呪文の書き換え
[取り調べ室で籠城中。石がなくて呪文が使えないというアンブローシアに対し、裕志は呪文を書き換えると提案します]
アンブローシアは言った。
「私の『写本』スキルはレベル3。数単語なら直接呪文を書き換えることができます」
「ちょうどいい。単語を一個、書き換える、だけだ」
俺がそう言うと、メリッサが怒鳴った。
「ああもう! 書き換えたからってどうなるんだ! 石がないんだよ! 呪文が発動出来ないだろ!」
「いや、石なら、ある」
「ええっ!?」
俺はメリッサの顔を指さした。
「お前のつけてるイヤリング、黒石なんじゃないか?」
「――っ!?」
メリッサが目を見開き、慌てて髪を掻き上げる。
さっき見た時、メリッサのイヤリングには、大きな黒い石が下がっていた。
「……忘れていた。確かにこれは黒石だ」
「それ、俺にくれないか。両耳で二つ分。生き残ったら買って返す」
すると、なぜかアンブローシアが困った顔をする。
「いえ、それはちょっと――」
「構いません、アンブローシア様」
メリッサが思い詰めた顔をする。
「でも……」
「あなたの命を守ることが、私の職務です」
「……わかりました。お願いします。」
メリッサが両耳のイヤリングを外して、アンブローシアに渡す。
バシュッ!
4本目のクロスボウの矢が閂を貫く。扉が破られるのは時間の問題だ。
アンブローシアが反射的に立ち上がる。
「石があるなら呪文は書き換えなくてもこのまま――」
羊皮紙で黒石をくるもうとしはじめたアンブローシアを俺は止めた。
「いや、ダメだ」
「どうして!?」
「相手は警戒している。同じ呪文なら防がれるかもしれない」
アンブローシアは一瞬目を閉じ、そしてまた俺の傍にしゃがんだ。
「わかりました。どう書き換えますか?」
「音に変換される元素ってなにかないか?」
「『風』です。音を伝える元素です」
「それは黒石の構成要素に含まれているか?」
「はい。万物は風に拭かれていますから」
「OK、ならこう書き換えてくれ」
俺は背中から漏れている自分の血を指につけ、石の床に単語を書いた。
そしてアンブローシアに指示して呪文を書き直させた。
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instant light(brack_stone bs1, brack_stone bs2){
reverse_element(bs1 + bs2, WIND)
}
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"LIGHT(光)"を"WIND(風)"に変えた。
これでどうにかなれば……!
バシュッ! ボゴッ!
5本目の矢が突き刺さると同時に、閂が弾け飛ぶ。
ドカアッ!
扉が蹴破られ、長い耳の少女が飛び込んでくる。
少女は両手でクロスボウを構えていた。もう次の矢もセットしてある。
俺は叫んだ。
「今だ!」
アンブローシアが黒石をくるんだ羊皮紙を投げつけた。
丸めたボールが地面にぶつかると、そこから信じられないほどの爆音が発生した!
BBBBBOOOOOOOONNNNNNNN!!!!!!!
とはいえ、発生したのは「音」だけだ。
メリッサとアンブローシアは耳をふさいだので効果なし。
俺は片耳を床に付けて、もう片方を手でふさいだ。少しスキ間があったのでちょっと耳がキーンとする。
しかし、長い耳の少女は『クロスボウを両手で構えていた』。
これでは耳をふさげない。
しかも、少女は『とても長い耳』を持っていた。
耳の後ろに手を当てると、小さな音でも良く聞こえる。
これがなぜかなのか、知っているだろうか。
音というのは要するに空気の振動だ。
空気の振動は物に当たると乱反射して、一定の距離を進むと消えてしまう。
耳の後ろに手を当てると、本来は通り過ぎてしまう音を、手が反射して耳に送ってくれる。
だから、小さな音も聞き取れるようになる。
まあ、簡単なパラボラアンテナみたいな物だ。
メリッサたちがエルファンと呼んだこの少女の長い耳は、生まれつき持っているパラボラアンテナのような物だ。
想像だが、狩猟をする時に遠くの獲物の鳴き声を聞く為に耳が進化したのだろう。
しかし、目の前で黒石二つ分の爆音が轟いた時。
しかも、両手がクロスボウにふさがれて耳をふさげなかった時。
その美しく尖った長い耳は、『爆音を全て拾い集めて耳に届けてしまった』
結果、少女は気絶し、その場に倒れてしまった。
バタッ。
衛兵が走り込んでくる。
「アンブローシア様!」
「無事です。そのエルファンを拘束して。殺してはなりません」
「ハッ!」
「あと、この方を病院へ。ケガをしています」
そういえばケガをしていた。そして痛みがもう限界だ。
俺はアンブローシアに言った。
「ナツミに伝えてくれないか」
「ええ。なに?」
「世界を救うのは、週明けからで頼む」
そして今度こそ、俺は気絶した。
久しぶりにプログラマーらしいことをしましたw
ここまでが第1章になります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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