カンガルーの日常
「あちいな~」
今日も日陰で仲間たちと過ごす。
柵の外では子供を連れた親子が俺たちの姿を見に来ている。
「ママ~、カンガルさん全然動かないよ」
「今は休憩中なのかもね」
いや、常にこんな感じだが。
すると休んでいたトシローが体を起こした。
「子供の夢は裏切れねーぜ」
軽く準備運動をして、柵の中を1週した。
「わ~! 写メ写メ!」
子供が喜んでスマホの写メを切る。
「あいつ、良い奴だな」
そう言いいながら俺は欠伸をした。
動物園に連れて来られてから半年。
すっかりこの生活に慣れてしまった。
オーストラリアに居た頃は、弱肉強食の世界に身を置いていた。
狩るか狩られるか、そんな刺激的な毎日だったが、今は柵の中という安全地帯で、毎日寝ていればいい。
はっきり言って、捕まって正解だったとさえ思える。
最初は脱出を試みようとしたが、柵の高さはギリギリ全力のジャンプでは届かなかった。
何度かトライしたが、断念した。
あと15センチ足りなかった。
ある日、転機が訪れた。
飼育員がこんな話をしていたのだ。
「この動物園も近々閉鎖するらしい」
「マジかよ、やっぱり経営難か」
俺は思わず聞き耳を立てた。
経営難だと?
「じゃあここの動物はどうなるんだ?」
「人気のある動物ならもっとでかい所に移動するんだろうけどな。 飼うのもタダじゃないし、下手したら処分されちまうかもな」
な、なんだと……
それを聞いて俺は仲間たちにそのことを伝えた。
「んなことないっしょ~」
「そんな呑気にしてる場合じゃねぇぞ! 俺たちカンガルーにどれほどの需要があるかって話だよ! 危機感持てって」
「つってもなぁ、脱獄する?」
他のやつらもしっぽを振って「ムリムリ」と言う。
こいつら……
まるで体育祭で一人空回りする教師みたいな気分になった。
(お前ら、後悔するなよ……)
その日から夜な夜な、俺はジャンプ力を鍛えるためスクワットを始めた。