせる巨躯を震わせていた。


「た……助けてぇ!」



従業員の一人が、恐怖に耐えかね走りだす。


「待て! じっとしてろ!」


親方が叫ぶと同時に、ヒトクイは逃げた従業員に標的を定め、砂煙を巻き上げながら距離を詰める。ヒトクイはその大きさからは想像もできない俊敏さで、従業員に跳びかかった。


「がぁっ!う……腕がぁ!!」


想像を絶する痛みと、体の一部が失われた混乱に、彼の意識は散り散りになる。ただ目の前の恐怖だけがはっきりと形を成していた。


「あ………あぁ………」


ヒトクイは彼の眼前に詰め寄り、夥しい唾液を垂らしながら彼を見つめた。ヒトクイは口を大きく開けた。直後、そこから数本の管が伸び、彼の体を貫いた。


「うあああああああああああああああ!!!」


彼の絶叫と同時に、まるで袋でも開けるかのように、彼の体を引き裂いた。唯一原型をとどめていた四肢は管に垂れ下がり、管の先端には、苦悶の形相を残した彼の顔と、楕円形の物体が絡めとられていた。


「ソウルパックが……」


親方がソウルパックと呼んだそれを、ヒトクイは飲み込んだ。散らかった残骸を気にも留めぬまま、ヒトクイは次の獲物を探す。


「くそ………今だ!ローダーに乗り込め!」


親方は叫び、従業員全員がその指示に従い、作業現場まで乗ってきたラウンドローダーに向けて走り出した。


「リエン!!」


避難の混乱の中、放り出されていた工具に躓き、リエンは動けずにいた。そうしているうちにもヒトクイは

リエンとの距離を徐々に縮めていく。


「だ……誰か……」


恐怖で早まる鼓動。涙で歪む視界の中、白く巨大な塊が近づいてくるのが分かった。


「みぃぃぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁ!」


周囲に高らかな声が周囲に響き渡る。ヒトクイがリエンから視線を外し、声のする方角へ振り向いた瞬間、一台のラウンドバイクが砂丘の頂上からヒトクイの頭部めがけ飛び出し、そのままの速度で衝突した。大破したラウンドバイクの部品をまき散らしながら、ヒトクイは悲痛な叫び声をあげながらのたうち回る。リエンの前に、バイクの持ち主が羽織っていたマントをたなびかせながら降り立った。


「キミ、大丈夫?」


()()は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったリエンの顔を、明るい笑みを浮べながら見下ろした。


「あ……あなたは……」

「説明は後でね。ちょっと下がっててくれないかな? アイツと遊ぶから」


ニコッと笑顔をリエンに向けると、すぐさまヒトクイに鋭い眼差しを向け直す。ヒトクイはそれに答えるかのように、威嚇ともとれる雄叫びを発していた。


「さぁ……今日こそやっつけてやるわ!」


マントを翻し、腰につけていたレーザーガンを左手に、真っ黒な長方形の板のような物体を右手に構えた。その板に赤い光の筋が走ると、板の縁が真紅に輝きだす。意を決したように、彼女は眼前の敵目掛け走り出した。繰り出されるレーザーガンからの閃光は、正確にヒトクイの顔を捉える。


「リエン! 大丈夫か!」


未だにしりもちをついたままのリエンのもとに、親方が駆け寄る。


「あの嬢ちゃんナニモンなんだ。ヒトクイとやり合ってやがるぜ。」

「だめだ……効いてない……」


リエンは弾け飛んだ筈のヒトクイの傷口が、瞬く間に再生していく様を見ていた。しかし彼女はひるむことなく、ヒトクイに接近する。執拗な攻撃に耐えかねたヒトクイは、砂を巻き上げ地中へと逃げ込む。


「かくれんぼってやつ? ホントに好きねそれ…………」


彼女は足元に伝わる振動に集中し、その時を待つ。地響きと張りつめた空気だけがその場を支配した。


「危ない!」


異変に最初に気づいたのはリエンだった。彼女の背後から、巨大な砂柱とともにヒトクイが襲い掛かる。口を開くと同時にいくつもの触手をそこから彼女目掛け吐き出した。


「殺ったかと思った? 残念でした♪」


触手に貫かれボロボロになったマントを残し、彼女はヒトクイの懐に滑り込んだ。


「スクエア! モードランス!」


彼女は漆黒の板を高くかざし叫ぶ。紅い光が板全体を包み込む。その瞬間、それは形状を変え、菱形の巨大な槍となり、ヒトクイの腹部を貫いた。ヒトクイは今までに無いほどの絶叫をあげると、槍に貫かれたまま暴れだす。


「こんのぉ! モードスラッシュ! おりゃあああああああああああああ!」


彼女は全身の筋繊維を隆起させ、剣へと姿を変えた板を振りぬいた。ヒトクイの腹部は縦に裂け、大量の血の雨を降らした。しばらく悲鳴を上げながらのたうち回る。最後の断末魔とともに、力なく倒れた。


「えーっとえーっと…………あった! いいサイズね♪」


彼女はヒトクイの体内から、真紅に輝く宝石のような、人の頭ほどの大きさの球体を抜き取り出す。鮮血に濡れたそれを、彼女は笑みを浮かべながら見つめていた。


「あ………あの………」

「町まで送ってくれないかな? あたしのバイク壊れちゃって」


リエンが彼女に近づくより先に、彼女が切り出す。目の前で起こったことを信じれずにいるリエンの目に、彼女の人懐っこい笑顔が眩しく映る。


二人は邂逅する。その出会いを祝福するかのように、砂の粒が風と共に踊っていた。












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