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六針目


4月1日(木)

マグはケージの扉を完全に自分で開けられるようになっている。でも、出てくるのは夜に限ってだ。出た後はやっぱり外に出たそうに窓の枠から学校の方をじっと眺めている。そして、日中は静かに丸まっているか、ケージの中をトコトコ歩いているかどっちかだ。春休みはあと5日。その間にこの異変の原因が見つかるといいんだけど、だんだん不安になってきた。調査は続行だ。


 

「ハリネズミってデリケートな生き物なんだろ?連れてきちゃって大丈夫なのかよ?」

守が玄関先で怪訝な顔をした。やっぱり相談となると守になっちゃって僕は、連れてきてしまったんだ。まぁ、マグと言えば別段暴れることもなくいつも通り丸まっている。

「ごめん、でも、ちょっと僕だけだとどうしたらいいかわからなくて」

「んまぁ、はいれよ。お母さんは夕方までパートから帰ってこないし大丈夫」

「ありがと」と言って僕は買ってもらったばかりの少しきつめのスニーカーを脱いだ。

守の部屋は海外のサッカー選手のポスターが所狭しと貼ってある。残念ながら僕には全員同じ人に見えてしまう。けど、それは口が裂けたって言えない。出してもらった麦茶をすすりながら早速マグの話題を切り出す。守はベッド.の上に足を投げ出して座っていた。

「でね、マグなんだけどさ――」

僕はここまでのマグの様子をできるだけわかりやすく伝わるように努めて説明する。守はふむふむと頷きながら聞いてくれる。守は聞き上手なんだ。

「とりあえず、簡単に言ったらマグの頭が急によくなった感じだよね」

「うん。マグが何考えてるか分かんなくて」

「まぁ、動物だから俺もわかんないよ」と守が笑う。「でも」

「でも?」

「やっぱり、この間、里志が言ってたみたいに、マグは里志に何か伝えたいんじゃないかな」

「それ、お姉さんも言ってた」

「お姉さん?」「あぁ、近所の人なんだけど、おんなじハリネズミ飼ってる人なの」

「ふぅん、まぁ、でも急にっていうところが引っ掛かるよなぁ。何がスイッチだったんだろう」

僕らはお互い麦茶を飲み干し、議論は結局行きつくところまで行きついてお互いの顔を見てため息をひとつ。答えは僕らが視線を落としたマグのみぞ知る。っということになる。

「でもさ」守がマグに視線を落としたままつぶやく。「ん?」

「マグが始めたことなんだからマグが終わらせようとするんじゃない。よくわかんないけど。なんか、俺たちが焦ったり悩んだりしても変わらないんじゃないかな」なんてね。と付け足して守は笑う。マグが終わらせる。お姉さんもマグの気持ちをしっかり聞いてあげなみたいなこと言ってたし、僕はマグの希望を叶えられるように彼を手伝うぐらいの気持ちでいることが大事なような気がしてくる。

「ねぇ、守」

「ん?」

「試したいことがあるんだ」

僕は数日前から考えていたある計画を守に相談した。守は快諾してくれた。

決行は次の満月の夜。

できるだけ明るい夜にしたかった。Googleの天気予報で確認した。

つまり、決行は3日後。春休み最後の夜だ。



「ウイングから通信です」

「オウル、繋いでくれ」

ヴィレッジからの指示を受けると、私は了解の意をハンドサインで示して、一番大きなモニターにウイングが映し出す。

「正面モニターに映ります」

数秒後、薄暗いぼやけた画面に女性の姿が映る。ウイングだ。

「臨時の通信でごめんなさい」

開口一言目は申し訳そうなウイングの声だった。

「いや、問題ない。ちょうど詰めているところだったから。どうした?」

「少し問題発生なの。端的に言うと、修正が遅れているわ」

モニタールームにピリッとした空気で張り詰める。前回の定期報告では進捗に問題はなかったはずだわ。そうでしょ、ウイング?

「誤差はどのくらいだ」

ヴィレッジの声もいささか強張っている。

「ええと、予定より3分ほど遅れているわ。恐らく、アトモスでも予測しきれないことがあるんだと思うわ。これじゃ、あの「風」に間に合わない。だからーーー」ウイングはそこで言葉を止める。

「だから?」

「追加介入の許可がほしいの」沈黙。

私を含め誰もが予想した言葉だったが、それはあくまでも最終手段であって、全体に及ぶ影響もとても大きい手段だ。

「ねぇ、聞こえてるかしら。追加での介入の許可が欲しいの」

ウイングのはっきりとした発音が私たちの鼓膜を確実に揺らしていた。ただ、答えられるのは一人しかいない。

「聞こえてる。でも―――」

ウイングはヴィレッジの返答を遮るように続ける。

「アトモスが予定した以外の追加介入の危険性は十分にわかってるわ。でも、3分の遅れは致命的よ。それに、私が何のために飛んだか。あなたが一番よく分かっているでしょ」

私を含めた誰も声を出せない。裁量権はヴィレッジにあった。しかし、彼をはじめ私たちが戸惑っているのはそんなことじゃない。しかし、残された時間はあとわずかなのも事実。絞り出されるようにヴィレッジが呟いた。

「オウル、追加介入の影響範囲の予測は」

私は現在のウイングが置かれている状況を数値化し、予測ソフトにかける。

「現在の介入影響範囲は前後15年に543ポイントの影響が予想されます。予測できる事象としては文明の進行が軽く数十年前後する可能性もあります」

「そうか」とヴィレッジが呟いた瞬間に、私は自分の目を疑う。目の前のラップトップに映し出された数値。こんなのありえないはずだ。でも、アトモスはいつだって正確な数値を示してきた。

「ヴィレッジ」

「どうした、問題でも?」

「ええ、緊急事態です。このままじゃ、アトモス計画自体が失敗します」


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