ラストカンガルー
「またここに戻ってきちまった……」
俺は今、下野動物園にいる。
下野動物園側も、俺のことには目をつぶってくれたらしい。
この集客の見込めるビッグイベントをみすみす潰すほど馬鹿じゃないってことだ。
俺が飼育員に連れられてステージに向かっていると、あの時のライオンが檻にいた。
そして、目が合った。
(やっべ、気まずいな)
そそくさとそこを離れようとした時、向こうから声をかけてきた。
「……この動物園のために、頑張ってください」
「……!」
蹴りを見舞っておきながら、そんな優しい言葉をかけられる筋合いはないと思った。
「……へ、1ラウンドでやられてくっからよ。 よく見とけよ」
しかし、突然ライオンは険しい顔になり、らしくないことを言い始めた。
「何で、そんな情けないこと言うんですか! あなたはこの動物園の代表なんですよ! 相手は楽勝ムードだ。 なめられてたまるかっ」
すると周りの動物たちもそれに同調した。
トラやワニも同じことを口にした。
「動物園出身をなめるなよっ!」
……俺はここの出身じゃない。
だけど、こいつらのために頑張ってやりたい。
ライオンもそうだが、悪いやつはここには一匹もいない。
俺はできることなら、またここに戻って来たかった。
「もし勝てたら、また迎え入れてくれるか?」
「……何言ってんですか。 勝っても負けても、あなたはこの動物園のカンガルーでしょ!」
……こいつ。
泣かせやがるぜ。
ステージの周りは既に客であふれかえっていた。
牧場の100倍の熱気はありそうだ。
俺がステージに上がると、向こうからロジャーさんが現れた。
音楽と共に登場し、颯爽とステージに上がる。
(ゴクリ……)
間近で見ると相当な迫力だ。
拳を合わせ、ゴングが鳴った。
ロジャーさんはクイクイ、と拳で誘ってくる。
だったら遠慮はしない。
俺は全力のカンガルーキックを見舞った。
ドスン……
蹴りは相手の胸に直撃した。
しかし、ビクともしない。
今度は逆に相手がカンガルーキックを放ってきた。
ドゴオオオオン!
あまりに激しい威力に、俺は吹き飛ばされロープに背をあずけた。
目がグルグル回る。
やべ……
その時、声援が聞こえた。
「カンガルさん! 頑張って!」
いつも来てくれる女の子の声援だった。
俺はその声でどうにか意識をつなぎとめることができた。
「くそっ、負けらんねえっ!」
ただのカンガルーキックが通用しないのなら、威力を増幅させるだけだ。
俺はロープを背にした状態で、更に後退した。
これによってロープが引っ張られ、バネの力が蓄積される。
限界に引っ張られた時点で飛び出し、そのままジャンプ!
縮こまって回転し、ロジャーさんに突進する。
「くらえ! 回転拳!」
ドオオオオオオオン!!!
物凄い衝撃音がし、会場は騒然となった。
ステージは回転の摩擦により、煙で包まれている。
立っているのは……
「勝ったぞおおおおおっ!」
俺だ!
こうして、ロジャーさんは故郷に帰った。
一躍有名になった俺は下野動物園の集客にも貢献し、経営難も逃れることができた。
俺はまたこの動物園で暮らすこととなった。
「いっぱい来てんな」
「まさかこんなんなるとはな」
柵の外では人がひしめいている。
「じゃ、ちょっくら働いてくっか」
トシローが俺の代わりに柵の中を一周しに行った。
「くあっ…… よく働くやつだな」
終わり
終わりです!