ほんの小さな物語【ショートショート】
ゆうたは家の庭に、細長く続く黒いものを見つけた。それは家の敷地を囲んだ垣根の向こうから長く伸びてきている。
「うわー、アリさんだ! いっぱい居る」
近づいて見てみるとそれはアリの行列だった。ゆうたは、はじめて見るアリの行列に目を輝かせた。
しゃがみこみ、人差し指で行列の一部をつついてみると、その部分のアリたちが混乱して列を乱す。火事や非常時のときの人間も上から見たらこんな感じなのだろうか。つつかれた部分のアリたちが、あわただしく辺りを駆け回っている。しかし、しばらくするとまた行儀よく列に戻っていき、元通りに戻った。
その様子を見て、ゆうたの顔は楽しさと好奇心でいっぱいになった。
立ち上がり、顔を大きく振って辺りを見回した。それから家の中に駆けて行き、すぐに戻ってくると元居た場所に再び座り込んだ。
そして行列の真上でギュッと握った右手を構えると、その手をもそもそと動かしはじめる。
握られたゆうたの手の中から白い砂のようなものがさらさらと落ちていき、行列の進路に白い山の障害物が出来上がった。
「プレゼントだよ! 甘いよ。たくさん食べてね」
ゆうたのプレゼントの山の中から数匹のアリたちがもがきながら抜け出してきた。先ほど指でつつかれたアリよりも混乱して「何が起きた!?」とでも言いたそうに辺りを右往左往している。
列を進む他のアリたちは、ゆうたのプレゼントの脇を通って一瞬途切れた列を修復していた。
ゆうたは自分のプレゼントにアリたちが喜んで集まる姿を期待していたので、アリたちの反応に少しがっかりした。
そこへ列の後続から来た一匹のアリがゆうたのプレゼントの前で立ち止まり、後ろの二本足で立ち上がった。
「あれ、このアリさん立ってる……?」
ゆうたが不思議そうに見ていると、立ち上がったアリはゆうたの顔を見上げて言った。
「こんにちは」
「――えっ? しゃべった!」
突然アリに話しかけられたゆうたは驚いて身体が少し固まる。
「このお砂糖を私たちにくださったのはアナタですか?」
アリがそう言うと、ゆうたはカクカクとうなずいた。
「そうなのですか、どうもありがとうございます。大変助かります。しかし、私たちは今、引っ越しの真っ最中なので、すぐにこれを運ぶことができないのです。もしよろしければ、もうしばらくここに置いておくことはできますでしょうか? 後で必ず取りに参りますので……」
アリは人間の女性のようなきれいな声でそう言った。
「あ、そっか、だからみんなお砂糖をよけて行っちゃうんだね。うん、いいよ! アリさんたちが戻って来るまでぼくが見ててあげる」
「本当ですか? ありがとうございます。それではお砂糖のお礼にアナタを私たちの新居へご招待いたしましょう。きっと楽しんでいただけると思いますよ」
「え、ほんと?」
アリの思わぬお誘いに、ゆうたは笑顔を浮かべた。
「はい。ただし、約束していただかなければならないことがあります」
「え、なに?」
「このことを絶対に他の人には話さないでください。私とアナタが話したこと、そして私がしゃべれることも秘密です。守っていただけますか? もしアナタが約束を守れずに、他の人にこのことを話してしまったら、私たちはアナタの近くから姿を消して、また別の場所へ引っ越さなければならなくなってしまうのです……」
アリはさみしそうな声で言った。
「わかった。約束するよ! 男と男の約束!」
「本当ですか? と申しますか私は男ではないのですが……あ、そんな股の下で力強く拳を握ったりしないでください。ま、まあ、とにかく約束して下さってよかった。では、またしばらく後にうかがいます。それでは……」
アリはそう言ってぺこりと頭を下げると、ゆっくりと列の中に戻って行った。
ゆうたはそれを見届けると、うずうずした気持ちを弾けさせるように勢いよく立ち上がり、回れ右をして家の中に駆け込んで行った。
「お母さーーん! アリさんがしゃべったぁーー!!」
庭からアリのずっこける音が聞こえた。
了