症例1-2
「いくつかお聞きしたいことがあるんですが、アレルギーはありますか?」
「…ありません」
「現在飲んでいる薬はありますか?」
細身の青年が情報を集めているうちに、客室乗務員がキャリーバッグ台の機械を運んできた。
「よし、ありがとうございます!江藤くん、ライン頼む!」
飄々としていた青年は、客室乗務員の運んできた機械をいじり始め、細身の青年もその機械から様々な装置を男性に設置し始めた。
「VRモニタ装着、ハンドコントローラー装着、バイタルモニターは大丈夫かな?」
「血圧の上が160だ。ライン確保できたからいつでも始めてええよ!」
「よし、バイタル管理は任せたよ!それじゃナノマシン、ラインから入ります、手術開始!」
飄々とした青年はゴーグル型のモニター越しに、ナノサイズの機械を操るコントローラーを両手に携え、宣言した。
「まずは全ナノマシンを総頸動脈まで移動、その後サブナノマシンを脳血流に乗せる方針でいいよね?」
「了解。」
すぐさまその後、細身の青年の見るモニターに、男性の頭部の血管の様子が映し出された。
「瘤はMCA分岐部だ。」
「オッケー、移動します。」
モニターに映し出されているナノマシンを示すビーコンが、すぐさま脳の出血部位へと辿り着いた。
「サブナノマシンをクリッピングユニットに結合、出血を止めます!」
みるみるうちに、モニター越しで見えていた瘤の破裂部位が塞がっていった。
「バイタルに大きな変化なし!」
「オッケー!それじゃあ今度は減圧手術に入るよ!」
…こうして、空を飛ぶ旅客機の中で、動脈瘤の破裂によるクモ膜下出血に対する緊急手術が行われ、男性は一命をとりとめた。
この2時間後、無事に手術を終わらせた2人の青年は、旅客機を降り、自動車で鹿児島の市街地へと向かっていた。
「…それにしても動脈瘤破裂かー…」
飄々とした青年は呟いた。
「何も後遺症が無ければいいけどな。」
運転をしながら細身の青年が返した。
「それはそうなんだけどさ…動脈瘤なんて簡単にナノマシン手術で破裂する前になんとかできるもんでしょ、それを破裂しちゃうまで放っておくってのはねー、なんというかねー…」
「仕方ないよ。保険の関係で、破裂前の処置よりも破裂後の処置の方がはるかに安く済むんだからね。そもそも、そんな頻繁に動脈瘤なんか破裂しないからね。」
「まぁそれもそうなんだよねー…いやー…でもなぁー…社会のシステムでわざわざ危険と隣り合わせに生きていかないといけないっていうのがなぁー…なんか世知辛い世の中だよなぁー…」
少し寂しそうに、飄々とした青年は車窓から見える桜島をながめながらそうこぼした。
「そういうのも割り切っていかないと、今の世の中やっていけないからな…ところで、さっきの借金の話だ。」
細身の青年が外を見る飄々とした青年に切り返した。
「俺は借金があるから怒ってるんじゃない、借金があることを黙ってたことに対して怒ってるんだよ!」
「まぁ借金はボクとキミの名義だから知ってるかなーって思っててさ。」
「知ってるわけないだろ!っていうか借金の名義に俺の名前を使ったんかい!」
「江藤くん一回落ち着こう、そんなに怒ってると事故るよ。」
「…今すぐ車から降ろすぞ。」
「…ごめん、済まんかった。」
飄々とした青年が飄々としながら謝り、細身の青年は溜息をつきながら呟いた。
「久々に鹿児島に戻ってきてからこれだともう先が思いやられるわ…」
「大丈夫だって、なんとかなるよ、たぶんね!」
「そうやって今までなんとかなってない試しがキミは多いんだよ!」
「ほらほら、イライラしないで、血圧上がるよ、事故るよ。」
「ホンマに降ろすぞ!」
こうして2人の乗る車は鹿児島市街へと向かっていくのであった。
医療技術は日々進歩し、現在、治療が困難な疾患も可能になる時代はやってくるかもしれない。しかし、治療が可能であることと治療を受けることができることは、必ずしも同じにはならない。
これからの未来は、そういったことがきっと待ち受けている。