表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

警戒心

この小説にはホラー・ダークな要素が含まれて居ます。

年齢制限が必要な程のものではありませんが、苦手な方はお気をつけ下さい。

所々に亀裂が入り、瓦礫も散乱しているリノリウムの廊下を懐中電灯が照らし出している。

沙耶は慎重に廊下を進み、階下に繋がっている階段を通り過ぎて女子用トイレの手洗い場までやって来た。

彼女が途中で一瞥を送った階段には、スチール製の掃除用具入れが不自然に倒れているだけで、バリケードといえるものは存在しない。

たとえ階段を塞いだとしても、ベランダや窓が多く存在する校舎の造りでは、本気で侵入するつもりの奴を阻むことは出来ないという晶の考えの為だ。

その考えに納得しつつも、心配性の弘一が一人で必死で運んで来たのが掃除用具入れが階段に転がっている原因だった。

更に箒を針金で階段の手摺にくくり付け、『三階部分は崩壊の危険あり』と張り紙をして嘘の看板まで作られている。

偶然迷い込んだ者ですら、信じそうに無い看板だと和馬は笑っていたが、その効果があったのか単純に震災で人が減った為だったのか、

四人が身を潜める三階までやってくる侵入者はいなかった。

最近では校舎に近付く人影もなくなったが、それでも真っ暗な階下への不安と恐怖は大きい。

手洗い場に辿り着いた沙耶は、懐中電灯の明かりを消した。

高い位置にある、割れてしまった窓から差し込む月明かりで手元を見ることは容易かった。

思ったよりも明るい外からの光に、窓を見上げた沙耶の双眸には大きな満月が映った。世界は激変しても何一つ変わっていない月の姿に、沙耶は目を細める。

少しの間ぼんやりと月を見上げてから、何本か置かれているペットボトルから一番水の量が減っている一本を掴み、

インスタントラーメンの容器にほんの少しだけ水を流し込んだ。

今や貴重なものとなった水を一滴も無駄にしないように、丁寧に指で容器を擦って洗って行く。

キュ、キュ、と容器を擦る際の小動物の鳴き声のような音と、小さな水の音だけが暗い廊下に響いていた。


眠る時は四人が日替わりで徹夜を担当する事になっている。

今夜の見張り担当、弘一は体育館の倉庫から運んできた大きなマットの上で眠っている三人に視線を投じた。

寝相には人それぞれの心理が表れるという話を、父から聞いた事を弘一は思い出す。

マットの真ん中で仰向けに眠っている和馬。彼が大きく幅を取っていて迷惑そうに背を向けつつも、傍で眠っている晶。

そして二人からは離れた隅で、小さく体を丸めて眠っている沙耶。

彼らが使っている保健室から拝借した布団が、世界が正常だった頃の学園生活を思い出させた。

もう二度と戻らない時間と、安否すらも不明な家族の事を思い出して弘一の瞳には薄い涙の膜が張り、ランタンの仄かな明かりに照らされて小さく輝く。

不意に、和馬が寝返りを打った。驚いた弘一は慌てて目を擦り、見られていないかと視線を向けたが彼の涙に気付く者は誰一人としていなかった。

その時だった。

静寂が支配しているはずの教室の外から、ごくごく小さな物音が耳に入った。

物音には敏感になっている全員だったが、眠っている三人は目を覚ます気配が無い。

弘一は空耳かと思いつつも、元からの用心深く臆病ともいえる性格がその音を完全に無視することを許さなかった。

いつもは和馬が使っている70センチ程の鉄パイプを掴み、眠っている彼らを起こさないようにそっと静かに立ち上がった。

出入り口に向かう途中、再び音が聞こえた。それはリノリウムの廊下や、コンクリートの壁を軽い何かが擦っているような微かな音。

何処からか入り込んできている夜風が、何かを揺らしているだけだろうと弘一は思いつつも扉を開き、廊下に出た。

ランタンを教室内に置いてきたのは、自ら自分の存在を他者に教えるような事をしない為だ。

外からの月と星の光だけという、闇が殆どを支配している廊下に視線を据えて、階下への階段付近を油断無く見つめ始めて数分が経過した。

微かな乾いた音は時折まだ聞こえてはいるが、ずっと同じ音を聞き続けていればいるほどに、それが自然の作り出す音に聞こえて来る。

鉄パイプを強く握っていた五指からも少し力が抜け、神経質過ぎる自分自身に向けて弘一は溜息を漏らした。

最後に一度、階段の方をじっと見つめてから彼は教室の中へと戻って行った。

室内では相変わらず三人が熟睡しており、彼らの顔がランタンの暖かな色合いの明かりに照らし出されている様子は、緊張していた体を一気に解す。

少し前まで座っていた同じ場所に戻ると、彼は再び肩から毛布を被り、寝ずの番に着いた。

その手から鉄パイプが離れたのは、それから更に十分程が経過してからの事だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ