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四針目


3月28日(日)

マグの様子に少し変化が現れた。(なんと!)ケージの入り口を自分で開けた。短い両手を器用に浸かって留め具を外した。しかも、僕が見ている目の前で。

僕の言うことを分かっているような気はしていたけど、ここまでマグの頭がいいなんて信じられない。ドアを自分で開ける猫の動画は見たことがあるけど、ハリネズミにもこんなことができるなんでオドロキだ。

ケージから出た後はいつもと同じで窓際まで行って学校の方角を見ている。どうしても気になるようだ。明日マグを連れて明るい時に裏山に行ってみようと思う。

調査は続行。



「What did you do today?(今日は何をしていたの?)」

「んーと、I walked with ん、、、ハリネズミ、、、no,no, my pet!!」

ケイティ先生の吸い込まれるような蒼い瞳が僕をじっと見て、そしてほころぶ。

「ハリネズミは英語でHedgehogよ」

「ヘ、ヘッジホグ?」

「Yes, Hedgehog. Repeat after me “Hedgehog”(そう、ヘッジホッグ。さぁ、繰り返して)」

たどたどしく発音を繰り返す僕に先生はオッケーサインを出す。

ケイティ英会話教室には通いだしてちょうど半年ぐらいになる。マグを飼い始める少し前ぐらいからだ。先生はオーストラリア出身で来日13年目だ。日本語はペラペラだし、なんたって旦那さんが僕のお父さんを同じ会社で働いているのもあって、僕らは家族ぐるみの付き合いなんだ。だから当然のようにケイティ先生はマグの存在も知っている。

「How old are your hedgehog?(マグは何歳なの?)」

そうだ先生は僕がいつから飼い始めたのか正確な時期は知らないんだった。

「Maybe…2 years old. But I’m not sure…coz, I don’t know….(たぶん、2歳ぐらいです。でも、わかんないんです)」

「Really? Why you don’t know? That’s your pet!(どうして、自分のペットなのに歳がわからないの?)」

先生の指摘はごもっともだ。自分のペットの年齢を知らないなんてなかなかない話だもだん。でも、もらったもの、いや預かったものって説明するのもなかなか僕の知っている英語では難しくてなんとなくニヤニヤしてこの場を切り抜ける。

「ふぅ、また里志くんのニヤニヤ作戦が出たわね」

途端に先生が日本語になる。これはいつも僕が英語にギブアップした時に先生が一息挟むためにやってくれている。

「だって、「知らない人からもらった」って英語でなんて言ったらいいかわからなくて」

「え、マグはもらいものだったの?」

「うん、あ、いや、預かりものっていうか」「なんだかフクザツなのね」「うん」沈黙。

先生はそれ以上突っ込まずに「I was got him by someone who I don’t know(マグは知らない人にもらいました)」という言い回しを教えてくれた。

英会話教室の2時間はあっという間に過ぎていく。いつか僕はこの力を発揮する場面が来るのだろうか。

徐々に沈んでいくオレンジ色が眩しい。まっすぐ歩くと西日が顔面に直撃するから、僕は横歩きで英会話教室から家に向かう。途中にある科学教室の前を通ると、向かい側のカフェのテラス席で翔子お姉さんがパソコンでお仕事をしていた。パンツスーツ姿のお姉さんは私服の時に比べると15倍ぐらいかっこいい。ソースは僕だ。お姉さんの仕事は詳しくは知らないけど、なにやら忙しそうなことだけは知っている。ハリネズミ同盟を組んでからちょくちょく話をすることはあっても、僕はいまだその先までは踏み込めていない。その先が何かと言われたら答えられないけど。その先だ。

 お姉さんはお仕事に集中している様子だったし、僕に話しかける勇気もなかったからそそくさと家に撤退する。所詮は小学生のお子様な僕をお姉さんは優しさでかまってくれている。それを肝に銘じないといけない。

 お姉さんの前を通り過ぎる僕。頭の中は映画のようにコマ送りだ。そして、ダメだと分かりつつも振り向いてしまう。そして、パソコン画面から顔を上げたお姉さんと目が合う。計画通りだなんて言えない。

「あら、里志君、こんばんは。塾の帰り?」

お姉さんはメガネの位置を直しながら僕に話しかける。

「こんばんは。そうです。いま、終わったところです。お姉さんはお仕事ですか?」

「あら、お疲れさま。最近の小学生は春休みでも忙しいのね。尊敬しちゃうわ。私も頑張らないとなぁ―――とはいえ、少し休憩したい気分でね」

僕はどんな言葉を返してよいのか分からず頭の上に「?」を浮かべてしまう。

「よかったら、里志君もいっしょにどう?」

「いいんですか?」

「ええ、でも、お母さんは心配しないかしら」

「夕飯の時間までに戻れば大丈夫です。でも―――」ここにきて僕はやっと重大なミスに気が付いた。ポケットにいつもの感触がない。

「でも?」お姉さんは心配そうに僕の顔を覗く。お姉さんの影が僕に重なる。

「―――僕、お金持ってないです」

 今までの人生の中でトップ3に入るぐらいのミスをしていた。最高にカッコ悪い。



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